「待ってノワール! 剣を下ろして!」
ブラックハートはネプテューヌの首元に剣を添え、怒りと憎しみを込めた表情で口を開いた。
「『ユニと寝た』ですって? 人の愛する妹に手を出した報い、地獄かギョウカイ墓場で償いなさい!」
「違うんだよ! そういう意味じゃないんだって!」
「じゃあどういう意味よ!」
「一緒にお昼寝しただけだよ〜!」
「……」
「……」
数秒の気まずい雰囲気の後、ブラックハートが剣を降ろし、女神化を解く。
「……紛らわしい言い方しないでくれるかしら?」
「最初からしてないって。CEROがZになっちゃうじゃん。でも言葉が足りなかったね。詳しく話すと、アレは三日前のこと──」
『こんにちは。あれ? ネプギアいないんですか?』
『あ、ユニちゃんいらっしゃい。でもネプギア出かけちゃったんだよね。アレコレ詮索されるのも嫌だろうから何処に何しに行ったとか何も聞いてないし……いつ帰って来るか分からないかなぁ……』
『そうなんですか。まぁ、アタシもどうせいると思って何も連絡なしに来ましたし、後日また来ますね』
『うぃーん。がしっ』
『え、ちょっとなんでアタシの腕掴むんですか? ていうかなんですかその効果音?』
『お昼寝タイムだよ! 今日の相方はユニちゃん!』
『いや相方とか知りませんから。別にアタシ眠くな……ちょ、やめてくださ……うわ力強っ…………すやぁ』
「──ていう感じで、わたしは唐突に現れたユニちゃんを巻き込んでお昼寝してたわけなんだけど」
「人の妹を抱き枕代わりにしないでくれるかしら? それに、あの子と昼寝したことをどうしてわざわざ私に報告しにくるわけ?」
ノワールは、自分の妹と自分よりも仲良くされることが気に入らない、という思いが露骨に表面化し、嫌味ったらしい言い方で聞いた。
「ユニちゃんって抱き心地が良くてやけにいい匂いがするから気持ちよく眠れるんだ! ノワールも抱いて寝てみなよ!」
そんなノワールの心中を知ることのないネプテューヌは、100%の善意でノワールに言った。
「ネプギアとは違う良さなんだよね。これは『ユニちゃんセラピー』として周知されるべきだよ」
「周知されなくていいわよ」
「そして昼寝から起きたらやけに調子良くて、その後積んでいたゲームを休みなしで何個もクリア出来ちゃってさ」
「調子が良かったなら仕事しなさいよ」
「というわけで、まずはノワールに知らせるべきだと思ってね。ほら、ノワールって一応ユニちゃんのお姉ちゃんじゃん?」
「一応って何よ普通に姉よ」
その後、ネプテューヌはラステイション教会の来客用の菓子を食い荒らしてから帰っていった。
そしてその日の夜、ノワールは寝る直前にネプテューヌとの会話を思い出す。
「何が『ユニセラピー』よ。それより、何より気に入らないのは、私ですらほとんどした覚えのないユニとの添い寝をネプテューヌにされていたことね……!」
ノワールは素直になれない性格からユニへの愛情を直接出すことはあまりない。
「ユニ、ちょっといいかしら?」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「今日、一緒に寝ない?」
しかし、この時のノワールはネプテューヌへの対抗心が素直になることの恥ずかしさを上回っていた。
「えっ⁉︎ なんで?」
ノワールの問いかけはユニにとって思いもよらないものだったようで、ユニは動揺しながら聞き返す。
(『なんで』……⁉︎ 断られることは想定していたけど理由を聞かれるとは思わなかったわね……っ! さて、どういう理由にしようかしら。私とじゃなくてネプテューヌと寝たのが気に入らないからなんてダサい理由言えるはずないし……)
ノワールは職務中や戦闘中に匹敵するほどの勢いで頭を回し、それらしい理由を考える。
(うわっ……急に聞かれたから『なんで』なんて聞いちゃった……せっかくの機会なのに、アタシってほんと可愛くない妹よね……)
ユニは勝手な思い込みで勝手に落ち込んでいた。
「えっと……その……さ、最近忙しいじゃない? だから……その……つまり……? えっと……あなたと一緒に過ごす時間をあまり取れなかったから……寝る時だけでも一緒にいたいな……って思ってね、うん」
ノワールは必死に考えた言い訳をしどろもどろになりながら話す。
「……っ!」
その言葉を聞き、ユニの表情が一気に明るくなった。
普段は厳しくて甘えられないノワールが、ハッキリと自分と一緒に過ごしたいと言ったのだ。
また、ノワールが言い訳を考えながら話していたことによるしどろもどろとした喋り方は、ユニにとってはノワールが不器用ながらもなんとか自分に歩み寄ろうとしてくれているように感じられ、それがたまらなく嬉しかったのだ。
「うんっ! わかった! 一緒に寝ようお姉ちゃん!」
そうなれば、自分もある程度の恥は捨て姉に歩み寄ろうと、ユニは素直に返事をした。
(ユニがいきなり上機嫌になった……? いや、違うわ……! 私のあまりにも強引な言い訳を察したユニに気を遣われてしまったのね……! でもまぁ……これはこれで上手くいったことでいっか)
そんな妹の思いをあまり理解していないバカタレ姉貴がここにいるわけだが、なんだかんだで状況は二人にとって良い方向に転がった、
「ね、ねぇお姉ちゃん……流石にちょっとこれは恥ずかしいわよ……」
精々横に寝るぐらいだと思っていたユニだったが、まさかノワールに抱きしめられる体勢で寝ることになるのは予想外だったようで、顔を真っ赤にしながら嗜めるように言った。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「……」
「お姉ちゃん……?」
「……」
「え、もう寝たの?」
ノワールはユニを抱きしめてから数秒で眠りに落ちていた。ネプテューヌの言う抱き心地と匂いの良さもあるが、自分が世界で一番心を許せる者と寄り添う安心感が何よりも大きかったようで、ユニという存在の暖かさを享受しながら幸せそうに眠っていた。
「せっかくなんかおしゃべりでもしようと思ってたのに……でも、お姉ちゃんの寝顔なんて見たの初めてかも。気絶とかならあるけどね」
ユニはノワールを起こさないように、ペタペタと頬に触れたり、頭を撫でたりした後、ノワールに甘えるように寄り添いながら目を閉じた。
「……おやすみ、お姉ちゃん」
*
(おそらくノワールのことだから、わたしへの対抗心を燃やし昨夜ユニちゃんを抱いて寝たはず。ユニちゃんもノワールからの誘いを断ることはなく、なんか良い雰囲気で終わっただろうね。ふっ……手のかかる姉妹だね本当に)
「どうしたのお姉ちゃん? そんな何もないところに向かって得意げに笑って」
「いやぁ、良いことをした後は気分が良いなぁ……って」
「へぇ、どんなことしたの?」
「えっとねぇ……そうだなぁ、その話はまずわたしがユニちゃんと寝たところから始まるんだけど…………待ってネプギア! 剣を下ろして!」