走れ、走れ。これ以上ない限界まで、走り続けろ。ターフの上で駆け抜ける奴らの全てをたった一瞬で抜かせ、それしかオレに勝つ方法は残されていないのだから。
《さぁ11番のリンモクセイが短期の逃げ、11番のリンモクセイが短期の逃げです。かなり離れて3番のモルドレッド少しずつ、少しずつその差が縮まってきましたが4コーナーまわって既に直線コースに入っています。》
まだだ、まだ。ここじゃない、だけど勝機ならある。この目の前に広がる間の狭い隙間、他の奴らは必死に先頭を目指して駆けている。狙うなら───
《さあ短期の逃げでリンモクセイ逃げ切るでしょうか。後ろからはモルドレッド、そして外からはコンドータイシ。更に大外から1番人気のサトノシャインここから差しきろうとしている! サトノシャイン差しきろうとしている!》
今! ここでッ!
《さあ差が詰まった差が詰まったモルドレッド先頭!モルドレッド先頭!ヨウコウセンも同時にペースを上げる! さらに外からはコンドータイシ! コンドータイシ! そして緑の帽子はラストモード! 大外からサトノシャイン突っ込んでくるがさぁ伸びない!伸びない! モルドレッド先頭! モルドレッド先頭!モルドレッド先頭! ヨウコウセン突っ込んでくる!》
「ッア゙ア゙ア゙ア゙!」
《内から! 内からジャスタウェイ!2頭並びましたッ!最後の最後にジャスタウェイ突っ込んで2頭並んだ!モルドレッドそしてジャスタウェイ、2頭並びましたエプソムC!》
並んだ、か。だがまだ足りてない。何が足りない? オレに何が必要なんだ? もう十二分以上に必要なものは揃えたはずだ、揃っているはずだ。
あぁ、だのに……2着か。まだ、まだまだか。
6月のエプソムCを2着につけ、8月の関屋記念に向けての調整に入ることになったがその前に。レース後にはいつも鍼治療や按摩を受けることになっているので、保健室に現在向かっている。出張という形で出向いてくれる笹針師のおやっさんには大分お世話になっており、オレの右脚の性質を詳しく見知っているため毎レース後おやっさんの腕の立つ仕事に頭が上がらない。
つーか地味に痛い。一応左回りのレースだったからこの程度で済んでるとは言えやはり痛みだけはある、レースに支障は無いにせよ大事をとってこうして治療を受けている。そういえばハゲの話じゃ既に他のメンバーも治療を受けているらしい。おやっさんの治療はかなり効くからなぁ。具体的には全ステ+30は上がって体力30回復する。
「いらっしゃ〜い! 来たわね、ジャスt」
扉開けたら変な人が居たので閉めた。あっれ〜、おっかしいな今日おっちゃんじゃなかったっけ? あんな変な仮面に変な服装のアマじゃなかった筈なんだけど? いやホント誰?気のせいじゃないかもう一度開けてみる。
「ちょっと! なんでいきなりt」
夢じゃないので閉めた。なんだあの変態、オレは悪夢でも見てんのか? 青ざめた血の空が蜘蛛で秘匿されてない?
「急に閉めるんじゃないわよ!」
「いやアンタ誰? 今日ここおやっさん来るはずだったんだが」
「アンタとは中々失礼な娘ね! けどまぁいいわ、名前は教えてあげる。私は安心沢刺々美、超天才になりたい笹針師よ!」
「不穏なワード聞こえたんだが?」
「んんっ。今日担当するはずだった師匠なら、突然ぎっくり腰になっちゃって行けなくなったの。だから私が来たってわけ!」
「あ、そう。帰るわ」
「いやいやいや待って待って」
「今度は何すか」
「何じゃなくて! 治療受けに来たんでしょう!?」
「いやおやっさんの方が腕立つし、トーシローに任せたらヤバいことしか起きないでしょーが。最悪損害賠償アンタが払わにゃならんでしょーが、おやっさんに迷惑かけるつもりか?」
「ド正論っ! で、でもぎっくり腰って治るのにかなり時間かかるわよ! 次のレースに間に合わなかったら貴女だって不味いんじゃない!?」
「そりゃそうだが8月だぞ? 幾らなんでも早く治す術は知ってるだろうし、そもそも1〜2週間で治るだろ」
「えぇいああ言えばこう言う! ほら早く入りなさいな!」
「でぇっ」
何か無理やり室内に入らされたんだけど。ん?……真ん中しか空いてない。両隣は使用中か? そういや既に治療済みって言ってたなあのハゲ。
「なぁアンタ、ここに他のウマ娘来てねぇか?」
「来たわよ。4人」
「この両隣に居るのは誰?」
「確か、エアシャカールと──」
他のメンバーの内の誰かを言いかけた途端、外から滅茶苦茶重そうな音が規則的に鳴っているのが聞こえてくる。というかこっちの方向に向かってきてる気がするんですけど。一抹の不安を抱えながら何なのかは警戒していると、保健室の扉が開かれた。
「やあ、リーダー!」
30頭身のタキオンによって。
「いやお前誰だァあああ!?」
「アグネスタキオンだよ、分からないのかい?」
「この世に30頭身のデカブツが居てたまるか! 頭と体の比率がアンバランスなんだよ既にバケモノじゃねぇか! つーかオレの知ってるタキオンはもっとポキオンみてぇな奴なんだよ! 何でポキオンからタフネスムキオンに変わってんだよ! 劇的ビフォーアフターでもここまで変わらねぇよ!?」
「そこの笹針師のおかげさ! やはり時代は筋肉! 筋肉こそが果へと至る道なんだ!」
「脳ミソまで筋肉に染まってんじゃねぇか! つーか科学者キャラどこいったよ!? おい安心沢ァ!あらどういう了見だオイ!」
「ぐえっ。は、針を刺したらあんな風に」
「どこの世界に針刺しただけでゴリラ以上のバケモノになれんだよ!? 最早改造治療だろーがB.○.W混ざってんだろーが! タ■■■■以上のバケモノじゃねぇかあんなの!」
「そこの笹針師の、言う通りだ……」
「シャカール!」
左隣のベッドのカーテンが開けられ、エアシャカールが苦しそうな表情でそこにいた。
「タキオンに針を、刺したと思ったら……あの、ザマだ」
「おいエアシャカール! まさかだがお前!」
「いや、俺は……うぅ」
「な、何が起きてるんだお前の体に!?」
「感度が10倍になってる」
「いやスッゲー地味だけど嫌なやつ! もうカーテン開けるだけで過敏に反応してるじゃん服擦れるだけで面倒なヤツじゃん! もう良いからエアシャカール休め何も言わんでいい!」
「すま、ねぇ……」
「おいこれどうしてくれんだよ安心沢ぁ! 戻せ、今すぐ元に戻せェエエエ!」
「わ、私だって何でこうなったのか分かんないわよ! ただ針刺しただけなのにどうやって元に戻せってのよ!」
「お前にゃ戻す義務があんだよ阿呆! ほぼおやっさんに対する業務妨g「喧嘩はやめるんだ、トメさん」
キャップ! 右隣で寝てたのキャップだったのか、見た感じ特に何も問題なさそうだしこれは助かった!
「キャップ! ちょうど良かった今すぐハゲに連絡して」
「喧嘩は良くないぞ、トメさん。喧嘩なんかしてもお腹が空くだけだ」
ん? 何か様子が────
「そしてお腹が空くから喧嘩するんだ。ほら2人とも、落ち着いてお饅頭を食べてくれ。
「キャップが壊れたァ!? 食べ物目の前にして涎垂らさないどころか与えることに対して血涙1滴すら流さねぇ! そして何か悟り開いてる表情してるぅ!? おい笹針師ィ!」
「ぐえっ。し、しました。針刺しました。く、首がしまっ」
「トメさん、ほらお饅頭をお食べ」
「キャップ! オレは良いから、オレは良いから早く正気に戻れぇ! 食に貪欲じゃないキャップなんてキャップじゃねぇよ!」
「フハハハハ! この高揚感、この衝動! じゃあさらばだリーダー!」
「オイィイイ! 行くなァ! 誰でもいいからそのムキオン止めてくれぇ!」
「はい! お任せ下さい!」
「グアアアア!?」
聞きなれた大きな声の直後、あのムキムキマッチョのタキオンがいとも容易く吹っ飛ばされていき、保健室の出入口で倒れた。
「その声はまさか!」
「はい! 私こそ皆の憧れたる学級委員長!」
タキオンが吹き飛ばされた方向とは逆を見る。そこには頼りがいのある堂々とした姿、ゆっくりとした足取りでタキオンの方へと向かうその様は正しく────ガン○ンクであった。
『サクラ・
「生身どこいったァあああ!? 何でお前だけガンタ○クなんだよ何でお前だけ機械になってんの何でお前だけ別物になってんだよ!? つーか全く面影残ってねぇよ残ってんのメインカメラの桜マークしかねぇじゃんそれ以外完全にガンタ○クだろぉがぁ!」
『すごいですよジャスタウェイさん! この姿を見た副会長が素晴らしさのあまり倒れました!』
「既知外に出会って気絶したんだよアホ! しかもどーやって有機物から無機物に変化したんだよ完全にこれ改造治療だろぉが針治療の域越えてんだろーが! おい安心沢ァ!」
「……(返事はない、ただのry)」
「いやこれどーすんだよぉおおおお!?」
翌日、何やかんやで24時間限りのことだったらしく元に戻ったようで。タキオンは元に戻ったあと暫く動けず、キャップはいつものように大飯食らいに戻り、エアシャカールも悩まされずに済んだ。オレは1週間後におやっさんの元に向かうことになって、あの原因の安心沢とやらは笹針師の免許剥奪という形で一応事は収まった。報連相の行き届いてなかったハゲはエアシャカールとオレの手によってツープラトンを決められ暫く寝込んでいる。
「ったく、酷い目にあった……」
「あ゙あ゙あ゙あ゙……もう懲り懲りなんだが」
「あん時は助かった、真面目に」
「そういえば2人とも、バクシンオーは?」
「……そういや見てねぇな。シャカールは何か知ってっか?」
『……シン………ンバ………』
「いや、見てねぇが。誰か携帯なってねぇか?」
「は? あ、ホントだオレ……の…………」
『バクシンバクシンバクシン! バクシンバクシンバクシン! バクシン! バクシン! バクシンシーン!』
オレのスマホ画面に、○ンタンク姿のバクシンオーが映っていた。
「何でだァあああ!?」
※サクラバクシンオーはこのあとちゃんと生身に戻りました。