時間は流れ、場所も移り体育館に移動してオレは今何をしているのかというと───
「ア゛ァ゛ア゛ア゛ィ゛!」
「ッア゛ア゛ア゛ィ゛!」
トレーナーと剣道してる。わざわざ他の生徒が少なくなった時にこうして付き合ってもらっているが、傍から見ればなぜ剣道なのか気になっていると思うのは必然。敢えて説明するなら一瞬の判断力を鍛え上げると同時に瞬間的な爆発力の感覚を掴むため。バ体の緩さが弱点である分、どのタイミングでスパートをかけるかが重要視された問題なのだ。
今でこそ冷静な判断能力が培われて大分改善したが、まだ体感的に上手くいかない点があるためこうして約2年もの間剣道を続けている。つーかなんでウマ娘の体力についていけるんだこのハゲトレーナー、剣道の有段者とはいえ限度ってもんがあんだろ。人間だよな? サイボーグじゃないよな? アンドロイドでもないわな?
「……おっし、もう良いだろ。そろそろ飯の時間だ」
「つっ、あぇぃ! だーくそっ、もどかしい!」
「その突っかかりが無くなると良いな。んじゃお先」
「あとでタキオンの所に行っとけよ?」
「…………はぁ」
着替え場所に向かうハゲの後ろ姿に覇気がなくなったことをしり目に、オレは大の字になって倒れる。大分改善されてきたとはいえ未だに到達の目処が立っていないことにヤキモキしているが、一時期飯を食うことも忘れて悩みに悩みまくった結果寝不足になった分あまり根詰めて考えすぎると、ろくな事にならなかったしなぁ。
「……はぁ、取り敢えず──」
腹減ったなぁ。晩飯どうしよ、タキオンの分も作らにゃならんし。
夜。既に夜間の外出届けを提出済みのオレとハゲトレーナーは喧騒が徐々に薄れた街中を、ハゲが原付に乗って後方から様子を伺う形で走っている。スタミナトレーニングの一環だがわざわざ暗い夜道にやらなくても良いだろとツッコミが来るだろう。それに対する答えは2つある。
1つは時間が勿体ないこと、もう1つはジムが予約済みなこと。予約済みとはいえ空いてる器具もあるだろうが、この時間帯で予約している奴なんざオレの経験則からして1人しか居ない。喜んで一緒にトレーニングしようと言うだろうが、生憎そこまでして面倒な風評被害を受けたくはないんでね。
それにこんな夜だからこそ物静かに集中できる事もある。ただ自分の呼吸と足音、原付のエンジン音だけが支配する……いや大半原付が支配してるけども。風情のふの字も感じられないけど兎に角、いやエンジンは吹かしてるからふの字はあったわ。
「おーっし、そこまで」
「っあ゙あ゙、疲れた」
「おっさん臭、お前女子か?」
「うるせーよ。まだピチピチの10代後半だわハゲ」
「ハゲじゃねぇスキンヘッド。……ったく、ほれ」
海岸線の辺りまで走ったオレにスポドリを投げ渡す。この疲れた体によく染みるこの感じ、普段飲みしても美味いんだからよく出来てるわな。
「今の調子でいけば6月のエプソムCでは上位成績を望めるだろう」
声色に真剣味を帯びた状態でそう言い始めたハゲ。
「だが誰の目から見てもお前はまだ未完のままだとも言うだろうな。まだお前の持っている爆発力を阻害する何かをとっぱらわない限り」
その辺はそうだ。まぁ会長もビワハヤヒデパイセンもエアシャカールもゴルシの奴も、何だかんだで口を揃えて爆発力があるけど活かしきれてないだの言うからなぁ。
「ま、時間がある訳じゃないがそれでも長い目で見りゃまだ成長の余地があるんだ。必ずお前の実力を引き出してやるさ」
ハゲ……────
「緑に光ってて説得力ねぇぞ」
「誰のせいだよ……!」
そうなんだよなぁ。良いこと言ってるんだがタキオンの薬飲んだせいで全身蛍光色に光ってんだよなぁ。
「これがホントの裸電球ってか」
「上手くねぇわぶっ飛ばすぞ! つーか元はと言えばこれお前のせいだかんな、タキオンの交渉材料に俺を勝手に使ったのが原因だかんな!あと誰が電球だゴラ!?」
「いやもう全身ケミカルライト塗ったみたいなあれじゃん。蛍光色とハゲじゃん、もうこれ裸電球で間違いないだろ服着て生きてるけど」
「服着て生きてるって俺人間! 電球じゃなくてヒト! あとハゲじゃねぇつってんだろ!」
「え、電球じゃねぇの?」
「そっち!? 疑問点そっちなの!? お前にとって俺が人間か否かはどうでも良いの!?」
「あ、なーんだあれだったのか。でも足りないもんがあるぞ今付けてやる」
「嫌な予感しかしねぇから止めてくれますぅ!?」
「はいこれ」
「…………いや、何これ。何この白いの?」
「
「誰が大仏とも言ったよ!? つーか後光差してるんじゃなくて俺が光ってんの! 俺自身が発光してんの分かる!? てかこんな色の後光見たことねぇよ!大仏じゃなくてDie仏になるわこんなん! 救いの手じゃなくて魔の手が伸びてきそうだわ!」
「ったく注文が多いなオイ。じゃあ何なら良いんですか? 裸電球でもなけりゃ大仏でもねぇって、何になりてぇんだよハゲ」
「何になりたいか、じゃなくて人間なの! 人間にしかなれねぇの俺は! あとスキンヘッドだっつってんだろ毎回毎回!」
「あぁ成程、ハゲは悟○の師匠になりたいのか。でも残念だが師匠ポジは大概一過性のものだからすぐ消えるぞ」
「そこは○ッコロじゃなくて○リリンで良いだろ! 何で発光色で決めてんのハゲで決めろや! ──いやだからハゲじゃねぇつってんだろぉ!」
『アンタは幼い頃、絶望したことはあるか』
昔、彼女は私に向かってそう言っていた。女帝を志す道半ばの私に向かって、彼女は死んだ目で語った。
『医者に“走れば右脚が故障する危険がある”って宣告されて、幼いながらに絶望したことなんざねぇだろ。母親の憧れしか無かったアンタに』
なぜそこまで無気力でいられるのか。なぜ本気で走ろうとしないのか。ウマ娘としての在り方はどうしたのか。それら全ての答えが詰まったような言の葉だった。
『走るための脚が命に直結してる……導火線付きの爆弾があるんだよ。それでもまだウマ娘のどうたらこうたら抜かしてぇなら勝手にしろ、オレには関係ねぇ』
思えばあの時の私たちは、まだ若かったのだろう。お互いのことを全く理解さえしてなかった。
「すぅ…………んっ」
気がつけば寮部屋のデスクの上で寝てしまっていたらしい。酷く懐かしく、思い出したくもない面倒な記憶を見ていたようだ。私としたことが自分の管理も怠るとは、しかもファインモーションがブランケットを掛けてくれていたらしい。時間を見れば11時を過ぎていた。
思えば彼女とは生徒会での交流しか無かったやもしれん。同期であったがお互いに理解の及ばぬ相手同士、交わることのない世界であれば良かったのではないかと思い耽る。だがそれでも疑問が幾つも頭に浮かぶ。
彼女はなぜこの学園を去らなかったのか。
彼女はなぜ爆弾を抱えたまま走り続けることを選んだのか。
競走成績が低迷していても尚、彼女が走り続ける理由が一体なんであるのか。
あの時、ゴールドシップはジャスタウェイに何と言ったのか。
そんなことを考えながら、会長のジョーク集を片付けて就寝した。