5/27ネプテューヌワンドロお題『アイリスハート』にて投稿させてもらったものです。
特定のキャラクターが結婚、死亡描写があるので苦手な人は閲覧注意
女神になったことに後悔はなかった。覆せない事実を突きつけられたこの日までは。
全てが後悔に変わったわけではないが、あたしが女神じゃなかったら、この悲しみから逃れることはできただろうか。
*
「はぁ〜忙し忙し」
アイリスハートが、書類の山を処理しながらボヤく。
「あの子一人いないだけでこんなに忙しいなんてねぇ……」
何故女神化した姿で仕事をしているかは、普段のおっとりさでは到底処理しきれない仕事の量が原因である。
「お茶が入ったですよぉ〜」
「ありがとうコンパちゃん。そこ置いといて」
「は〜い。えっと……わたしに手伝えることありますか?」
「充分よ。教会勤務のアイエフちゃんならまだしも、看護師のコンパちゃんに手伝わせるわけにはいかないもの。機密書類もあるしね」
しょんぼりするコンパの頭を優しく撫でるアイリスハート。
「それに、コンパちゃんに仕事手伝わせてるなんてアイエフちゃんに知られたら、あの子産休中にも関わらず仕事するとか言い出しかねないもの」
「あいちゃんならあり得るですね……」
捨て子の赤子として拾われたアイエフは、時が経ち大人になり、結婚し、そして今度子供が産まれようとしていた。
出産ギリギリまで働こうとするアイエフをなんとか制止したプルルートは、アイエフの分まで仕事をしているのだ。
「あいちゃん、無事に赤ちゃん産まれるといいですね」
「そうね」
「でも、昔は『コンパに悪い虫が付かないように』とか言いながら、私に言い寄って来る男の人みんな追い払ってたくせに、自分は良い人を見つけて私より先に結婚するの酷いと思わないですか!」
「あはは。確か彼氏ができたって言った時、アイエフちゃんコンパちゃんに気まずそうにしてたものね」
半分冗談半分本気でぷんすか怒るコンパと、苦笑いするアイリスハート。
「はぁ……この前まで赤ちゃんだと思ってたアイエフちゃんに、もう赤ちゃんが産まれるのか……時間が経つのは早いものね」
まるで娘の成長を喜ぶように、アイリスハートは微笑みながら、仕事を続けるのであった。
*
数週間後。
「プルルート様〜!」
「アイエフちゃん、久しぶり。出産おめでとう。何事もなく終わって良かったわ」
「ありがとうございます! ていうか、やっぱり常時女神化してるぐらい仕事忙しかったんじゃないですか! 私ゆっくり休んでる場合じゃなかったですよね!」
「良いのよ。あたしがアイエフちゃんに休めって言ったのは女神命令よ。だから逆らえないの」
昔はアイリスハートにトラウマがあったアイエフだが、時間の流れが解決してくれたようで、今ではなんのわだかまりもなく接している。
「むぅ……あ、そうだ。今旦那が子供連れてきてるんですよ」
「あら、アイエフちゃんの子供、あたしも会いたいわね」
「是非!」
数分後、アイエフの夫が到着し、アイリスハートにぺこぺこと頭を下げる。ちなみに、アイエフの夫はアイリスハートの大ファンらしい。
「昔のアイエフちゃんにそっくりね。可愛いわ」
「プルルート様、その……抱っこしてあげてくれませんか?」
「え? 良いの……?」
「勿論! プルルート様に抱いてもらいたいんです」
アイリスハートは、アイエフの夫から赤子を受け取り、優しく抱き上げる。
「可愛いわね、本当に……」
すると、アイリスハートの目から涙がポロリと落ちた。
「プルルート様⁉︎」
「……ごめん、孫が産まれたような気分になって……ちょっと感慨深くて……あんなに小さくて可愛かったアイエフちゃんにこんな可愛い赤ちゃんが……っ」
「プルルート様が泣くことないですよぉ〜。変なところで繊細なんですから〜」
「もー、うるさいわよぉ」
アイリスハートとアイエフは、まるで本当の母娘のように軽口を言い合える関係にもなっていた。
*
それから数十年後。
「……アイエフちゃん」
「ちゃん付けはやめてくださいよ。もう私おばあちゃんなんですから」
病院のベッドに横たわる、老婆になったアイエフと、昔と一切変わらない姿のアイリスハート。
信仰がある限りいつまでも歳を取らない女神と、時の流れと共に老いる人間、二人は同じ時を生き続けることはできない。
別れの時が来ようとしていた。
「当たり前と言えば当たり前なのですが、不思議なものですね。赤子の頃からお世話になってたプルルート様に、こうして看取ってもらえるというのは」
「……そうね」
「プルルート様はいつまでも綺麗で美しいままなのに、私はすっかりしわくちゃのお婆さんになってしまいました」
「……あたしにとっては、今も変わらない真面目だけど少しおてんばで可愛いアイエフちゃんのままよ。いつまでも、ね」
言いながら、弱々しく呼吸をするアイエフの頭を優しく撫でるアイリスハート。
「ありがとうございますプルルート様。私はあなたに拾われて、あなたに育ててもらえて幸せでした」
「あたしこそありがとう」
「おやすみなさい……プルルート様……」
アイエフはゆっくりと目を閉じる。そしてもう目を開けることはなかった。
「おやすみ……アイエフちゃん」
*
数日後、プラネタワーの上で、プラネテューヌの街並みを眺めるアイリスハート。
「あんまり気にしてなかったけど、こう見ると随分変わったわねぇ」
プルルートが女神メモリーを手にしてからもう何十年も経った。時代の最先端を行き続けるプラネテューヌは、その街並みも時代に合わせて革新し続けてきた。不変なものは女神の住処であるプラネタワーぐらいである。
「ここにいたのね、プルルート」
「……ノワールちゃん」
感傷に浸っていたアイリスハートの元に、ブラックハートがやって来た。
「どうしたの?」
「一人で泣いてるんじゃないかと思って。昔からあなたって寂しがり屋だから」
「泣いてなんてないわよ……いや……そうね。ノワールちゃんがもう少し来るのが遅かったら、一人で泣いてたかも」
珍しく弱音を吐いたアイリスハートの隣に、ブラックハートは何も言わずに立つ。
「……あたしね、女神になって何も後悔したことはなかったのよ。今日までは」
「……うん」
「娘みたいに育ててきた子に先立たれるのって、こんなにも辛くて……あたしが女神じゃなかったら、こんな思いしなくて済んだのに、って思ったわ」
「……そう」
「少し、胸貸してくれる?」
「……ええ、おいで」
ブラックハートは、アイリスハートを抱きしめる。
アイリスハートは、ブラックハートの胸の中で沢山泣いた。女神アイリスハートとしてだけではなく、アイエフのお母さんとして。
「……ありがとうノワールちゃん」
落ち着いて顔を上げる。
「でも、女神じゃなかったら、あたしはあの子たちに会えなかったものね。あの子たちが生きたこの国を、世界を、これからも守っていかなくちゃ、ね」
アイリスハートは、涙で目を腫らしながらも、いつものように強気に笑ってみせるのだった。
「……あなたにはいつまでも私がいるわ。それだけは忘れないで」
「ふふ、そうね。これからもいつまでもよろしくね、ノワールちゃん」