止まれなかった少年の話 作:下弦の鬼
今話が大分超展開になりますが、それぐらいしないと完結まで持っていけないのです(モチベが保てない病&長文書けないマン)
無事任務復帰許可を貰った翌日、港町で鬼が出ると聞き、早速駆け付け鬼を斬った。別段そこまで強くも無く、討伐自体は円滑に終わった。
生憎その町に生き残りはおらず。周辺を捜索。――そこで一振りの刀を手にした鬼と出会った。
長い黒髪を後ろで一本にまとめた六目の鬼。
「……特徴と一致する……貴様が赫刀を使う剣士で……相違ないな」
「上弦の壱、か」
「何と……その年齢でその体……極限まで練り上げられていながら、尚も高みへと昇り続けるとは……見事也」
「……」
「その構え……息遣い、視線……実によく似ている」
臨戦態勢を整える。相手の雰囲気は、これまでの鬼とは一線を画していた。
……上弦の弐よりも強いと、その本能が叫んでいる。一息の間に二度斬られていると錯覚してしまう程。
瞳に刻まれている文字は上弦の壱。即ち鬼舞辻無惨の次に強いという事。
「故に貴様を……斬る」
「!」
空気が揺れる。その瞬間、身を屈めて一気に疾駆する。毛先を刃が掠め、もし反応が遅れていれば首が跳んでいたと確信した。
鯉口を弾き、抜刀する。刀身に宿る紅蓮の炎。それは上弦の壱の持つ刀と交錯し、鈍い音を立てた。
「……素晴らしい。鬼になれば……瞬く間に上弦へと……至るだろう」
「断る」
ほぼ同時に刃が離れた。鍔迫り合いは無意味だと、ヤツも判断したのだろう。鬼にとって赫く燃える刀は、やはり弱点に他ならない。
刃が触れただけで脅威だと判断――つまり相応の戦闘経験がある。一方的な虐殺塵殺だけではなく、鬼と言えども命を実感する程の死闘を踏み越えている。
「今の動きは水の呼吸。しかし捌きは炎の呼吸の物……。型を見ただけで模倣した……か。
才に溢れている……戦うために、斬るために生まれた命としか、言いようが無い。
……お前なら、私と同じ高みに……」
「――」
抜刀。その居合は今までの鬼殺と比較しても、類を見ない程に鮮やかであった。この先また同様の冴えを持つ一刀を出せるであろうかは分からない。
抜かれた刃は真空を割き、赫熱の如き斬撃へと届く。されど、その一撃は振り払うような容易い一振りで受け流された。
「あの刹那には程遠い、が……斬撃を……飛ばす……。人の身で……よくぞそこまで……。
であれば……私も相応の剣で無ければ無作法と言う物……」
剣が伸びる。三叉刃。刀身に見えるは数多の眼球。
背筋が冷える。体中が眼前の世界を見落とすなと叫んでいる。
月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾
横薙ぎに振られる刀。
遅れて見える三日月のような揺らぐ数多の幻覚――否。
体を逸らすようにして、その三日月をも回避する。あれに触れれば、刃に斬られたのと変わりない。
「……よく躱した……それに触れれば……刻まれていよう。
行くぞ……」
月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面
月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月
月の呼吸 漆ノ型 厄鏡・月映え
頭上、左右前方から飛来する無数の三日月に加え飛来する斬撃。
――全てを回避するのは困難。否、そうすれば致命傷となるように誘導されていた。
「――っっっ!」
全身を刻まれた。だが、致命傷は回避している。
まだ、立てる。両膝に力を込めて、崩れ落ちようとする体を支えた。
先ほどまで持っていた刀――その刀身が半ばから断ち切られている事に気が付く。根元からではないのは、体がそれを防ぐために自然と動いていたからのようだった。
「……良い判断だ……無傷で逃れようとすれば……首が落ちていたか……命に関わる傷であった。
もう一人か二人程の供がいれば……私の頸に……届いただろう」
――上弦の壱、黒死牟はそこでようやく気付く。
俺の体が、既に再生を始めている。傷口が微かな煙を立てながら、元通りに癒えていく。それと引き換えに頭の中を何かが掻き消されていくような感覚。
これが堪らなく嫌だった。致命傷、或いは戦闘続行が困難になる程の手傷を受ければ体は勝手に治っていく。
俺の何かと引き換えに。
「……貴様……血鬼術をその身に受けているな……。先ほどの飛ぶ斬撃も……その一つか。
体が鬼になりかけていながら……それでも尚人間として保ち続けている……。既に侵蝕は進んでいよう。……太陽を浴びる事すら……拷問に等しい程に。
――常軌を逸した精神力……しかし限界の筈だ……鬼になった方が幸福だろう」
思考が定まらない。硝子が砕けるような音が頭の中から次々と響いている。
それでも、まだ戦わなくては。
俺は託されたのだから。それに応えなくては。
「人は脆いが貴様なら……耐える筈だ」
鬼が手に取ったのは、ドス黒い濃ゆい血液。
刃を握りしめる。まだ立てる。まだ戦える。
少しでも先に繋げ、少しでもこの戦いが誰かの未来の礎となれ。
――そこまで考えてふと、口が動いた。
「貴方は何故、鬼になった」
「……極めるためだ。千を踏み万を超えて磨き上げた技……削ぎ落とし極限まで練り上げられた武。
それらが失われるのは……実に惜しい。故に鬼となり永遠を宿し、この技を保管する」
「では貴方の人としての人生には、技以外何も無かったのか」
「――な、に」
「愛しいと思った人は。守りたいと思った人はいなかったのか」
どうしてか言葉がすらすらと出てくる。
ただ分からないのだ。この鬼が何故、そんな空っぽな理由に身を投じたのか。
「貴方の生涯は中身の無い空虚な人生だったんだな」
「――貴様」
一閃。予備動作すらなく放たれたその一刀は、流れるように左腕を切り裂いた。
刀を持たぬ左手に忍ばせた短刀――珠世さんから鬼の血を採取する時にようにと託された業物。
無惨のモノと思われる血が地面に飛散する前に短刀を走らせて回収。それを勢いよく宙へ放り投げた。
「カァー!」
八咫が短刀を口に加え、飛び去っていくのを片目に見る。
これでいい。後は八咫が珠世さんに届けてくれる筈だ。鬼の始祖の血は、今後間違いなく強力な武器になる。
俺に出来るのはここまで。
「貴様……!」
月の呼吸――。
「んんー、それは困るなぁ黒死牟殿。
彼は俺の運命なんだよねえ」
瞬間、衝撃が走る。見れば、腹部から腕が突き出ていた。
コフッ、と口から血があふれ出す。
「何の……真似だ、童磨……」
「いやいや、あのお方の所に連れて行こうとしてたでしょ。それ多分やめた方がいいよ。
彼、鬼になった瞬間間違いなく自害しちゃうからさ」
「ならばどうする……」
「うん、俺のところで心が折れるまで監禁しておこう。そういうのは得意でね」
「……任せる」
腕が引き抜かれる。視界が暗転し、衝撃が全身を走る。体が冷えて力が入らない。
視界が暗い。見えたのは、艶めかしく笑う一人の男。
「また、会えたね。愛しの君。
今度は邪魔が入らないよ」
脳裏に過ぎったのは、自身を拾ってくれた一人の男と姉妹の顔。
それを瞼に焼き付ける程強く想って。
世界が、暗転した。
今日も月が綺麗、だ。
神月雪、上弦の壱と交戦し、重傷。生死不明。
現場には夥しい程の血痕に加え、彼の断ち切られた刀と破れた羽織が残されていた。
柱達や隊士も含め、半年近くの捜索が行われるも手がかり一つ見つからず。
柱合会議にて捜索は打ち切られる事が決定し彼の死亡が通知された。
その夜、とある屋敷では三日三晩泣き声が止む事は無かったと言う。
「……ぅぁ」
「おっ、目が醒めた。やあ、久しぶり俺の事覚えてるかな」
「っぅ、ぁ……」
「えーっ、斬ったり斬られたりした仲じゃないか。酷いなぁ、俺はずっとキミの事だけを想っていたのに。
ほら見てよ俺の胸、キミに斬られて大分経ってるけど、全然癒えてないんだぜ」
見えたのは、一人の男。まるで恋人に出会えたかのようにニコニコと笑っている。
両手足を縛られているのか、全く動かせない。
(コイツは誰、だっけ……)
意識が朦朧としている。薬を盛られたのだろうか。
思考が現実しか向けられない。他の事を考える事が出来ない。
「んー……参ったな。俺と戦ってくれるなら、解放してあげるつもりだったんだけど。そういう段階じゃないなー。
キミ、自分の名前覚えてる?」
「……神、月……雪」
「そうそう、良かった良かった。それじゃあキミは人かな、それとも鬼かな」
「人……」
「ん、そこまで覚えているようだ。じゃあ、キミの親しい人或いは好きな人は」
「悲鳴、嶼……さん。カナ、ヲ……。……カナエ……しのぶ」
「――ふぅん、そこも俺じゃないんだ。うーん、片想いだなぁ。それじゃあしょうがないから奪っちゃおう。
普通なら死んじゃうけど、キミなら大丈夫だよね? 黒死牟殿にやられた傷も癒えてるし」
――瞬間、腹部を貫かれたかのような灼熱が走った。
「がっ、ぁっ、ぅぁ……!!!」
「俺は童磨。キミの想い人。俺もキミを想ってるし、キミも俺を想ってる。俺達は殺し殺され合う関係なんだ。
――他の人なんて見ないでくれ。俺だけを見ておくれ。そうしていつか、共に地獄へ行こう」
「は、ぐぅっ、がぁっ、ひっ……!!」
「……あ、いいねその顔。ちょっとゾクゾクしてきちゃった。
んー、キミが口にしてた人達に見せてあげたいなぁこの光景」
そんな日々がどれだけ過ぎたのか分からない。
忘れて、
そうして時を数える事すら、わすれた。
彼、神月雪を捕縛し監禁してから凡そ二年の歳月が過ぎる。
童磨は彼の体を眺めながら、今まで得た情報を整理した。
「――ふぅん、鬼の血が混じっているね。それも中々に濃い。ここまでなら、半分鬼みたいなものだ。
日光を浴びる事すら苦しい筈なのに、本当によく耐えてたね。いっそ、鬼になった方が幸せじゃないか雪」
「……」
既に瞳は濁っていて、途中から呻く事すら無くなった。
それは――以前の、感情を知る前のような自身の瞳だと、童磨は結論を下した。
けれど、全てはどうでも良かった。
今の童磨には鬼殺隊も、鬼舞辻無惨の目的もどうでもいい。
せめて。せめて彼ともう一度戦いたい。自身に生を感じさせてくれた一刀を、再び自分に向けて欲しかった。
「……確か黒死牟殿曰く、キミは戦えば戦う程、鬼の侵蝕が進み人である事を失っていくんだったね。
つまり本気のキミと戦うにはある程度消耗させて、鬼への侵蝕を深くしながら、人のままである事を維持させなきゃいけない。
うーん、これは困った。本当に困った。本気のキミと戦えるのは、一回きりだ。
だとすると、鬼殺隊に返さないといけないなぁ……。やだなぁ」
別段逃げ出す手段や理由なんていくらでもでっち上げられる。
既に無惨の呪いは解除されているが故に、視界を監視される事も無い。彼のあの一刀を受けた時、気が付けば自然と外れていたのだ。
だが謀反など起こす理由がある筈も無く。神月雪と会い、もう一度戦いたいがために己の立ち位置を変えずにいる。
「教祖様、如何致しますか」
「ん……壊れかけてるしなぁ。今、鬼殺隊ってどこにたくさんいるんだっけ」
彼が人生の大半を生きた場所だ。合流し、切っ掛けがあればまた再起してくれるかもしれない。
後はもう一度彼が戦えるだけの準備を整わせ、限界を迎えさせ――そこで強襲を掛ける。
既に蝶屋敷の場所は特定してある。初めて出会った夜、彼らと接触する前に結晶ノ御子を使い、花柱の後を追跡させていたが故に。
蝶屋敷を襲撃すれば、間違いなく彼はやってくるだろう。他の柱も来るだろうが、その時は誰か別の上弦に相手させればいい。
「那田蜘蛛山、と聞いていますが……」
「あー累君のところか。まああの子じゃ勝てないし、鈍った体を叩き起こすに丁度いいね。
じゃあ、その近くに置いてきて。そしたら誰か見つけるだろうし、誰も見つけなかったら……うん、その時はその時だ」
「はっ」
大正コソコソ噂話
童磨に大事にされている雪を嫉妬し手を出そうとした信者がいたが、童磨によって殺され山へ捨てられている。