止まれなかった少年の話   作:下弦の鬼

20 / 25
超展開だけどゆるして(いつもの)

後三話で完結しまする。


兄として願う事

 

 

 意識が覚醒する。体中が痛い、疼く、痒い。けれどそんな事はどうでも良かった。脅威を認識したのか、体が意識を叩き起こす。斬るべき相手が傍にいるのだと気づいたが故に。

 幸い刀はすぐ近くにあった。それを握りしめ、窓から飛び降りる。

 

「あはっ、良かったー生きてたんだ」

「――コイツは俺が殺す。貴様は邪魔が入らないか見ていろ」

 

 いた、屋根の上。赤い服を着た男と半裸の男。

 この刃が狙う相手はただ独り。

 

「……お前じゃない」

「何」

「俺が斬るのは、お前じゃない。そこの男だ」

 

 そういって、赤い服の男へ刀の切っ先を突きつけた。喜びを隠しきれないと言わんばかりに男は大きな笑みを浮かべた。

 

「悪いね、猗窩座殿。ここは譲ってくれると」

「――黙れ、貴様は俺が殺す」

「あちゃー、同族嫌悪ってやつかなぁ。じゃあ、しょうがない。俺は見物でもしていようか。まだキミには余裕があるみたいだし。

 だからさ――逃げるなら今のうちだぜ」

 

 男は、背後から頸を斬るべく強襲しようとしていた少女の刀を容易くつかみ取った。

 それを予知していたかのように鞘を投げつける。少女が持っていた刀身へ直撃。押し込まれるようにして、男の顔面が切り裂かれて――すぐさま再生する。

 

「雪兄さん! 私も……!」

 

 その声を聞くと安心する。どこか心が穏やかになる。

 でも、ダメだ。彼女を死なせてはダメだと、叫んでいる。

 ここから出してあげないと。

 

「――逃げろ、逃げて応援を呼べ。まだ守るべき人達がここにいるだろう」

「うん、そういう事そういう事。ここの人達連れて逃げた方がいいよー。柱の人も含めて応援呼んだ方がいいかもね。

 ほら、急いだ急いだ! 早くしないと、彼が死んじゃうよ?」

「っっっっ!!!」

「……カナヲ」

 

 言葉が、自然と零れる。

 自分でも何を口にしたのか、どういう意味なのかは分からない。

 

「逃げろ、お前にはお前のやるべき事がある。ここで死ぬ事じゃない」

「……」

 

 彼女の額が、汗を掻いている。怯えているのか恐れているのか、或いは自分でもどうすればいいのか、感情の整理がついていないのか。

 その背中を押す。彼女が自分の足で進めるように。

 もう俺なんかがいなくなった後でも、誰かの前で自分の心のままに生きていけるように。

 妹を信じるのが兄の役目だ。もう二度と同じ過ちは侵さない。

 

「カナヲ……頼むよ」

「――っっっ!!!!」

 

 自分でも驚くぐらい穏やかな声が出た。

 そのまま彼女がどこかへ走っていく音がして、心が少しだけ落ち着いた。

 

「――意外だな、見逃すとは」

「貴様を殺す事に余力すらも使う。ただそれだけだ」

 

 この先がどうなるかなんて、考えるまでも無い。

 俺はどう足掻いても負ける。この体は既に限界を迎えつつあった。

 故に一度切りの全力を出す事は出来ない。それは今じゃない。

 今、俺がやるべきことは勝つ事ではなく時間を稼ぎ続ける事。

 死にかけの体と今にも千切れそうな意識を繋ぎ止める事。

 そうして、大切な妹がこの先の人生で強く笑えるために。好きな人達が幸せになれるために。

 

「遺言はそれだけか」

 

 力を込めると、何を考えていたのか忘れそうになる。大切な人の顔すらも消えてしまいそうになる。

 俺が斬るのはあの扇の男だけ。その時まで何度死にかけようと耐え続けるしかない。

 

「では、死ね」

 

 

 

 

 

 

 

 ――嫌な予感がした。

 硝子が砕けるような、幸せが崩れ落ちる音。

 あの人が眠っている部屋へと駆け付けると、そこに姿は無くて。ただ空いた窓から風だけが吹き込んでいる。傍らに置いてあった刀が、無い。

 何があったのかをすぐに察して、部屋に戻って自分の刀を差す。

 今、この屋敷にいて戦えるのは自分だけ。

 

「みんなは一か所に集まって避難して!」

 

(私が、守るんだ。今度こそ、鬼の手から私が)

 

 体が震える。

 死ぬ事が怖いのではない。

 あの人が、手の届かないところに行ってしまう事が堪らなく怖いのだ。

 ずっと待っていた。例えどれだけ時間がかかっても起きてくれると信じて。

 話したい事、伝えたい事がまだまだ残っている。

 

(――屋根……!)

 

 平然と座っている男。気配で鬼だと分かる。

 気配を可能な限り殺し、背後からの強襲。

 頸を狙ったその一刀が、容易く止められる。

 

(ぬけ、ない……!)

 

 扇子を閉じるようにして、その先端で刃を止められた。

 

「ほら、逃げないと死んじゃうよ」

 

 その瞳に刻まれた上弦、弐と言う文字。

 コイツがコイツが、雪兄さんを――。

 

「――カナヲ……頼むよ」

 

 大切な人の、優しい声。

 温もりが怒りを溶かしていく。

 そうだ、ここにいるのは私だけじゃない。蝶屋敷の人達がいる。戦えない人達がいる。

 彼女達を守らないと。

 

「っっっ!!!」

 

 視線が動いた。共に過ごした彼女達の気配を忘れる筈が無い。

 

「アオイ! きよ、なほ、すみ! ここから逃げて!」

 

 鴉を飛ばす。まずは産屋敷邸へ救援を。師範や柱の方達がいる筈。

 彼らを避難している彼女達の所へ誘導してもらい、そこから柱と共に雪兄さんの救援に向かう。

 やるべきことを間違えるな。あの人が託したモノを無駄にするな。

 心を抑えつける。今すぐ、彼の隣で刀を握りたい衝動を抑えつける。

 

「カナヲ!」

「走って! 鬼がまだ周囲にいるかもしれない!」

 

 四人を守るように走る。

 体中が重い。鉛をぶら下げているどころか、手足を鎖で縛りつけられているかのよう。

 戻れ、戦え、あの人を守るんだ――違う。

 ――あの人が守ろうとしたものを、私が護る。託されたから、任されたから。それに応えないと。

 もうどれだけ走ったのか分からない。息が切れる。眩暈がする。喉が渇いて、肺が痛い。

 

「カナヲ!!」

 

 求めていたその声が聞こえた瞬間、全身から力が抜けそうになる。まだ、まだだ。

 まだあの人が戦ってる。

 

「師範! しのぶ姉さん!

 こっち!」

「――真狐、錆兎は四人の保護を頼む!」

 

 来た道を引き返す。

 走る。走る。息が、詰まる。手足が千切れそう。

 それでも止まるな、走り続けろ。

 もしここで緩めてしまって、間に合わなくなってしまったら。

 自分を一生赦せなくなる。

見慣れた筈の光景が非常識な世界にすり替わった錯覚に耐えながら走り続けて、ようやく屋敷に着いた。

 戦いの音がする。聞くだけでも死闘だと分かってしまう程に。

 

「兄さん!!!!」

 

 見えたのは土煙。その最中でも、鮮明に見えてしまう。

 ――彼の心窩部を、鬼の右腕が貫通していた。

 

「あ、ああ――」

 

 彼の口から鮮血が溢れる。

 その光景が見えた瞬間、喉が削り取られるような雄叫びを体中から絞り出していた。

 

「――ァァァァァァッ!!!!!」

 

 意識が沸騰し、怒りが脳を支配する。感情が体を突き動かす。――全身が沸騰しているかのように熱い。

 力任せに赫く染まった刀を投擲した。

 けれど、鬼はそれを避けず。無造作に受ける。

 お前の一撃など回避するまでもないと――そう言われているようで。

 

「!!!」

「なっ……」

 

 投擲された刀を、彼が強く握りしめる。

 その刃が、さらに赫く燃えた。

 

「っ!!! おおおおおおおお!!!」

 

 鬼が、血相を変える。その一刀を決して受けてはならないと。

 あの上弦の鬼が、怯えている。

 

「!」

 

 振りぬかれた刃が、その右腕を斬り落とした。

 続け様の斬撃――しかし、どこからか現れた氷の蔓が、その腕を絡めとる。

 

「悪いけどそれはダメだ。俺がいる意味が無くなっちゃう。

 キミの邪魔をするのはとても、とても心苦しいけれど。その一撃は俺の為に取っておいてくれ。

 ――ようし、彼一人は再起不能にしたし目的は達成。それじゃあ撤収だ」

「……フン」

 

 琵琶の音と共に鬼達の姿が掻き消える。

 あの人が膝を着くと同時に、体は弾かれたように走り出した。

 

「雪……兄さん……」

 

 ――服の随所はまるで火で炙ったかのように焼け焦げていて。そこから血が滲んでいる。

 皮膚は大きくへこんでいて、骨まで傷が達しているのだと嫌でも分かった。

 

「……カナ、ヲ」

「お願い……お願い……」

 

 隠や隊士、師範姉さん、柱の人が叫んでいる声すら私には全て遠い。

 世界が、途切れていく。

 何も感じなくなったあの時のように。

 

「カナヲ」

 

 頭に優しく手が置かれる。

 動かす事すら辛い筈なのに。あの人は微笑んだ。

 私を助けてくれたあの時のように。

 温かい手が、髪を梳いた。

 

「――頑張ったな」

 

 穏やかな声。

 灰色に染められていく筈の世界が、色を取り戻していく。

 忘れていた筈の涙が、零れた。

 どうして、どうして。――もっと貴方と話したかった。もっと一緒にいて、もっと近くで過ごしたかった。

 貴方が生きるこの世界を、共に歩いていたかった。

 ただ、それだけだったのに。

 

「雪、兄さん……?」

 

 その手はもう動かない。

 あの人は微笑んだまま、息をしていない。

 

「……兄、さん……」

 

 その声に応えてくれる人は、もういない。

 溢れる涙は止まる事を知らぬかのように流れ続けた。

 

 

 

 

 蝶屋敷襲撃に関しての報告書。

 上弦の弐と参が蝶屋敷に出現。当時昏睡状態だった神月雪が、突如覚醒し二体と交戦。当時、屋敷にいたのは隊士一名と屋敷の住人四名のみ。

 四名に怪我はなく、隊士一名も負傷なし。

 神月雪は心窩部を貫かれる重傷。到着した隠、花柱とその補佐、協力者である医師の尽力により一命はとりとめるも、依然として意識不明。産屋敷邸にて保護される事となった。

 蝶屋敷は鬼の襲撃が再度ある可能性を考慮し、その機能を一時的に停止。施設としての役割を放棄。

 花柱は柱稽古の内容を救命処置訓練へと変更。

 柱稽古が始まって三週間近く経つも、神月雪が目を覚ます事は無かった。

 ――そして襲撃の際、カナヲが痣を発現し刀を赫く染めた。

 

 

 




大正コソコソ噂話


「行冥、頼めるかな。鬼舞辻は間違いなく私の場を特定する。
 私を囮にして、ヤツの頸を取ってくれ」
「――承知、しかねます。それがお館様の頼みと言えど」
「……」
「貴方に生きて欲しいと願った者がおります。もしお館様の身に何かあれば、会わせる顔がありませぬ」
「……ありがとう行冥。キミがそう決めたのであれば、私も足掻いてみるよ。
 彼には、まだ返せていない言葉が多すぎる。それを伝えずに逝くのは、少し卑怯だからね」
「御意。全力でお守りいたしますお館様。
 まずは柱達に通達を。その上で策を練り直しましょう」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。