止まれなかった少年の話   作:下弦の鬼

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次話でまだ展開動きますんでお待ちくだされ。


無垢なる人

 

 

 

 

 炭治郎君は何というか真っ直ぐだ。陰の無い、まるで日向のような少年。俺のように薄汚れた欲望塗れの凡人とは大違いである。

 逆にシンパシーを感じるのは善逸君。結構分かりやすく、どこにスイッチがあるのも何となくわかる。ただ避けられてるみたいで、この間も話そうとしただけですっげぇ睨まれた。何故だ。

 

『やめろよ!!! キャッキャッウフフを見せつけて、優越感に浸ろうとしてるんだろう! 俺は騙されないもんねー! 騙されないから誰か女の子紹介してください!!!!』

 

 あれは凄かった。俺の両肩掴みながらその台詞叫んだ時めちゃくちゃ目血走ってた。鬼を前にした不死川さん超えてたよアレ。

 その後カナヲに無言で睨みつけられて、逃げるように去っていったけど。……でも、喜んでるように見えたな。

 

「あの、雪さん!」

「どうかしたのか」

「俺に稽古をつけて貰ってもいいですか!!」

 

 そういって頭を下げてくる炭治郎君。本当に良い子だ。

 俺の表情筋は何故か炭治郎君の時、初見から緩くなっていた。

 

「……構わない。だが、機能回復訓練はいいのか」

「並行してやります!」

「そうか……。なら、あの二人も一緒に連れてきてくれ」

「は、はい!」

 

 で、そんなこんなで俺はこの三人組と道場で向かい合っているのである。

 

「あの、いきなり木刀持ってどうしたんですか?」

「三人纏めてで構わない。組手をしよう」

「え、やだやだやだ! この人怖いもん! 部屋の前通ったら独りでブツブツ何か言ってるだもん!」

「善逸! そんな言い方失礼だろ!」

「……」

 

 え、なに何でこんなに落ち込んでるのこの二人。

 鍛錬の時もこんな感じなの。

 

「あの……機能回復訓練で勝てない事に心が折れてしまったみたいで」

「そうか……」

 

 カナヲ強いからなぁ。カナエさんの剣技を見るだけで模倣するとか、才能の塊だわあの子。

 加えて鍛錬も怠らないから、そりゃ強いわな。俺も時折稽古つけてるけど、日に日に強くなってきててビックリする。

 で、心折れるのはまあいい。と言うか折れなかったら困る。それは現実と理想の区別がついてない事だから。

 折れないまま進み続ける事は、歪んでいく事と同じだから。

 

「なら、ずっと弱いままでいいのか」

「……! いいワケねぇだろ」

 

 猪の被り物をした子は発破を掛けれた。

 さて、金髪の子はどう言葉をかけるものか……。

 そういえば、彼との馴れ初めは何と言っていたっけ。

 

「……禰豆子を守ると言ったのだろう」

「……!」

「ならば守り抜け。手を抜けば、その隙間から零れ落ちてしまう。自分が自分を許せなくなる。

 ――目の前で死なれるのは、中々に堪えるぞ」

「……っ」

 

 お、どうやらスイッチが入ってくれたらしい。

 さて、それじゃあいっちょやりますか。

 

 

 

 

 神月雪――炭治郎にとっては鬼となった禰豆子を斬らず、寧ろ信じてくれた人。そうでありながら実力は極めて高く、傷だらけの体でありながら下弦の鬼を容易く瞬殺して見せた。

 その後気絶していたため何があったかは覚えていないが、気が付けば鬼殺隊本部にいて。裁判の最中にも彼はいた。

 処罰であるのなら、彼と共に戦った自分も受けるべきだろうと。その言葉だけで、どこか心が楽になった。

 その後も蝶屋敷での機能回復訓練を見守ってくれて。時々助言もくれた。

 ――そして稽古をつけるように頼んだ時も、こちらの体を気遣ってくれて。それでも頼み込めば了承してくれた。

 

(強い……!)

 

 三人がかりでかかって、一太刀浴びせるところか防がれてすらいない。

 

「殺意を見せるな、どこを狙っているのか教えているようなものだ」

 

 まるで未来でも見えているかのように、攻撃が次々と回避されていく。

 迫る反撃は、こちらが反応出来る寸前まで抑えられていて――。

 

「世界に溶け込め、敵は自分自身だ」

 

 強い。

 

「己に負けるな、そのためにここにいるのだろう」

 

 強い。

 

「抗え、食らいつけ、手を伸ばせ」

 

 強い。

 そして折れそうになる心を鼓舞してくれる。苦痛を訴える体に、彼の言葉が響いてくる。

 厳しくはあるがつらくない。寧ろ自身の不甲斐無さを感じてしまって。それすらも分かっているように発破をかけてくれる。

 足掻くために走ろうとする背中を、そっと押してくれるように。

 機能回復訓練の事も考えてくれているのか、翌日まで疲れが残る程激しい稽古でもない。

 その日々を繰り返す。元々競争心が高かった伊之助は、彼との鍛錬にのめり込んでいき。善逸もいつしか鍛錬に全力で打ち込むようになっていた。

 

「――っっっ!!!」

「もっとだ、意識しろ」

 

 三人がかりで一発も打ち込めない。視覚の外からであっても当たり前のように回避してくる。

 その体捌きはまるで踊っているかのように。

 こちらの動きすらも誘導されている錯覚に陥る。

 どうやって攻撃を読んでいるのか。思考を止めるな、と体を叱咤する。

 

「ふむ」

 

 無意識に放った一刀――それが防がれた。

 

「やった……!」

「キミには段階を上げよう、炭治郎」

「はい?」

 

 その日々が地獄も同然であったことだけは記しておく。

 

 

 

 

 

 月が綺麗な夜。全集中の呼吸・常中を習得のため屋根へ上り精神統一をしていた所、ふと感じる気配があった。

 覚えのある香りで、誰なのかを瞬時に察する。

 

「雪さん……」

「全集中の鍛錬か。励んでいるな」

「はい、強くなりたいので」

「そうか、怠るなよ」

「はい!」

 

 悪いが座るぞ、と前置きして彼は隣に腰を落とした。

 ふと過ぎるは、あの稽古の最中で感じた一瞬。無意識に紡いだ動き。相手の次の動きすら見えてしまう程の不思議な世界。

 脳裏を駆けたのは父が神楽を舞う姿。

 迫る木刀が急激に遅く見えて。それを当たる寸前のところまで引き付け、身を翻して反撃。その一刀を防がれた時、彼は「見事だ」と言って微笑んだ。

 観戦していた花柱である胡蝶カナエは心の底から褒めてくれて。一方の花柱補佐胡蝶しのぶと継子の栗花落カナヲからは心の底から強く強く嫉妬された。ある人曰く、一度も彼から一本取れた事がないからだそうだ。

 痺れを切らした二人が乱入したが、それすらも容易く捌いてしまって。それにカナエも悪乗りして、全員がアオイに怒られたのが今日の一連の流れだった。

 ――伊之助曰く、強いように見えて弱く感じるけどやっぱり強いと言う不思議な感覚だそうだ。

 

「その……俺が感じたあの世界を、雪さんも見えてるんですか」

「ああ、そして悲鳴嶼さんも見えている。その次の領域にいるとすれば風柱と炎柱、水柱の三人か。他の柱達もいずれ見えるようになるだろう」

「……柱って凄いんですね」

「キミも戦っていけば分かる。あの稽古は死闘に近い感覚を再現するものだ。自身に出せる力量を全て出し切り、それでも届かず。だが掴み取れる何か。

 ――後は実戦でどうやって活かしていくか、それが肝要だ。忘れるな」

「……はい!」

 

 本当に不思議な人だった。

 激しい稽古の最中でも眉一つ動かさず、心を突き動かす声を掛けてくれて。

 休憩の合間には悪い所を細かく教えてくれる。

 

「……」

 

 ふと気になっている事があった。

 柱合裁判――そこで彼は庇ってくれた。咎なら共に背負うと言ってくれた。

 あの那田蜘蛛山で共に戦った一度きり。それ以外に目立った接点は無い。

 だから気が付けば。言葉が勝手に出ていた。

 

「雪さんは、何で俺と禰豆子を庇ってくれたんですか。出会った瞬間から既に、敵を見るような匂いがしなかったんです」

「……約束なんだ」

「約束?」

「――鬼と仲良くしたい、鬼を救いたい。そう願っている人がいたんだ。

 だから、その夢を叶えさせたかった」

「そんな人が……」

 

 けれど、何故かもう一つ強く匂う。

 優しい人だと分かる。分け隔てない親愛に隠されるように激しい憎悪があった。巧妙に隠されていて気づけない。炭治郎の鼻を以てしても、その事に気付くまでかなりの時間を要した。

 

「……雪さん、その……誰かを、憎んでるんですか」

「――」

「普通の人とはどこか違って。ずっと怒ってるような、憎んでるような――それで、どこか悲しい匂いがするんです」

「……そうか、キミは鼻が利くんだったな。……聞いても面白くない話だ、何とも惨めで滑稽で、下らない愚か者の話だよ」

 

 怒りと憎悪の匂いがさらに強くなった。加えて稽古の時、自身へ攻撃が届きそうな時に感じた驚愕と安堵の匂い。

 そこでようやく察する。

 この人は――自分自身を強く憎んでいるんだと。それこそ出来るのであれば今すぐに殺してしまいたいと思う程に。

 彼のように優しい人がずっと自分を恨み続けるなんて悲しすぎる。

 

『――お願い。兄さんを、助けて。私のせいで苦しんでるから』

「え」

「?」

 

 今ふと、女の子の声が聞こえたような気がした。

 聞こえたのは自分だけのようで。彼は眉一つ動かす事無く、顔を見つめている。

 

「いや、その……何でもないです」

「そうか」

 

 何だろう、と思案する。

 一瞬だけ空気が、あの狭霧山の感覚と似ているような気がした。

 

「……そういえば、炭治郎。キミの耳飾りは特徴的だな」

「あ、はい。父から託されたんです、この耳飾りと神楽は受け継いで欲しいと」

「……神楽?」

「はい、ヒノカミ神楽って言うんですよ。日没から夜明けまで舞い続けるんですけど……」

「……」

 

 彼が僅かに口を閉じて思案する。何かを思い出すような表情をしていた。

 

「……炭治郎、まさかと思うがキミは炭焼きの家系か」

「はい、代々その家系ですけど……」

「俺の先祖も、元々は炭焼きの家系だったらしい。今となってはもう、遠い昔の話だが。

 両親は痣が出ていた。何でも縁起が良いそうだ」

「! 俺の父さんも痣がありました!」

「なんと。

 ……もしかすると、俺とキミは遠い血筋なのかもしれないな」

 

 もし、もしも。

 何かの運命が違っていたら、この人が兄になっていた世界もあるのだろうか。

 ――ふと、生家で過ごしていた時期を思い出して懐かしくなった。

 

「では、その耳飾りも継いできた物か」

「はい、どうか継いで欲しいと。約束だと、父が言っていたんです」

「……少し、手に取ってもいいか」

「はい、どうぞ」

 

 耳飾りの紐を外して、彼に手渡した。

 

「――」

 

 彼がそれを手にした途端、匂いが変わった。

 その表情が固まる。まるでここではないどこかを見ているようで。

 

「……雪さん?」

 

 呼びかけても返事がない。

 何か体調でも悪いのだろうか――そこまで考えた時、彼の瞳から涙が零れ落ちていた。

 

「! あの、どこか悪いんですか……!」

「――……ああ、そうか」

「あの、雪、さん……?」

「…………炭治郎」

「はい」

「――きっと、夢を叶えられる。鬼を信じ慈しみを持つキミなら」

 

 その声音はどこか寂しそうで。どこか燃え尽きる前の炎のような儚さがあった。

 

「……雪さん」

「……」

 

 彼が立ち上がり去っていく。

 

「キミなら出来る。キミなら任せられる」

 

 どうしてか、その背中が酷く遠くにあるように見えて。

 

「後は頼んだよ」

 

 止める事が、出来なかった。

 

 




大正コソコソ噂話


無惨討伐は彼に託した。
これで雪はようやく、自分の斬るべき相手に意識を向けられる。
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