“面倒臭がり”は、合理的に物事を考えると言われている。
それは何時如何なる状況に置いても、勤めて冷静に最も自分が楽を出来る方法を導き出すことを示している。
相手のことを考えないから? いいや違う。そうじゃあない。
面倒臭がりだってちゃんと疲れてる。相手の苦労を知ってても考えないだけだ。
しかし、家政婦兼メイド兼穀潰し兼居候兼言葉遊び相手に出て行かれたとあっては……。
俺は“面倒臭がり”だ。
進学して身分は大学生だ。夢はホームページの収入で暮らすニート(“将来の”は付かない)だ。
当然、現状に対する合理的判断は下せる。
邪魔者が居なくなって清々する俺。―――最善の行動は、コレだ。
「ラノベ読もっと」
朝の歯磨きを終わらせた後、女の子の書置きを丸めてゴミ箱に投げ込む。っし、ゴール。
小さな欠伸を1つして、本棚の未読みラノベ棚から目に付いた一冊をチョイスする。
俺の拘りとして、ラノベのシリーズ物は纏め買いをしないようにしている。次の巻を読むまでのインターバルとして展開を想像する楽しみは異常。
完全な無音だと逆に集中力が無くなるのでテレビも点けて、いざ座布団2つ折り。
絨毯の床に寝っ転がってペラッペラとページを捲っていく。うん、地雷だ。
開始数行で読む気をゴッソリ本に吸収されてしまう。まるで闇の書の蒐集のようだ。
ヴォルケンリッターが出て来なさそうなライトノベルという闇の書を閉じて机の上へ置く。
「ヴぁー」と意味不明な言葉を漏らしながら点けていたテレビに目をやる。
テレビ画面では、これから社会の厳しさを身をもって知っていきそうな瑞々しいお天気お姉さんが懇切丁寧に天気予報をしてくれていた。
内容の方はお姉さんが数回噛んだだけで問題は無く、明日から1日2日雨が続く可能性があるとのことだった。梅雨でも無いのに働き者ですな。
「アイツちゃんと傘持ってったかな……」
玄関を出て傘置きを見るが、2本ともちゃんとあった。
つまり女の子は傘を持っていってないということだ。ついでに言うと天気予報も見ていないな。
まぁ、去るもの追わずの精神を生まれた頃から身に着けている俺には関係ないので、とっとと朝食の準備に取り掛かることにした。
トーストを2枚焼いて食った。余談だけど、ピーナッツバターをパンに塗る奴ってなんなの? バカなの? 死ぬの?
学校の後にはバイトもあるぜ。欝だぜ。
地雷トノベルを地雷棚に移し、次は気分的に既読棚から選ぶ。既読棚=個人的良作棚。
外に居るときは感覚的に息を止めてるようなものなので、出来る限りの充電に励む。女の子のせいで貯蓄も含めてかなり消費してしまっている。
シリーズ物をゴッソリと抜き出して盛り上がるシーンを選んで目を通していく。
満足、とまで言わないものの大学の時間までには大分充電出来た。
大学に行くための準備を済まし外へ出ると、既に空は曇り模様だった。……今日から降るのだろうか。
念のため傘を持って行くことにする。
今日は講義も詰め込まれて入っているので死ねる。その後にバイトとか、俺を殺す気としか思えない。
行き道、あのゴミ捨て場を横切ったが女の子は居なかった。
……どこへ行ったんだろうか。まぁどうでもいいや。
徒歩で大学に到着。近いって本当に便利。
内容の濃い授業を受けきり疲労困憊になる頃には小雨が降り始めていた。
余談だけど男子と女子の間だと傘を差す基準が違うよね。俺はこれくらいなら傘を差すまでもないのに、女子達は差していた。
家に帰る。
ついでに見たゴミ捨て場には誰も居なかった。
女の子が居なくなって開放感が増した室内に大の字で寝そべる。目の前には電気の点けてない電灯と暗い天井がある。
「……ははっ」
どうにも心臓が変な感じだ。鼓動が妙に早い。外に居たから疲れているのかも知れない。
少々の自宅休憩を挟んだ後バイトへと赴く。この時には傘を差さないといけなくなっていた。
店長に指示された場所に明日の特売の品を積み、余らせた時間を定番商品の品だしと倉庫整理に当たる。
「君、なんかあったの? ボッーとしちゃってさ」
「……あ、そうですか? 別になんも無いですけど」
「そうかい? いや、なんだかさっきからよく手が止まって見えたからさ。何にも無かったらいいんだよ」
仕事中、店長に心配された。知らぬ間にサボり癖を見つけていたのかも知れない。自重しろ俺。
バイトが終わり帰宅する。なぜか帰り道とは反対方向にあるゴミ捨て場に足を向けてしまう。
女の子は居なかった。
既に雨は本降りになっている。明日からじゃなかったのかよお天気お姉さん。枕営業ですか。
勝手に足が動くので散歩気分でゴミ捨て場付近を歩く。登場人物は俺だけのようで、他に人影は見つからなかった。
自宅に帰ると胸の奥が息苦しくなっていることに気付く。
風邪にでも掛かったのかも知れない。食事をする気力も湧かず、お茶をペットボトルのままがぶ飲みして布団へと入った。
布団に入ると想像力にブーストが掛かってしまうのはいつものことだ。
だけど、なぜだか女の子とバカらしい会話をする所を思い浮かべてしまった。頭の中にまで出てくるなよな。
夢でも女の子と会話する夢を見ることになった。死ねばいいのに。
起きると汗だくになっていた自分に気付く。着替え終わる頃には眠気もすっかり覚めていた。
胸の苦しさは引いていた。なんだったんだ?
一応確認として部屋を探索する。
女の子は居なかった。……当然か、鍵渡してるわけ無いしな。
窓を開けて今日の天気を伺う。何か悲しいことでもあったようで、昨日に続き空は泣き続けていた。
今日は大学はあるがバイトは無い。
大学終わりに何をしようか期待を膨らませて出掛ける。
大学に到着。そして終了。
傘を差して帰宅する。……ゴミ捨て場には、誰も居なかった。
当然だろうに、普通ゴミ捨て場には誰も居ない。俺は一体何を期待しているんだ。
帰宅する頃には、胸の苦しさが再発していた。
訳が分からず、とりあえずラノベの時間を捨てて寝ることにする。
『今までありがとうございました。迷惑を掛けてすいませんでした』
「……っ」
布団に入ってしばらくすると同時に、あの置手紙の内容が女の子の声で脳内で再生される。
かき消すようにラノベの内容を思い出すが、力負けしているのか女の子の声が何度も何度も再生され続ける。
気付いた頃には寝ていた。夢は見ていない。
でも、朝と同じく汗だくになっていた。
外は雨が続いている。窓を開けて腕を伸ばして雨の強さを測る。
「―――……ちゃんと雨宿りしてんだろうなアイツ」
なにを言ってるのか自分でもよくわからなかった。
だけど胸の苦しさは増していた。もう、痛いぐらいにだ。
作った夕食も喉を通らず、しかたなく眠気が再発するまでDVDを見続けた。
気付いた頃にはDVDの内容なんか全然脳内に残ってなかった。ずっとボッーとしていたようだ。
辛うじて眠気は精製出来ていたようで眠りにつくことが出来た。
起きる→大学→バイト→店長に心配される→帰宅。
ゴミ捨て場には人影なんて無く。ただゴミ袋が詰まれているだけだった。
窓から覗いても同様の結果が得られた。
俺は家に帰っても何故か外着のままで居た。降り続いている雨の影響で靴下はグッショリとしている。
玄関で立ち尽くし、必死で自分でもわからない衝動に耐える。
「……無理だって」
既に心臓の痛みはスタープラチナに掴まれているような錯覚を覚えるほどに強くなっている。
「……何迷ってるんだよ」
意味不明な言葉が吐き出される。
「……居なくなって清々してるんだろ?」
自分が自分じゃないような感覚。立っている感覚もどこかおぼろげだ。
「一期一会って言葉あるだろ? この世界が、この日本が、この県が、この街が、どれだけ広いと思ってるんだよ? ……無駄なことするなよ」
自分で自分に言い聞かせる。心と体が別々の思考を持っているようだ。
「“面倒臭がり”だろ俺は? そんなことに時間を割いてどうするんだよ。そんなことより家で大人しくしてろよ」
本当は気付いているこの胸の苦しみが、この気持ちが、どんなものなのか。
分かりたく無いだけだ。分かればフラグは完成する。多くの英霊(時間)達が無駄になる。
それを望んでいるのか? 答えは否だ。断じて否だ。誰がなんと言おうと、断じて否だ。
俺は唯平和で暮らせればそれでいいんだ。
大学に行って、バイトに行って、ラノベを読んで、DVDを観て、そして寝れればそれで満足なはずなんだ。
今までだってそうだっただろ? 今までずっとそうしてきただろ? ずっとそれで満足してきただろ?
どこに不満があるんだよ。
どこに問題があるんだよ。
どこに欠陥があるんだよ。
なんで“俺”が“俺自身”を説得しなけりゃいけないんだよ。俺は1人だ。意思は1つだ。望みは1つだ。
だから、どこにも何にも問題は、無い。
「―――……だから、アイツが心配だなんて、そんなこと俺が思ってるはず、無いんだ」
両手で頭皮を掻き毟る。
胸が張り裂けそうになる。いつからだ。いつから俺は、変わってしまった。
他人だったアイツが、何時何処で、俺の内側に入り込んだ。
そんなこと分かるはずが無い。分かっていたのなら、俺は今苦しんでいない。
言葉を引き金に、心と体の意思が合致する。
足が動き、手が扉を開ける、目が雨を確認して、腕が傘に伸びる。
雨の中危険だというのに自転車を引っ張り出して当ても無く走り出す。
この広い都市の中で見つかるはずが無いと解っていながら、俺は自転車を漕ぎ続ける。
途中でコケた。肘を擦り剥いた。滅茶苦茶痛い。
全速力で走り続け、視界を忙しなく右往左往させる。
昔の俺が見たらバカなことをしてると思うだろう。今の俺だって思ってる。
思えば奇跡だったと思う。
女の子を見つけることが出来たのは。
一瞬、視界の隅で見覚えのある髪の色が見えた。白く白く白い、純白の色だ。
場所は俺のアパートから遠く離れた都心の一角、いつかに一緒に行ったあの総合スーパーの近くだった。
自転車を乗り捨てて人に迷惑を掛けながら見えた場所へと走る。
靴が地面を捉えきれず、水によってコケる。……本当になにやってんだろう俺。
家で大人しくしとけばよかったと今になって思う。
でももう見つけてしまった。
後戻りなんか出来るはずが無かった。
路地を曲がり細い通りを進む、女の子の髪は目立つ。だからすぐに見つかった。
女の子は最初に会ったときと同じ服装をして、辛うじてある屋根で雨を凌げる路地で蹲っていた。
体育座りで顔面を伏せて、生きているのか死んでいるのか分からないほどに動かない。
だけど、俺と女の子は窓とゴミ捨て場から合図も無しに見つめあった間柄だ。
ゆっくりとして動作で女の子は首を上げた。
「……っぁ」
女の子が呻くように声を漏らした。
女の子の目に光がなかった。夢も希望もありませんと言いたげな濁った赤い眼で、女の子は俺を見た。
いざ目の前にして俺は言葉を失った。
どう声をかけようかなんて考えていなかった。
「なんで……」
何かを聞かれた。今だ女の子の声には若干のノイズが走っていた。
「なんでだってっ? 家事係のお前が勝手に出て行って迷惑だから探しに来てやっただけだ」
「……違う」
「な、にが違うんだよ」
女の子が立ち上がり、俺の目元に手をやって一つの雨粒を指に取った。
「―――なんで泣いてるの?」
目頭が熱くなってることに気付く。僅かな嗚咽も起こっていた。
途端に恥ずかしくなり、俺は女の子の体を抱きしめた。
「痛い……よ」
「お前が俺を心配させたからだろうが。馬鹿野郎」
細くて弱弱しい、華奢な体を力の限り抱きしめた。