パリーン、と何かが割れた音が台所に鳴り響いた。
「あっ……」
ロムがブランのマグカップを落として割ってしまった音だった。
割れた音を聞いて駆けつける者はいなかった。
ブランは趣味の古書店巡りに朝から出かけており、ラムは一人でクエストに出かけていたからだ。
普段なら二人でクエストに行くのだが、ラムは、自分一人でどのくらいやれるか試してみたい、とのことで一人で行ってしまっていた。
「どうしよう……お姉ちゃんに怒られる……(おどおど)」
ブランは素直に謝ればこんなことで怒りはしないのだろう。しかし、姉のものを壊してしまったこと、普段は一緒に怒られてくれるラムがいないこと、それらからくる焦りが、ロムから正常な判断力を奪っていた。
「なんとかしなきゃ……!」
その結果ロムは、ブランに素直に謝るのではなく、どうにかしてマグカップが割れたことを隠すという選択をしてしまった。子供にはよくあることである。
テープや接着剤で付ける程度じゃ誤魔化せるはずがないことは、ロムにもわかっている。
「えい……!」
ロムはまず、マグカップに回復魔法をかけてみた。
しかし、反応はない。
ロムの回復魔法では、他人の傷は癒せても、壊れた物を直すことはできないのだ。
「これじゃダメだ……今のわたしじゃ直せない……」
ロムはとにかく考える。
素直に謝るのが手っ取り早い筈なのだが、前述したとおりロムは正常な判断力を奪われているため、どうにかしてマグカップを直す方法を。
「こうなったら……!」
ロムが向かったのは、ルウィーの書庫。
そこにある魔法書を片っ端から読み漁り、物体を修復する魔法を探す。
普段は絵本しか読まないロムであるが、窮地に立たされているからか、凄まじい集中力を発揮し、恐るべき勢いで魔法書を読み漁っていく。
また、集中力を高めるため、女神化まで行っており、完全に努力の方向を間違えている。
(お姉ちゃんは夕方の五時ぐらいに帰ってくるって言ってたから……あと約三時間ぐらいかな。その間にマグカップを直せる魔法を見つけ出す……!)
そして一時間程度経った頃。
「見つけた……!」
ようやく該当する魔法を見つけたロムは、その本を片手に猛ダッシュで割れたマグカップの元へ戻る。
その様子からは、まるで姉女神ホワイトハートを彷彿とさせる猛々しさが感じられた。
「ええと、まずは魔法陣を下に書いて……その後は回復魔法と同じ要領で魔力を注いでいく……」
頭と魔力をフル回転させ、本のとおりに魔法を使って修復を開始するロム。
「……やった。直った……!」
そして、見事にブランのマグカップを修復したのだった。
実を言うと、この修復魔法は難易度が非常に高く、ロムの魔法の才能が遺憾なく発揮されたことによる偉業だった。ロムが必死でやってできたことだからか、ロム自身やり方を記憶してはおらず、再現性がなくなってしまったことが惜しまれる。
「これで……よし!」
最後に、ロムはマグカップを何事もなかったかのようにきちんと元の場所に戻すのだった。
*
その日の夜。
「ロム、わたしのマグカップ割ったでしょ」
「えっ……」
ブランにはバレていた。
「えっと……その……」
ロムは必死で誤魔化そうとするも、逆にその反応がブランに確信を与える。
「まずは、なんて言うの?」
「……っ、ごめんなさい」
「よろしい」
ロムの頭を優しく撫でるブラン。
その表情には微塵も怒りの様子は見られず、むしろ微笑んでいた。
「お姉ちゃん……その、どうしてわかったの?」
おそるおそる、ブランに尋ねるロム。
「簡単よ。使い込んだはずのマグカップが新品同様に元通りになっていたりしたら誰でも気づくわ」
「……あ」
ロムのマグカップ修復は完璧だった。しかし、完璧すぎた。
ブランの言うとおり、ロムは使い込まれたマグカップの経年劣化ごと修復してしまったため、逆にバレてしまったのだ。
「でも、よく同じものを買ってこれたわね」
しかしどうやらブランは、ロムが割ったマグカップを魔法で修復したのではなく、同じものを買ってきたと勘違いしていた。
「……えっと、違うの」
「違う……?」
「その、魔法で直したの」
「なるほど。魔法で……………………え?」
ブランは戦慄した。
割れたマグカップを魔力によって新品同様に完全に元通りにするには、高度な修復魔法と術式が要求される。おそらく自分では不可能なそれを、ロムがやってのけたわけだ。
(……魔法の国、ルウィーの女神に相応しい才能、というべきね)
そして、そんな妹を誇らしげに微笑むブランなのだった。