俺と粘着な女の子   作:歩(ホ)

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30話。

 

 人の記憶ってものは、強く印象に残ったものほど頭の中で何度も再生される。

 

 良し悪しは関係ない。楽しかったこと辛かったこと、どっちも印象深いものだろう。

 

 行動力があって感受性豊かな子供の頃ほど印象に残る出来事は起こりやすく、そのために思い出は子供時代に多く蓄積される。

 

 大人になれば働くことにより自由が減り行動が定型化しやすくなって、印象的なことも起こりづらくなってしまう。

 

 特に覚えることが無ければ脳も一々と覚えようとはしない。脳は意外と面倒臭がりで、自分が意識していない所で常に楽をしようとしている。

 

 昨日の夕飯が思い出せない、気付けば一週間が経っていたってことも多々あるだろう。

 

 言ってしまえば代わり映えの無い物に脳は興味を示さない。

 

 その結果、スカスカな日常はほとんど覚えられず、虫食いのような記憶が残る。

 

 再生される傾向としてA型の人間は辛く苦しいことを思い出しやすいらしい。他は知らないし、風の噂で聞いた眉唾な話だけれど。

 

 そういう印象的だったものに覚えたい物を関連付かせて覚えるという記憶術があるけれど、それはまた別の話だ。

 

 まぁ何を言いたいのかと言うと、俺はそんな中身の無い人生が悪くないと思っている。

 

 生きるっていうのはそれだけで苦行だ。喜怒哀楽の感情を積み重ね日々を過ごして、そういう経験をした上で思い出ってものが形成される。

 

 でも、言い換えればそれら全ては“面倒臭かったこと”なんじゃないだろうか。

 

 苦労を“わざわざ”してまで俺は得たいものとは思わない。苦か楽かと問われたら、俺は楽を選びたい。

 

 先人の教えを汚すわけじゃあない。そういう人間も居るっていうだけの話だ。

 

 肌の色とか目の色とか、そういう特徴以前に、概念的な部分で、人種は分かれているんだろう。

 

 さっきも言ったけれど生きるって言うのは本当に苦行だ。生きるだけで善行は積めないけれど、苦労は積める。

 

 

「37.8度。風邪だな」

 

「あーうー……」

 

 

 けれど、最近はどうだろうか。

 

 “面倒臭いこと”が、“覚えてしまうこと”が次から次へとやってくる。

 

 それが、コイツのせいだっていうことは言うまでもないはずだ。

 

 俺は、元凶であるコイツを拒むことが出来たはずだ。

 

 なのにしなかった。面倒の元凶が目の前にあるっていうのに。

 

 憎くも鬱陶しくも思えないのが不思議だ。

 

 自分のことを一番知っているのは自分なはずなのに、コイツに好きだと言われてから、わからなくなってきてしまった。

 

 

「まぁ今日は大人しくしてろ」

 

 

 体温計を一瞥してから布団から顔を出す女の子の頬に手の甲を当てる。

 

 カイロを握ったかのようなじんわりとした温かみが触れた肌から伝わってくる。

 

 いつもならヒンヤリとしているというのにギャップの酷い奴だ。

 

 何か食うかと聞いたが「いらない」と返される。食べかけのビニールで包まれたパンを見る限り、胃には物を入れているみたいだし大丈夫か。

 

 時刻は午前5時。

 

 物音がしたと目を覚ませば御覧の有様だ。

 

 ちなみに深夜か早朝か、夜更かしを恒常的にやってる人達にとっては判断に難しい時間帯だろう。無論、俺は深夜だ。

 

 女の子のバイト先である新聞屋に女の子の病状を伝え、2日間の休みを貰える様に頼んでおく。

 

 このまま起きてようかと迷ったが、夜更かしのせいもあって流石に眠い。熱心に看病してやるほど俺は出来た人間じゃあないから寝ることを選択する。

 

 女の子をベットの奥に押しやって、電気を消してから俺も布団に入る。

 

 

「寝るの? 一緒に?」

 

 

 ぼのぼののシマリス君を彷彿させるような口調で女の子が惚けた目で聞いてくる。

 

 

「年明ける前から同衾してるだろうが」

 

「風邪うつる」

 

「お前はバカか。こんな狭い部屋で一緒だったら既にもう、うつってるからな?」

 

「……気持ちの問題」

 

「なら気の持ちようで俺は風邪ひかないな」

 

「わたしの、気持ちの問題だから。だから布団敷いて欲しい」

 

「眠いから拒否」

 

「……じゃあ、わたしが敷く」

 

 

 重いものでも持ち上げようとしているかのような息遣いで女の子からベットか身を起こす。

 

 ソフトラリアットでベットに沈める。

 

 

「……なにをする」

 

「大人しく寝ろ」

 

「……やだ。風邪うつしたくない」

 

「今更そんなことやっても遅いって言ってるだろうが。バカか?」

 

「やらないよりマシ」

 

「っはあぁぁ~~……頑固な奴だなお前」

 

「大人しくわたしを別の所で寝かせなさい」

 

「なんでお前ちょっと偉そうなんだよ」

 

「彼女だもん。彼氏の身体、心配するの当たり前」

 

「その理論で言ったら、彼氏である俺が、彼女であるお前の身体を案ずるのも当たり前だろ」

 

「屁理屈言うな」

 

「お前が言うな」

 

「……う~」

 

「あ~、はいはい。わかったわかった」

 

「はじめからそうっ……」

 

 

 女の子の顔を引き寄せて口付ける。

 

 

「これで俺も風邪ひいただろ」

 

「すれば……いいと、思った」

 

「これで足りなかったらお前の望み通りに家出て、風邪が治るまで実家に居てやるよ」

 

「……」

 

「お前は俺にどうして欲しい?」

 

「それは、卑怯」

 

「何が」

 

「実家に帰ったら、一緒に居れない」

 

「風邪うつしたくないんだろ」

 

「……」

 

「どうしてほしいんだよ?」

 

「……一緒に寝て」

 

「はじめからそう言えバカ」

 

「バカいうな」

 

 

 腕を回されてギュッと力を籠められたので、俺も女の子の背を抱いて限界だった意識を一気に落とした。

 

 といっても夢なんか見る余裕もなかったのか、すぐに目を覚ました。時計を見たら8時だったから体感的な問題なんだけどさ。

 

 素晴らしく重い瞼を強引に持ち上げて起きる。

 

 女の子は未だ寝ていて、前髪が汗で額に張り付いている。

 

 タオルで女の子の顔を軽く拭ってから財布と携帯を持って家を出る。

 

 あいも変わらず外は寒い。

 

 元旦から一ヶ月が経った2月、季節は廻り廻らずまだまだ冬なのだから仕方ない。

 

 スーパーがギリギリ開いていない時間なので、素直にコンビニへとチャリンコで行く。

 

 働き先のスーパーのせいで値段が高く見えてしまう198円のポカリスエットを買ってから帰宅すると、玄関扉を開閉したその音で女の子が目を覚ます。

 

 身を起こした女の子にポカリを飲ませると、相当に喉が渇いていたのかペットボトルから半分ほどなくなった。

 

 ちょうど良いので昨日テーブルに置きっぱなしにした体温計を脇に挟ませる。

 

 

「汗だくの身体で熱を測るなんて頭がフットーしそうだよぉっ」

 

「黙れ」

 

「というわけでお風呂入りたいです」

 

「死亡フラグかそれ?」

 

 

 受け取った体温計には38.5度とか意味不明な数字が表示されていた。

 

 

「熱が出たりもしたけれど、わたしは元気です」

 

「魔女の宅急便帰れ」

 

 

 額を軽く小突くとグラリと揺れるように女の子はベットに倒れこんだ。

 

 完全に弱ってる。モンスターボールで余裕で捕まえられるレベル。あれだ。ガキの頃はミニスカートとかにモンスターボール投げたかった。

 

 

「なんか食いたいもんとかあるか?」

 

「なにも要らない。これほんと」

 

「食えよ」

 

「多分吐く」

 

「吐いてもいいから食えよ。薬飲めないだろうが」

 

「薬よりも汗をですね」

 

「浴槽の中で冷たくなってそうなので却下」

 

「その後は好きにして良いよ」

 

「そんな趣味は俺にはねえよ。話進まないから雑炊で良いか?作るの簡単だし」

 

「……うーわかった。でも絶対髪だけは、洗う」

 

 

 汗の臭いを気にする女の子をなんとか説得して食事をさせることに成功する。

 

 しかし汗とかそんなに気にするのか女って生き物は。ここまで頑ななのは流石に予想外だ。

 

 本当に食欲が無いはずだから塩味が少し強く出るように調理する。これで少しは食も進むだろう。

 

 作り終えて居間に行くと女の子はベットから身を起こしてテレビで朝の子供劇場をボッーと見ていた。

 

 とある科学の超電磁砲1巻で御坂美琴が買おうとしていたパジャマに似たソレを女の子は着ている。

 

 しかしあの漫画では子供っぽいと言っていたけれど、中学生も充分子供に見えるし着てもいいと思う。

 

 実際に目の前の女の子が着ている服は似合っているし。

 

 そんな子供と付き合っている俺も俺なんだけどさ。ロリコンって言われたらまず反論できない。

 

 

「幽々白書再放送したら印税でまた富樫しなくなるから、そろそろやめて欲しいんだけどなぁ」

 

「もう一生遊んで暮らせるお金あるからどっちでも一緒」

 

「あんだけ売れたらそうか」

 

「それより、グルメの能力ちょっと欲しい」

 

「……」

 

「……うそ」

 

 

 華麗に場をスルーして雑炊の入った土鍋をテーブルに置く。ちゃんと敷物(ジャンプ)をした上に置いているのでテーブルは大丈夫だ。

 

 病院ののように机を設置できるベットでないので、女の子に降りてきてもらう。

 

 羽織るものを要求してきたので上着掛けから女の子のカーディガンを取り出して、女の子にかける。

 

 

「味大丈夫か?」

 

 

 蓮華を手に鈍い動作で女の子は雑炊を口に運ぶ。

 

 

「……よくわかんない。舌バカになってる」

 

「あー鼻詰まってんのか。まぁいいや」

 

「……胃に暖かいもの入るの気持ち悪いから、もういい」

 

 

 3・4回蓮華で掬った雑炊を飲み込んだ後、女の子は気分が悪そうに口を押さえて蓮華を置く。

 

 用意しておいた錠剤タイプの風邪薬を渡して飲ませる。当然ながら使用期限が切れている奴ではなくて、以前に買っておいた新しいものだ。

 

 土鍋の中にはまだまだ雑炊が余っているので、朝食代わりにと俺が食う。

 

 当然のように「うつるから食べるな」とありがたい警告を貰ったが、当然のように無視した。

 

 女の子は言うことを聞かない俺が歯がゆいのか、風邪で赤く惚けた顔で不満そうに見詰めてくる。

 

 

「お前さ、心配してくれるのに悪い気はしないんだけど、今心配される側はお前なんだよ。わかるか?」

 

「わたし元から身体弱いから大丈夫」

 

「どこが大丈夫か一切わからん」

 

「こんなの日常茶飯事」

 

「自慢出来ることじゃないからな?」

 

 

 とまぁ無駄で不毛で実りの無い会話を交わした後、女の子が髪を洗いたいと要求してきたので髪だけならと了承して風呂に入るのを許可する。

 

 俺は脱衣所前でラノベ片手に女の子が出てくるのを待つ。

 

 パラパラとページを捲りながら待つこと十数分、いつも風呂が長いので髪が何時洗い終わるかわからない。

 

 とりあえず確認しようと脱衣所のカーテンを開くと、風呂場のすりガラス越しに蹲る女の子を発見する。

 

 無許可で女子の風呂を空けるという変態行為をしてしまうが、場合が場合なので許して欲しい。というか何度も女の子の裸は見ているので許せ。

 

 案の定泡立った垢すり片手に荒く息づいて行動を停止している女の子が居た。

 

 俺は大きく溜息を吐いてから、女の子を抱きかかえて風呂場を出た。

 

 何かもにょもにょと言っているが何言ってるのかわからないし、聞く気も無い。

 

 脱衣所のバスタオルを盛大に使って女の子の身体を拭く。髪だけはしっかり洗っていたようで、艶があった。

 

 パンツとか穿かせるの面倒臭そうなのでとりあえず素肌の上にパジャマを着せてベットに放り込む。

 

 体温計で熱を測るが熱はさっきと同じだ。熱湯で弱っただけだと思いたい。

 

 何故だか知らんが奥歯がギリギリと軋む。爪を立てて後頭部を掻いた後、ベットに腰掛けて女の子の頬に手を当てる。

 

 ピントが合ってなさそうな、潤んだ瞳で女の子が俺を見上げてくる。

 

 

「お前は馬鹿か」

 

「バカいうな」

 

「じゃあ阿呆か」

 

「アホでもない」

 

 

 頬を引っ張る。

 

 

「いふぁい」

 

「お前もういい加減にしろ。病人なんだから言うこと聞けよ」

 

「……」

 

「元から病弱だから気にするなって言われて出来るわけないだろうが」

 

「……なんで」

 

「彼女の身体の心配するのに理由必要か? 好きだからじゃ足りないか? 他になんか必要か?」

 

「……ううん」

 

「じゃあ俺の言うこと聞け、大人しく寝てろ」

 

「ぅん」

 

「なんかして欲しいことあるか。病人は甘えても良いんだぞ」

 

「……んと、じゃあ、キスして。してくれたら、大人しく寝るから」

 

「本当だな」

 

「うん。約束」

 

 

 そういうと女の子は目を閉じて顎を突き出してきた。

 

 拒む理由は無い俺は、ベッドに手を突いて、女の子に覆い被さるようにして女の子に口付けた。

 

 少しだけ長めに押し付けた後、離れようとしたところで女の子の腕が両サイドから伸びて、頭を抱え込むように押さえつけてきた。

 

 僅かに動揺して顎が開いたところを狙ったかのように女の子の舌が入り込んでくる。

 

 歯の内側に舌が入り込んでしまい閉じることも出来ず、舌で押し返そうとするが、それを待っていたのか反対に絡め取られる。

 

 1分ほどそんな攻防的なものが繰り広げられた後、頭を力ずくで離すという方法を取ってキスを終わらせた。

 

 よほど激しかったのか、離れた時に女の子と俺の口の間で透明な橋が出来て切れた。

 

 

「ぁは、貴方顔あかい」

 

「……無理矢理されたら恥ずかしくもなるわ」

 

「絶対風邪うつしてあげる。で、わたしが看病してあげる」

 

「アホか」

 

「んふふ」

 

「……もう寝ろ。約束だぞ。起きたら病院つれてくからな」

 

「うん。おやすみ」

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