タイトルから見てわかると思いますが読んでいてあまり気分の良い話ではないです。
救世の悲愴・アナザー ( パープルハート イストワール )
限界だった。
友と仲間をその手にかけた妹の心は既に壊れる寸前だった。
最後の仕上げとして、自分を殺すことを頼んだ結果、寸前だった心が完全に崩壊し、妹は自ら命を絶った。
自分以外の全ての女神の命を吸って最終形態となった魔剣と、それに命を捧げて消滅した妹の形見となったNギアが転がっていた。
だから、最後に残った自分が犯罪神を撃破した。
*
「ネプテューヌさん。もう三日も働き続けていますから、少しは休んでください」
「必要ないわ。それに、休んでいる暇もない」
「ですが……」
「……そうね、口で説明するよりも、実際に見せた方が早いかしら」
そう言ってパープルハートは、山のように積んである書類を処理する手を止め、手に持った万年筆を思い切りもう片方の手首に突き刺した。
「ネプテューヌさん! …………え?」
イストワールは二重の意味で驚いた。パープルハートの凶行と、その凶行によりできたはずの傷が既に完治していたことに。傷跡ひとつ残っていなかった。
「女神ってシェアの力があれば傷なんて直ぐに治るのはいーすんも知っているでしょう? この世界の全てのシェアエネルギーが集まった私にとってはもう休息なんて必要ないのよ」
「……」
「睡眠も必要ないわ。寝るのって脳を休めるためでしょう? でも、今の私は常にシェアの力で身体が再生しているから、いつでも新鮮な脳がお届けされるのよ」
イストワールはそれ以上何も言えなかった。
「さて、モンスターの大量発生情報が届いたわ。ちょっと行ってくるわね、いーすん」
「は、はい……行ってらっしゃいネプテューヌさん」
犯罪神を撃破した日から、パープルハートは元の姿には戻っていない。四つの国、八人の女神に分散されていたシェアエネルギーは今はパープルハート一人に集まっており、変身で消費する以上のシェアが常に届けられているからだ。
誤魔化しや嘘の苦手なパープルハートは犯罪神撃破後、すぐに犯罪神討伐のために全ての女神を犠牲にしたことを公表した。それにより、初めは多くの人間の反感を買ったが、彼女の行動と実績によってその反感はすぐに止んだ。それどころか、ゲイムギョウ界ほぼ全ての人間がパープルハートの信者となった。元々敵対していた女神たちを仲間にできるほどの人徳……ならぬ女神徳がある彼女にとって、人々の心を掌握することなど容易かったのだ。
パープルハートは一人になり、誰かに頼ることも甘えることもできなくなった。だからこそ彼女は自分の持てる力を全て世界のために使った。イストワールと協力し、国が一つでも世界が問題なく成立するシステムを作り上げることに成功した。国のために、世界のためにと自らの心をかなぐり捨てた彼女は完璧な守護女神となった。皮肉にも、彼女が愛した友や仲間は、彼女にとっては『枷』でしかなかった。
こうして、パープルハートはゲイムギョウ界の覇者となった。そんな世界は、彼女の望んだものではなかったとしても。
余りあるシェアから供給される力を持つパープルハートは今更雑魚モンスター如きに傷を負うことはない。負ったところですぐに完治する。刀を適当に振るえば、余波だけでモンスターは霧散する。彼女がかつてライバルたちと鎬を削りながら磨き上げた剣技を披露する必要のある敵など、最早ゲイムギョウ界には存在しない。
「虚しい……なんて思ってる暇はないわよね」
誰が聞いているわけでもない独り言を呟き、さっきまで大量モンスターがいたはずの静かなダンジョンを後にする。
それに、自分の虚しさよりも、最愛の妹にこんな思いをさせる寸前だったことの方が、彼女にとっての憂いだった。
*
犯罪神討伐から数百年が経った。
ゲイムギョウ界は相変わらず成立していた。
かつて犯罪神を倒した際に「この世界は、最早我が滅ぼす必要はない。誰に滅ぼされることもなく、ただ自ら滅びゆくのみ。ただ一つの国、ただ一人の女神に統べられた世界は、さぞかし平和であろう。争いのない世界に競争は生まれず、そこには発展も成長もない。暮らす人間共は漫然と怠惰な日々を過ごしやがて衰退していく」などと言われたが、そんな犯罪神の思惑すらも彼女は乗り越えた。
犯罪神の言った通り、平和で発展も成長もない停滞した世界ではあったが、女神パープルハートの手腕により衰退することもなかったのだ。
ある日、パープルハートはいつものように山のように積まれた書類を凄まじいスピードで処理しながらイストワールに呟いた。
「ねえ、いーすん」
「どうしました?」
「私、この世界を壊そうと思うの」
「……もっと具体的にお願いします」
「あら、驚かないのね。実を言うと少し驚かせようと思ってわざと紛らわしい言い方をしたんだけど」
「長い付き合いですから」
「そう、じゃあもっと具体的に言うわ。モンスターがどうやって発生するか知っている?」
「どう……と言われましても、自然に、ではないのですか?」
「私たち女神が人々からの信仰、正の想いで生まれるとしたら、モンスターというのは負の想いから生まれるものだってわかってきたのよ」
「それが、この世界を壊すことになんの関係が?」
「この世界からシェアとかそういう概念を消せば、モンスターという存在も消える。シェアエネルギーってゲイムギョウ界の本質ともいえるエネルギーだから、その概念が消えればゲイムギョウ界が壊れるってことよ」
「……なるほど」
いわば『シェアエネルギーからの脱却』。モンスターという脅威を完全に消去するため最適な手段である。しかしそれは『守護女神』という存在もこの世界から消えることになる。複数の国、複数の女神が存在したかつての世界においては、理論だけ存在しだが、誰も成そうとは思わなかった手段。
「いいのですか?」
「正の想いであるシェアがある限り、負の想いのモンスターも存在する。つまり女神が……私がいる限りこの世界からモンスターが消えることはないわ。だから、私の最期の仕事をしようと思うの」
イストワールは、パープルハートの世界から完全に脅威を消すための決意を感じ取ったが、同時にそれが弱音であることにも気づいた。「もうやり切った。疲れたからアガって楽になりたい」、そんな嘆きであることに。かと言ってそれを咎める気にはならなかった。実際に世界からモンスターの脅威を消すための最適な手段であるわけだし、それに何よりも、あの日から自分の心を殺して世界を守り続けたパープルハートに、最期ぐらい自分のしたいことをさせてあげたかった。
「……良いんじゃないでしょうか。ゲイムギョウ界にとって一つの到達点だと思いますよ」
「そう……ありがとういーすん」
「いいえ」
「それと正直、私の手でこの世界を終わらせたかったっていうのもあるわね。世界を始めるのが主人公なら、終わらせるのも主人公って言うでしょう?」
「ふふ、なんですかそれ」
そのまま、二人は犯罪神を倒して以来初めて仕事を放り出して談笑していた。そしてひとしきり話し終わった後、
「さて、先に言っておくわね、いーすん。今までありがとう」
「こちらこそ、お疲れ様でした。ネプテューヌさん」
予め別れの挨拶を済ませ、女神と教祖としての最期の仕事に取り掛かるのだった。ゲイムギョウ界からシェアという概念を消すという最期の仕事に。
*
それから暫くして、パープルハートとイストワールは最期の仕事を完遂した。世界からシェアという概念は消えた。パープルハートの言った通り、女神もモンスターも存在しなくなった。それだけでなく魔法といったファンタジックな要素も全てが消え、最早ゲイムギョウ界と呼べるものは崩壊し、人間の人間による人間のための世界が始まった。
当然ながら、もうその世界を守護する女神なんてものはいない。歴史を綴る史書もない。その新たな世界の行く末を知る者など、もうどこにもいないだろう。