止まれなかった少年の話   作:下弦の鬼

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予約投稿二話目。
次から一日一話に戻りまする。

今回は二話構成仕立てにしてます。


止まれぬ理由

 

 

 蝶屋敷で過ごす時間は何て言うか、今までとは違う穏やかな日々だった。

 やる事が無い。無さ過ぎるから脳内でずっと上弦の壱と戦闘しているが、勝てるビジョンが見えない。なます切りにされまくる光景ばっかり。何やねんあのリーチ。懐に飛び込むしかないし、そんな事したらどうせ体から肉の刃生やしてくるんでしょ。透けて見たら、あの刀と肉質が同じだって分かるし、それぐらいの事は絶対やってくる。そうしてくるかもって鬼殺隊にはちゃんと報告してる。

 そんな事を考えながら、まずは精神統一をし、簡単な素振り。それらを只管繰り返す。

 後は時々、しのぶさんカナエさんカナヲとの手合わせである。この三人以前より相当に強くなってる気がしててビビった。しのぶさんに至ってはテレポート染みた移動してくるし、カナエさんは攻撃がさらに苛烈になってるし、カナヲに至っては俺の体の動きを見て未来予知みたいな事してくるし。

 あれはさすがに透き通したわ。じゃないと防衛一方になる。

 他にはアオイさんから料理を教わろうとして挫折した――味付けが絶望的に下手との評価を頂いた。きよちゃん、なおちゃん、すみちゃんの三人と双六しようとしたけどルールが覚えられなかったり、細かい所が覚えられないのである。

 

『人間、出来る事があれば出来ない事もあるものよ』

『大丈夫、私と姉さんが養いますから』

 

 二人に申し訳ねぇ……。

 家事能力が絶望的かつ一般生活能力がほぼ皆無。どうやら俺の体は戦いに特化した代わりに他の事をほとんど置き去りにしてきたようだ。

 

『二人がいないと、俺は死ぬ』

 

 思わずそう呟いてしまった程。

 ホントこの体、物覚えが悪いと言うか何と言うか……。

 まあそんなこんなで今は炭治郎達の機能回復訓練を見守っているのである。

 

「うおおおーーーっ!! 集中! 集中!!」

「ふんぬーーーっ!!」

「ふんがーーーーっ!!」

 

 この三人、賑やかだなぁ。

 そんな事を考えながらお茶を啜る。

 

「あら、後輩を見守っているのね雪くん」

「……未来を担う存在だからな」

 

 あ、そうそう。この体もようやくカナエさんを身内認定したのか、やっと穏やかに話せるようになった。

 悲鳴嶼さんとお館様と時々カナヲの三人だけだったのに、カナエさんが加わった形である。

 

「ふふ、嬉しそう」

「……彼らはこれから先、鬼殺を担う柱になる。もしかすると、彼らの代で、無惨を倒し悲願を果たせる時が来るかもしれない。鬼のいない、世界を」

 

 人を喰らう鬼のいない世界。

 悲劇が悲劇を塗り重ね、平穏が非現実的に奪われる事のない日常。誰かの幸せを守るために命を懸ける人々が、己の幸福を探せる未来。

 それはなんて、希望に満ちた幸せな――。

 

「鬼のいない世界、か。雪くんはしたい事とかある?」

「……まだ見つけられてない。カナエさんは?」

「そうね……。一生を共に添い遂げたい人は見つけられたから、今は少しでも彼の傍にいたいかな」

 

 そういって、男ならマジマジと見てしまうだろう美しい微笑を浮かべた。

 誰だ、カナエさんにそこまで思われる果報者は。今すぐ出て来い、俺が首を刎ねてやる。

 

「どんな人なのかを、聞いても」

「あら、嫉妬してくれてるの?」

「……」

「……優しい人。名前も顔も知らない誰かの幸福のために只管走り続けて、助けられなかった人達を背負ってしまう程に。

 そして酷い人。周りの人にとても大切に想われているのに、それを受け入れようとしない。罰と考えて、逃げてしまう人」

「……カナエさんがいてくれるなら、きっと幸せだろう。今も、この先も。ずっと」

「そう、なのね。……嬉しい」

 

 肩に頭を寄せてくる。花を思わせるめっちゃ良い匂いする。やばい、心臓がどぎまぎしてまう。誰か助けて。

 

「お願い、今だけはこのままでいさせて……」

 

 善逸、お前なんだその血走った眼は。

 

「うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「おおっ! 凄いぞ善逸! 俺も負けてられないな!」

「やるじゃねぇか紋逸!」

 

 

 

 

 

 

 引き出しに入れた三つの箱。それを見て、ふと――つい先日の出来事を思い出す。

 

 

 ようやく外出が許可されたある日、俺は音柱である宇髄さんの屋敷にいた。

 と言うのも、用があるのは宇髄さんだけではなくその奥さん三人も含めてである。

 

『ほうほう、簪を、ねぇ』

『二年、無駄な心配をかけた詫びだ。……遠く及ばない、のは重々承知の上だが』

『いやいや、俺が気にしてるのはそこじゃねぇよ。

 雪、一応整理させてくれ』

『構わない』

 

 当世に疎いと言う自負がある俺が必死に調べ辿り着いた品物が簪である。

 お洒落したら似合うと思うし、ずっと手元においておけるし、やっぱり大事にされてたら嬉しいよなと言う俺の一方的な感情だ。

 後は申し訳なさと言う謝罪の気持ちもある。

 

『胡蝶姉妹と継子の三人に、手作りの簪を送りたい――つまりそういう事だよな?』

『そういう事だ』

 

 手作りにしようと思ったのは、気持ちの入れようのためでもある。鬼殺隊は階級が高くなれば相応の高給が支払われる。俺もどれほどあるかは覚えていないが、高いモノも買おうと思えば買えるだろう。

 だけど、あの三人へ送る物は妥協はしたくない。どうせ送るなら精一杯の気持ちを込めて。

 カナエさんには桜、しのぶさんには梅、カナヲには楓。それぞれをモチーフとした簪を作りたいと思うのだ。

 ただし俺だけではお察しの出来しか完成しないため、柱の中で最も手先が器用かつセンスもありそうな宇髄さん達に声を掛けた訳である。

 

『……なんだなんだ、浮いた話の一つもねぇと思いきやド派手に決めるとは大したモンだ』

『???』

 

 まあいいや。

 幸い話は通してあるから、後は俺が完成させるだけの事。

 

『……』

 

 ――そう思っていたのだが、やはり上手く行かず。

 指を怪我する事数回、作品を壊してしまう事数回、余りの外出頻度に蝶屋敷から出る事を禁じられる事数回。

 その果てにようやく完成した。

 

『で、出来た……』

 

 いや、すっごい疲れたこれ。

 まだ下弦斬ってた方が楽なレベルだわこれ。どれだけ不器用なの、俺の体。

 

『おお! 中々派手な仕上がりじゃねぇか!』

 

 奥さん三人も手放しで絶賛してくれたのだから、余程の出来なのだろう。

 後は、渡すタイミング……タイミングなのだが……。

 

「ないなぁ」

 

 蝶屋敷で借りた自室。その引き出しに入れた三つの箱を見る。誰に渡すのかを忘れないように名前を書いているけれど、多分これ見つかったら絶対追及されるよな。その時何というか。

 思わず心の声が漏れてしまう。

 いや、そうなのだ。渡すタイミングが無さ過ぎる。

 胡蝶姉妹もカナヲも現役隊士なのだから、任務でいない時だってあるし、いざ渡そうと思っても色々考えてしまって手が動かないのである。

 俺こんなにチキンだったっけ。

 ――箱を取ろうとしたとき、俺の後ろから無数の手が伸びてきて、動かすまいと絡めとる。

 

『お前はいつ、地獄に落ちる』

「……」

 

 声が聞こえる。

 これはいつだったか、俺が救えなかった者達の声。

 独りになるといつも聞こえていた。独りでいるといつも視えていた。

 間に合わなかった人、看取った人――俺が救えなかった人。

 大丈夫だ、ちゃんと向き合える。もう逃げないって決めたから。

 

『何故お前だけがのうのうと生きている』

「……すまない」

『何故お前だけが、今を過ごせている』

「……そんな、つもりは」

『何も為せなかったお前に、生きる意味はあるのか』

「……分かっている」

 

 分かっている。守れなかった俺が幸せになるなんて許されない。

 そうでなければ、何のためにお前達がいたのか。

 

「いつか無惨の頸を刎ねて、俺もお前達の代わりに地獄へ行くから」

 

 だからもう少しだけ待っていてくれ。

 ちゃんと苦しんで傷ついていくから。

 お前達から託されたモノを取りこぼさないように、大事に抱えて歩き続けるから。

 

 




大正コソコソ噂話

 雪が抱えている物は過去に妹を目の前で死なせてしまったショックと人々を救えなかった自責によってトラウマとなりそれらが幻聴、幻覚、不眠、悪夢、味覚障害として出現している。
 幻聴幻覚に対しては自身の中に分離した性格を作り上げる事である程度抑えきれていたが、問題の先送りでしかなかった。
 特に味覚に関しては鬼殺隊に入った時から極めて酷く、何を食べても味がしない。一緒に誰かと食事をする際、その誰かの反応を見て味を想像しているだけである。
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