止まれなかった少年の話   作:下弦の鬼

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ストックしてある話と投稿してある話の文字数比べたら、既に折り返しに入ってました。
後7~8話ぐらいで完結します。後半駆け足過ぎる……。


焔の記憶

 

 

 

 

「――手合わせ感謝する」

「礼を言うのはこちらの方だ、雪殿。貴殿との稽古、やはり一時とて気が抜けん!」

 

 炎柱、煉獄愼寿郎さんの息子でもある煉獄杏寿郎さんとの鍛錬を終える。

 五大呼吸を学ぶため、悲鳴嶼さんからの紹介を得て愼寿郎さんへ一時的に弟子入りし炎の呼吸の動きを見取り稽古させて貰っていた時期。

 あの頃は煉獄家にお世話になっていた。――結局、炎の呼吸も俺には適したモノでは無かったようで、呼吸が使えない原因の解明にはならなかった。

 だが、それでも。彼らに出会えた事だけでも意味はある。

 炎のように煌いて、誰かの道を照らし続ける。そんな灯のように生きる彼らを。

 あの日々を思い出す。

 

 

 

 

 五大呼吸、全部総当たりして最適な呼吸を見つけようツアーの真っ最中。既に四つの呼吸の型は学んでいるため、実質炎の呼吸が最後である。

 そんなこんなで、炎柱の屋敷にやってきた俺は当主――愼寿郎さんに挨拶していた。うわ、この人めちゃくちゃ強いわ。気配で分かる。

 

「キミが、神月雪か。岩柱から話は聞いている。しばらくの間、私の下で学ぶといい」

「よろしく頼む」

 

 ああ、違うんです炎柱様!

 よろしくお願いします、って言おうとしたんです! この体が勝手に!!

 

「何、キミの事情は聞いている。幼い頃より鬼殺をしてきたのだろう。なら固くなってしまうのも仕方ない事だ」

 

 ……何この聖人。柱って皆いい人達ばっかやん。

 いや、本当に我儘付き合って貰ってすみません。おまけにロクな成果も上げれていないようなやつに。

 

「それでは早速だが、炎の呼吸の型を一通り見てもらおう。キミの参考になるといいのだが」

 

 そうして、愼寿郎さんが見せてくれた炎の呼吸は、実に見事な技だった。さわやかな夏の青空のように、透き通る剣だった。

 俺のような、武骨なモノではない。嫉妬すらしてしまう程に。その技は磨きあげられている。

 

「……」

 

 動きだけなら何とか真似する事は出来るだろう。けれど俺ではどう足掻いても、その人が振るう刃には届かない。

 力強く払われる一刀の軌跡に見える炎の姿。それが幻だと分かっても、触れれば火傷してしまいそうな錯覚がある。

 ――俺に、あの炎は出せない。

 

「……よろしく頼む」

「うむ、では稽古とするか」

 

 さすが柱と言うべきか。今まで斬って来た下弦の鬼よりもはるかに強い。と言うかこれ、悲鳴嶼さんにも匹敵するんじゃねぇかな。

 木刀がぶつかるごと、腕ごと持っていかれそうな衝撃が走る。両足で踏みとどまっていなければ、後ろへ飛ばされてしまいそうなほど。

 それでありながら、攻撃は燃え盛る炎のように苛烈だった。一息冷ます余裕すらない。

 

「成程、強いな。岩柱が推薦するだけの事はある。ここまで凌ぎ切る相手は実に久しい」

 

 返事をする暇がない。それに回せる余裕がない。

 透き通る世界で見えていて尚も、対応する事で手一杯だった。

 分かっている。読めている。だが、食らいついていく事で精一杯。

 

「――ここまでにするか。私も久々に汗を掻けた」

 

 いや凄いわ柱。多分この人なら、下弦なんてまとめて瞬殺じゃないかな。

 それぐらいの力がある。

 ……でも、なんだろう。何て言うかちょっと抑えきれていない何かを感じた。弱いとかそういう類の話ではなく。

 

「……何に悩まれている?」

「――」

「貴方の本来の剣じゃないように思えた。手加減されるような方でもない。

 看過できない何かを、抱えているのでは」

「……」

「貴方達にはしばらく迷惑をかける。だからせめて、その返しを」

「――余計な世話だ。あまり他所の事情に踏み込むんじゃない」

 

 優し気な表情が一気に険しくなった。

 どうやら深入りしすぎたか、或いは図星だったか。

 探りを入れるのは良くないけど、それでも何か出来る事ぐらいあるだろう。

 

 

 

 

 煉獄家での鍛錬が始まって数日。長男である杏寿郎さんとの稽古、次男である千寿郎君への簡単な指導、下弦よりもめちゃくちゃ強い愼寿郎さんとの実戦鍛錬。

 炎の呼吸を使えなくとも、型を感じ自身の糧とする日々。それらを繰り返す中で何となく、愼寿郎さんの抱えていたモノが見えてきた。

 煉獄家の母こと、煉獄瑠火さんの容態の事だ。さすがに女性をいきなり透き通して視るのは失礼に値するため、してはいないがそれでも何となく分かる。

 瑠火さんは病魔に体を侵されている。それもかなり進んでいるだろう。手の施しようが無いほどまで。

 ――それを知った時、自分の心に空白が生まれるのを感じた。

 何て無知。何て傲慢。そしてそんな状況にも関わらず、俺に技を見せてくれて、鍛錬の時間まで作ってくれた愼寿郎さんにはただただ感謝の念しかない。

 だから、俺はお館様と悲鳴嶼さんに手紙を送った。多分、伝えても受け入れてくれないだろうから。

 

『炎柱の警備地域は、しばらくの間神月雪が担当する』

 

 無論、俺は柱になれないしその資格もない。

 鬼を斬る――ただそれしか出来ないから。それを選んだ。

 

「――雪ッ! お前、はっ」

「父上っ、おやめください!」

 

 事情を知った愼寿郎さんが俺の胸倉を掴みあげる。

 父親であり夫でもある感情と鬼殺隊の柱である責任――優しくて厳格な人だからこそ、自分を追い詰めてしまう。

 多分このままいけば、自暴自棄になっていた事だって十分あり得るだろう。例えどんな理由があろうとも自分を狂わせる引き金を引いてしまうのは、いつだって自分なのだ。

 

「……どうか、お傍に。夜は俺が回ります、貴方の分まで鬼を斬ります」

 

 俺の言葉に、愼寿郎さんは奥歯を噛み締めて。部屋を出ていった。

 

「……雪殿、すまなかった」

「謝る事ではない。俺の我儘だ、憎まれて当然だろう」

 

 恨まれるのは慣れている。だから俺一人が報わなくても周りが幸せなら、俺はそれでいい。

 家族を裏切って、誰も救えていない俺なんかが幸福になるべきじゃないのだから。

 

「かたじけない……。俺に出来る事であれば何でも言ってくれ。この煉獄杏寿郎、お前の力となろう」

「……そうか、助かる」

 

 

 

 

 夜を駆け、鬼を斬る。炎柱が担当していた区域はかなり膨大で、柱業務が多忙になるのも納得だった。

 足を休める事無く、次へ。鬼の場所は八咫が事前に飛び回って予想をつけてくれるため、手持無沙汰な時間が無いのは助かった。

 殲滅する。一匹も残らず悪鬼を掃討する。愼寿郎さんが家族としての役割を果たせるように。瑠火さんが少しでも想いを託せるように。杏寿郎さんが父と母の姿を焼き付けられるように。千寿郎君がいつか先の未来で、その光景を大切に出来るように。

 

「……」

 

 夜は警備巡回。昼は煉獄家での鍛錬――体を休める時間もあまりないが、幸い何とかなる。元々日の光が苦手だし、夜はあまり寝付けない。

 でもこの体は無茶が効く。だから問題ない。

 繰り返し続ける毎日。その裏側にあるのは俺が守りたかった日々。溶けていく薄氷の上に立つ硝子細工のようなもの。

 いつかは無くなってしまって。消えてしまうものかもしれないけれど。どうか、その一瞬が一時でも長く続いて。未来へ繋がる色彩豊かな記憶でありますように。

 ――そんな最中、ふと瑠火さんから呼ばれた。

 

「雪さん、まずはお礼を。柱業務を担ってくれた事、心から感謝しています」

「……いえ、それ程のものでは」

「――夫と息子達。皆と存分に話す事が出来ました。

 柱は任務の為、日ノ本を駆けまわっています。だからあまり自分の時間を使う事が出来ません」

「……」

「このままだとあの人は、自分を責めてしまう。それがずっと気がかりでした。

 使命と責任を持ち優しい人だからこそ、自分を許せない。……何度か伝えてはいましたが、それでも言葉が届く事は無かった」

「……」

 

 瑠火さんは微笑んだ。それを直視出来ない。

 俺は何もしていない。ただ鬼を斬る事しか出来ないだけ。誰かを救ったり、導いたり。そんな崇高な事は何一つして出来ていない。

 

「いいえ、貴方のおかげです」

「俺は何も……」

「貴方のおかげで、私は夫と存分に話す事が出来た。夫婦の時間の中で、言葉を届けられた」

「……」

「――だから貴方も、自分を少しでも赦してあげなさい」

「っ」

 

 違う、違う。

 俺が赦されるのであれば、それは未来で果たされるべきだ。無惨を倒し、悪鬼のいない世界が訪れてようやく、彼らが散った意味がある。

 だからそれまで。その時が来るまで。俺は――。

 

「……では貴方は、これまで恋をした事はありますか?」

「は……?」

 

 思わず息が零れる。

 恋? 恋って、あの恋?

 

「添い遂げたいと思った方は? 人生を共にしたいと思った事は?」

「……います、けど」

 

 脳裏に過ぎるのはカナエさんとしのぶさん。あれが多分初恋。でも、彼女達の両親を救えなかった俺には、一緒に歩く事なんて出来ない。

 と言うか姉妹二人に一目惚れするって男としてどうなんだそれ。

 

「――そんな顔も出来るのですね」

「どんな、顔……ですか」

「それは貴方が鏡を見てからのお楽しみでしょう」

 

 ぐぬぬ。

 心を見透かされ、表情まで読まれ、完全に弄ばれている。瑠火さんはまるで子供のように微笑んでいるし。

 羞恥心からか、顔が赤く染まっている事が分かる。

 おのれ、これが年上美女の力か……!

 

「――貴方には優れた剣の才がある事は聞いています。それを戦えぬ人々の為に振るい続ける。

 私はそれを素晴らしい事だと思いますし、そんな貴方を尊敬します」

「……当たり前のこと、ですし」

 

 俺の剣の才は知っている。呼吸が無くとも鬼と戦え、下弦すらも屠る。けれど、俺はこの剣を美しいとは思わない。この剣で何かを為せたとは思わない。

 必死に呼吸を使い、死に物狂いで剣を振るい、誰かを救うために走り続ける隊士達。――そんな彼らの方が、俺は好ましい。

 最初から咲き誇る逸材の花よりも、何度も挑み続けてようやく咲いた一輪の方が美しいと思うのだ。

 

「いつか、貴方と貴方の好きな人達が、共に未来が笑って歩いて行ける事を願っています」

「……」

 

 そんな光景をふと思う。

 もしも、もしも。

 鬼がいない世界で、鬼殺隊と言う組織が必要のない世の中だったら。

 妹は笑って過ごせていて、姉妹は両親と幸せな暮らしを続けられていて、マンドリンを持つ彼は彼女と共に夢を目指していて、隊士達は命を懸ける事も無く自分の人生を過ごせていて。

 ――そんな未来を、俺は知っている。この時代より百年先の記憶。それが夢物語でないのだと、叫んでいる。

 他の隊士達は自分の生きる未来を信じ切れていない。心の何処かでそれを願っていながら、絶望し続けている。

 彼らのように優しい人達が報われない世界なんて、俺は見たくないから。

 

「俺は――」

 

 彼らの犠牲が無駄では無いと証明するために生きている。

 言葉にならない声を察したのか、瑠火さんは小さく息を吐いた。

 

「少なくとも、貴方に幸せになって欲しいと思っている者はいますよ」

「……」

「この家に住む煉獄家の者達です。私も夫も、杏寿郎も千寿郎も、そう思っています」

「……っ」

 

 ――それでも、それでもまだ。

 俺はその言葉を口にしてはいけない。

 

「話し過ぎましたか、貴重な時間を使わせてしまってごめんなさい」

「いえ大丈夫です。貴方との話を出来うる限り、心に留めておきます」

 

 この言葉を呟く度に、自分を縊り殺したくなる。

 何一つ守れない癖に。何一つ叶えられない癖に。

 俺は、一体どこまで託された願いを裏切り続けるのだろう。

 

 

 

 

 それから数日後、瑠火さんが亡くなられたと鴉から聞いた。

 愼寿郎さん達は傍にいて、最期を看取ったと言う。俺も葬儀に呼ばれ、愼寿郎さんと共に焼香をあげさせて頂いた。

 

『雪――お前と出会えた事、心の底から感謝している。お前がいなければ、私は瑠火の最期の言葉を聞けなかった。家族の時間を作ってあげられなかった。

 ……ありがとう』

 

 愼寿郎さんは憑き物が落ちた顔だった。ずっと気にしていたのだろう。もしそのままだったら、瑠火さんの傍にいてやれなかった事を悔み、自棄になっていたかもしれないと言っていた。

 ようやく心も落ち着いたのか、愼寿郎さんは炎柱として再度復帰。杏寿郎さんを継子とし、日々指導をしていると言う。千寿郎君についてはその性格が剣士に向いてないと気づき、共に別の道を探していこうと告げていた。

 俺は警備担当の任を降り、改めて階級甲として任務を命じられる事となった。

 そうして、炎柱の弟子として稽古を行う最後の日。

 愼寿郎さん、杏寿郎さんとの鍛錬を終えた俺はある書物を渡された。

 

「これは?」

「先代よりも昔――戦国の頃の炎柱が記した書物だ。傷みは酷かったが千寿郎が解読をしてくれていた」

「なんと」

「雪、お前の役に立てればと思う。共に目を通してくれないか」

「分かった」

 

 書かれている事は途方も無い事だった。

 鬼舞辻無惨と交戦した剣士――彼曰くやつには複数の心臓と脳があり、殺すにはそれを斬り続けなければならない。さらには体を分裂させ、逃亡をしてくると言う。

 頸の切断は既に克服している以上、これまでの鬼殺とは全く異なる戦いを要求される。

 ……これ、あの女医さんが教えてくれた事と一致しているな。あの人もその現場にいたのだろうか。

 

「――」

 

 愼寿郎さんは絶句していた。杏寿郎さんも同様だった。

 書かれている事は途方も無い事ばかり。今の鬼殺隊にそれが出来るものはまずいないだろう。

 

「……もしも私が後悔の中でこれを読んでいれば、力任せに引き裂いていただろうな」

 

 確かに。鬼殺隊の目指す者が鬼舞辻無惨討伐である以上、これに掛かれている事は避けては通れない。

 

「それでも私は逃げる事は出来ない。炎柱として、剣士として、煉獄瑠火の夫として」

 

 強い人だった。力は無くとも言葉と生き方を以て、誰かの心に炎を灯した。

 それは、俺が強く憧れ、守りたいと思った輝きそのものだった。

 

「また何かあればいつでも来るといい、雪。

 煉獄家はいつでもお前の力となろう」

 

 炎の呼吸も俺の体には適性が無かったのか、動きの型を見る事とそれを自分の剣術として組み込む事ぐらいしか出来なかった。

 けれどそれが些細な事に思えてしまう程、美しいモノを見た。

 ――優しい人々。例え力が無くとも、誰かに願いを託し、心を燃やし続ける光景。それが連綿と続いていき人の心は受け継がれて。そうしてまた次の世代へ託されていく。

 

 ――なら託されたモノに意味を持たせられない俺に、一体何が出来るのだろう。何が出来たんだろう。

 

 

 




大正コソコソ噂話

解読された内容は、産屋敷家に報告されている。とある女医と産屋敷家当主の間では手紙でやりとりされており、既に鬼舞辻無惨への対策が練られ始めている。
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