俺と粘着な女の子   作:歩(ホ)

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14話。

 重い沈黙が辺りに充満する。

 

 さっきから女の子は抱きしめられた体勢から動こうとせず、寧ろ身を寄せてくるだけで口を開こうとはしない。

 

 正直、抱きしめたのはその場の流れというかテンションでやってしまったようなものなので、内心次はどうしようか焦っている。いやマジで。

 

 離れるのかこのままなのか、なし崩し的に陥った現状を気まずい雰囲気で維持し続ける。

 

 雨がさっきより一段と強くなったことを、僅かにある屋根がザーザーと音を立てて伝えてくる。

 

 そろそろ真面目にどうしようか考える。

 

 ……とりあえず、思いつくことを言ってみようと思う。……とりあえずだぞ。現状打開のために仕方なくだ。

 

 

「あー……その、なんだ。あのオバサンの件に関しては俺の立場的にどうにも言えないけどさ。その……お前の話くらいなら真面目に―――」

 

 

 腹の虫が鳴って割り込んできた。俺じゃなくて、女の子のほうな。

 

 人がせっかく痛くて恥ずかしい言葉を口にしてやっていると言うのになんてKYなんだコイツ。

 

 途端に女の子が「あ……」と恥ずかしそうな声を上げて離れる。胸の辺りにあった温もりが湿った空気が一掃される。

 

 女の子は1歩2歩と、後ろに下がった後に急にバランスを崩して尻餅をついた。

 

 また腹の虫が鳴った。

 

 

「うー……」

 

「お前、この3日間何食ってたんだよ」

 

「……霞」

 

「仙人ですか」

 

 

 女の子の知識の広さに感服する。空の上で霞を食って生きる仙人とか、俺と同年代でも知ってる奴すくないだろ。

 

 まぁ要するに何も食べていないということだ。

 

 といっても人が3日間何も食べないのは生死に関わることだ。多分だけど、ゴミ漁りか拾い食いとかしてたんじゃないんだろうか。

 

 食物を寄越せと腹の虫がまた音を立てて外部に知らせてくる。

 

 腹の虫の主たる女の子は紅潮した顔でお腹を隠す。そんなもので音が隠せるわけも無い、ただ恥ずかしいからやっているだけだろう。

 

 俺はどうしたものかと頬を掻く。

 

 

「……とりあえずサッサと帰ってなんか食うか」

 

「わたし、出て行った」

 

「俺は出て行けって言ってないぞ。だから迎えに来てやったんだ」

 

「迷惑、掛けたくない」

 

「初めて会った時から迷惑掛けてるっつーのに、なにを今更」

 

「……わたしは」

 

「御託はいいから帰るぞ」

 

 

 俺がもしギップルなら即死してるだろうと予測。恥ずかしすぎて細胞が壊死しそうだ。

 

 俺には一生似合わないセリフをして女の子を直視出来ず、首を背ける。

 

 頬を掻いたり頭を掻いたりして女の子が行動を起こすの待つ。しかし、なぜか一向に動く気配は無い。

 

 チラと盗み見るように視線を向けると、ブリッジとセクシーポーズを足してお湯で割った様な珍妙な姿勢の女の子が居た。

 

 1度視線を戻し再度見てもその姿は変わらない。

 

 真剣に観察してみれば立ち上がろうと踏ん張っているように見えなくも無い。場面も佳境に入っているためか凄い体勢だ。

 

 

「何やってんの?」

 

 

 いちおう聞いてみる。

 

 

「……立てない。腰に力、入らない」

 

「え、何? 腰抜けてんの?」

 

「た、多分そうだと、思う」

 

「腹減りすぎて? ……ありえねぇ~」

 

「霞食べてたっ。お腹減ってないっ」

 

「建前はそこまでにして本当は?」

 

「……霞食べてたっ!」

 

 

 強い語調で宣言される。なぜそこまで強がるのか。アホか。

 

 女の子の顔の赤みもそろそろ限界突破しそうなので言及はそこらへんにしておく。

 

 女の子の間抜けな醜態に笑いを堪えながら腕を差し伸べると、ややあったものの掴まってきた。

 

 そのまま腕を引っ張って一本背負いのように背中へと運ぶ。

 

 「ちょっ」と慌てたような声を上げる女の子だったが、意図を理解したのか素直に肩を掴んでくる。

 

 それを了承(もとより拒否権は無いが)として受け取り、俺は腕を女の子の膝裏へと腕を回す。

 

 要するにオンブだ。

 

 存外に軽い女の子を背中に抱え、置いてあった女の子の学校カバンを拾う。うわ重っ、カバンの方が重いかもしれん。

 

 無駄極まりないオプション群を装備したことにより多少よろけたが踏ん張ればなんてことは無い。

 

 歩いて衆人観衆の前まで出てコケていた俺の自転車から傘を拾い、広げて女の子へ渡す。

 

 流石俺専用の傘だぜ、オンブしても全体をカバー出来るぜ。

 

 そのまま信号待ちをする人達に紛れ込む。周りから視線を感じるが無視だ。

 

 

「自転車」

 

「あん?」

 

「あれ、貴方の自転車だよ」

 

「そうだけど、それが何?」

 

「拾わないと」

 

「こんな雨の中で腰抜けたお前後ろに乗せてまともに走れる自信ありません」

 

「でも拾わないと自転車、持って行かれる」

 

「そんなんより今はお前のほうが大切だよ」

 

「……」

 

 

 首に回された腕の力が強くなる。

 

 正直苦しい。俺が何をした。

 

 

「鍵は掛けたし、明日取りに来たらいいんだよ」

 

「でも、」

 

「……まぁ2人乗りで事故った時に死ぬ確率高いのは後ろの方だし? お前がそれでいいなら自転車乗るけど」

 

「わたしは……このままでいい。むしろ、こっちの方がいい」

 

「それなら最初から文句垂れるなよ」

 

「うん……」

 

 

 信号が変わる。人波が移動し始め、俺もそれに合わせて動く。

 

 自転車なら30分ほどで帰れるんだけどなぁ、歩きだとどれくらいだろう。単純に考えて1時間くらいだろうか。

 

 いつもの俺の歩行音がテケテケだとすれば今ズシンズシンだろうか。

 

 学校カバンを手で持ち続けるのは流石に無理があったので首にかけると、女の子が支えるようにカバンを手を掛けて変なオンブの体勢になった。

 

 行きの時は高速で過ぎ去っていた景色をゆっくり眺めながら家への帰路を辿る。

 

 しかし、大学に入ってから運動なんか全然してなかったからすっかり体も鈍ってしまったようだ。中学高校と続けていた陸上部の頃が懐かしく感じる。

 

 ズリ落ちてきた女の子を抱えなおしてラストスパートをかける。

 

 なぜか懐かしく感じる我が家が見えてくる頃には、辺りは既に暗くなっていた。

 

 最後の難所である階段を登り切り、家の鍵を取り出すために女の子を下ろす。

 

 

「……立てるならさっさと言えよな。こちとら疲労困ぱいだよチクショウ」

 

 

 隣には平然と2足歩行する女の子の姿が。

 

 

「あえて言わなかった」

 

「その理由を2文字で」

 

「こい」

 

「……い、の次は?」

 

「無い」

 

「はぁ? 意味わからん」

 

 

 コイツぶっ殺す、とでも言いたかったんだろうか。

 

 会話的には不毛なので話は打ち切って扉を開ける。我が家特有の落ち着く匂いを肺いっぱいに取り込む。

 

 俺が入った後、多少戸惑っていたが女の子もちゃんと入ってきた。

 

 女の子を居間へとやり、俺は台所に向かう。

 

 まさかとは思うが本当に3日間何も食べてないという可能性もある。胃が弱っているかもしれないので消化にいい料理を考える。

 

 順当にお粥が来たが、作るのが面倒なので雑炊に決定する。

 

 というかお粥も雑炊もおじやも調理方法が若干違うだけで内容はほぼ同じだよな。誰だよ種類分けした奴。

 

 作り終えて居間まで行くと女の子が座りながら船を漕いでいた。

 

 当然作り損なんて認めないので足で軽く押して倒す。

 

 

「ほわぁっ!?」

 

「お前はルルーシュか」

 

 

 体勢が崩れて意識が覚めたのか、体が床につく前にが跳ね起きた。

 

 目を擦って眠気を振り払う女の子の前に雑炊を置く。

 

 テレビを点けてから俺も女の子の向かいに座る。つまり俺の定位置だ。

 

 眠いのかいつまで経っても女の子が食おうとしないので、俺は蓮華で雑炊を掬って女の子の口元へと運ぶ。

 

 女の子は目を丸くして僅かに固まっていたが、すぐに口を開けて間抜け面を見せてくる。

 

 開いた口に蓮華を突っ込んでそのまま手を離すと、女の子は「ごふっ」と咳き込んだ。

 

 

「……あーん、はもっと優しくするもの」

 

「誰があーんをすると言ったんだよ」

 

「さっきの動作はまさしくそれだった」

 

「はいはい、勘違いお疲れ」

 

 

 意識も回復してきたのか女の子は緩慢な動作で雑炊を口に運び、時間を掛けて平らげる。

 

 器は自分で台所に運ばせる。動けるようになれば俺がやってやる必要性は何処にも無い。

 

 その次いでに風呂を沸かしてくるように言う。

 

 3日も風呂に入ってないためか、素早い動作で女の子は風呂場へと向かって帰ってきた。

 

 女の子が戻ってくると、俺はいつもの本読み体勢に入ってラノベに視線を落とす。

 

 別にイベントがあったからその日1日が丸々特別になるわけじゃない。既にもういつもと同じだ。女の子も黙ってテレビに視線を向けている。

 

 だが今回は少し沈黙が苦しい。

 

 女の子の話を聞くと明言した以上、今まであえて聞かなかった少し突っ込んだ質問をしてみることにした。

 

 

「……お前さ。学校ってどうなってるんだよ」

 

「ずっと前から登校拒否。家が破産してから居心地悪くなったから」

 

「ニートかよ。ホームレスの上にニートかよ」

 

「併せてニートレス」

 

「キングダムハーツの敵キャラとして出てきそうだな」

 

「それはハートレス」

 

「心なんて無い癖に」

 

「それはノーバディ」

 

「家なんて無い癖に」

 

「それはホームレス」

 

 

 今はこれぐらいが俺の限界だろう。突っ込んだ話はまた今度だ。

 

 沸いた風呂には先に俺が入る。

 

 流石に今日は疲れた。勿体無いけど、今日はもう寝ようと思う。

 

 擦り剥いた肘に染みる石鹸の痛さでまた中学高校時代の部活を思い出す。あまり語ることはないと言うのに。

 

 風呂から上がった後は髪を乾かすのも億劫だったので、さっさ布団に入って寝た。

 

 尊敬するのび太もビックリな高速就寝だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……―――貴方が迎えに来てくれて、嬉しかった。ありがとう」

 

 

 夢の中、頬に何かが当たったような気がした。

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