止まれなかった少年の話 作:下弦の鬼
キャラクター紹介もかねて、一旦の区切りとします(小話書いてないガバ)
目が醒める。目の前には愛しい人達が共に眠っていて、手を伸ばせばすぐ届く。
その頬にそっと触れた。
「……あら、起きたの」
「ついさっき、だけど」
「まだしのぶも寝てるみたいだし、もう少しだけ一緒にいましょうか」
「……うん」
「おやすみなさい、私達の旦那様」
無惨との戦いの後に気を失い――目が醒めれば、蝶屋敷の一室。
廊下へ出たら、カナエさんやしのぶさんとばったり出会って。そこから大層泣かれてしまった。それを聞きつけて、蝶屋敷の人々が集まって。
――で、そこから半刻にも渡る説教である。
やれ、いつも無茶をするとか。
やれ、いつも抜け出してとか。
けれどどうしてか、その時間すらも堪らなく愛おしくなって。
怒る側も怒られる側も泣き出してしまうと言う、珍事となってしまった。
「……感覚がないんですね」
「ああ」
炭治郎君の言葉に頷く。
傍にある皿には胡蝶姉妹が切り分けてくれた林檎が置かれていて。それを口へ運べば僅かな酸味があった。
「珠世さん曰く、少しずつ戻りつつはあるらしい。機能回復すれば、日常生活は可能だそうだ」
無惨との戦いで、俺は左半身をほぼ喪失した。そして鬼となり再生した体ではあるが、人と戻った事で、何と言うか。体が一種の混乱を起こしているらしい。
まだまだ蝶屋敷で療養する必要はあるそうだ。
珠世さんとカナエさん、しのぶさんがいなかったら多分まともな生活が送れない人生だったに違いない。
「……そういえば、炭治郎はこの後どうするんだ?」
「とりあえず禰豆子を連れて、生家に戻ろうと思います。家族を弔ってあげないと。後の事は炭でも売りながら考えようかなって」
「そうか……。大丈夫だ、キミなら見つけられる」
「あ、それと雪さん。その、凄く今更なんですけど」
「ん」
炭治郎君は微笑んで、そう告げてくれた。
「カナエさん、しのぶさんとの婚約、おめでとうございます」
「……ありがとう」
……いや、うんやっぱり夢じゃないんだ。
あの戦いの後、俺はカナエさんとしのぶさんから結婚を申し込まれたのである。
付き合い無しの即婚約だ。さすがに段階すっ飛ばし過ぎではないだろうか。
そして本当に俺でいいのだろうかと、いつも思う。でも、妹との約束なんだ。自分の気持ちに正直になって、相手の気持ちを受け止めるって。
まだ慣れてないけど、少しずつ受け入れていこう。
「善逸が血涙流してましたよ」
「彼らしいな」
「お館様も式に協力したいって言ってましたし」
「……それは、さすがに」
いやいや、お館様もせっかく呪いも無くなり健やかな体を過ごせるようになったのに、そんな事ある筈が無いだろう。
この前、日光に家族旅行に行ってたって聞いたし。
「――いや、本音だよ雪」
「おっ、お館様っ!」
「楽にしてくれて構わないよ炭治郎。勿論、雪もね」
自力で外を歩けるようにまで回復したお館様が親族と共に、そこにいた。
え、忙しい筈じゃないんですか。
だってほら、無惨は倒されたけどまた鬼自体がどこかに残っている可能性がある以上鬼殺隊は名前を変えて存続していくらしいし。お館様の直感が、この先遠く無い未来で鬼殺隊の技術や知識が必要になる時が来るみたいなのだ。
……未来を知る俺にとっては、その時が何のかなんてすぐに思い当たる。世界中を巻き込んだ大戦。多くの人が死に、悲しみが満ちて、命があちこちで散って逝く。
うん、やっぱりすごいわお館様の直感。
「雪、炭治郎。改めて感謝を言わせてほしい。
無惨との戦いでは、キミ達が中心となったと聞いた。改めて心の底から感謝を。
炭治郎には鬼となった家族を信じ続け、無事人へと戻したその絆を。
雪には長く鬼殺隊を支えてくれた事と、無事に帰ってきてくれた事を」
ありがとう、とお館様は口にした。
「か、顔を上げてくださいっ! お館様が禰豆子を信じてくれたじゃないですか! 俺一人なんかじゃありません!」
「顔を上げてください。無惨との勝利は隊士達の総意の果てに掴み取ったモノ。個人へ与えられる誉ではありません」
「……そうか、キミ達もそう言ってくれるのか」
お館様は目に涙を溜めながら微笑んだ。
「……もし何か私に出来る事があれば、いつでも言ってくれ。全霊を振り絞ってでも、キミ達の力になるよ」
――ああ、やっぱり。貴方が生きててくれて、良かった。
炭治郎君は禰豆子ちゃんと共に生家に戻るらしい。何故か善逸君と伊之助君もついていくそうだけど。
うん、せっかく彼らが頑張って掴み取った平穏なのだから穏やかに過ごして欲しい。お館様も鬼殺隊の体勢のある程度は残すと言っていたけれど、鬼と血みどろの戦いが行われる事はもう無いだろう。
柱の人達は、お館様の言うこれからに備えて動くみたいだけれどひとまずは自分の未来を探しに行くらしい。
悲鳴嶼さんは寺で孤児達の面倒を見るとの事だった。亡くなられた隊士の中には妻子を持っている人もいて、そんな彼らの心の拠り所になればいいと。
実弥さんは弟の玄弥君、粂野さんと共に警官の道を選ぶらしい。優しいあの人達にはうってつけの職に違いない。
冨岡さんを始め水の呼吸一門である錆兎さんや真狐さんは、皆鱗滝さんの所に戻り一緒に暮らしている。剣以外の道を探しているみたいで、いつかは道場を開きたいと手紙に書いてあった。後、俺と同じぐらい仏頂面だった冨岡さんも柔らかく微笑む事が出来るぐらいまでなったそうで、錆兎さん達が驚いたとか。
宇髄さんは奥さん達と共に、鬼殺隊に残るそうだ。鴉、隠達の技術を後に残し学べるようにしていきたいとの事だった。
杏寿郎さんも鬼殺隊に残り、剣術を教えていきたいと言っていた。剣を振るうしか才能が無いからなと笑って言っていたけど、そんな彼を慕って残る隊士は多かった。
時透君や伊黒君、甘露寺さん達も鬼殺隊に残るらしい。彼らはまだ若いから、そんなに焦って道を決める事は無いとお館様からの進言だそうだ。
珠世さんは、自身の血に流れる鬼の因子が薄れている事に気付いたらしい。後百年もすれば、自然と鬼としての特徴は消失し人としての生を歩み出すそうだ。勿論それは愈史郎君も同じようで。
「……」
手紙を読み終える。共に戦った人、彼らが未来を歩ける事に笑みが零れてしまう。
動かなかった左半身も少しずつ筋力がついてきて、日常生活なら何とか遅れるようになった。
珠世さんと胡蝶さん達にただ感謝である。
うん、でもねカナエさんとしのぶさん、俺ね一人で何とか過ごせるようになったからさ。
「あの……少し、離れてくれると……」
「どうして?」
じっと顔を覗き込んでくるカナエさん。今日も嫁が可愛い。
いや、今はそうではなく。
「しのぶ、さんも……」
「名前」
「……し、しのぶ」
「もう夫婦なんですから他人行儀な呼び方は無しですよ? 貴方」
助けて、恥ずかしさで悶え死ぬ。
胡蝶さん達がほぼ一日中、俺の看病をしてくれるのである。それは有難い。とても有難いんだけど……。
「それにもう夫婦の仲じゃないですか」
「……!」
羞恥心から顔が赤くなる。いや、事実なんだから全然不思議じゃないんだけど。いざ言われるとめちゃくちゃ恥ずかしい。何でニコニコ出来るんですか貴方達。
今日も俺の嫁達は平常運転です。
「――雪兄さん、起きてる?」
「カナヲ……起きてるよ、大丈夫」
「ふふっ、良かった。今から師範達と出かけるの?」
「ええ、そうよ。カナヲも行く?」
「うんっ」
「本当に良い天気だものね。皆でお出かけしましょう。ほら貴方、近づいて」
カナエさんが俺の左半身に密着してくる。お願いします、ホント意識してしまうから離れてください。しのぶさんも右側から密着しないで。
そんな事思っても行動に移せる筈が無いので、為すがままにされるのみ。
――いや、うん。でもまあいいか。
あの時、俺は生きていたいと願った。多分その前からずっと、ずっと。俺は生きていたかったんだ。
独りではなく、誰かと一緒に。手を繋いで共に未来を歩いていたかった。
そんな事に気付くのに、かなり遠回りしてしまった。色んな人を傷つけた。たくさんの過ちを重ねた。
でも、もう大丈夫。――背中を押してくれたから。気づかせてくれたから。
見失わない、迷わない。
俺は、この両手で握りしめた幸せを守るよ。
「……いい天気だな」
見上げた空は、曇り一つなく青くどこまでも透き通っていた。
貴方は今、人生のどこにいるのだろう。
まだ未来を夢見た頃だろうか。過去に振り回されて、先が見えない闇の中でもがいているのだろうか。
貴方は今、自分の未来に絶望しているだろうか。それとも希望を夢見て足掻いているだろうか。
そして貴方は、貴方の物語をどう思っているのだろう。
もし希望を見て足掻いているのなら、どうかそれを信じて欲しい。
もし絶望に全てを受け入れたのなら、どうかそれに抗って欲しい。
貴方は、貴方の物語をきっと何の意味が無いのだと思っている。自分と言う存在が生きていても、何の価値もないと考えてしまっている。
貴方が足掻いて、もがいて、何の意味を為せなかったのだと自分で思っていても。
それを見た誰かが、貴方のように足掻きたいと思うかもしれない。貴方の生き方が、誰かの生き方を変えるかもしれない。
その生き方が変わった誰かが、貴方を救うきっかけになるかもしれない。
貴方の物語は、貴方だけじゃない。
貴方の物語は、貴方と出会ってきた人々の物語でもある。
だからもし、本当に苦しくて。膝を着きそうになったら。どうか周りを見て欲しい。
貴方は一人じゃない。貴方を助けてくれる人がいる。貴方の手を握ってくれている人がいる。
その証は、貴方が今ここに生きている事。貴方が生きている事がその理由。
だからどうか、この世界に絶望したりしないで。
貴方がこの世界に生まれてきてくれた事に必ず意味はある。
そしていつか、救われた貴方がまた別の誰かを救って。その繰り返しが数多の未来を作っていく。
そんな幾星霜を煌く命。何て尊くて美しい世界。
――どうか、貴方とその物語が繋がる未来にもし暗がりが差した時は、微かな光が差し伸べられますように。
「貴方、何書いてるの?」
「んー、あれかな。未来へ宛てた手紙みたいな」
「あらあら、読んでもいい?」
「……来世になったら読めるさ、きっと」
「……ふふっそうね、その時にじっくり読むとするわ」