止まれなかった少年の話   作:下弦の鬼

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さすがに一話目だけだと短すぎるので……。

彼と悲鳴嶼さんの話は……本編完結後でええか(目逸らし)


大事な人達と出会う

 

 

 

 暗い森の中、かつて人で住んでいたであろう跡があった。かつて穏やかな暮らしを営んだであろう痕があった。

 ――惨劇の広がる世界があった。

 数多の人が死んでいた。数多の家が破壊されていた。慎ましい平穏は反転し、悍ましい悲劇だけが転がっていた。

 そんな骸だらけの中で、一人の少年はぼんやりと空を見上げる。その総身は血に塗れているが、少年に傷の痕は無い。

 刃毀れだらけの刀を塗装の剥がれた鞘に納めて、それを体で抱え込んでいる。震える体は寒さか或いは恐怖故にか。

 

「――なんと、生き残りがいたか」

 

 声に少年が視線を向けると、体格の良い男がそこにいた。大木のような見た目に加え、手にした武器は手斧と鉄球を鎖でつなぎ止めた異質な形。

 それらを見た時、子どもは一瞬だけ瞬きした。けどそれで終わり。特別何かを感じたような表情も素振りも見せなかった。

 ――まだ大人なら両手で包み込めそうな大きさの頬に、血が付いている。

 

「いや、違う。まさかキミが斬ったのか」

「……間に合わなかった。誰も、救えなかった」

「南無……悲しい事だ、その齢で鬼との戦いに身を投じるとは……」

 

 そういって男は涙を流す。彼は少年の頭に手を置いた。

 優しくて力強く、温かみがあった。まるで太陽のようだと思う。

 

「……人を助けたいか」

「うん」

「その選択に未練は無いか」

「うん」

「……戻る場所は、あるか」

「ない」

「……そうか。独学で鬼を斬り続けるのは無謀だろう。

 (それ)の使い方を知りたければ、付いてくるといい」

 

 灰色だらけの中で数少ない、鮮やかに色づいた記憶。

 初めて、自分を人に戻してくれた恩人との出会いだった。

 

 

 

 

「……むぅ」

 

 悲鳴嶼行冥は悩んでいた。

 目の前にいる二人の少女。自分の弟子が救った彼女達が折れてくれないからである。

 鬼を斬る方法を教えて欲しいと。こちらはまだ分かる。

 後もう一つ、それは彼に会わせて欲しいと言う事だった。何でも隠から聞いたらしい。言った者の口が軽かったのか、少女達の執念が凄まじかったのか。一応後者と思う事にした。

 

「何故それほど、彼に会おうとするのだ」

「それは――」

「姉さん、私が言う。……謝りたいのよ、助けてくれた人に酷い言葉を言ったから」

「……そう、か」

 

 ――ふと、彼と自分の境遇を重ねてしまう。助けた者に感謝を向けられるどころか、罵られる様を。

 そこまで考えて頭を振った。彼と自分は違うのだからと。

 何と言って追い払おうかと思案する。既に空は暗く、彼女達二人だけで帰るには暗すぎた。それで彼女達に何かあればやりきれない。

 

「む……」

 

 思考を遮る僅かな血の匂い。それが少しずつ強くなって、その中に懐かしい気配を悟った。

 

「雪、帰って来たか」

「鬼を斬って来た」

 

 掠れたような声。何もかもを出し尽くして、それでも絞り切るように紡がれた声音。

 姉妹が息を呑む音が聞こえた。

 血に塗れた黒髪、焼けた煤のような暗い瞳は彼が見てきた光景を物語っている。白い肌に付着した返り血はまるで化粧のよう。

 背丈は姉妹とそれ程変わりない。寧ろ姉の方よりは低く、まだ幼子と言っても通じるのではないかと思った。

 

「……彼女達は」

「お前を尋ねてきたそうだ」

「そうか……珍しいな」

「! 酷い傷、見せて!」

「……平気だ」

「い・い・か・ら!」

 

 彼が受けた傷の位置を、彼女達はすぐ様突き止める。

 その手際の良さにほう、と感心の声を零した。

 どこの部位から出血しているのかを彼女達は容易く探り当てた。剣士には成れずとも、隠として考えればかなり見込みがある。

 だが、若すぎる。悲鳴嶼からすれば、彼女達のような齢の子が鬼の手で亡くなっていく事は受け入れがたい現実だった。そして彼らの幸福な筈の未来が消えていく事も。

 

「あの、悲鳴嶼様。手当の道具をお借りしても?」

「無論、好きに使って良い」

 

 やはり、無理だ。どうにかして諦めてもらう術を考える。

 ひとまずは、彼の治療を優先しなければ。

 

 

 

 

「……」

「何よ、その何か言いたげな顔。私の腕が雑とでも?」

「……」

「な、何よ?」

「しのぶ、やめなさい」

「雪、まずは礼を言うべきだろう」

 

 ――なんかめっちゃ美人姉妹いたんですけどぉ、悲鳴嶼さんこれどういうことですかぁ。

 ありがとうございますめちゃくちゃテンション上がります見た目ドストライクです今から共に過ごしてもいいですか。

 ははは、傷口を湯で熱した薬草で擦られたけど痛くとも何ともねぇぜ!!!

 

「……しのぶ」

「うっ……」

「……どこかで見た顔だ」

 

 よく見ればあの時の姉妹じゃね? 俺が両親救えなかった姉妹やんマジか。

 娶った所で親御さんに合わす顔がないわ、身を引きます。

 差し出されたご飯に手を伸ばす。やべぇ白米だめっちゃ柔らかい。

 悲鳴嶼さんはともかく、俺は家事能力がほぼ終わっているに等しい。悲鳴嶼さんから『人として生きていけない』とか言われるレベルである。

 

「え、えっとその……あの時は助けてくれてありがと……。

 後……失礼な事言ってすみませんでした……」

「……事実だ、何一つとして謝る必要は無い」

 

 謝る必要ないよホント。

 マジで何であんなところに下弦いやがるんだよ、アイツらの妨害無かったら間に合ってたわ。

 ちょっと沢庵追加いいっすかね。食感が最高。

 

「雪、彼女達は鬼殺隊に入りたいと言っている。お前の考えを聞きたい」

「……二人、か」

 

 二人ともお付き合いする関係になりたいけど、そんな事許されねぇ過去作っちまったんで諦めます。え、違うの?

 ……うーん、女性隊士ってだけで魅力的ですけど、それはそれでこれはこれ。彼女達が未来を選ぶなら、それは俺が口出す事じゃないと思うんすよ。

 

「……今の俺には、決めかねる」

「分かった。……三日間だ、三日間キミ達を見定める。その上で結論を出そう」

「本当ですか!?」

「ホント!?」

 

 俺としては言って欲しく無いのが本音だけど、本人の気持ちを考えるとなぁ……。

 良い人と出会って幸せに生きて欲しいよ。その分頑張ってたくさん斬るから俺。

 あ、みそ汁あったけぇ。

 

「どうですか? お味は」

「……美味い」

 

 美人が作った手料理なんて美味いって相場が決まってる。だって匂いすっごくいいもんこれ。

 

「ふふ、そうですか良かった。お代わりもありますよ」

「……欲しい」

 

 ああ~、生き返る~。温かい食事ってだけでも最高。

 やばい、毎日飲んでいたいわこれ。

 出来ればこの姉妹と深夜まで戯れて居たいけどまた明日、任務なんですよ……。鬼殺隊ブラック過ぎて、隊員の死因の七割が過労による影響だと思うの俺。

 最終選別とかあまりにも酷すぎるし、帰って来るや否や悲鳴嶼さんに愚痴吐いたからね。

 ……ああ、いや違うな。俺は目を逸らしたいから、任務をしているだけだ。

 瞼の裏には、妹の顔が焼き付いて離れない。怖くて眠れなくなる。だから体が疲れ果てるまで任務を行う。そうすれば、すぐ寝れるし体は休める。疲労回復に夢見が関係ないのは幸いだった。

 

「……寝る。また明日出る」

「はい、お粗末様でした。それじゃあ明日の朝餉、作っておきますね」

 

 ……にしても、手の入った家庭料理とか食べたのは久々だなぁ。

 最後に食べたのいつだったっけ。

 いや、そんな事を覚えておく必要はない。

 救わないと、助けないと。

 俺の知ってる未来に悪鬼はいなかった。人を喰らう鬼が歩き回る世界では無かった。

 ――この先が俺の知る現代と同じになるなんて限らない。もし、もしも。俺が救えなかった一人の死が、未来では百人の喪失に繋がっているかもしれない。

 だから救わないと、助けないと。俺の大切な人が、幸せに過ごす人達の未来が消えてしまう。無くなってしまう。

 そう考えてしまうだけで手が震える。喉が凍り付く。自分自身を許せなくなる。

 立ち止まるな、振り返るな、傷つく事なんて恐れるな。死んでいった彼らはもっと怖かった筈だから。

 

 

 

 

 彼は一足先に部屋へ戻った。食事中、彼は表情一つ変える事無くただ黙々と食べていた。

 口に合わなかったのだろうか。もしかすると我慢して食べてくれていたのだろうか。助けてくれた時、その顔は僅かであるが悲痛を浮かべていた事を思い出す。

 

「悲鳴嶼さん、彼は……」

「ああ、私の継子……未満ではあるが、弟子のようなものだ」

「……毎日、あんな怪我を」

「鬼と戦うのはそういう事だ。彼が鬼殺を行い、早一年。無傷で帰って来た事はほとんどない。

 体が傷つき支障が出る段階に至るまで、彼は止まろうとしないだろう。いや、そうあっても止まらないかもしれない」

 

 酷い怪我だった。全身の擦過傷、左腕には切創に加え化膿しつつある場所まである。

 加えて首元と背中の二ヵ所には痣があった。他の傷とは違ってこそいたものの、それもずっと前からあると言う。

 加えて治療すら痛みを伴う程の傷なのに、彼は顔を顰める事も無くただ淡々としていた。その痛みすら、彼にとっては日常茶飯事になってしまう。

 

「それでも、キミ達は鬼殺隊に入りたいと言うのか」

「はい」

「もちろんよ」

「……鬼殺隊の最終選別は過酷だ、それを突破し生き残らなければ入る事すらままならぬ。

 藤襲山――そこで七日間、心を折れずにいられるか。

 かつては生き残る事が条件だったが、それも彼の手で変わった」

「?」

「彼の代は、一人しか生き残らなかった。――山の中にいる一部の鬼が、変異していたのだ。隊士であっても、複数でかかっていなければ死人が出ていたであろう」

「……その、鬼は今」

「彼が斬った。多くの犠牲を払ったと、嘆いていた」

 

 あの時の彼の言葉を忘れる事は無い。

 

『貴方達は、悲劇を見過ごすつもりなのか。このままでは、無惨との戦いは終わらない。

 秘匿主義を貫くのは構わない。だけどいつまでも、このままだ』

 

 藤襲山で鬼の全てを殲滅し、たった一人生き残った少年。

 そんな彼の言葉を人伝てに聞いた産屋敷当主は、柱合会議にその話を上げ、以後藤襲山の警備と巡回、鬼の観察を隊士の任務に加えた。

 裏切りを恐れた故に少数精鋭を旨としていた鬼殺隊の根本を変え、以後人材不足について多少は改善されたと言う。

 だが、それで鬼に殺される隊士が減った訳では無かった。

 

「……」

「それでもまだ、なりたいと思うならば三日間居続けるがいい。行く当てが無いのであれば、文を書き、紹介しよう」

 

 それから次の日も、彼は血塗れで帰って来た。

 総身は傷だらけで、それでも痛む素振りすら見せずに救えなかったと呟いていた。

 ――彼ほどの力があっても、惨劇を止めるには遠いのだと思い知らされた。

 

 

 

 

「……姉君殿か。寝れないのか」

「はい……。それと、カナエと呼んでください」

「……分かった」

 

 深夜、家の近く。見通しが良い場所で彼は月を眺めていた。いつもは腰に差した刀を鞘ごと抜き、肩にかけている。

 物思いに耽けているのか、或いは何か別の事を考えているのか。彼の表情は固く、何を思案しているかは読み取れない。

 けれど不思議な事にそれを怖いと感じる事は無かった。

 

「……」

「……」

 

 二人の間に言葉は無い。鈴虫の鳴き声と草木が風に揺れる音。夜空を揺蕩う薄雲から零れる月明かり。

 静寂が少しだけ心地良い。

 

「先ほどはありがとうございました」

「……妹の事はいいのか」

 

 先ほどの出来事を思い出す。

 妹であるしのぶが悪夢に魘され悲鳴を上げた時、彼はすぐに駆け付けてしのぶを抱きしめて背中をさすった。

 

『大丈夫、大丈夫。大丈夫だ』

 

 何度もそう言葉をかける。その両肩へ血が滲む程彼女の指が食い込んでいたと言うのに、彼は表情一つ変えずに言葉を掛け続けた。

 泣き止んだのを確認したら、無言で預けて何事も無かったかのように去っていく。

 それは本来家族である自分がしなければならない事だったのに。――彼には大きすぎる借りを作ってばかりだ。

 

「貴方のおかげで少し落ち着いたようでした。……すみません、本来なら私がやらないといけない事なのに」

「構わない。妹、なんだろう」

 

 妹、と言葉を発した時僅かに声音が震えたように聞こえた。

 

「……胸なら貸す」

「……分かってしまうんですね」

「泣きたいのは貴方も同じだろう。無理に振舞い続ける必要は無い」

 

 彼の言葉に、心が少しだけ軽くなった。

 張り詰めていた感情が解されていくように感じる。

 

「貴方は、泣きたくなりませんか。鬼を斬るのは、辛く、ないのですか」

「……そんな感情はとっくに捨てた」

「……強いんですね」

「強くは無い。強ければ、貴方達はここにいなかった。両親の下で生きて居られた筈だ」

 

 声が僅かに固くなる。苦い表情が猶更渋っているように見えた。

 ――優しい人。自分が強ければ、あの時間に合っていれば。姉妹の幸せは破壊される事無く。今も穏やかに暮らせていた。

 その事を、悔やんでいるのだと思った。

 

「……ちょっとだけ、肩を借りても、いいですか」

「……構わない」

 

 彼の肩に寄りかかる。僅かに匂う血の香り。これは彼が人を救うために奔走してきた証。故に不思議と恐怖も嫌悪も無かった。

 

「いい夜ですね」

「……ああ、やはり夜は静かで穏やかな方が良い」

「私もです。両親が眠れなかった私達に、歌を聞かせてくれた事を思い出します」

「……歌、か。綺麗な声をしている、貴方達の両親の歌も美しかったのだろう」

「あ、ありがとうございます」

「? 何かあったか」

「な、何でも無いです。い、いいと言うまで見ないでください」

「……そうか」

 

 全く表情は変わらないのに、彼はこちらが聞いていて恥ずかしくなるような言葉を口にする。

 何て、ずるい人なんだろう。

 

「……」

「……」

「……そ、その、何か言ってください」

「……見てもいいのか」

「…………い、いいですよ」

 

 流れるのは静かな一時。

 沈黙を風の切る音が掻き消して、二人の息遣いだけが響く。

 

「雪さんは、優しい方なんですね」

「……優しい?」

「はい。私達の時だけではなく、様々な方を助けようと力を尽くされて。そして救えなかった事をずっと悔み続けている」

「……そんな事は」

「あります。あるから、貴方は傷ついている。心も、体も」

「……」

 

 手と手を重ねる。彼の傷だらけの手は固いけど温かくて柔らかい。

 そっと握ると、優しく握り返してくれた。

 ああ、やはりとても優しい人だ。

 そう思ったせいか、思わず呟いてしまう。

 

「……どうして、雪さんは戦っているのですか」

「……」

 

 彼が微かに瞳を伏せる。

 言うべきかどうするか逡巡して。瞳を月へ向けた。

 

「示すためだ。

 全ての命に価値があって、いつかその意味を謳う時が来ると。世界はいつだって無情で、未来は理不尽に奪われて、祈りは無慈悲に踏みつけられる。

 それでも――それでも命には、彼らが生きていた時間には意味がある」

 

 小さく絞り出した声には、彼の思いが含まれていて。

 裏切られ続け、それでもと信じ続け、摩耗しているのだと。

 ――勝手な解釈かもしれないが、どこか重ねてしまった。

 

「それは……」

「……聞き流してくれて構わない。所詮、どう繕っても俺の独善的な妄想に過ぎない身勝手な感情だ」

 

 何かを伝えようとして、言葉が詰まる。

 否定して何になる。そうしてしまえば、余計に彼を苦しめるだけだ。

 今は何も出来ない。彼に寄り添う事は出来ない。

 

「……少し、聞いて頂いてもいいですか?」

「構わない」

 

 小さく息を吐いた。

 自問自答し続けた夢を、吐き出す。

 

「……鬼を救いたいと考える者が鬼殺隊に入るのは、やっぱりおかしい事、なんでしょうか」

「――鬼を救う?」

「はい、悲鳴嶼さんには……そんな考えを持つべきでは無いと諭されましたが……」

 

 鬼も、元々は人。出来る事なら救いたい、叶うのなら助けたい。

 ――それがどれだけ異質な事なのか、なんて分かっている。

 

「鬼を救いたい……。どうしても私は、そう考えてしまうんです。元は人であったと、聞きましたから」

「……そうか」

 

 返答の早い彼が珍しく、沈黙した。

 それは呆れたのか、それとも――。

 感情がごちゃ混ぜになる。喉が冷たい。

 

「人を喰らう、それが鬼の本能だ。迷えば、誰かが死ぬ。死力を振り絞って間に合うかどうか。

 鬼との戦いはそういうものだ。市井に紛れ、命を脅かす。平穏を崩し、惨劇を成す。千年も続くこの戦いで、きっとその思いはとうに忘れ去られたものだろう」

「……そう、ですね」

 

 彼はそっと頭に手を置いてきて、優しく撫でた。

 その未来を祈るように、願うように。

 

「だけど、それでも。人であれ鬼であれ命は尊いものだ。

 貴方のその感情を俺は、間違っているとは思わない」

「――あ」

 

 否定でもなく肯定でもなく。

 けれど、その想いは当たり前のもので何一つ恥ずべきものじゃないと。

 その言葉に顔が熱くなって、涙がこみあげてくる。

 

「……? 待て、何故泣く」

「み、見ないでください……!」

「……そうか」

 

 夜は過ぎていく。

 雲は流れ、月は傾き、空は動く。

 

「……ありがとうございます、雪さん。私の願いを受け止めてくれて」

「……構わない、寧ろ礼を言うのはこちらの方だ。

 ――俺も、忘れていたモノを思い出せた」

 

 

 

 

 鬼を救いたい――命の価値は皆等しく、故に誰もが幸せを願い、生きたいと願っている。

 彼女の言葉に、俺は忘れていた感情を、封じ込めていた記憶を思い出す事が出来た。

 

 

 

 

「珍しい、お前が育手を付けて欲しいと頼んでくるとは」

「……どうなるかは彼女達次第でしょう」

 

 悲鳴嶼はその声の柔らかさに、ふと息を呑んだ。

 今初めて、年相応な彼の声を聞いた。

 

「雪……」

「……思い出させてくれたんですよ、彼女が。俺の忘れていた事を」

「そうか……。お前がそこまで穏やかな声を出せるとは思わなかった」

「悲鳴嶼さんが受け入れてくれたからです。俺は、まだ何も返せていない。

 ――貴方が俺を救ってくれた、鬼を狩る絡繰り紛いの人形でしか無かった俺を、人に戻してくれた」

「……」

「改めてもう一度。あの時俺を導いてくれてありがとうございました、俺は貴方に救われたんです。この恩は、いつか」

「……私は、お前が生きてくれればそれで良い」

 

 そっと頭に手を置く。その感覚も懐かしさも彼の知る子ども達と何ら変わりない。

 

「では、少しばかりいい食事を振舞おう。何か食べたいものはあるか」

「……そう、ですね。悲鳴嶼さんの好物を食べてみたいので、それでも大丈夫ですか」

「なんと。それでよいのか」

「はい、それがいいんです。俺には、それが何よりも」

「……分かった。では多様な具を炊き込んだ飯でも食べるとしよう」

「どんな味がするんでしょうか」

 

 

 




大正コソコソ噂話

彼の内面が穏やかになったのは、悲鳴嶼行冥、胡蝶姉妹と出会ってから。それまでは鉄のような心だった。

ちなみに雪からすれば胡蝶姉妹は初恋の人であり、既に失恋したと思っている。それ程までに彼女達の両親を救えなかったと言う現実は重かった。
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