止まれなかった少年の話   作:下弦の鬼

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せめてヒロインまでは出しておくべきだと思った。タグBLにチェックするかどうか非常に迷いました(懺悔)

ここからゆっくり更新となります。

ちなみに最初の話はプロットと大分変わっているんで、一人称がブレッブレなのは許して。


宿命と出会う

 

 

 神月雪――鬼殺隊に所属する剣士であり、呼吸を使えないと言う異質な存在。それでありながら鬼殺を成し、一部の柱からはその将来性を大きく評価され、柱に打診されるも“呼吸が使えない俺が柱など烏滸がましい”と言って断り続けている。

 しかし彼と共に任務を行った者、彼に救われた者は皆口を揃えてその言葉を否定する。

 曰く、彼が握った日輪刀は赫く燃えた。

 曰く、彼の抜刀は始まりが見えない。

 曰く、彼の鬼殺は刹那に終わる。

 そんな隔絶した実力に加え常日頃から張り詰めた仏頂面と口数が少なく固い言葉故に、人付き合いは多くない。

 彼が今日は珍しく、とある屋敷に顔を出していた。

 

 

 

 

「楽にして良い。茶を用意させよう」

「申し訳ありません」

「何、手塩をかけて育てた弟子が久方ぶりに顔を出してくれたのだ。もてなさねばなるまい」

 

 悲鳴嶼邸――その一室で俺は、師である悲鳴嶼行冥と会っていた。二人の体格差は、まるで親子のように見えなくも無いだろう。

 

「未だに呼吸への道は見えないか」

「……どうにも。全集中しようとすると、こう喉に引っかかる感じが」

「……焦る事は無い、既にお前は充分な鬼殺を果たしている。柱になるのであれば、いつでも私が推薦しよう」

「ありがとうございます」

 

 出されたお茶を啜り、一息吐く。幸い今は昼間だから、そこまで焦る必要は無い。

 相棒である八咫が、今頃情報を集めに飛び回ってくれているだろう。

 

「先日、柱合会議の後でお前の話が上がった。経緯はやや複雑だが、柱の件に関してだ」

 

 俺を柱に推薦――つまりそれは。

 

「……誰か欠けたのですか」

「柱が一人上弦と遭遇し殉職した。水柱だ」

「……」

 

 水柱――確か、年若い青年だった。いつか上弦を狩りたいと意気込んでいたのを思い出す。

 ……やはり、心に来るものがある。

 

「先代の遺書には次の柱が指名されていた。それに伴い、冨岡義勇が水柱となった。補佐は錆兎と真狐の二人だ」

「……妥当、でしょう」

「冨岡は言葉が足らない……。不死川とよく衝突しているが故に、やつの意志を少しでもくみ取れるよう補佐を二人つけた。お館様の配慮だろう。

 そして雪、冨岡はもし可能であればとお前を柱に推薦した」

「なんと」

 

 しれっと何してるんですかね、冨岡さん。

 呼吸使えない俺が柱になったら、隊士達に示しがつかないでしょう。

 

「一応の確認だ、返事は鴉で出しておく。――受けるつもりはあるか」

「ちなみに受けた場合、冨岡さんの職は」

「無論、柱のままだ。未だに柱は欠けているからな。人材不足こそある程度緩和されたが、実力に関してはままならない」

「……申し訳ありませんが、辞退させて頂きます」

「そうか、わかった。返書は私の方で済ませよう」

「ありがとうございます」

 

 お茶を啜る。匂いでどこか気持ちが落ち着いた。

 にしても、下弦は補充ペースこそ早いがまだ何とかなる。俺の知る柱なら全員勝てるだろう。

 けれど上弦ばかりはそうはいかない。最後に確認された討伐記録は百年以上も前。柱三人がかりでようやく相討ちの末に倒せたとの事で、内容は悲惨の一言だった。

 

「雪、注意しておけ。下弦の討伐なら、お前が鬼殺隊の中でも群を抜いている。

 恐らく、上弦の鬼がそれを知らない筈は無いだろう。まだ上弦に関しては血鬼術が分かっていない事が多すぎる」

「はい」

 

 基本、血鬼術と言うのは初見殺しだ。だから俺も初見殺しの一撃を以て対応している。下弦に関しては割とそれで何とかなっているが、上弦はそうもいかないだろう。

 だから八咫には事前に伝えてある。

 もし俺が上弦と遭遇し交戦したら、決して応援を呼ぶな。その能力を見届けて、鬼殺隊に伝えるようにと。

 

「それと、胡蝶の所には顔を出しているか。声音は落ち込んでいるように聞こえたが」

「……最後に行ったのは二ヵ月前です」

 

 あそこは余りにも居心地がよすぎる。

 自分には恵まれた場所だ――そう考えてしまって、どうしても足が進まなくなってしまう。

 

「……彼女達の両親を救えなかった事、気に病むな。お前はあの姉妹の命を救ったのだ」

「それは、違います。違うんですよ、悲鳴嶼さん。

 救ったのは俺じゃないんです。あの二人の両親なんですよ」

「……」

 

 ――悲鳴嶼行冥は思う。

 言葉数の少ない彼だが、時折本来の表情が表に出る時がある。年相応な、素朴な少年の顔。

 それを見た同僚の数は片手で数える程しかいない。

 

「あの両親は、俺が来るまで娘を守り抜いたんです。死なせなかった、傷一つつけさせなかった。

 俺は、間に合わなかったんですよ」

「……変わらない、か」

「忘れたく、ないので」

 

 死んでいった人達に報いるために。彼らの犠牲が無意味では無かったのだと、証明し続けるために。

 彼はずっと休むことなく鬼を狩り続けている。

 それを知る者は余りにも少ない。

 

「……雪、あまり抱えすぎるな。心労はいつしか、命取りになるぞ」

「とんでもない、俺は貴方の継子なんです。そう簡単に死にませんよ。

 死ぬなら……無惨も道連れにしますんで」

「雪」

「……すみません」

「お前はまだ若い、その命を無為に散らす択を選ぶな。

 育てた私が言う事ではないかもしれないが、私はお前が穏やかに生きる未来を選んで欲しい」

 

 その言葉に彼は僅かに思案する。

 

「……なら、終わらせましょう悲鳴嶼さん。俺達の時代で」

「……あぁ、そうだな」

 

 

 

 

 邸宅を後にして、俺は小さく息を吐く。まだ日没まで時間は充分にある。

 悲鳴嶼さん、やっぱりいい人だわ。弟子にして貰えて本当に幸運だ。

 ……どうするかなぁ、胡蝶さんの所顔出しておくかなぁ。カナヲも元気にしてるといいけど。

 花柱胡蝶カナエ、柱補佐胡蝶しのぶ。実力もさながら、容姿端麗であるが故に隊員達の中でかなりの人気を誇る。ちなみに対抗馬は水柱補佐の真狐と花柱継子のカナヲだ。

 閑話休題、花柱達の住まう蝶屋敷は鬼殺隊の中で治療、機能回復を行う設備であり、そこにいる者は言うまでも無く女性だ。つまりわざと怪我をし、蝶屋敷へ行く事で少しでも関わりを持とうと言う不届き者がいやがるのである。

 俺? 未だに一度も行った事ありませんよ。怪我して入院したら鬼殺出来ないじゃないですか。

 

「……」

 

 にしても今日は冷える。けれど、鬼はそれ如きで動きを止めない。

 彼らは陽光以外を恐れはしないから。

 日没までどうしようか、と考える中ふと一人の女性と目が合った。見覚えのある髪飾りと長い黒髪。

 

「あら、雪さん」

「ご壮健で何より」

「……そんなにかしこまらなくてもいいのに」

「生憎、性分だ」

 

 胡蝶カナエ、その人である。

 ん……蝶屋敷もう少し遠くなかったっけ。マジか、場所まで忘れてしまってた。

 と言うか顔近いっす顔。

 カナエさんと言えば男性鬼殺隊員にとっては憧れの人であり、ひっそりとお近づきたいになりたいランキング一位である。そんな美人に迫られたら、さすがに気まずい。

 また立ち振る舞いや性格を見ても、非の打ち所がない。女性隊士にとっても憧れの存在である。

 

「元気そうで安心したわ。ここ数日冷えるし、私もしのぶも貴方が体調崩してないか心配してたから」

「問題ない。そちらは今から任務か」

「ええ、でもそんなに遠くないから。今から向かっておけば、日付が変わるまでには戻って来られるでしょうし」

「……」

 

 悲鳴嶼さんの言葉を思い出す。もしかするとカナエさんは俺に負い目を持ってるのかもしれない。

 うん、確かにあの時しのぶさんに「どうしてもっと早く……!」って怒鳴られたし。あれはやっぱり堪えた。

 あの後謝ってはくれたけど、どうやら鬼殺隊に入ってからまたその思いは再燃してしまっているようで。

 ……気にしなくてもいいのになぁ。

 それはそれとして、多分今から任務なのだろう。やはり柱は多忙なのだ。

 ちなみに八咫は情報探索に飛ばせているから、俺は休みではある。まあ眠れないし鬼を斬っていた方がまだ落ち着くから、鬼殺に行くけど。

 

「……もし良ければ同行しても?」

「ほんと!? 良かった、貴方には全然お礼出来てなかったから……。

 でもいいの? 任務があるんじゃ」

「八咫は情報収集に飛ばせているので、あるにしても明後日ぐらいかと」

「そう……。じゃあよろしく頼むわね」

「こちらこそ」

 

 彼女と共に他愛の無い話をしながら、任地へ向かう。

 その足取りはどうしてか、一人でいる時より少しだけ軽かった。

 

 

 

 

 幸い、鬼はそこまで多くなく。けれど柱のカナエさんがいてくれたおかげで予想よりも早く終わった。

 あの人の剣技やっぱ凄いわ。瞬時に複数の斬撃を繰り出すとか、ヤバすぎる。俺でもほぼ同時の斬撃など数える程しか出来た事が無い。

 このまま蝶屋敷まで送っていくついでに一晩泊まらせてもらう事となり、彼女と共に談笑しながら帰路に着く。

 

「それでね、カナヲったらしのぶとアオイに押されても名前変えようとしなかったのよ。紙に何か書いたと思ったら、神月って書いててね」

「……なんと」

「けど、しのぶが寧ろそれに反対しだして……。私もアオイも余りにもおかしくて笑っちゃって」

「良い事だ。俺も叶うならその場にいたかった」

「あっ、じゃあ今度蝶屋敷に来てくれる?」

「……来れたら行く」

「じゃあ来てくれなかったら、鴉に一日おきに手紙送るわね」

「……」

 

 俺はこういう時間が好きだった。何も変わりはしない道で、他愛も無い話をしながら誰と共に過ごす。

 穏やかな一時。こういう時だけは、ずっと考えていた暗い事も後ろめたい感情も、湧き続けていた内側への憎しみも全て忘れる事が出来る。

 その足がふと止まる。――見られている、観察されていると本能が警鐘を鳴らした。

 

「……」

「どうかしたの?」

「……出て来い、匂うぞ。魔性、血――見ているのは分かっている」

 

 俺の言葉にカナエさんも刀を抜く。

 匂いに気付けたのは偶然だった。些細な違和感、僅かな変化。それが無ければ見逃していた。

 

「あれれ、気配は殺していた筈なんだけどなァ。キミ、随分と鼻がいいんだね。時々そういう子いるから、まあ不思議じゃないけど。

 あ、そうそう自己紹介が遅れちゃった。俺は童磨って言うんだ、良い夜に出会えたねぇ、鬼殺隊の諸君」

 

 出てきたのは、まるで道化師のような装いをした男。

 口元には血が付着していて、誰かを食していたであろう事が伺える。笑顔こそ浮かべているが、それは貼り付けられた笑み。決して心の底から生まれた感情ではない。

 何より目を引くは、その瞳に刻まれた数字。

 

「上弦の弐……!」

「ふーん……柱と、そのお付き……柱補佐ってやつかな? 楽しそうに話していたねぇ。いいね、いいね。仲睦まじいのは良い事だ。

 どうせなら、一緒にいる時間が永遠なら尚良いよねぇ」

 

 ――見える全てを観察している。

 恐らくこちらの足運びも、事前に観察していてヤツの頭の中で予想が立てられている。

 ……だから俺が口にするべき言葉は自然と出た。

 鞘込めの日輪刀を左手に構え、カナエさんを庇うように立つ。やるべき事、優先すべき事は分かっている。

 

「――応援を」

「それは……」

「貴方は生きていれば、まだ多くの人を救える。多くの人の支えになる。

 ――俺とは、違う」

「そんなことっ……!」

 

 カナエさんは唇を噛み締めて、刀を納める。

 彼女は優しくて責任感の強い人だ。柱である事、隊士達の治療を担う蝶屋敷の長である事――彼女一人を失う事は、大きな痛手になる。

 

「柱として命令します。生きてください、死ぬ事は許しません。必ず、生きて、もう一度……!」

「――はい」

 

 その場からカナエさんが消える。全集中を覚えていれば、きっと俺も同じような事が出来たのだろう。

 上弦の弐へ至っているその鬼は、その両手に扇を構えた。光の反射から凡その切れ味を推察出来る。――あれは、喰らうと致命傷だ。日輪刀でも受け方を間違えば、刀身ごと斬られる。

 

「……手は出さないのか」

「足跡追いかければ分かるからねぇ。それにほら、俺って教祖だし、今際の言葉はちゃんと聞いてあげないと。

 極楽万世教って、知らない?」

「知らないし、知るつもりもない」

「えーっ、何か悲しいなぁ。キミも何か悩みとかないかい? 今なら何でも聞いてあげるぜ、ほら俺って優しいから」

 

 こいつは最初の一手を敢えてこちらに打たせようとしているのは分かっていた。故に一撃で仕留める。それしかない。

 柄に手を当てて自己暗示を開始する。

 イメージするは、最強の戦士達。思い浮かべるのはそれだけでいい。不可能だと思うな、出来ると思え。

 出来なければ、カナエさんが危ないし蝶屋敷の皆も危うい。

 コイツがここにいるのは偶然ではない。隊士達の治療を担う拠点だと判断して、それを担う柱であったカナエさんを殺しに来た。

 仕留めなければまずい。もし俺を殺せば、その次は蝶屋敷を襲撃する筈だ。

 刀を強く強く、握りしめる。全身に力を。

 

「!」

 

 踏み込み。一歩で数メートルを一気に縮める。

 鬼が目を見開く。狙うは頸ただ一つ。

 鯉口を切ると共に、全身が強く熱を帯びた。刃が赫く染まる。

 

「!!!!」

 

 振り切られた一閃。だがそれはヤツの胸を深く切り裂くだけに終わり、鬼にとっての致命傷とするには遠い。

 振られた扇子――否、鉄扇を返す刃で弾き一気に離脱する。

 

「――」

「……」

「――」

 

 相手は呆然としている様子で動く気配がない。

 上弦と聞いて予想はしていたが、やはりアイツは隊士との戦い方を熟知している。完全に俺が呼吸を使うのを待っていた。その不意をついて一瞬で落とそうとしたが、どうやら目もいいらしい。

 もう少し踏み込めば、あの一撃で頸を狙えていた。

 

「――何だ、今のは」

「……」

 

 上弦の弐は視線を動かす事無くそう呟いた。斬られて尚癒える事の無い胸を押さえて。

 

「……あぁ、そっか。これが……。あぁ、嗚呼」

 

 途端、ヤツの瞳から先ほどまでの無機質な気配が消えて、強い熱を帯びる。見れば、僅かに頬が紅潮しているように見えた。吐く息が急に白くなり、先ほどよりも熱みを帯びていると分かった。

 何故か酷く寒気がして、僅かに後ずさる。

 

「キミが、俺の運命なんだね」

「……」

「忘れない内に斬り合おう。命のやり取りをしよう。

 俺に生きている事を実感させてくれ。何度でも、何度でも、キミのその熱い刃を俺に叩きつけてきておくれ」

 

 え、やだ何コイツキモい。

 

 

 

 

 彼との出会いを覚えている。幸福な日々を壊された夜、両親を喰らっていた鬼に見つかった。

 その顎から逃げられないと悟り、せめて妹だけを守ろうと庇った時に彼はいたのだ。

 

『っ……!』

 

 頬に付く血。けれどそれは自分でも妹でもなく。

 即座に駆け付けた彼が、左腕を挺して庇った。

 見たところ、彼の体格は自分達とそう変わりない。けれど、その背中からは言葉で表しきれない感情が零れていた。

 

『……!』

 

 彼は左腕をそのままに、咄嗟の状況で動けない鬼を私達から見えない物陰まで押し込んだ。そして何かを斬ったような音。響く静寂。

 再び現れた彼の表情は、私とそう年齢が離れていない――だと言うのに表情は固く眉間に皺が寄っていた。左腕から鮮血が滴り落ちているにも関わらず、彼は痛む素振りすら見せない。

 

『――助けられなくて、申し訳なかった』

 

 その言葉を聞いて、上手く呑み込めなかった。

 彼の言葉に、妹は感情を抑えきれなかったのだろう。

 

『何で、何でもっと早く来てくれなかったの! そうしたら、お父さんも、お母さん……も……』

 

 癇癪を起こすしのぶを抱きしめる。

 ――やめなさいと、止めようとして何も言えなかった。あの時の彼の、酷く泣きそうな顔が目に焼き付いて離れない。

 あれは、私が初めて見た隊士。その背中を思い出すと、今でも胸が熱くなる。

妹と決めたのだ。彼のように多くの人を助けられる人になろう。もう泣く人がいないように。誰かの幸福を守ろう。

 その後駆け付けてくれた悲鳴嶼さんからの紹介を得て、私と妹は鬼殺隊となった。そして意外な事に彼との関係はその時から続いている。自分の夢に発破をかけてくれた。間違っていないと、認めてくれた。

 彼と並べる存在でありたい。彼と共に戦える存在でいたい。いつかあの時泣きそうな表情をしていた彼が、強く笑えるように。

 そうして私は柱に、妹であるしのぶは柱補佐へと上り詰めた。屋敷も貰えた。

 ――彼に、出来たら共に住んで欲しい。私達が返せる物は余りにも少ないから。だからせめて、彼が静かな夜を過ごせる場所だけでも作ってあげたいと。

 彼への恩はあの夜だけじゃない、その後も継子の命を救って貰った。

 そして、今も。

 

「……悲鳴嶼さん!」

「状況は鴉から聞いた! 私はすぐに向かう! 蝶屋敷で治療の準備を!」

「はい!」

 

 お願い、死なないで。

 貴方がいなかったら、私もしのぶも癒える事の無い後悔を抱えて生きていく。

 それに――貴方が笑った穏やかな顔が見たい。難しそうな顔をしていて言葉数があまり少ない彼だけど、心を許した相手の時だけ年相応の表情を見せるらしい。

 まだ私は見た事無いけれど、悲鳴嶼さんとお館様の前ではいつもそんな状態だそうだ。私達と悲鳴嶼さんが僅かな間、一緒に住んでいた頃はそんな事無かったのに。

 羨ましい、私だけに向けて欲しい、私だけに笑いかけて欲しい。そう思うだけで胸が熱くなって、鼓動が早くなる。彼を、独占したい。

 最初は気の迷いだと思っていた。まさか年下の少年にそんな感情を抱くなんてと。

 けれど任務で彼と共に当たると、ふとした時に見せる男の顔。誰かを助ける為なら自分の命すら惜しまない覚悟。そして亡くなった人とその家族へ対する真摯な想い。

 ――鬼を救いたいと言う自身の夢を笑わず否定せず、受け入れてくれる優しさ。

 気が付いた時には惹かれるように彼を見ていた。

 

『……ごめんな』

 

 ある任務の時、既に彼は私より先に駆け付けていて鬼を全滅させていた。亡くなった人の遺体の顔や手に触れながら、何度もそう呟いていた。

 目は伏せられていて。彼らの表情は酷く穏やかだった。心細い時、優しく手を握って貰えた無垢な子どものように。

 

『ごめんな……』

 

 いつも眉間に皺を寄せていて、苦虫を噛み潰したかのような顔。言葉も固く、人と話す事すら苦手そうにしている口調。そんな彼が、泣きそうな表情をしていた。

 撫でる指先は酷く優しくて。紡ぐ言葉は彼らの鎮魂を願っていて。

 

『……雪、さん』

『すまない。弔うのを、手伝って欲しい』

 

 そこに聞こえる赤ちゃんの泣き声。彼は弾かれたように走り出して、その小さな体を血だらけの両手でそっと抱えた。少しでも力を入れてしまえば壊れてしまう硝子細工を、大切にしまい込むように。

 泣き出していた赤ちゃんが、彼の顔を見ると笑い出した。無垢な喜びの声、無邪気に笑む顔。

 彼は呆然として――その両目から涙があふれ出した。

 小さな体を、そっと抱きしめる。その命の鼓動を全身で受け止めて。

 それからつられるようにして、私も泣き出してしまった。

 ――小さな命を、抱きしめる事があんなにも救われるのだと。

 

「っ!」

 

 握りしめた掌を、爪が破る。伝うように、血が滴り落ちていく。

 分かっている分かっている。あの場で私も共に戦えていれば、と。けれど――あの時彼の口から紡がれた覚悟を、無かった事に何て出来なかった。

 だから、お願い。どうか死なないで。

 

 

 

 

 

 

 

「!!!」

 

 暴力的な速度を以て鉄扇が振るわれる。水の呼吸の型を見せて貰えていなければ、対応すら出来なかっただろう。

 吹き荒れる暴風に等しいそれは、並の隊士であれば反応すら出来ないだろう。加えて付随するは極寒の冷気。息するだけで、喉が痛みを感じる程にそれは凍えていた。

 刀を振るう速度を上げ、その冷気を吹き飛ばす。

 

「っ!」

 

 左肩から肺にかけて斬られたと気づく。

 口から血が零れる。喉が熱い。

 

「どうしたの、ほら。血が出てるよ? ――まだ倒れないでよ、もっともっとだ。もっと俺に生きる実感を与えてくれ。俺にときめく時間を過ごさせてくれ」

 

 昂揚を隠せない声。紅潮を隠せない頬。まるで何かに夢中になる子どものような目。何かに突き動かされるような声音は、どうやらコイツの本性らしい。

 カナエさんといた時までは全く違う。別人にも等しい豹変。

 もしかすると俺は、あの一撃で目の前の男に何かを気づかせてしまったのかもしれない。

 

「喋りは結構だが、いいのか? 血が出ているぞ」

 

 瞬間、僅かに遅れてヤツの左肩が切り裂かれ血があふれ出す。だが斬られたにも関わらず、それすら喜んでいる。玩具を貰えた子どものように。

 これが、上弦の鬼。下弦などとは比較にならない。

 柱が三人揃い、持っている血鬼術の手の内を明かして、ようやく対等に勝負が出来る。

 

「――キミ、呼吸を使わないんだね。全く俺の血鬼術を吸う気配がない」

「……人が気にする事を言ってくれる」

 

 この男は氷を特徴とする血鬼術を使用する。その名残が大気中に残っており、全集中をしようとして吸えば肺にダメージを与えるのだろう。

 ……あっぶねぇ、俺じゃなかったら打つ手無しじゃないかコイツ。それか中距離の戦闘を得意とする悲鳴嶼さんぐらいなものだ。

 

「いやいや、キミは強いよ。斬られた傷が全く再生出来ないんだ。――いや、でもそれでいい。

 だってこれはキミが俺の為に与えてくれたモノなんだろう」

 

 えっ。

 

「キミを想えば想う程、熱く早く脈打って、体が昂揚するんだ……。これが、恋ってやつなのかな」

「……」

 

 夜明けまではまだ時間がある。

 さすがにちょっとマズい。倒しきれない事は無いだろうけど、多分相討ちになる可能性が高い。

 体を検める。左肩から肺、右脇腹、左大腿部を深く斬られており未だに止血は出来ていない。無理やり根性に物言わせて動かせている状況。

 ヤツに対しては心臓部、左肩、両脇、右膝へ再生不可能な損傷を与えている。表面上は余裕を繕っているが、恐らく常に心臓を斬られた痛みと灼ける感覚が残っている筈。

 

「……うーん、よし、決めた! 俺はキミに殺されるから、キミも俺に殺されてくれないか?」

 

 やだ、マジでキモい。上弦にモテても嬉しくない。

 腰を落とし、刀を握りしめる。狭くなる視界、眦を強く絞って無理やりにでも開かせた。

 ――来る。

 

 岩の呼吸 弐ノ型 天面砕き

 

 突如、頭上から落ちてくる鉄球を上弦の弐は舞うような動きで回避する。両腕の動きは阻害させているが、やはりヤツの足も厄介だ。

 けれど、彼は反撃する事無く闇へと姿を消していく。そして響く琵琶の音。

 

「……興が醒めちゃった。それじゃあまた会おうぜ、運命の君」

 

 うるせぇ、俺は胡蝶姉妹がタイプなんだ。クレイジーでサイコなホモはお呼びじゃねぇ。

 戦闘が終わったせいか、力んでいた全身が緩んでいく。

 

「雪!!!」

「だい、じょうぶ、です……から」

「待っていろ! 今すぐ蝶屋敷へ送る!」

 

 意識が遠くなる。視界が途切れて、ノイズが走っていく。

 最後に見えたのは俺を抱えて、夜の道を走る悲鳴嶼さんの姿だった。

 

 




大正コソコソ噂話

この戦いの後、童磨は教祖の仕事に本腰を入れており信者が自然に増えていったとか。無惨は見ないふりをした。
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