「こんにちはー!」
ドアを押し開け、プラネテューヌ女神の執務室に入ってきたのは、元気いっぱいなルウィーの女神候補生ラム。
「あ、ラムちゃん! いらっしゃ〜い!」
執務室のイスに腰掛け、書類仕事を処理しながら応じるネプテューヌの姿は、普段からは考えられない光景であった。
「ねぷぅ? ラムちゃんだけ?」
「ん? わたしだけだよ」
「ブランはともかく、ロムちゃんは?」
「おうちでお絵描きしてるんじゃない?」
「……喧嘩でもしたの?」
双子なこともあっていつもべったりな二人のうち片方だけが訪ねて来るのは珍しく、その理由を聞こうとしたネプテューヌだったが……
「……? なんで?」
「いや……う〜ん、なんでもなーい」
「変なネプテューヌちゃん」
当のラムにとっては大した理由もないようだったので、詮索をすることをやめた。
いつも二人一緒にいるとしてもたまには別々の方法で時間を過ごす、そんな当たり前のことでしかない、それを理解したからだ。
「でもネプギア今いないんだよね。丁度さっき出かけちゃったんだ」
「えー! わたしが来るんだからいときなさいよネプギアー!」
「そんな無茶な……」
「まぁいっか。しょうがないからネプテューヌちゃんと遊んであげるわ!」
「なんでわたしがもらう側……? それに、今わたしお仕事してるからさ」
「えっ⁉ ネプテューヌちゃんお仕事してるの⁉ あのネプテューヌちゃんが⁉︎」
「ラムちゃんにまでその認識なのかわたし……しばらくしっかりしないといけないかも……」
ラムの相手をしながらも手を動かし仕事を続けるネプテューヌ。
そんな姿が新鮮に映ったからか、ラムは興味深い表情でネプテューヌに駆け寄り、膝の上に座った。
「……どしたの?」
「ネプテューヌちゃんがちゃんとお仕事してるか見ててあげる」
「そっか」
特に断る理由もなかったのでそのまま放っておくことにしたネプテューヌは、ラムを膝に乗せたまま書類を見たりパソコンを弄ったりして仕事を処理していく。
「ネプテューヌちゃんが……本当にお仕事してる……」
「だからしてるって言ってるじゃん」
「してるフリしてゲームしてると思ってた。たまにお姉ちゃんやってるし」
「ブラン地味にそういうとこあるよね」
「ネプテューヌちゃんはどうしていつもみたいにお仕事サボってないの?」
「うーん、普段サボった仕事はいーすんとか他の優秀な教会員さんがやってくれるし、正直その方が上手くいくからサボってるんだけどさ、今やってるやつはわたしがやんなきゃいけないことなんだよね」
「どれどれ」
「これ国家機密だから見ちゃダメ……まぁラムちゃんだからいっか」
ネプテューヌは、ラムがこの内容をバラすことはしないしそもそも内容を理解することもできないだろうと思い、放っておくことにした。
「ラムちゃんってさ」
「んー?」
「ブランやロムちゃんと違って髪長いよね」
「キレイでしょー?」
「うん、サラサラで綺麗」
「えへへー」
「どうしてラムちゃんだけ長いの?」
「うーん……わたしもお姉ちゃんとロムちゃんとお揃いにしたいから短くしたいって思ってたんだけど、お姉ちゃんとロムちゃんにダメって言われたの。お姉ちゃんもロムちゃんもわたしの長い髪好きなんだって。だから短くしないでって頼まれちゃった」
「そっかぁ」
ラムの言葉を聞いて、幼い日のネプギアが自分と同じ髪の長さまで切りたいと言ったが、自分は妹の長い髪が好きだから切らないで欲しいと頼んだ昔のことを、ネプテューヌは思い出した。
「……すんすん」
妹の髪に思いを馳せたネプテューヌは、なんとなくラムの髪の匂いを嗅いでみた。
「ひゃっ……!」
「やっぱりブランの匂いと似てる」
「もー、くすぐったいわ。いきなりこんなことするなんて、ネプテューヌちゃんったらいじょーせーへきなのー?」
「そんな言葉どこで知ったの?」
「ベールさんに読ませてもらった漫画。裸の男の人が抱き合ってて面白いんだよ」
「なんてもん読ませてるのさベール……」
ネプテューヌの仕事を見るのに飽き、持ってきたゲーム機を起動するラム。
仕事を処理し続けながらも、ラムが座りやすいように足の位置を調整するネプテューヌ。
パソコンのキーボードに打ち込む音、書類の上を走るペンの音、ゲーム機のコントローラーのカチカチ音、たまに出る独り言、それらの音が順番を変えながら無作為に鳴り続ける。
姉妹でも友達でもない二人が、同じ空間と時間を共有しながらも、別々のことをやっている。側から見れば普通のことのようにも、はたまた奇妙に見える光景。
「よーし、終わったァ! 後はいーすんにチェックして貰えば大丈夫でしょ。さて、お仕事終わったから遊ぼっかラムちゃん」
「……」
「あれ? ラムちゃん?」
「すぅ……すぅ……」
ネプテューヌの膝の上の心地が良かったのか、ラムはいつのまにか寝息を立てていた。
「もう、いきなり来て、膝の上に乗って、国家機密覗いて、ゲームして、挙げ句の果てに寝るなんてさ、自由すぎだよラムちゃん」
ネプテューヌは、眠るラムの頭を優しく撫でながら呟く。
「そういう自由なとこ、わたしにちょっと似てるよね。あはは」
そして、寝ているラムをひとしきり可愛がった後、Nギアを取り出してブランに通話をかける。
「もしもしブラン? ラムちゃんこっち来てるよ。あ、ブランには言ってから来てるんだね、りょーかーい。今寝ちゃったから、起きたら遅くならないうちに帰すね」
*
それから後日。
「お、お姉ちゃん、重くない?」
「全然」
「その、邪魔じゃない?」
「全然」
ラムを膝に乗せ続けていたからか、逆に誰かに膝に乗られていないと違和感を持つようになってしまったネプテューヌは、数日間ぐらい常にネプギアを膝の上に乗せるようになったとか。