止まれなかった少年の話   作:下弦の鬼

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上弦の壱と上弦の参、隊士達の戦いについては本編完結後に書くかもしれないです(未定)


思い出す

 

 

 

 産屋敷家襲撃――事前に情報を伝達していた柱達の動きにより、無惨を包囲。珠世の一撃で薬の投与に成功。

 しかし鬼の能力による転移で、多くの隊士達が鬼の本拠である無限城に落とされた。

 今も城の各地では隊士達と鬼が死闘を繰り広げている。

 上弦の参に対して水の呼吸一門、竈門炭治郎、栗花落カナヲ、炎柱が交戦中。

 上弦の壱へは岩柱、風柱、風柱補佐、音柱、霞柱、花柱補佐、不死川玄弥が交戦中。

 花柱である胡蝶カナエは、そっと扉に手を掛けた。

 

「――やあ、キミはえっと、誰だっけ? ……ああ、そうそう花柱の子だ!」

「!!!」

 

 出会ったのは、童磨と名乗った鬼。

 大切な人を傷つけ、拷問した者。

 感情がこみ上げる。怒りに突き動かされた両手が、刀を強く握りしめる。

 

「――ああ、でもごめんね。もうとっくの昔からキミに興味は無いんだ。ほら、さっさと行っていいよ」

「何の、つもり……!」

 

 怒りに震える声を抑えつけながら、胡蝶カナエはそう口にする。

 今すぐ斬りかかりたい衝動があるが迸って、思わず痣を発現させてしまいそうになった。

 

「別にね、俺は鬼殺隊と鬼舞辻無惨(・・・・・)との戦いなんてどうでもいい。そんなの全部、何もかもが二の次。

 俺はね、彼と戦いたいだけなんだよ。キミの相手は彼の後だ、そうじゃないとつまらない」

 

 その言葉を発して尚、鬼は死ぬ事が無かった。

 

「……鬼の、言葉を、信じるとでも」

「そっちはキミの勝手だよ。それとも、いいのかい?

 猗窩座殿と黒死牟殿は、遥かに強いぜ。倒すなら先にそっち優先した方が良いんじゃない?」

 

 鴉に伝令。自身の独断で戦況を悪い方に動かしてしまう訳にはいかない。

 本部からの連絡――上弦の弐は無視していいとの事だった。無惨の名を出した以上、あの鬼はこれ以上自ら動く気がないと判断した。

 刀を納める。

 

「あー、良かった。可愛い子はなるべく殺したくないからね」

「――彼なら、きっとそうしたから。ああ、でも勘違いしないでくださいね」

「うん?」

「全部片づけたら、後は貴方を殺すわ。どこへ逃げたとしても、地の果てまで追い詰めて殺してあげるから」

 

 

 

 

 予感があった。気が付けば引き寄せられるようにそこにいた。

 自身が斬らねばならない者がいると、魂が感じていた。

 ――飛び散った記憶の欠片を、拾い集める。

 今までは多くの人の助けによって、何とか繋ぎ止めてこられた。

 けれどもうそれも限界。底が空いた舟を直しながら航海を続けるようなもの。

だから、これが最後になる。

 

「――」

『雪さん、こちらを』

 

 声がする。誰かが日輪刀と隊服を準備してくれていたらしい。

 

『後を頼みます』

『俺達はもう何も出来ません』

『どうか、鬼のいない世界を』

 

 彼らが指さす先へ向かう。

 来るべき時が来た。自身がやらなければならないのだと。

 扉を開ける。見えるは浅い池と掛けられた橋。

 そしてそこに立っている一人の男。

 こちらを見るや否や顔を紅潮させ、瞳を輝かせる。

 

「あはっ、本当に来てくれた。勿論信じてたよ」

「……」

 

 童磨は見る。全身を引きずるようにして現れた一人の青年。

 その瞳に、光はほとんどない。僅かに残った意志と執念だけが、体を突き動かしている。けれどその佇まいには細部の隙も無い。

 

「キミにはね、本当に感謝してるんだ、俺に生きる実感を与えてくれた事。何があっても動く事の無かった俺の心に初めて、生きて居たいって言う感情を植え付けてくれた。

 それから数年経ったけど、未だにあの時の思いを超える事は無い」

「……」

「うん、じゃあやろうか。俺もここからは手加減無しだ。だからキミも本気で来てくれ。出ないと、鬼殺隊――全員、殺すよ」

 

 世界が砕け散る音がして。

 瞬間、火花が弾けた。

 鉄扇と赫刀が激突する。

 

「さぁ、神月雪! 人生最高の戦いにしよう!

 俺の百年を超える時間はね!! キミと出会い、戦うためにあったんだ!!!」

 

 

 

 

(あぁ、本当に美しい剣技だ。素晴らしい斬撃だ。

ずっと、独占したい。この刃を俺だけに振るって欲しい。この時が永遠に続けばいい)

 

 その剣は疾風怒濤が相応しい。鬼を灼く赫き刃――その全てが作り出した結晶ノ御子を粉砕する。次から次に量産し、相応な猛攻を仕掛けている筈なのに押されていると感じた。

 息を吐く暇すら与えぬ、刹那の隙を見極める攻防。

 これまでの戦いを束ねたとしても、今この一時には敵わない。

 

(この一刀が迫る度に、心が、体が生きて居たいって強く叫ぶ)

 

 彼に出会えたのはあまりにも幸運だった。

 あの夜、本来ならば童磨は胡蝶カナエを殺す手筈だった。一度重傷を負わせた者が、数週間で前線復帰出来る以上、何らかの治療設備はあるだろうと踏んでいた。

 情報を集め、隊士達の行動を分析。どの隊士とどの地域で遭遇したかで、おおよその位置は絞れる。

 拠点に近い場所で、後は夜うろついていればいい。それだけで目的の人物には遭遇する。後は始末して終わるだけ。

 自身は鬼だ、だから人を食う。

 自身は教祖であり、信者を救わなければならない。だから人を(すく)う。

 ずっとそれを繰り返してきた。きっとどこかで、何かを得られると思ったから。

 ――百年余り、そんな無為な時間を過ごしてきた。

 自身は何のために生まれてきたのか、と言う問いをずっと投げかけて。答えは未だ見えないまま。

 変えたのは、花柱の傍にいた仏頂面の少年。最初見た時は、何とも思わなかった。路傍の石も同然だった。

 それを彼は、いとも容易く簡単に与えてくれて。誰も敗れなかった壁を、あっさりと砕いてくれた。最早花柱の事も、治療施設の事も、何もかもがどうでもよくなった。

 ――それからの数年間は、輝くばかりの日々。

 彼と出会ってから、教祖としての仕事もはかどった。どうしてか、何も感じなかったはずの信者達の話にどこか共感を覚えてしまう。

 空を見れば星が瞬き、風が吹けば草木が揺れる。そんな些細な事すら愛しく思える。

 無論、鬼としての仕事も手を抜かなかった。彼ともしかすると出会えるかもしれない、と考えるだけで心も指も踊ってしまう。

 

(名残惜しい、名残惜しいね雪)

 

 もしもの未来を思う。彼と共に鬼殺隊にいたら、どうなっていただろうか。彼は友として接してくれて、今の自分が得られる筈の無い友情を得られたのだろうか。

 

(――もう、限界が近いかな。うん、ちょっと足りないけどまあ。それぐらいがちょうどいい)

 

 扇を展開。結晶ノ御子を複数生成。

 それら全てが同じ技を使用する。

 

 血鬼術 重層展開 霧氷・睡蓮菩薩

 

 ただでさえ強力な血鬼術を幾重も重ねる。

 それは彼と出会った童磨だからこそ、到達した極地。自身と同等の力を持つ結晶ノ御子を使い、同じ技を同じタイミングで重ね、その威力と効果を増大させる。

 冷気は並みの隊士なら近づくだけで凍死、柱であろうと吸わずに近づいただけで肺を傷つけられ呼吸が使用不可能になる程に。

 けれど彼は平気だ。血鬼術を吸い込んでも肺胞が壊死する事は無い。――そのために二年間、自身の血を彼に馴染ませてきたのだから。

 彼との戦いを、死闘無くして終わらせるなど今の童磨には在り得ない事だった。

 

(さあ、どう超えてくれる? どうやって俺を斬ってくれる?)

 

 彼が腰を落とした。日輪刀を後方へ構え、大きく力む。

 息が、音を立てた。

 

「葦の呼吸 万象流転」

 

 刃を纏う焔が増大――放たれた一閃は、童磨もろとも巨大な氷像を両断した。

 見事な斬撃だった。見惚れて回避する事すら忘れてしまう程に。首を斬られて尚、愛しいため息が零れてしまう程に。

 斬られた断面は、鏡のように反射している。その極大な範囲はもしかすると、無限城を構成している鬼自体へも損傷を負わせているかもしれない。

 胸に込み上げる感情。愛しい存在が、自身へここまでの技を放ってくれた事の喜び。そしてそれを超えたかったと言う思い。

 

「……ああ、なるほど。これが悔しいって感情かあ。けれどどうしてか満足感もある。

 人間って不思議だね」

 

 キミは、と話しかけようとして。彼が倒れている事に気が付いた。

 胸は確かに上下している。血色も良い。

 だけど、その瞳はもう何も映していなかった。ただ息をするだけの肉袋であった。

 

「……悲しみ、か。……じゃあ、俺は俺の仕事をやるとしようか」

 

 無限城が大きく振動している。

 構成している鬼が倒されたのだろう。或いは無惨が自害させたのか。

 童磨もまもなく消える。

 だがその前に、やる事をやらないと。

 ――彼は救いを与えてくれた。彼は言葉で返しきれない想いをくれた。

 そんな人物が、こんなところで崩落に巻き込まれて死ぬと言う事を。童磨自身が許せない。それは彼が初めて得た怒りと言う感情だった。

 

「一緒に地獄にいくのもいいかもしれないけど。キミはね、キミの大切な人に囲まれて眠るべきだろう。

 じゃあまた、どこかで会おうね。神月雪――俺の愛しい人」

 

 最後の結晶ノ御子の配置を完了。これで彼を守れる位置の筈。

 見届ける事は叶わないが、間違いは無いだろう。

 死ぬ事が分かっていて、それでも守ろうとする。――今ならその意味がよく分かる。

 そこまで考えた時ふと、昔殺した一人の女を思い出した。

 

「……ああ、そうか。キミは守ろうとしていたんだね」

 

 そうして、上弦の弐まで上り詰めた鬼は。最期に人の夢を見て、燃え尽きるように消えていった。

 

 

 

 

 

 その技を放った瞬間、砕け散る音がする。

 駆け巡るは走馬灯。

 自身と言う人間が駆け抜けた光景を思い返す。

 その全てが心を彩る愛おしい景色だった。

 

『――雪』

 

 千切れていく意識の中で、見えたのは優しい人々。

 彼らの過去を想う。彼らの今を思う。彼らの未来を願う。

 

『――雪くん』

 

 移り行く時代の中で、同じ時代に生まれてきてくれた事。

 

『――雪さん』

 

 無限に広がっていく未来の中で、小さな偶然を手繰り寄せて巡り合えた事。

 

『――雪兄さん』

 

 流れていく人々の中で、貴方達と出会い心を寄り添えた事。

 

『――雪さん』

 

 いつ途切れるか分からない日常を、共に繋いでこられた事。

 

『――雪』

 

 今を刻み過去を忘れていく記憶の中で、貴方達が笑っている光景が色褪せずに鮮やかなままでいてくれる事。

 その全てが貴くて眩しい輝き。今を煌めく命が未来を照らす光となる。

 ――俺と言う人間の物語に貴方達がいてくれて良かった。こんな灰色の人生を色鮮やかに彩ってくれる。こんなちっぽけな体に、大きな力を与えてくれる。

 からっぽで何もない空虚な人生でも、誰かの幸せな未来を願える事。何一つ上手く笑う事が出来ない無愛想な表情でも、誰かの暗い今を導く事が出来ると言う事。

 中身の無い空白を埋めてくれたのは、貴方達と過ごした日々。

 貴方達に出会えて、貴方達と共にこの今を生きる事が出来て、この世界の誰よりも幸せでした。

 

「――」

 

 手を伸ばす。

 それが誰に向けたものかなんて、分からない。けれどどうしても、その一言を伝えたくて。

 

「――ありがとう」

 

 残っていた何かが砕け散るような音がして。

 最期に、何を考えていたのかすら忘れた。

 

 

 

 





 自分はやるべき事をやった。
 後は託した彼が、ちゃんと継いでくれる。ちゃんと果たしてくれる。
 だから自分はここで終わろう。
 これでやっと謝りに行ける。
 これでやっと悪い夢を見なくて済む。
 ちょっと疲れたから少し休もう。
 この結末に、悔いはない。




 本当に?

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