止まれなかった少年の話 作:下弦の鬼
今日も二話程投稿したら、ようやくテンポ落ち着くので一日一話となります。
次の予約投稿は18時予定。
――蝶屋敷に戻りアオイや三人娘に泣きつかれた次の日。
柱合会議に呼ばれる事が分かった。今回の目的は二つ。鬼を連れた隊士である竈門炭治郎の処分、そして俺がこの二年間どこで何をしていたかである。
そんな訳で胡蝶姉妹に左右を支えられながら、俺は産屋敷邸についたのである。
やめろ隠! 誰が、母親と手を繋いで歩く子どもだ! そんな目で俺を見るな!
「あの、歩けますけど……」
「信用出来ませんから」
「信用出来ないから」
おうふ、まるで信用が無さそうな目をしてる。
俺、何かしたっけ?
「おお、派手に生きてるな雪!」
「……どうも」
「まあお前さんなら生きてるって信じてたがな」
宇髄天元。嫁を三人も娶った男の敵であるもげろ。
それはそれとして、何度か共同任務した時こちらの動きに合わせてくれるからめちゃくちゃ戦いやすかったのである。
以降は良い兄貴分として接してくれており、ある意味頭が上がらない。
「――うむ! 無事で何よりだ、雪!」
杏寿郎さんも壮健のようだ。と言うか柱になってた。あの羽織は父から託されたものなんだろう。
そっか、良かった。瑠火さんの祈りは、ちゃんと届いていた。
「あ、あの甘露寺蜜璃と言います! しのぶちゃんから話は聞いてて……よ、よろしくお願いします! (うわ~すごく難しそうな顔してるわ! 怒ったら怖そう! でも、カナエさん達にとって特別な人なんだから、きっとすごく優しいのよ!)」
「……伊黒小芭内、蛇柱だ」
「時透無一郎です……でも、すぐ忘れるから……」
柱も増えたなぁ。
「……久しいな、雪」
「悲鳴嶼さん……すみません、大分長くなってしまって」
「――何、無事に帰ってきてくれたのだ。ならばそれで良い」
お館様の屋敷に来るのも酷く懐かしい。
最後来たのいつだっけか。
……そこまで考えたところで、転がされている炭治郎の事に気が付いた。
「……彼は」
「うむ、これより裁判を行おうと思っている! 隠、すまないが少年を起こしてくれないか」
「はい!」
炭治郎が揺り起こされる。
あ、そっか。隊律違反になるんだったな一応。
……え、なら何で俺は裁かれてないの?
で、そこからの流れは言うまでも無く柱達による斬首だの処罰だの、と物騒極まりない。
「雪、お前はどう考える」
「……」
「お前も鬼殺隊の一人だ、構わない。幼少より鬼殺を行い、数多の場を見てきたお前だからこそ意見を聞きたい」
「……その前に俺は、彼らと共に戦った。裁判の結果を受けるのであれば、俺も共に受けるべきだろう」
「――そうか、つまりお前は」
「ああ、俺は竈門炭治郎の言葉を信じる」
ぞわりと、殺意を感じた。
見れば不死川さんから、抑えきれない憎悪が満ちている。
粂野さんに視線を向けると『ごめん、無理』と言いたげな目をしていた。
「――この二年で鬼に頭でも弄られたかよ雪。鬼は例外なく滅してこその鬼殺隊。
その意味を分かってるんだろうなァ」
「実弥」
一応粂野さんが宥めようとするけど、俺は敢えて首を振る。
不死川さんの過去を、俺は直接聞いているから。その言葉を流す事は出来ないのだ。
「分かっている」
「分かっちゃいねぇよ、テメェの刃はいつからそんなに軽くなった。
なァ雪、お前の存在が他の隊士にとってどれだけの希望になったかを知ってるか? 俺達鬼殺隊がこの二年で何度、お前がいればと思ったのを知ってるか」
脳裏に過ぎるのは救えなかった人々の事。
瞼を閉じるだけで、その光景は鮮明によみがえってくる。
拳を、強く握りしめた。
「……」
「不死川君、やめて」
「不死川、やめろ。雪はまだ」
「――雪、お前の鬼殺はいつからそんなに弱くなりやがったァ」
「……強くは無い」
「何」
不死川さんの言葉で、今までの記憶がさらにはっきりしていく。
後悔だらけの光景。救おうとして取りこぼしてしまった後悔。忘れてはならない筈の人々。
砂利を噛んだような不快感が、脳裏にこびり付く。
「俺はお前達のように強くは無い。いつだって間に合わなくて、取りこぼして、救えなくて。
俺は、皆が思う程強い人間じゃない」
別に強さとかそんなもの本当は欲しくない。刀を握る感触すら、実を言えば怖いし苦手だ。命を傷つけ奪う得物を手にしているような感覚が苦手だった。
ただ何でもない日常を、あり溢れた平穏を、大切な人達と過ごせたのならそれだけで良かったんだ。
「……そうかィ、体はともかく随分と頭も鈍っちまったみてェだなァ」
「……」
「――雪、後で俺の屋敷に来い。稽古つけてやるよ」
黙って頷いた。
不死川さんの怒りの矛先はどうやら俺に向かったようで。幸い禰豆子ちゃんの件はある程度抑えられたらしい。
うへぇ、柱稽古かぁ。不死川さんの無限打ち込み、中々しんどいんだよな。この二年でもっと強くなってるだろうし……。
「鬼の事は良いのか、不死川」
あ、何で蒸し返すんですか悲鳴嶼さん!
「その兄妹は二の次です、今の俺にとっては雪の方が優先なので」
あ、何だかんだで心配してくれたのか。
結構家族思いのいい人だからなぁ。
「解せんな、不死川。お前にとっては鬼よりも、そこの男の方が重要なのか」
「――当たり前の事言わせんな、伊黒。その鬼だけが死ぬならまだしも、コイツがそれで腹切るなんて事になれば、それこそ痛手だ」
「……そこまでか」
「そこまでだ」
粂野さんがいてくれるおかげか、ある程度余裕を持ってくれるのは有難い。
これで禰豆子ちゃんを刺そうものなら、腕を突き出してでも止めていたから。
「お館様のお成りです」
柱合会議――さて最後に参加にしたのはいつだったか覚えていない。
今までは悲鳴嶼さんと共にお館様に会う事はあったが、柱の人達と共に参加するとなると結構緊張する。
柱の挨拶から入り、最初は本題に。
無論、炭治郎と禰豆子ちゃんへの処遇についてである。
柱達の大半は斬首或いは追放。カナエさんや甘露寺さんは保留であった。
しかし話がある程度纏まってきたところで、元水柱である鱗滝さんからの手紙が読まれた。そこには、禰豆子ちゃんが人を襲えば炭治郎、冨岡さん、錆兎さん、真狐さん、鱗滝さんが責任を以て腹を切ると言う内容が記されていた。
ただそれを聞いたところで、人を襲わない保証がある訳ではない。どうやって、人に害を及ぼさない事を信じるか。
それに関しては不死川さんの稀血を彼女が耐えた事で、一応の証明と認められ。そのまま彼らは蝶屋敷へと運ばれていった。
まああんまり俺が口挟むような事も無いだろうし、彼らならきっと、俺がいなくても乗り超える。
「――雪、キミが生きてくれていた事本当にうれしく思う。
本当によく……無事で帰ってきてくれた」
「有難きお言葉、恐悦至極に存じます。……自分でも生きているのが不思議なほどです」
文句なしの完敗だった。一人ではどうしようもなかった。生きている事すら奇跡に近い。
もしあの時、上弦の弐がいなければ死んでいたか鬼にされていただろう。
「その後は無事に逃げられたのかい」
「上弦の弐に捕われ、拷問を受けていました。情報を聞き出す類ではなく、ただ痛めつける事だけを目的としたモノ」
「……」
「その後は誰かの手引きがあったのか、或いは野垂れ死ぬものであろうと見逃されたか。
気が付けば、那田蜘蛛山近くの獣道で意識を取り戻し、かつての鎹烏と出会い状況を把握した次第です」
胡蝶姉妹と悲鳴嶼さんからの圧が増した。
生きてる。生きてるからそんなに怒らないで。
「しかし鬼にも尋問してくるヤツがいるとはなァ……」
「その……どうやら上弦の弐は、俺に執着をしているようで。
執拗に俺と戦う事を望み、要求してきた事は覚えています」
「……そうか、雪」
お館様の声。聞いていると不思議な安心感がある。
この人のために戦おうと思う気持ちがわいてくる。
「はい」
「勝てるかい」
「勝ちます。必ず」
「なら信じよう。頼んだよ」
恐らく今の鬼殺隊で、アイツと戦えるのは俺ぐらいだろう。
悲鳴嶼さんならと思っていたが、あの人がいなければ上弦の壱を倒せない以上他の誰かがやらなくてはならない。
でも多分、俺はそれで限界かもしれない。あの上弦の弐を倒したとして、その先が見えないから。
だけど、やるしかない。
「御意。それと、お館様」
「なんだい」
「俺は剣です。鬼を滅する刃であり続けます。だからどうか、躊躇なく命令を」
お館様はどこまでも優しい人だ。最終選別や任務で殉職した者達の全てを、この人はずっと記憶している。
戦えないのに隊員達に死を命じるも同然な境遇――それがどれだけ辛いかなんて考えるまでも無い。
だからこそ、どうか。俺の事なんて一つも気にしないように。
俺みたいなどうしようもない存在のために、暗い気持ちなんて背負わないように。
「……雪、あまり考えすぎないようにね。
キミは自分が思うより多くの人に願われている。そして、私もその一人だ」
「……」
「またキミが無事に帰ってきてくれることを願っているよ」
「御意」
――優しい人だ。いざとなれば鬼舞辻無惨の討伐のために、自分の命すら投げ捨てるだろう。
でもだからこそ、俺はそんな貴方達にこそ生きていて欲しいんだ。
柱合会議の後、早速不死川さんとのところで柱稽古が行われ――ほぼ一日中打ち合いをしていた所、カナエさんと粂野さんが止めに入った。
さすがの二人もまさか一日中続けているとは思っていなかったようで。
「いい、雪くん。貴方はまだ病み上がりの時期なんだから無理しちゃダメよ! ましてや一日中打ち合いするなんて以ての外!」
「……分かった」
「分かってないっ!」
「大体、雪さんは自分の事に無頓着すぎます! もっと体を大事にしてください!」
「体の事を考えて、鍛錬していたんだが……」
胡蝶姉妹から説教を受けている最中である。
いや、別に勘を取り戻すのに助かったし不死川さんも怪我しないギリギリを保ってくれたからすごくいい稽古だったのよ?
「そういう問題じゃないの!」
「そういう問題じゃないのよ!」
「……そうなのか」
思わずしのぶさんが本口調に戻るほどだったらしい。
まあ、よく考えたら上弦の壱との戦闘から始まり、上弦の弐の拷問、那田蜘蛛山での戦闘、そこちょっとだけ治療してからの柱合会議、不死川さんとの無限稽古――あれ、何で生きてるんだ俺。
前々から思ってたけど、ホント治癒力が異常だわこの体。
まあポーカーフェイスのおかげで、表情が読まれにくいってのは有難い。胡蝶姉妹が美人すぎるし、照れるせいか何度かニヤニヤしてしまって、気持ち悪いとか思われてたらへこむ。
でも分かる人には分かるらしいんだよね。瑠火さんとか、簡単に読まれてたし。
「分かったら今日は休む!」
「姉さんと私とカナヲで抜け出したりしてないかしっかり見守りますからね!」
うそん。
大正コソコソ噂話
雪が帰ってきて以来、胡蝶姉妹の機嫌がいつもより格段に良いらしい。蝶屋敷も賑やかになったとか。