俺と粘着な女の子   作:歩(ホ)

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22話。

 

 

 継続して、蛍光灯から発せられる光が瞼をすり抜けて痛いほどに闇に慣れた目を刺激してくる。

 

 どうやら寝たフリは出来ないようだ。

 

 右手を眉間に当てて解すようにグニグニと揉む。ついでに目頭を擦って僅かにあった目ヤニを削り取る。

 

 ゆっくりと大きく鼻から息を吸い込み、肺の中の空気を全て出すように口からCO2を多分に含んだ息を吐き出す。

 

 僅かに漏れ出た涙を拭いながら瞼を開けると、部屋の明るさが分かり、思わず目を細めてしまう。

 

 のっそりとした様子で体を起こし、顎に垂れた俺のか女の子のか判らない唾液を拭い、傍に置いておいた充電中の携帯を拾い上げる。

 

 2時30分。背面ディスプレイの時計にはそう表示されている。

 

 良い子はとっくに寝ている時間だ。

 

 ……まぁ俺も女の子も、良い子、と言えるかは微妙なので大丈夫だが。

 

 首を逸らして目を右に向ける。

 

 視線の先、テーブルを挟んだ向こう側に仁王立ちをした女の子が居た。

 

 怒っている様にも、泣きそうになっている様にも見える表情。

 

 ただ冷房が効き過ぎているのかもしれないが、肩が僅かに震えているのが見て取れた。

 

 眉を寄せて眉間に僅かな溝を作る女の子の瞳には、思わず目を逸らしてしまいたくなるほどの真剣さが宿っている。

 

 今まで見てきたどれにも当てはまらない女の子の状態。

 

 言いようの無い、意味不明な焦りが心臓のすぐ傍に根付く。冷房の冷気を感じないほどに、場の空気が重くなるのを感じた。

 

 しかし……、どんな表情になっても美人は美人のままなんだな、と一種場違いな感想が脳裏を駆けた。

 

 改めて女の子の整った顔立ちを思い知る。

 

 でもまぁ、今のこの表情はどうかと思うし、毎回見たいとも考えない。あんまり女の子にはこういう表情をして欲しくは無い。

 

 女の子の事情を片足半分突っ込んでるだけと言っても知っているわけだし、受け入れている。

 

 出来れば笑ってて欲しいものだ。

 

 俺の家にはそういう清涼剤も欠けるしな。

 

 

「眠いからさ。用があるなら明日にしないか?」

 

 

 やっとやってきた眠気を欠伸でアピールする。

 

 ここで寝ていいよと言われれば、詮索せず構わず寝るんだが……女の子の放つ雰囲気がそれを許してくれないのを物語っている。

 

 

「嘘。眠くない癖に」

 

「本当だから」

 

「本当だったとしても、寝るのは許さない……」

 

 

 家主は俺でヒエラルキーでも完全に俺のほうが上のはずなんだが……今の女の子には有無を言わせない迫力が何故かある。

 

 もはや威圧感とも呼ぶべきか。

 

 体勢と位置は変わらず、女の子は少し離れた場所で仁王立ちしてベッドに座る俺を見下げてくる。

 

 

「……いつに無く真剣な声色だな、お前。なんかあったのか?」

 

「貴方が無視をするから……」

 

「何をさ?」

 

「さっきのキスの時、起きてたのに無視してた、こと」

 

「うん……―――あぁ。舌動いてたとか、言ってたな。それで判断するのもどうかと思うけど」

 

「う、うるさい」

 

 

 ハッとした様子で、女の子があわてる様に顎を拭う。黙っていたが、さっきまで口端から顎までかなりテラテラしていた。

 

 確かめるように顎を拭う女の子を尻目に俺はテーブルに置いておいたリモコンを取ってテレビの電源をオンにする。

 

 この意味不明な場の空気を緩くするための必死の努力であったが、これまたハッとした様子の女の子が即座にテレビに近づき電源をオフにされた。

 

 垂れ流されていた雑音がプツンッという音ともに全て消える。

 

 ……集中力を乱す行為は許されていないようだ。

 

 自分の家なのに居心地が悪いってどうよ。まるで退院直後の実家の時のようだ。居た堪れない。

 

 ふいに宇多田ヒカルの『光』という曲の一節が脳内で再生されるが、状況はまったく似ていない。

 

 

「で、さ。無視したから、何? 俺に何を言わせたいんだよ。いい加減眠くて、言葉も刺々しくなりそうなんだけど」

 

「……その、」

 

 

 指摘するように質問すると女の子は指を寄り合わせて黙り込む。

 

 まるで初めて出会った時のような反応だ。非常に初心でよろしい、実に面倒臭い。

 

 

「貴方は何で、無視したの?」

 

 

 やっとの質問だが、さっきから情報がまったく増えていない。

 

 質問の意図が読めない。まるでイタチごっこだ。

 

 

「別に嫌じゃなかったしな。それに、ああやって人目を忍んでやるくらいなんだから、知られて欲しくも無かったんだろ? だから無視した。それだけ」

 

 

 性欲の処理なら勝手にすればいい。知って得することでも無し、更に言えば知られて厄介なことだ。

 

 寝てる人を使ってやってますなんて言われたらドン引きもいいとこである。

 

 女の子が何かを言う前に俺が言葉を続ける。

 

 

「お前はどうなんだ? こうやって無視してることを指摘してどうなる。俺とお前の関係が悪化するだけだ」

 

 

 ジクリと脳の端が痛んだ。

 

 

「どっちもそれは望んでないはずなんだけどな。少なくとも、俺は望んでない」

 

 

 ズキンッと脳の端が痛みを訴えた。

 

 望んだ答えが返ってこないのに不満なのか、女の子の眉間の皺が深まる。

 

 最良の答えも最善の答えもを持ち合わせていないので当然の結果だ。

 

 しばらく無言でそうしていると、フッと女の子が息を吐き出して呆れるように眉根を緩ませる。

 

 

「……そう」

 

「だから今日のことは無し。俺もお前も寝ていた。それで良いだろ、お互い忘れれば無かったことになるしさ。それでダメなら後日話をすればいい」

 

「っそれは、ダメ」

 

「……何が?」

 

 

 話を纏めようとした矢先に女の子が拒否する。

 

 一瞬言葉に怒気が混じる。優柔不断も良いが、決める時に決めなければ後がグダグダになると言うのに。

 

 いい加減、眠気で怒りの沸点おかしくなってきている。

 

 頭皮をガリガリと、怒りを掻き出すように爪で掻く。

 

 自分で制御しきれる内に終わらせてしまいたい。不機嫌ならまだしも、キレる所は女の子には見せたくない。大人気ないったらありゃしない。

 

 

「違う。違う。知って欲しかった」

 

「知って欲しかった? ―――あー……その、なんだ。自分が好きでも無い男とキスしちゃうぐらいの、そういう……まぁ言っちゃえば淫乱だってことを?」

 

 

 視線を彷徨わせて言葉を探しているような様子だった女の子が、突然俺を見てポカンとした表情をする。

 

 

「い、淫乱ってわたしの、こと?」

 

「ほかに誰が、」

 

 

 駆け寄られると同時にビンタされた。すごく痛い。

 

 

「痛いです」

 

「貴方、最低」

 

「なんという褒め言葉。ドカポンやってる時に言われるとゾクゾクする。その後リアルファイトだけど」

 

「冗談はいらない」

 

「さいですか」

 

「わたしが好きでも無いような人とキスする人間だって思ってたの……?」

 

「いや、全然。でもまぁ夜這い同然なことされれば誰だってそう思うだろう、にっ!?」

 

 

 驚愕するような表情でまたビンタをされた。

 

 右の頬をブたれたのなら、左の頬もブたれなさい。という神託のようなものを受け取ったが即座に破棄する。

 

 

「貴方は、おかしいっ!!」

 

 

 人差し指を突きつけられて宣言される。

 

 ここまで堂々と言われてしまうと、流石にショックな感がある。

 

 どこがどうおかしいかは甚だ疑問だが。そこまでされるぐらいなんだから、女の子基準で俺はおかしんだろう。

 

 直すかどうかは、詳細を聞いてからだけど。

 

 

「貴方は本当に、わたしが好きでも無いような人とキスする人間だって思ってたの……?」

 

 

 デジャヴュを感じざるを得ない質問に同じ答えを返そうとすると、同じ様にビンタが飛んできた。

 

 

「貴方は本当に、わたしが好きでも無いような人とキスする人間だって思ってたの……?」

 

 

 昔のRPGの無意味な「はい」「いいえ」の選択肢を思い出すような光景である。

 

 ただし女の子の質問に「はい」「いいえ」は通用しない。試しに言ってみたが、当然のように右と左に一発ずつ貰った。

 

 同じ質問に同じ答えを返すと頬が痛くなるので真面目に返答を考え始める。

 

 

「貴方は本当に、わたしが好きでも無いような人とキスする人間だって思ってたの……?」

 

「思ってないけど」

 

「……本当?」

 

「ほんとホント」

 

「じゃあどう思ってるの?」

 

「知り合いの男でしか欲情できなっ!」

 

 

 グーパンチが胸に直撃した。

 

 まぁ、平手と違って純粋な力が作用するパンチはそんなに痛くなかった。

 

 

「鈍感っ!!」

 

 

 とりあえず貶された。人の心の機敏にはけっこう敏いと思っていたんだけどな……。

 

 女の子は肩を怒らせてさっきとは打って変わって怒りと羞恥が交じり合った表情を向けてくる。

 

 これもまた初めて見る。今日は豊作だ。意味は無いけど。

 

 しかし今更言うのもなんだけど、寝巻きのシャツが俺のお古なだけあって長い。下がショーツなのも相まって穿いてない様に見える。

 

 

「貴方は本当に、鈍感っ!!」

 

 

 ベットに乗り上げて脳天をポカポカと何度も殴ってくる。実際の擬音がゴンゴンだが。

 

 

「そうね俺鈍感ね」

 

「意味を判って言ってないっ!」

 

「感じ方がにぶいこと。気がきかないこと。また、そのさま」

 

「そういうことじゃないっ!」

 

「じゃあどういうことだよ……」

 

「何で気付かないのっ! こういうのって、わたしのほうから言うことじゃないっ!!」

 

「だからお前が淫乱なのはよく、」

 

「そうじゃないっ!! なんで、なんで……っ!!」

 

「なんでと言われましても、俺鈍感らしいし」

 

「こ、の……朴念仁っ! 鈍感とか朴念仁が許されるのは、フィクションの、中だけっ!!」

 

「キモーイガールズですか。しかしいい加減頭痛いから止めますね」

 

 

 頭部目掛けて振り下ろされる女の子の腕を掴み取り、ガッシリと固定する。

 

 男と女、大人と子供、差は歴然としている。ひっぺがそうとグイグイ腕を引っ張られるが、離すと痛いので離さない。

 

 受けていた打撃の影響で下を向いていた首を持ち上げ、よっこらせの勢いで顔を上に向ける。

 

 膝立ちをしている女の子の表情を伺う。

 

 蛍光灯の逆光でよく見えなかったが、目端から液体が零れているのが見えたので、泣いているようだった。

 

 ……。

 

 ……?

 

 ……。

 

 ……?

 

 

「は?」

 

 

 なんで、泣いてるんだ?

 

 

 気が付くと同時に、ポタポタと腕に水滴が落ちてきた。無論、雨漏りではなく女の子の涙だ。

 

 無意識に腕の力が緩んで女の子の腕が逃げていく。

 

 逃げた腕は女の子の顔に近づくと涙を拭取り始め、最終的にグシグシと涙を肌に塗りこむように何回も顔を往復する。

 

 眠気など一気に吹き飛び思考が錯乱する。

 

 俺が一体何をした。俺と女の子しか部屋には居ない。さっきまでの状況からして泣かしたのは俺だろう。

 

 

「うー……」

 

「あ、いや、その……すまん」

 

「うぅぅー……」

 

「ごめん。俺が悪かった。だから泣くな」

 

「意味、解って言ってない」

 

「……よくわかったな」

 

「鈍感」

 

「返す言葉も無いわ」

 

「最低野郎」

 

「それはちょっと言いすぎだろ」

 

「……」

 

「あーはいはい。俺って気が利かない最低野郎だよな」

 

「朴念仁」

 

「外面は良い方だし、けっこう思考は柔軟なほうだと自負……してるわけないじゃん」

 

 

 女の子は再度溢れて垂れ始める涙を拭おうともせず、俺に向かって簡潔な言葉で罵ってくる。

 

 俺はその言葉の真意の10割を理解せずに答えている。

 

 なぜ宥めようとしてるかは俺にもわからん。しかし女の子が目の前で泣いていた放っておくわけにもいかないだろう。

 

 俺が泣かせたのならばなおさらだ。

 

 流石に大人びてると言っても14歳、ナイーブな所もあるんだろう。既に過ぎ去った過去なわけだけど、俺にもこういう時代があったのかもしれない。

 

 

「これでも、貴方は気付かない……?」

 

「すまんがわからん」

 

「夜のキスも、本当はわたしの気持ちに気付いてほしかっただけ」

 

「なんでも夜とつければエロくなるよね」

 

「貴方のほうから言ってほしかった。そしたらわたしは、わたしはそれだけで……」

 

「ああもうギャグは無しですか」

 

 

 わからないものはわからない。これはテストに出る。

 

 

「なんで初恋がこんな人なんだろう……わたしって、バカなのかな……」

 

「あ? ……声小っさくてお前がバカしか聞き取れなかったんだけど。それはもう知ってるから、もう1回言ってぶッ!」

 

 

 グーで頬が痛い。

 

 その後も連続で胸に拳を打ち付けられ、衝撃に耐え切れず腕の支えが折れて背中からベットに倒れこむ。

 

 これほど暴力的だっただろうかと今までの女の子を振り返るが、暴力を振るわれた記憶など無い。

 

 どういうことだと人間の心理を詮索をしていたが、すぐに女の子の渾身の一撃で意識が脳内から引きずり出された。

 

 倒れた俺に圧し掛かるような姿勢で、女の子が顔を伏せる。

 

 前髪で赤い目が隠れ、白髪が重力に従って肩から滑り落ちてくる。

 

 

「わたしは、このままで居たくない。こんな関係のまま、ズルズルと過ごしたくない。

 

 家族みたいな、友達みたいな、中途半端な関係で貴方との繋がりを終わらせたくない。

 

 少し前まで『このままでもいいかも』なんて思ってた。

 

 でも、我慢出来なくなった。

 

 貴方が優しいから、我慢出来なくなった。

 

 わたしがどんなに纏わりついても、貴方は嫌な顔をいっぱいしながら構ってくれる。

 

 無視したらいいのに、追い払ったらいいのに、通報すればいいのに、貴方はそれをしなかった。

 

 何をしても、面倒臭そうな態度だけど接してくれる。

 

 お父さんが居なくなって、今までの全部が無くなって、怖い人と辛い人生が出来て、無駄な知識しか残されてないわたしにはそれが嬉しかった。

 

 それが、堪らなく嬉しかった。

 

 寂しくないのが、楽しくなるのが、嬉しかった。

 

 伯母さんが来たときは、流石にもうダメだと思った。貴方に拒絶されて、死にたくなるほどに胸が苦しくなった。

 

 貴方に嫌われるのが怖くて怖くて堪らなかったから、わたしは逃げた。

 

 でも、

 

 でも、貴方は来てくれた。

 

 行き先も何も言ってないのに、雨も降っていたのに、逃げたわたしを探し出して、抱きしめてくれた。

 

 自分の物よりもわたしの方が大切だって言ってくれた時の気持ちは今だって忘れない。

 

 これが恋なんだって、初めてのわたしでも簡単に理解できた。

 

 好きで、好きで、大好きで、好き過ぎて堪らなくて、抑えることなんて出来ないぐらいに貴方のことが好きになった。

 

 貴方のことが頭の中でいっぱいになった。ずっと貴方のことを考えるようになった。

 

 毎日貴方が夢に出るようになった。夢の中で、何度も何度も貴方とキスをした。

 

 その度に起きて夢だったとわかって辛くなった。貴方の寝ている姿を見て、胸が苦しくなった。

 

 いつの間にか本当にキスがしたくなって、夜にこっそりした。

 

 夢や妄想なんかが目じゃないくらいに、すごく気持ちよかった。言葉じゃ言い表せないほどに胸が高鳴った。

 

 癖になりそうで、本当に癖になって、1回にする回数がどんどん増えていった。

 

 その内我慢出来なくなって、もっともっと欲しくなって、昔見た本でやっていたディープキスをやってみて気持ち良過ぎて溶けてしまうかと思った。

 

 味なんて無いはずなのに、貴方の唾が美味しくていっぱい啜り上げて飲んだ。

 

 激しく音を立てるほどに興奮した。

 

 起きないかな? 大丈夫かな? ちゃんと寝てるかな?

 

 そう思う反面で、起きてくれないかなって、気付いてくれないかなって願うようになっていた。

 

 ここまでやってもわたしは満足出来なかった。

 

 その時初めて恋が片思いじゃ満たされないってことに気付いた。どれほど片思いが切なくって苦しいものかを理解できた。

 

 でも、わたしから告白するのは怖くって、玉砕するのが恐ろしくて。

 

 それよりも何よりも、貴方から『好き』って言って貰いたくって。

 

 でも貴方は鈍感で最低野郎で朴念仁で、どうやってもわたしの気持ちに気付いてくれなくって。

 

 弄ばれてるような錯覚すら感じても、それでもやっぱりわたしは貴方のことが好きで。

 

 待っててもダメって判って、今日ここまでやったのに貴方はそれでも気付かなくって。

 

 でも嫌いになんてなれる訳が無くて、好きで好きで好きで大好きで。

 

 だからもう貴方から『好き』だって言ってもらうまで我慢なんて出来ないっ!!

 

 好きなのっ!

 

 大好きなのっ!!

 

 わたしをっ! わたしを、貴方の彼女にしてくださいっ!! お願いしますっ!!」

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