止まれなかった少年の話 作:下弦の鬼
こんな作者ですが、最後までお付き合い頂ければと思います。
ちなみに今は二年としてますが、初期プロットは三年でした。推敲を行って訂正こそしていますが、安定の作者なので間違いなく見落としがあると思いまする。その際はご指摘いただければ幸いです。
『カァー! カァー!! 雪! 雪!!』
「……ぁ」
何かの声で目が醒める。道の隅っこで草木に覆われるようにして倒れていた。
酷く腹部が痛んでいて、手足も酷く固い。手首を鳴らすとまだ固く、疼くような痛みが走る。
「今は……夜、か」
記憶が、意識が酷く混濁している。ふらつくようにして立ちあがった。幸い、体はすぐに慣れてくれる。
足を引きずるようにして奥へ。
見れば服もズタズタなまま。下の方なんて血痕がべっとり着いている。
どうしてこうなったんだっけ。
「カァー! カァー! 雪! 雪!」
「おわっ」
壱羽の鴉が飛び込むようにして胸元に突進してきた。
雪――雪――そこまで考えて、ようやく思い出す。
「八咫!」
「生キテイタ! 生キテイタ! 信ジテタ!」
「……悪い、面倒ばかりかける。
あれから何日経ってる?」
「二年!」
「――何?」
「二年間、ズット探シテイタ!」
そうだ、上弦の壱と戦い俺は負けたのだ。
二年、あの上弦の鬼に監禁されていたのだろう。
じゃあ何で今、俺がここにいるのか分からないけど。逃げるなら今しかない。
「そうか……。カナエさん達怒ってるだろうな。柱はあれから欠けてないのか」
「新タナ柱ガ複数就任! 花柱、岩柱、水柱ハ補佐共ニ健在!」
「……」
言わないって事はそういう事か。よっぽど怒ってたんだろうなぁ。
とりあえず今はやるべき事をやらないと。
「八咫、ここは」
「那田蜘蛛山ニテ隊士数十名ガ消息ヲ絶ッテイル!」
「……下弦か、上弦か。何せよ、まずは日輪刀を持たないと。
近くに隊士は」
「付イテ来イ!」
走る――思っていたよりも体が軽い。
以前より、かなり走れるような気がする。加えて、走っている時も周りが見えやすくなった。
森に入ると隊士達が、同士討ちを起こしている。否、一方は余りにも動きが不自然。筋肉が、操られているかのような収縮。
見れば、細い糸が体の至るところに着いていた。
「……借りる」
隊士の亡骸が握っていた日輪刀を手に取る。
跳躍し、体を捩じるようにして周囲の糸全てを断ち切る。どうやら体はまだ、型の動きを覚えていたらしい。
「あ、貴方は……」
「通りすがりだ、状況を」
戦い慣れしている気配から、同じ鬼殺隊と察したのか。隊士はすぐに状況を教えてくれた。
既に戦闘は始まっている事。階級が癸の隊士達が戦いの激化している奥の方へ入っていった事。
――俺の答えなどとうに決まっている。
「行ってくる」
「ま、待て! アンタも怪我してるじゃないか! ここにいた方がいい!
柱がもうすぐ来る!」
「柱……?」
「あぁ、花柱様とその補佐。後は水柱が来る筈だ! 花柱様の治療はすごいし、水柱様は補佐も含めて強いから、心配ない! 怪我人のアンタが行く必要は無いだろう」
その言葉に、俺は小さく笑った。
大切な人達だけではなく、戦う理由も思い出せたから。
「……貴方達に報いるためだ。その同胞達の犠牲を、無駄でなかったと示すため、俺は戦っている。
今までも、これからも。彼らの事は任せた」
「お、おい待て嘘だろ!」
その言葉を後にして、奥へと駆けていく。
悪鬼がいるのあれば斬る。これ以上の犠牲が出ないために。
終わり逝く者がいるのであれば、その時がせめて穏やかに安らかであるように。
日輪刀を地面に差す。
一人の隊士と鬼の兄妹。彼らと共に下弦の伍を撃破した。――やはり上弦程の強さは無い。特にあの壱は別格の強さだ。複数でかからなければ、対峙する事すらままならない。
負傷は無いが、共に戦っていた二人は満身創痍である。
「怪我は……酷くは無い。直に良くなる」
「あ、あの……ありがとうございました!」
「むー!」
地面に倒れたままの彼――竈門炭治郎と鬼になった少女竈門禰豆子。
彼ら二人は互いに協力して、十二鬼月へ挑んだ。
それが、どこか尊く見えて。羨ましいと、思った。
――ああ、そうだ。だから俺は戦っていたのだ。
「……神月雪だ。寧ろ礼を言うのは俺の方だろう。
忘れてた事を、思い出させてくれた」
始まりの記憶、戦う理由の原点。
彼ら二人は、もしかすると在り得たかもしれない未来なのだと。
俺には見せてあげられなかった眩い光景。後はちゃんと彼らを返してあげないと。
「八咫、近くに隠は」
「カァー! ココカラ南ノ方ニテ治療中!」
「だそうだ、動けるか」
「……すみません、体が言う事を……」
「無理しなくていい、キミは妹を守った。なら俺はそれを誇りと思う。
兄は妹を信じて、守るモノだろう。胸を張れ、キミは家族を守ったんだ」
「……っ! はい……! はい……っ!」
炭治郎はその匂いを、強い人だと感じ取った。心も体も。
その言葉に、涙が零れようとして。抑えるべく眦を強く絞る。
「むー?」
「……キミも頑張ったな」
「むー……?」
「悪いな、あまりこうする事に慣れてないんだ」
禰豆子は撫でられた事に戸惑う。
兄である炭治郎以外からされるのは、あまり無いらしい。
「さあ、戻ろう」
カナエさんが聞けば喜ぶだろうな、と思いながら立ち上がり――背後から禰豆子を狙った急襲を鞘込めの刀で弾いた。
「っ!」
見えたのは白い外套。黒髪を一方に纏めた容姿。
あれから背丈は伸びているようだが、面影は変わっていない。
飛び散った記憶の欠片を繋ぎ止める。
「何故、鬼を庇うの? それは隊律違反。鬼が大切なモノを奪っていくなんて、みんな知ってるのに」
「……」
見覚えのある顔。懐かしい香り。
刀を握る力が緩まっていく。
「師範も姉さんも私も、笑わなくなった。鬼を終わらせる……まで。……えっ」
その顔を見た時、僅かに頬が綻ぶ。
あれから少しだけ成長して少女の顔になった。そして悲しみも知った。
――鬼殺隊の剣士として、立派に育った。
「……カナヲ」
「雪、兄……さん? 生き、て……――!」
「少し、背が伸びたな」
少女は僅かな間、呆然として思い出したように呼吸を整えた。震える刀を抑えつけるようにして、正眼に構える。
「違う……! 違う、あの人はもういない……! これは血鬼術……!」
「カナヲ」
「やめて……っ! その声で呼ばないで! だって、だってあの人は!」
「……また屋敷で、一緒に月を見よう。今度は、あの二人も一緒に」
いつか彼女と見た月。またあの穏やかな月を。
刀を捨てて、彼女は弾かれたように飛び込んできた。
それを優しく抱き留める。
「遅くなって、ごめん」
「うぅん……帰ってきてくれて、ありがとう」
疲れからか眠り込んだ炭治郎を背負い、禰豆子の入った箱を前に掛ける。そうしてカナヲの手を握りながら、八咫の示す方向へ向かった。
他愛も無い話をする。カナヲはこの二年間で何があったのかを、細かく教えてくれた。
カナエさん達の事、鬼殺隊の事、柱の事、カナヲの事――心配をかけてしまったな、と思う。
「……そうか。無茶、させたな」
「うん。けど、もう大丈夫。帰ってきてくれたから」
「……すまないな」
「今夜は赤飯だね」
「……そこまでしなくていい」
「ふふっ、変なの」
「そうか」
「そうだよ」
小さな手を、そっと握りしめる。
空白の時間を埋めるように。意味も無い、他愛も無い。そんな穏やかな会話をする。
「蝶屋敷に猫が出て、師範は嬉しそうだったんだけどしのぶ姉さんは混乱してて」
「……あぁ、猫が苦手だったな。確か昔、顔を引っかかれたと言っていた」
「しのぶ姉さん、お香を焚くと言い出して大慌てだったんだ」
「猫に藤の花は効くのだろうか」
「効かないと思うけど、それぐらい慌ててたみたい」
「ちなみにどこにいたんだ」
「師範が物陰から突然、抱えたまま見せたって聞いたよ」
「カナエさんらしいな」
――やがて匂ってくる藤の花の香り。
隠が治療している間、鬼が来ないために焚く物。この匂いがすると言う事はかなり近い。
一人の隠がこちらに気付いた。炭治郎を預け、箱も預ける。
「師範、今戻りました」
「カナヲ、お帰り……なさ……」
口に手を当てて、カナエさんが俺を見る。
それもそうだろう。
死んでいた人間が生きていたのなら、誰だって目を疑うから。
「雪……くん……?」
「今、戻りました。すみません、遅くなってしまっ……!」
飛び込んでくる彼女を抱き留めた。
久しく、花の香りがする。帰って来れた、帰ってきてしまったと感じた。
「あぁ、本当に雪くんだ……。生きてる……生きてる……!」
「ごめんなさい、ここまで長く屋敷を抜ける事になるなんて思わなくて」
「大丈夫……! 帰ってきてくれたもの……!」
「しのぶさんは……」
「周辺の鬼が残って無いか、回ってるわ。多分そのうち帰ってくるから……」
「師範、私は隠の指示を引き継ぎます」
「うん、お願い。……今だけは、こうさせて」
ちなみにしのぶさんと再会した時は同じように泣きながら飛び込んできて腹パンを数発かまされたとだけ記しておく。
大正コソコソ噂話
雪生存の報告を聞いた柱達の反応
岩柱 服が全部濡れる程泣いた
炎柱 父と弟へ彼の生存を報告し、共に涙を流した。
水柱 生きていると信じており、聞いた時穏やかな笑みを浮かべた。補佐と共に師へ生存を報告。
風柱 元から生きていると疑っていなかった。しかし報告を聞いた時は笑みを零した。
音柱 悪運が強い奴だと笑った。