止まれなかった少年の話   作:下弦の鬼

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連続投稿と言ってもさぁ、間隔とか……空けへんの?

(待て)ないです。


風の記憶

 

 

 

「終わったかァ」

「周囲に残敵は無し。今ので最後だ」

 

 フン、鼻を鳴らし不死川実弥は一人の少年を見る。別段鬼殺隊では珍しい年齢ではない。親を鬼に殺されたが故に、入隊する事は当たり前のように見かける光景だ。

 しかし、彼ほどの年齢でそこまでの成果に出しているのはごく僅か。

 

「実弥、怪我は」

「ねェよ。匡近」

 

 今回犠牲になったのは隊士十三名、民間人二十名近く。

 つけられたのは風柱である不死川実弥と風柱補佐粂野匡近。そしてお館様の鴉から直々に声を掛けられ、胡蝶姉妹の許可の下急遽参加する事になった俺である。他柱は任務中であり動けるものがいないらしい。

 既に現場は凄惨な有様。生き残っていた隊士達を隠に頼み三人で対処に当たっていた。

 

「相変わらず雪は強いな。柱じゃないのが不思議なぐらいだ」

「いや、二人がいなければ俺でもどうなっていたか分からない」

「なら、あの時の分の借りを返したって事でいいか?」

「好きに思ってくれ」

 

 多分借りとはアレの事だ。

 八咫が鬼の情報があると教えてくれたため行ってみれば、当時の下弦の壱討伐任務中の二人と遭遇。

 粂野さんが危うい目になるも、俺が援護に入って事無きを得たのである。と言うかあそこは本当に危なかった。八咫が教えてくれていなければ、粂野さんは確実に致命傷だった。彼ほどの人柄と才能を失うのはあまりにも痛いし、不死川さんにとっても深い傷になっていた筈だ。

 下弦の壱討伐――その功績を以て二人は昇進した。不死川さんは最初こそ柱を拒んだが、粂野さんも本来なら自分はあそこで生きていなかったと言って柱補佐を選んだのだ。ちなみに俺は言うまでも無く辞退である。だって横から掠め取っただけだし。八咫いなかったら、駆け付けれてないし。

 ちなみに全く正反対に見える二人だが、根っこはほとんど同じである。

 

「……」

「相変わらず、雪にはあんまり話さないのな実弥。俺達は兄貴分って共通点があるだろ」

「うるせェ」

「お、そうだ。雪、この前さいい店見つけたんだ。そこの鍋がめちゃくちゃ美味いから、今からどうだ?」

「……すまない、生憎また任務が入っている。行ける時期があればこちらから伝えよう」

「あちゃあ、でもまぁ俺より忙しいもんな」

「同じ事を繰り返して、同じ光景を見ているだけだ。貴方達程じゃない」

「……そっか」

 

 瞬間、粂野さんは俺の肩に手を組んでくると朗らかに笑った。

 向日葵のような、温かい笑みだった。

 

「――なんて、どうせ花柱様の屋敷で手料理食べてるんだろ? 羨ましいぜこのこの」

 

 地味に痛いっす粂野さん。貴方すっごく穏やかに見えて、戦いになるとめちゃくちゃ強いじゃないっすか。しかも血鬼術の分析と弱点見つけるのめちゃくちゃ早いし。

 ちなみに攻めの連携ならば、この二人は鬼殺隊において紛れも無くトップだ。不死川さんが苛烈に攻めて手を出させ、粂野さんが分析し活路を開く。多分、この二人が健在なら初見殺しの上弦といい勝負になるんじゃないかなぁ。

 後ね、粂野さんそれは否定しない。確かに胡蝶姉妹の手料理はね、作ってもらってる立場でこういうのは本当に良くないと思うんだけどさ。

 

「量が……多い」

「いいじゃないか、愛の証ってやつで」

 

 違うんすよ……。毎日毎日、おせちか何かってぐらい作ってるんですよ。

 そんな暇無い筈なのに、めちゃくちゃ完成度高くて。残すのが勿体ないぐらいなんすよ。

 怖いんすよ、本当に怖いんですよ。味音痴なのが申し訳ないんすよ。

 もし叶うのなら、気軽に食べれて話のツマミに出来るような料理が最高なんですよ……。

 

「……残そうとすると、凄い目で見られる」

 

 俺の言葉に、不死川さんが小さく笑った。

 

「そいつは怖ェな、雪。夜道を歩く事があったら、刺されねェよう気を付けなァ」

「……」

「……」

「な、なんだァ?」

「実弥、おはぎ食う時以外も穏やかに笑うのか……」

「! 雪の前でバラすんじゃねェ!」

「はは、さては見栄張ってたな!」

「う、うるせェ!」

 

 彼らの他愛も無い会話を見る都度に、心の中で笑みが零れる。

 数多の人々が生きる、何でもない日々を大切に思えて。それを守るために命をかける優しい人達。

 そんな彼らが、自分の未来を夢見る事が出来ると思うから。

 

「――雪、頼み事があるならいつでも言え。テメェには返しきれねェ借りがある」

「その時は、任せる。いつ、どうなるか分からない仕事だからな」

「くたばったその時は、俺がそいつの頸を捩じ切ってやるから安心しなァ」

「……なら、安心だな」

 

 今日もまた、月が綺麗に輝いている。

 こんな夜はいつだったか。――ある人を思い出す。

 鬼に抗い、夢を目指した男性の事を。

 そして、俺が忘れまいと誓った二人の事。

 

 

 

 

「ん……」

 

 ――帰り道、たまたま寄った街路で何やら人だかりが出来ている。

 ……微かに漂う鬼の匂い。気づいているのは俺だけのようだった。

 

「へえ、歌か。めちゃくちゃ上手いな」

「……ありゃマンドリンってやつかァ、初めてみたぜ」

 

 一組の男女が路上にいた。男性はマンドリンを奏で、女性は歌っている。

 男の瞳をよく見ると、瞳孔が細く縦に裂けていた。

 

「……男の方は鬼か」

「……はぁ?」

「みてェだな、その癖妙だ。……血の匂いがしねェし、女の方にも傷がねェ」

 

 血鬼術だろうか。それにしては違和感がある。

 何より、血の気配を感じない。その事が俺も不死川さんも気にかかっているようだ。

 

「稀血で本性暴かせるかァ」

「やめろ実弥。歌が終わってからでもいいだろ。血鬼術なら、通り過ぎたり途中で離れてる人がまばらにいるのがおかしい」

 

 血鬼術に例外は無い。街一つを呑み込む規模なら、その被害は甚大なものになるが故に。

 けれどこの歌を血鬼術とするには妙だ。

 だって、女性の方は鬼ではない。そして男性が持っているマンドリンも血鬼術で作ったと言う程の見た目ではない。楽器を扱う所に行けば普通の値段で置いてあるようなもの。鬼なのは間違いないが、悪鬼かと言われると決定打に欠ける。

 

「それにさほら、いい歌じゃないか」

「……そりゃそうだけどよォ」

 

 そのまま三人で眺め続ける。

 どうやら終わったようで、周囲の人達は拍手をしていた。その様子に照れ臭かったのか二人は恥ずかしそうに俯いて。けれど笑って、頭を下げた。

 

「……また明日、ここに集まるか」

「鴉は飛ばしておく。何かあればすぐに伝えろよォ雪」

「おっ、実弥が斬らないって言うの珍しいな」

「……」

 

 それから次の夜、また次の夜。

 二人は変わる事無く演奏を続けていた。集まる人の顔も全く異なっていて、けれど演奏が終わった後の拍手と小さく笑う二人の顔は変わる事が無い。

 時折、不死川さんと粂野さんも来てるみたいだけど特に変わりはなく。

 明日明後日で変わりが無かったらお館様に報告しておこう、と思った時だった。

 

「あの……前からずっと来てくれていますよね」

 

 鬼であろう男性自らが話しかけてくれたのだ。

 女性の方も一緒に。

 二人はなんてことない。ただ歌で誰かを幸せにしたいために、路上で歌っていたと言う。

 話してみると、やはり琴に触れるモノは無い。幸せを謳歌する人々に他ならない。

 故に、思い切って聞いてみた。

 

「……キミは、昔何か襲われた事があるか?」

 

 俺の言葉に男性は息を呑んで。小さく頷いた。

 昔、家族を皆殺しにされ気が付けば山の中に一人でいたと言う。そこから彷徨い続け、ある日この女性が歌の練習をしている場面に遭遇。

 その歌声に魅了され、彼女と共に行動していると言う。――鬼を人に戻す歌声。

 

「マンドリンは以前から?」

「いえ、彼女と出会ってからです。結構苦労しまして……」

 

 感嘆の声が、零れた。

 鬼になって激しい飢餓があるのに関わらず、彼女の力になりたいためそれを抑え続けている。好きな女性の夢を叶えるために。

 それは人だ。俺が救いたいと思った人間そのもの。

 

「いつか迎賓館で歌えたらなぁって思いまして」

「……叶うとも、二人なら必ず」

 

 それから、俺は時間があれば何度か足を運んだ。

 不死川さんは俺の話を半信半疑であったけれど、男性から血の匂いがしない事やその周辺で失踪事件が無い事から、静観に徹してくれた。

 粂野さんから話を聞いたのか、他の柱の人も何度か歌を聞きに訪れていたらしい。

 悲鳴嶼さんは男性の境遇に涙し、そして女性と共に人並みの生活を送れている事にもっと涙していた。

 お館様も『もし機会があればぜひ聞きたい』と言っていた程。けれど産屋敷邸の秘匿と加えて無惨の配下に見つかる可能性も考えて、それは控えたようで。

 このまま上手く行けば二人は穏やかに暮らせるだろう。そしていつか夢を叶えられる。

 

「――雪さん、その報告がありまして。

 俺達、華族の屋敷に召し抱えられる事になったんです」

「なんと」

 

 ある夜、歌を聞き終えて。男性が嬉しそうに伝えてきた。

 女性はその声を。彼はマンドリンの技術を見出されたらしい。

 

「……その、雪さん」

「どうかしたか」

「ありがとうございました。俺ずっと怖かったんです。たまに人を食いたいって思ってしまう。彼女を想えばそれを我慢できるけど、一体それがいつまで続くんだろうって。

 貴方から過去の事を尋ねられた時、救われたんです。戦ってるのは俺だけじゃなかったんだって」

「……何を言う。その救いはキミ自身が得たのだろう。俺は何もしていない」

「その後彼女に話したんです、俺の事。そしたら彼女、笑って受け入れてくれて。

 いつか夫婦になろうって」

「なんと」

 

 その未来を想像して思わず笑みが零れた。

 苦労してきた人が報われて、幸せになる。

 それは何て希望に満ちた――。

 

「本当にありがとうございました。いつか迎賓館に雪さん達を招待するので、その時までどうかご無事で」

「……気遣い痛み入る。ではまた」

「はい!」

 

 次の夜、二人はいつもの場所にいなかった。

 訪れてきた人々が肩を落として帰っていく光景に思わず笑んでしまった。

 

「……どうか幸せにな」

 

 それから数日後、ある朝の事。

 任務の帰りに俺と不死川さんはいつだったか、二人と出会った街路を歩いていた。

 

「……死臭」

「あァ、臭うな」

 

 臭い方へ足を運ぶ。

 細い路地の中に死体があった。衣類は剥ぎ取られていて、体には暴行の痕がある。生臭い臭いが鼻を突いた。

 何をされたのかなんて容易く想像がついてしまう。

 

「……」

「おい、こいつァ……」

 

 そして――その顔には見覚えがあった。

 あの男性と夫婦になる未来が待っていた筈の存在。

 鬼を人に戻す歌声を持った女性だった。

 食われた形跡はない。

 

「八咫! 華族の家は分かるか!」

「コッチダ!」

「行くぞォ雪!」

 

 走り出す俺の隣に、不死川さんが並ぶ。

 その表情は怒りに満ちていて。鬼と遭遇した時よりも遥かな憎悪が満ちていた。

 もう状況が分かっているのだろう。

 

「――俺はよォ、鬼は大嫌いだが、外道はもっと嫌いだ」

「……俺もだ」

 

 八咫が案内してくれたのは巨大な邸宅。既に中から悲鳴が聞こえている。

 ――辿り着くと同時に何かが窓を割って外へ飛び出す。

 

「待て!」

 

 その影はそのまま走り出す。向かう先は山の方へ。

 追う。とにかく追う。もうすぐ夜明けだ。時間が無い。

 森林の中でようやく止まる。

 

「フーッ、フーッ、フーッ……」

 

 いつかの男性が両拳を血に染めて、大きく息をしていた。

 その口に血痕は無い。

 

「……何があったァ」

「……塵を捨てて欲しいって頼まれて、向かってて。

 袋の中から懐かしい匂いがしたから、嫌な予感がして開けてみたら……」

「……」

「俺、何も出来なかった……!

 彼女が苦しんでたのに、何も……! 何も……!」

 

 ――ようやく見つけた居場所を、壊される。

 鬼でもなく理不尽な災害でもなく。人の手によって。

 

「……殺して、ください。華族を一人殺めたんです。

 その罰は、受けないと」

「馬鹿言うな、テメェのそれは罰じゃねェ。――無念晴らすためだろ、じゃねぇとお前の女房も浮かばれねェよ」

 

 不死川さんの声はいつになく優しい。

 彼にかつての自分のどこかを重ねているのだろう。

 

「――送ってやる、そして二人で仲良くしてろ。

 今度は手ェ、放すなよ」

「……はい。はい……!」

「……」

 

 刀を抜こうとした不死川さんの手を抑えて。

 流れるように、抜刀し男性の頸を刎ねた。

 

「――ありがとう」

『――ありがとう』

 

 聞こえたのは男女の声。また二人は出会えたのだろうか。

 血を払い、鞘に納める。

 鬼である彼の亡骸が残る事は無い。他の斬ってきた鬼と同じように消滅していく。例えそれまでの生涯で、鬼の衝動に戦ってきたのだとしても。

 

「……おい、雪。何の真似だテメェ」

「……貴方が背負う必要は無い」

「だからテメェが背負うのか」

「それが俺の役目だ」

 

 今までもこれからもそれはきっと変わらない。それが俺の役目で、それが俺の在り方なんだろう。

 瞬間、胸倉を掴みあげられた。

 

「ふざけんのも大概にしやがれェッ!!

 そういう所が気に食わねェんだよォッ! 何もかも一人で背負いこもうとしやがって!!!」

「……」

「お館様や悲鳴嶼さん、胡蝶がどれだけお前の事を気にかけてるか知ってるかァ!!」

「……俺には、それしか出来ない」

 

 優しい人だ。誰かのためにここまで怒ってやれる。

 俺はそんな貴方達だからこそ報われて欲しい。

 不死川さんは手を放して、背を向けた。

 

「――雪」

「……」

「止まるならその辺にしねェと戻れなくなるぞ」

「……分かっている」

「……分かってねぇ、下らねぇ意地張ってるだけだ。そのためにお前が犠牲になる必要なんてねェだろ」

「……」

 

 返せる言葉などある筈も無く。逃げるように、その場を後にする。

 ――俺の抱える後悔の一つ。

 結局、その事件は強盗という事で済まされた。同情が寄せられたのは華族であった男だけで、召し抱えられた一組の男女は名すら知られる事無く歴史の闇に埋もれていく。

 彼らの事を覚えていられるのは鬼殺隊だけだった。

 だから俺は、あの二人が生きていた事。戦っていた事。夢を見て今を生きていた事を忘れたくない。

 

 

 

 

 そんな事を思い出しながら蝶屋敷へ帰る。今回ばかりは事態が事態の為、本来療養中である俺に出動命令が下る形となったから、さすがに怒られる事は無いだろう。

 

「雪さん! どう?」

 

 ドン! と効果音がついてそうな程、豪勢な料理がある。

 と言うかこれ見た事あるな……。なんだっけ……そうだ、思い出した。コロッケですよね。しかも手作りとか。俺の知っている時代なら冷凍食品とかで気軽に食べれたけど、大正時代からすると材料費がやべぇのである。

 鬼殺隊って非公式なのに給料払われてる時点で、お館様スゲェ。

 ……そういえば、俺のお給金確認してねぇな。

 

「……(量が)凄い」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう。姉さんも料理上手だけど、私だって出来るんだから!」

「私も頑張ったよ……?」

 

 ムフー、と言わんばかりの表情で背伸びするカナヲ。

 うォん、彼女も手伝ったのなら猶更残す訳にはいかねぇ。

 持ってくれよ、俺の胃袋!!

 

 




大正コソコソ噂話

二人の墓は、鬼殺隊本部に建てられている。
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