「やっほーブラン」
ルウィー南部の町外れの小屋に、ネプテューヌは訪ねて来た。
「はいこれ、頼まれてた新刊」
「ありがと」
「来るついでに買ってこいなんて言わないで、自分で買いに行ってよねー」
「田舎暮らしに慣れるとどうも、街まで行くのが億劫になるのよ」
ブランは読んでいた本を閉じて置き、立ち上がって部屋の隅の小さな冷蔵庫を開け、コーヒーが飲めないネプテューヌのために常備してあるジュースをコップに注ぐ。
「ブランはさ」
ネプテューヌがコップに手をつけ、飲もうとした直前に、思い出したかのように口を開いた。
「なに?」
「なんで教会に住むのやめたの?」
「女神を引退したから、田舎でセカンドライフでも送ろうと思って」
既に、ネプテューヌとブランも一国の守護女神の座を引退した身である。昔は守っていた妹たちに今は超えられ、
ネプテューヌは今でも変わらずプラネタワーに住んでいるが、ブランはルウィー教会から出ていった。
「最近は読書だけじゃなくて、ガーデニングも始めたのよ」
「見たよ庭。まだ耕された土しかなかったけど」
「何を植えるかはまだ決めてないの。一緒に考えてくれるかしら?」
「じゃあ、桜を植えよう!」
両手を広げながら満遍の笑みで言うネプテューヌに、ブランは少し怪訝な顔をしながら言い返す。
「花壇に木を植えるって……」
「だって、花だとすぐに散っちゃうじゃん。桜の木だと毎年楽しめるよ!」
「すぐに散るからいいのよ。散ったらまた新しいのを植える。その繰り返しがいいんじゃない」
「そうかなぁ?」
「そうよ……ふふっ」
そのやりとりの最中、ブランから笑みが漏れる。
「そんな面白いこと言ったかなわたし……?」
「違うわ。だって、革新の国の女神だったあなたと不変の国の女神だった私、その二人が望むものが真逆なんだもの」
「言われてみれば……そうだね」
「女神だった頃、変化が好きじゃなかった。季節は巡り時は移ろい世界は何もかも変わっていくのに、私だけ変わらないことに……寂しさを感じていたから」
「わたしは逆だったかな。みんなが変わっていくのを、変わらずに見続けていられるのが楽しかったよ」
ネプテューヌは笑顔で言うが、その笑顔にはどこか寂しさのようなものが感じられた。
「でも、いざ自分が
プラネテューヌは革新の国。流行も、風景も、常に新しいものへと移り変わっていく。ネプテューヌという女神が存在した痕跡も、今この時には残っていても、数十年数百年経てば綺麗さっぱりなくなっているかもしれない。
「……なら、植えましょう、桜の木を」
ネプテューヌの心境の変化で生まれた寂寥に、ブランは寄り添うことにした。
「私たちが消えても残るような立派な木にしなくちゃいけないわね。庭の大きさは足りるかしら?」
「良いの……? 花が良かったんじゃないの?」
「花なんてその隙間にでも植えればいいのよ」
元々、ガーデニングを本気でやり込もうとしていたわけではない。ならば、そのために作った場所を、互いに女神でなくなってただの友人となった相手のために使ってあげたい。ブランはそう思っていた。
「そういえば、ロムちゃんとラムちゃんに最近会ってる?」
「会ってないわね。数日おきに連絡は取ってるけど」
「へぇ、意外」
「姉離れ妹離れできないあなたたちとは違うのよ」
「わたしの方はそうかもしれないけど、ネプギアはそうでもないんだよね。だから、わたしが一人でいる時間が増えたかな」
「あのネプギアが姉離れって……想像できないけど」
「そりゃ今でも仲は良いよ。でも、ネプギアがわたしにベッタリだったのは、わたしが女神でネプギアが候補生だから、ってのもあったんだと思う」
女神と候補生は、単なる姉妹としてだけでなく、先駆者と後継者の関係でもある。後継者たる候補生は、いずれ国を背負う女神となるために、先駆者たる女神を見て学ぶ。未熟な自分が、その未熟さの要因を知るために。
しかし、いざ自分が姉を超え女神の座を継げば、先代から学ぶことは一切ではないが無くなる。心の余裕も生まれ、姉からの愛情を以前ほど求めなくなる。
「昔はあんなに『お姉ちゃんお姉ちゃん』だったのになぁ……」
「それだけ女神として上手くやれてるってことでしょ」
「それはそうなんだよね。むしろやれすぎて怖くなってるレベル。我が妹はどこまで行ってしまうんだ、と。ネプギアといーすんの会話のレベルが高すぎてついていけないことあるもん」
「あなたの時代がどんだけダメだったかってことよ」
「ダメって言わないでよ〜! わたしだってそこそこ頑張ってたんだから〜!」
「……ま、姉より妹が優れてるのはそっちだけじゃないから、人のことを言えないわね」
言葉の内容とは裏腹に、ブランは嬉しそうに言う。
「そう? ブランはしっかりしてるイメージだったけど」
「ルウィーは魔法の国。魔法に長けたあの子たちは、その時点で私よりこの国の女神に向いていると言えるわ。それに、単純に二人いるってのは強いわね。一人が書類仕事して一人がクエスト行くってのができるもの。正直ズルよ」
「ネプギア言ってたな……ロムちゃんとラムちゃんの二人がかりなら絶対勝てないって」
「そうね。今のあの子たちの本気には、私が全盛期に戻ってネクストフォームになっても勝てないでしょうね」
「頼もしい限りだけど、少し悔しいよね」
「ほんとにね」
会話をしながら、ネプテューヌがジュース、ブランがコーヒーを飲みながら、ネプテューヌが買ってきたお菓子を摘む。
「わたしさ、女神辞めてネプギアに託す時、何もやり残したことないって思ってたんだけど。何個かあったんだよね」
「なに?」
「小競り合いはしてたけど、ブランとノワールとベールと、本気で決着つけたことはなかったなぁ……って」
「なるほど……」
かつての四女神は、敵対していた時でも決着が付くまで戦うことはなかった。本気で戦った時もあるのだが、四つ巴ということで、消耗しすぎると他の女神にトドメだけ掻っ攫われる可能性もあるため、ある程度のところでお互い引いていた。今思えばそんな卑怯な手を取る者などいなかったが、当時は他の女神の性格を知る由はなかった。
そして時が経ち、手を取り合い、戦うことはなくなったのだが、決着が付くまで戦ってみたかったという心残りがネプテューヌにはあった。
「それは……私もよ」
無論、ブランにも。
「じゃ、やる? お互い衰えたけど」
ネプテューヌは、半分冗談、そして半分本気でブランに聞く。
「うーん……」
ブランは考え込んだ。ネプテューヌ同様、半分本気でネプテューヌと戦う気があった。
「……やめとくわ。今のわたしたちが決着がつくまで本気で戦ったら、どっちかが死ぬと思うから」
得られる
女神はシェアがあれば、死にかけたとしても回復し身体の損傷も修復される。しかし、今の二人だと、もし死にかけたら回復が追いつかず、そのまま絶命する可能性が高いのだ。
「それでも良いと思ったんだけどね。このまま女神の力が減っていって、病とか老いで死ぬんだったら、まだ戦える間にあなたたちの誰かと戦って殺されて死ぬっていうのも」
物騒な言葉ではあるが、それが女神としての矜持であり、ブランは穏やかな笑みで言う。
「けど、まだやりたいこと少しあるから。読んでない本もあるし……それに、桜の木を植えたいし」
「それもそうだね」
決着はまたの機会に。
その日は、ネプテューヌもブランも、友としての集まりを楽しんだ。
「あのさネプギア、わたしがいつかブランかノワールかベールと戦って時、相手のことを恨まないで欲しいんだよね」
「え? どうしたのいきなり?」