少年とウマ娘たち - ススメミライヘ - 作:ヒビル未来派No.24
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「「ま た あ い つ 遅 刻 か よ !?」」
時刻は7時、今日は私の2回目か3回目になるGⅠレース、宝塚記念の当日だ。
そしていつものようにチーム・スピカは学園の最寄り駅で集合だったが……そこにレオくんはいなかった。
今の季節は暦が7月に変わり、陽射しが強く朝早くでもあちらこちらからセミ達の合唱が聞こえてくる。
そんな最寄り駅でトレーナーさんとゴルシ先輩の声が響いた。あまりにも大きな声だったので駅にいた人たちはこっちを見た。
それにしても、またレオくんが遅刻するなんて……それも私のレース当日にだなんて……。
だけどこの頃のレオくんはどこかおかしかった。前よりも輝きがなくなったし、声にも生気が宿っていなかった。
そして何より……誰が見てもレオくんは寝不足だった。
そのつけが今日出てしまったのかな。
「玲音ってここ最近、すごく体調悪そうだったよね?」
「はい……でも玲音さんは大丈夫って言ってましたし、大丈夫なんじゃないですかね?」
「それでもあの表情は少し心配だぜ」
「えぇ……まるで何かに苦しんでいるようにも思えたわね」
チームの全員がレオくんのことを心配している。
本当にレオくんに何があったのだろうか……幼なじみで一番レオくんと近いはずなのに、何も出来ないのがとても心苦しい。
「また寝坊か……今度という今度は許さねえぞ」
そう言いながらトレーナーさんはスマホを操作する。多分、レオくんの携帯に連絡を掛けるのだろう。
すると先生のスマホから呼び出し音が流れる。どうやらスピーカー音声にしているようだ。
2回コール音が繰り返されると、プチッと音がした。
『……はい』
先生のスマホのスピーカーから聞こえて来たのは酷く低い声のレオくんの声……そして何か”シュンシュン”と変な音も聞こえる。
「玲音! お前今回は起きているんだな!? じゃあ今どこにいる!」
「おい新人てめえ二回も遅刻しやがって! このゴルシちゃんの筋肉ドライバー食らわせてやるから場所を言いやがれ!!」
『どこって……新幹線の中ですよ』
「「「「……えっ?」」」」
「「えぇー!?」」
***(3時間前)
目が覚めた……だが周りはやけに暗かった。
「(もう、何日この光景を見ればいいんだろう)」
最近、自分は寝られなくなった。
病院にも行って診察を受けた結果、過度なストレスによる不眠症とのことらしい。
その過度なストレスにはもちろん自覚はあった。自分自身のトレーナーに関することだ。
ちょっと前まではとても楽しかったトレーナー生活。しかし今となってはただただ苦しいだけだった。その苦しみさえも楽しさに変えていたと言うのに……。
「(……寝れない)」
なんとか頑張って眠ろうとしたが全然眠れそうにない。医師から処方箋をもらい薬剤師に睡眠薬を処方してもらったが、効果は最初の三日三晩で効かなくなった。
どうせこのままゴロゴロとしていてもただただ体力が削れるだけだと思った俺は起き上がって、携帯をつけて今の時間を見る。すると時刻は3時半と表示された。
どうやら昨日よりは8分くらい長く寝られたらしい……やっぱり睡眠薬の効果はいくらかあるのだろうか。
「今日は……確か7時集合だな」
つまり今から3時間は起きていないといない。はっきり言ってだいぶキツい。
昔、夜にゲームをやりすぎて眠くなってしまったことがあるが、あんなのとは比べ物にならないくらい疲れる。人間は寝ることで疲労を回復する生物……いや生物全体に共通している習性の一つだが、それを奪われるというのは生物からするととても辛いものだ。
もちろん寝たいという気持ちはある。でも体は言うことを聞いてくれない。その結果ますますその事に不安とストレスを感じるという悪循環。
「もう、やだ……」
そもそもなんでこんなに苦しむ必要があるんだよ。自分には確かにトレーナーを志す理由はないけど、こんな苦しむためにトレーナーを目指している訳ではないことは嫌でも分かる。
……じゃあトレーナーになろうとするのをやめればいいのでは?
「って、なにを考えているんだ俺……!?」
そんな考えしちゃダメだろ!? ゲームやアニメだったらバッドエンドまっしぐらの発想だったぞ今のは……。
やっぱり寝不足やそれによるストレスによって思考自体がグロッキーになっている。
「……」
今の自分が、スズカの横に立てるだろうか、いや立てるわけない。それどころか今の自分は周りを心配させてしまう。
それは……スズカ、そしてスピカのみんなに対して悪影響にしかならない。下手すると今日の午後からある宝塚記念に影響しかねない。
「……そうだ」
俺はある事を思いつき、携帯のロックを解除して乗り換え案内のアプリを開く。
そして出発地と目的地を記入し、出発時間を”始発”で調べる。
すると4時59分の電車が一番早いみたいだ。
それが分かった俺は身支度をして自室を出て、まだ照明が点いていない寮の廊下を携帯に備えられているライト機能で照らしながら後生寮を出て、学園の最寄り駅を目指した。
・ ・ ・
『新幹線の中って……それはマジなのか?』
「そうですよ」
時刻は7時、そろそろ電話が来るかと思ってデッキで待っていると案の定電話が鳴った。
出てみると先生とゴルシの怒鳴り声がすぐにやってきて鼓膜が破れるかと思った。
寝不足で頭に響くということもある。
「黙って先に行ったのはすみません……でも、今は……」
『っ……分かったよ。この前みたいに遅刻じゃないだけまだマシだ。だが向こうでみっちり説教するからな、心の準備をしていくように』
「はい」
そう言って俺は電話を切ろうとした。しかし向こうの方から「あっ、ちょ!?」と先生が慌てるような声が聞こえ、ガサガサと雑音がスピーカーから流れる。
俺は切ろうか悩んだが……そのまま切らずに様子を聞く。
『レオくん?』
「スズ……ちゃん」
スピーカーから聞こえてきたのは今日宝塚を走る幼なじみの声だった。
正直、どんな声で話せばいいのか分からない。電話だと相手の感情や表情が読み取れないから、今のスズカが怒っているのか、それとも心配しているのか分からない。
そして俺はスズカに今からなにを言われるんだろうか。
『気をつけてね、レオくん……また阪神で会おうね』
スズカはそう言うと電話を切った。スピーカーからは通話が終了した事を知らせる電子音がしばらく流れていた。
「……やっぱ優しいな、スズちゃんは……」
そう言う自分の声は……涙ぐんだ様な声だった。
・ ・ ・
阪神レース場に行くのはこれで2回目、スペのメイクデビュー以来だ。
ただその時は特に大きなレースとかもなく、人はそこまでいなかった。
だが……今日は午後から宝塚記念がある。それによりこんな朝早くからも駅と阪神レース場を繋ぐ連絡通路はとても混んでいた。
「(こんなに混んでいるなんて……どんだけ人がいるんだ?)」
ここにいるのが全員ウマ娘のレースを観に来ている。そして各個人が違う推しの勝利を願っている。
そしてその中にはもちろんスズカの勝利を望んでいる人だっている。エアグルーヴの勝利を確信している人もいる。ドーベルの勝利を祈っている人もいる。
「宝塚記念は阪神で行われる2200m右回り芝のレースで、最初のスタートからコーナーに入るまで520m、その後急な坂路を2回登るからスタミナが多く消費され、小回りが利く様にコーナリングする能力も試される」
「どうした急に」
なんか周りの人たちよりも一段と声の大きい男性二人組がいた。どうやら宝塚記念のことを話し合っているらしい。
俺はなんとなく気になってその二人組のお話を聞いてみる。
「今回の一番人気のサイレンススズカは前回の重賞レースで11バ身というトゥインクル・シリーズの歴史的快挙を成し遂げたが、今回は200m距離が増え、さらに坂路が急であり回数も多い。それにGⅠ経験はエアグルーヴ、そしてメジロドーベルの方が上だ」
「つまりいかにGⅠのプレッシャーに押し潰されないかが今回の要になりそうだな!」
「あぁ!!」
「でもミナミ、まだレース場にも着いていないのに気が早すぎないか?」
「何言ってるんだよマスオ! 今から色々考えるのが楽しいんじゃないか!!」
なるほど、トゥインクル・シリーズのファンの中にはこういう熱狂的なファンもいるんだな。
それにしても……坂か。
6月は雨が多く、室内練習が多めだった。だから7月で梅雨が明けた後は例の神社で階段ダッシュをしていた。
先生があの練習を多く取り入れていたのはこの時のためだったのか。
「何より宝塚記念はファンが選んだウマ娘しか走らないレース! ここに勝利を嫌がられている娘なんていない!!」
「そうだな!」
・ ・ ・
阪神レース場に入ると、だいぶ人が入っていたがまだ人が入りそうだった。
とりあえずゴール板近くの席を取る。
「(……これって、スピカのみんなが入るスペースあるのかな)」
まぁ今までも何回かレースを観に行ったけどその度良いところを先生は取るからそこまで心配することでもないだろう。
レース場の方を見てみるとウマ娘たちが走っていた。宝塚とか出るような娘たちではなく、未勝利の娘とかが走っているようだ。
それでもやっぱりウマ娘のレース、とても迫力があるものだった。
「「やっぱりすごいなぁ……えっ?」」
自分の声に被る声、そしてその声には聞き覚えがあった。
その声がした方に顔を向けてみるとそこにいたのは……ライスお姉さまだった。
「れ、玲音くん? どうしてこんなところに……」
「それはこっちのセリフですよ。なんでライスさんが阪神にーー」
「って、玲音くん! その目の隈はどうしたの!?」
ライスさんは俺の目の辺りを指差してそう言う。
そりゃこんな目の隈を見てしまえば誰でも心配になるだろう。毎朝顔を洗うために鏡を見ているが、今の俺ははっきり言ってゾンビとかに近い。
某俺ガイルの主人公の初期の目の腐れ方とい勝負だ。
「あぁ、大丈夫ですよ。ただ寝れてないだけなんで」
「それって全然大丈夫なことじゃないよ……何かあったの?」
「……まぁ、あったと言えばありましたかね」
観客席の席に座りながら、俺はその何かを脳内全体で振り返る。
そもそも俺はスズカと会いたいが為にこの学園に入ったんだよな。つまりもう目標は達しているわけだ。
さらに俺があの学園に行こうと思ったのは中3の夏休みからであり、その前まではトレーナーになることなどこれっぽっちも考えたことはなかった。
ウマ娘の走り自体はマックイーンを見ていたから「すごいなぁ」と思っていたがそう感じるだけだった。
そうして何日も苦しみ出して導き出した答え……それはとても簡単で残酷なものだった。
「え……えいっ!」
「うわっ!?」
ライスさんの声が聞こえたかと思うと、俺はライスさんの胸の中にいた。
えっ、えっ? ナニコレなにこれ!?
パニックになっている頭で何とか状況を把握する。今ライスさんは自分の腕を回して手を俺の後頭部に添えて、優しく自分の方へ俺の頭を寄せた。
そして俺の頭は重力に従ってライスさんの胸の中にダイブ、そしてギューッと優しい力でライスさんは後頭部を押さえている。
「ら、ライスさん……一体なにを?」
「昔ライスがこうやったらね、玲音くんは寝てくれたんだよ? 『ライスの心臓の音が心地良い』って」
ライスさんが言った言葉によって自分の意識は耳に集中する。
すると、ドクンッ……ドクンッと一定のリズムで鳴り響くライスさんの鼓動が聞こえてくる。
それに何でだろう。この感覚……なんかとても懐かしいような。
「教えてくれないかな、玲音くんが今、何に苦しんでいるのか」
「……はい」
自分はライスさんに包まれた安心感によってか、いとも簡単に自分の事情を話した。
「自分はトレーナーになる理由が無い」すごく辛いことを言っているはずなのに、一人で考えている時は胸が裂かれそうなくらい痛いことなはずなのに……ライスさんに包まれていると全然辛くないし、痛くもない。むしろどんどん負の感情が落ちて行くような気がした。
やっぱりライスさんは……お姉さまなんだな。なんてバカなことを考える余裕も出てきた。
「そうなんだ……玲音くんもライスと一緒なんだ」
「えっ?」
つい何も考えずに素っ頓狂な声を漏らしてしまう。
ライスさんと自分が……一緒? それは一体、どういうことなんだろうかと考えていると、ライスさんは話してくれた……自分の過去の栄光を。
***
覚えてるかな玲音くん。あの屋上で言ったこと。
ライスはライスの走りで誰かを笑顔にし元気づけ、幸せにしたい。
ライスはね、実はクラシック級の時、菊花賞に勝ったことがあるんだ。
その時皐月賞とダービーを制覇している二冠のライバルの娘が居てね、その娘に負けないようにたくさん練習して、たくさん知識を身に付けて、菊花賞に勝った。
その娘はとても悔しがっていた。三冠ウマ娘は確実だと周りから言われていて、その娘自身もその結果を望んでいた。だけどライスが勝った。
でもその娘は憎しみの言葉なんて言わなかった……むしろ逆、ライスを讃えるような言葉を掛けてくれた。
『流石ですねライスさん……それでこそ私のライバルです』
あの時は私だけが一方的にライバル視しているだけだと思っていたから、それを聞いた時は全てが報われた気分になった。「あぁ、努力したのは無駄じゃなかったんだ」って。
だけど……周りの観客はみんなライスのことをブーイングした。
『久しぶりの三冠を見れそうだったのになんで勝ったんだ』
それが世間の人たちからの反応だった。
新聞やテレビでもライスのことを悪く言うような言葉や文字が言われ、書かれた。
その波は学園まで押し寄せてきて、ライス宛に脅迫文を送りつけたり、実際に会って罵詈雑言を言われることもあった。
中でも酷かったのはネットの掲示板で自分をトゥインクル・シリーズや中央からどう追い出すかみたいなことが書かれていたもの。恐喝されたとか暴行されたとか適当な理由をつけたりするなど人道に反することをするなど色んなことが書かれていた。
そんな扱いを長い事受けていたから、段々分からなくなっちゃった。
本当にこの人たちを幸せにするためにライスは走っていたのかって。
そしてライスは壊れちゃった。眠れなくもなったし、いろんな方向からいろんな人たちがライスの悪口を言っているような幻聴も聞こえた。今はかなり減ったけど、それでも時々聞こえてくる。
さらに不運は続いた。ライスのライバル……ブルボンさんっていうんだけど、謎の病で意識不明になっちゃったの。
「謎の病?」
うん……ウマ娘には他の世界の魂が宿ってるのは知ってるよね? でもごく稀にこっち……つまりウマ娘の意識がその魂に引っ張られる時があるの。それが夢現病。
自分はその時ブルボンさんのために、ライバルとして走り続けようと……ううん、その時はブルボンさんのライバルとして走るのが走る理由になってた。でも現実はとても残酷でライスは走る理由を失った。
そして予定していたレースにも出ずに、ライスは適当な重賞レースに出るだけの存在になっちゃった。
***
「だからね、ライスにも走る理由なんてないんだよ」
「……」
ライスさんのお話を聞きながら、自分は一つ間違っていたことを確信した。
理由がなくて困っているのは、自分だけではない。このトレセン学園……いや、日本中には自分のように悩んでいる人やウマ娘はいるはずなんだ。
俺が今抱えているものは何も特別なものではない。
「その事自体は別に抱える事じゃない……それを誰と乗り切るかが大切なんだよ」
「……誰かと」
「ライスは”まだ”立ち直れていないけど……玲音くんの周りには良い人たちがいるでしょ?」
「っ……!」
そうだ……俺は元々、ここに立っていたかも怪しい人間。
そんな人間を拾ってくれた人が……あのチームにはいる。一緒に成長してくれる同期がいる。背中を見せて走ってくれる同世代がいる。互いに高め合う仲間がいる。
今は無いにしても、みんなについて行けばいつかは見つけられるんじゃないか?
何でこんな簡単な事に今まで気付かなかったんだ……最初から何かに縛られている人なんてむしろ少数、今から新しく作り上げて行けばいいじゃないか。
無理由上等! むしろこれから作り上げた方がゲームやアニメみたいでおもしろそうじゃないか!!
「よかった、玲音くんの目の色少しだけ光が戻った……」
「いえ、ライスさんのお陰ですよ」
「そうだったら嬉しいな……でも」
ふさっとライスさんは自分の頭を一定のリズムで撫で始めた。その瞬間、強烈な睡魔が俺を襲ってきた。
「やっぱりそうだ……こうやって抱き抱えながら頭を撫でると、玲音くんはいつも寝ちゃうんだ」
「そう……なん、ですか?」
「理由が無いことに気づけたことはいいけど、その先を考えるには体力がいる。だから今はここで寝よう?」
ライスさんの優しい口調が耳から脳に伝わり、脳はリラックスできるような成分を出すように命令している。
どこか体がふわふわするような……謎の感覚。辺りのざわめきは消え、ライスさんの声しか響いてこない。
「『〜〜♪』」
聞いたことのないはずの鼻歌。しかし自分の心の奥にいる自分自身はこの歌の”祈り”を覚えていた。だからライスさん以外に声……いや、幼い時のライスさんの声も聞こえている。
この前……確かゲームセンターでUFOキャッチャーした時も似たような感覚に襲われた。多分、今回もそれだろう。
そんな祈りの歌を聴きながら安心感を覚えた俺の意識は静かに闇へと誘われた。
・わ〜いライス引きたかったけど貯めてた無償ジュエル15000個が一瞬で溶けたー \(^o^)/(天井するほどの金は学生にはねぇw 星3キャラ一人も出ないとかもはや笑えてくるw)
→吸血鬼ライスシャワーのSSを出しました。(pixivに投稿)
・次回は説教後、宝塚記念です。