俺と粘着な女の子   作:歩(ホ)

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31話。

「どおーっ! ぉうおうおうっ!!」

 

 

 寝たままテレビを見ていると、ベットに上半身だけを乗せて女の子が猛烈な勢いで俺の頭を抱きかかえてくる。

 

 視界が女の子の胴体で遮られて真っ暗になり、耳元では女の子が鼻息が荒く匂いを嗅いでくるので、さっきまで見ていたテレビの音も聞こえなくる。

 

 僅かに伝わってくる震動は、犬の尻尾が如く振られている女の子の両足から来ているのだろう。

 

 そうして「ぐふふっ」と百歩譲っても上品とは言えない笑い漏らしながら女の子は俺の頭に絡めつけている腕の力を強めた。

 

 さっきからもうずっとこんな感じだ。

 

 15分程度のインターバルを挟んでは、何回も何回もこうやって抱きついてくる。

 

 こんな良いようにされて気分が良いわけがないけれど、俺の身体はいま病に蝕まれているために、腕一本動かすのも億劫で抵抗しようにも出来ない。

 

 つまるところ、しんどくて面倒臭い。

 

 

「貴方今、風邪なんですよ。風邪なんですよ。わたしの風邪が移ってるんですよ。とってもしんどいんですよねっ!」

 

「悔しい、でも感じない」

 

 

 どうしてこうなっているのかと言えば、今女の子が説明した通りだ。

 

 いつかの接吻が効いたのかは知らないが、きちんと風邪薬の摂取もしたと言うのに、今こうやって風邪をひいているのはこの女の子のせいだろう。

 

 

「きゅんきゅんきゅんっ!」

 

「意味不明」

 

「心境を言葉で表していますっ!」

 

「帰りなさい」

 

「わたしに」

 

「……生まれる前に帰りたい」

 

「魂のルフランっ!」

 

 

 ぎゅうっと頭を強く抱き寄せられて女の子の胸元に無理矢理頬擦りをさせられる。

 

 本当にささやかな膨らみが鼻を擦るが、まったくもって嬉しくもなんともない。

 

 もう意識を保っていること自体が面倒臭い。

 

 しかしもう四度寝ぐらいをした目は爽快感ばっちりで、今まで貯めに貯めていた眠気が全て発散されたかのように脳は起床を促してくる。

 

 何の地獄なんだこれ。

 

 その上、女の子が離れると僅かばかりの寂寥感が胸に漂うというのがね、もうね。なんというかね。死にたいね。そうだね。

 

 ほんともう何の地獄なんですかねこれ。

 

 拘束を解いた女の子は、ほんのりと赤らめた顔でずずっと鼻水をすする。

 

 こうやって風邪を俺に移した訳なのだけれど、この通り女の子は今だ風邪である。多少症状は和らいではいるが。

 

 表情の方が喜色満面なのは語るまでもないだろう。

 

 

「……鼻は啜んな。態々鼻水にして追い出した風邪の菌がまた体に入るだろうが」

 

「無限ループ?」

 

「かめよ。ティッシュあるんだから」

 

 

 こういうことは何故か素直に聞く女の子は、すぐさまティッシュを持って来て静かに鼻をかみ始める。音を立てない所に、少しは女としての恥じらいがあると安心する。

 

 遠くにあったティッシュが近くに来たのでついでに自分もかんだ。

 

 しんどい。面倒臭い。

 

 かみ終わってティッシュをゴミ箱へインすると、逸れていた意識が女の子に戻る。

 

 目が合う。

 

 

「目がトロンとしてて可愛いのら」

 

 

 可愛いと言われた瞬間に腕にゾッと鳥肌が立つ。言われ慣れなさ過ぎる言葉だ。

 

 明らかにおかしいフィルターを通して俺を見てるだろコイツ。魔法陣グルグルのククリ並のフィルターだ。

 

 

「千葉トロン……」

 

「それはメガトロン」

 

「俺は……千葉トロンは認めない……」

 

「なんて懐古厨。ビーストウォーズ自体楽しかったからそれでいいよ」

 

「OVAもか」

 

「……コンボイがお爺ちゃんみたいになった所で見るのやめちゃった」

 

「ッフ」

 

「なんで勝ち誇ったのっ!?」

 

 

 貴重な女の子のツッコミシーンを見た後、女の子が再度抱きついてくる。

 

 >時計には“半径1m以下”と

  表示されている。

  

 満喫したのか飽きたのか、その後数回に渡って強行してきた抱きつきをやめた女の子は「買い物いってくる」と言って上着を着て出て行った。

 

 その際、いや上着を着た際にか、その時に気持ちが切り替わったのか、女の子の顔から一切の表情が消え去る。

 

 外行き用というか何というか、女の子の処世術なのだろうけれど勿体無い。

 

 あの外見だ。もっと愛想を振りまけばいいのに、とつくづく思う。

 

 

「……」

 

 

 いや、もしかしてもしかすると女の子の世界はいま、俺を中心に廻っているんじゃないか。

 

 そう考える時がたまにある。

 

 それに何か不都合があるのかと聞かれれば、何もないんだけれど。

 

 ただやっぱりそうだったとしたら、俺はもう少し女の子の想いに応えて、肌に触れてやるべきなのかもしれない。

 

 そうしたらそうしたでバイト先の店長にまたロリコンと言われそうで怖い。

 

 あぁ、なんで女の子に休みを入れる電話させてしまったんだろうか。

 

 案の定、本人確認要求されてしまうし、店長に「楽しめよ」って言われるし。

 

 

「休み明けのバイト行きたくない……」

 

 

 そうやって1人沈んでいると、扉が開く音とビニール袋が擦れる音が聞こえた。

 

 言わずもがな女の子だ。表情はというとニヤニヤを噛み殺しきれないといったところだ。アホ丸出しな顔だ。

 

 声を出さず反射的に開いた目で女の子を見ていると、何を思ったのか靴を放り捨てるように脱いで、軽快なステップで駆け寄ってくる。

 

 距離を測り間違えたようなスピードでやってきた女の子は、ベットの数歩前で跳ねて、ベッドの上に居る俺の胸目掛けれて飛び掛ってきた。

 

  

「ぐへっ」

 

 

 女の子の体重いくら軽いと言っても、加速と落下が加われば流石に重い。ついでに言えば俺は病人だ。

 

 ギシリとベットを軋ませた女の子は、まるでナメクジみたいに腕を這わせて上半身を這い上がって俺の後頭部を捕らえる。

 

 

「うへへ、ただいま」

 

「もっと上品に笑えよ上品に」

 

「ちょっと今日は無理、うへへへへ~」

 

「お前が上品に笑ったところ見たことないんですが」

 

「笑えよベジータ」

 

「なにいってんのコイツ」

 

「さぁ貴方! このわたしがたっぷりと昼ごはんを料理してやるぜ!」

 

「ここからが本当の地獄だ……!」

 

 

 そうして数分後にお粥が出てきた。

 

 

「普通だな」

 

「わたしにかかればこんなの2分でちょちょいのちょいやで」

 

「そうだなヴィーンって鳴ってチンって鳴ったな」

 

「わたしの相棒の声ですね」

 

「レンジって名前だろそれ」

 

「レンジが2分でやってくれました」

 

「そんな頼りになるとお前の腕が成長しなくなるから今すぐ縁を切れ」

 

「切ったら切れてしまう。電源が。そんな関係」

 

「あまりうまくないぞ」

 

「インスタントだし」

 

「ちょっとうまいぞ」

 

「インスタントなのに?」

 

「まだ食ってないんですけどね」

 

「スプーン渡してないし」

 

「寄越せよ」

 

「貴方が欲しいのはこの金のスプーンですか? それともこの銀のスプーンですか?」

 

「俺の家には鉄製のスプーンしかありません」

 

「正直者の貴方にはこのプラスチックのレンゲを上げましょう」

 

「金と銀のスプーンも寄越せよ」

 

「では鉄製のジャイアンを差し上げましょう」

 

「綺麗なジャイアンと同じぐらい処理に困る代物だな」

 

「今のはウソ」

 

「いやウソじゃないほうが困るだろ」

 

「いくらで買いますか?」

 

「押し売りってレベルじゃない」

 

「お粥を」

 

「ああこれタダじゃないんだ」

 

「わたしが掬って食べさせてあげると100%オフになります」

 

「いくらだ?」

 

「オプションで口移しも付きますよ」

 

「いくらだ?」

 

「……あーん」

 

 

 強行手段に走られたために仕方なく俺は口を開けた。

 

 これってされて分かるのだけれど、とても食べづらい。そしてとても熱い。

 

 更に言うと味がしない。鼻が詰まって分からないと言うべきだろうか。

 

 ただただ薬を飲むために作業的に行われる食事は、少し虚しくもあった。やはり食べるのも人間の娯楽の一種なのだろう。

 

 二人仲良く薬を飲んで、飯を食うために起こしていた体を倒す。

 

 飯を食えば眠くなると言う至高の名言があるが、流石だ。眠い上にもう夢を見ているなんて。

 

 なんか女の子が馬乗りで俺に乗っかってくるし、ちょっと今日はおかしい。

 

 これは幻で、今頃俺は健康な身体でラノベを読んでる傍ら居眠りをしているだけだっていう希望を持ちたい。

 

 

「睡眠欲も食欲も満たされましたね」

 

「そうだな2大欲求満たされたな」

 

「目病み女と風邪ひき男って言いますね」

 

「なにそれ」

 

 

 リアルで知らん。

 

 

「男女の色っぽく見える時」

 

「……ふーん」

 

「貴方は今その条件満たしてる」

 

「目は病んでいないのですが」

 

「貴方いつ女の子になったの?」

 

「……さあ?」

 

「……うん」

 

 

 右腕を両手で持ち上げられる。何をされるのかと思えば、その腕は導かれるように女の子の左胸に押し当てられた。

 

 薄い胸越しに早鐘を打つ何かを感じる。ついでに言えば女の子はノーブラだ。

 

 俺の手に両手を重ねて、風邪が再燃したのか惚けた瞳で女の子が見詰めてくる。

 

 

「動いてるの、わかる? 速いの、わかる?」

 

「まぁな」

 

「すごくドキドキしてる」

 

「……」

 

「なんでかわかる?」

 

「俺が触ってるからか」

 

「貴方のことが好きだから」

 

「俺も好きだ」

 

「なら、直に触って、もっともっと速くなる」

 

「……」

 

 

 ちょいと言葉に詰まる。

 

 

「……でも今は、今日はいい。貴方疲れてるもんね」

 

「そうか」

 

「でもわたしがこんな気持ちになってるってことは覚えてて、そろそろ我慢出来なくなっちゃうから」

 

「……」

 

「わたしも眠いし、一緒に寝ていい?」

 

「はぁ、そうだな」

 

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