止まれなかった少年の話   作:下弦の鬼

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BLタグ外した記念に。更新は明後日? 知らない子ですね……。


大事な人達と共に

 

 ある程度治療が終わった俺は、体を慣らすための訓練としてしのぶさんと手合わせしていた。

 蟲の呼吸――しのぶさんが使う呼吸の型。最初は、女性が蟲ってどうなんだって思ってたけど実際に動きを見ると納得してしまう。

 蝶のように舞い蜂のように刺す。そんな言葉が一番しっくりくる。

 小柄な体格を生かした四方への高速移動の攪乱によりこちらから仕掛ける事は困難。そして僅かな隙を突く高速の刺突のためどこから来るかをある程度予測しておかなければならない。

 齢十四で、この領域の強さなら柱補佐に着くのも納得の実力であった。

 既に手合わせを始めて、四半刻―三十分―の間、常中のせいかほとんど押されており俺が一方的に防衛を強いられている。自信無くすわこれ。

 鬼の頸斬る体格はないかもしれないけど、それ以外の部分がずば抜けてる。

 

(いや、ホント全集中強いな。十四歳でこの実力か)

 

 捌く捌く、ただ只管に。四方だけではなく、時折頭上からも飛来する刺突を全て木刀で捌いていく。時折刺突を誘導させるけれど、それを見切っているのか決定打の反撃に繋がる事は無い。

 けれどそれはそれ。憧れのカナエさんと愛しいカナヲ、それに父性溢れる悲鳴嶼さんも見ているのだから、無様な姿だけは晒せない。すまんなぁ、しのぶさん。見た目がドストライクだからと言って俺は手を抜かんぞ!

 あっ、ちょっ、ごめんなさい調子のりましたちょっと手を抜いてくださいお願いします!!!

 

 

 

 

 私、胡蝶しのぶは焦っていた。全集中常中のおかげでまだ維持出来ているものの、何一つ崩せる隙が無い。

 彼は既に知っていたが、呼吸が使えない剣士と聞いたのは後の事。ただそれを軽視する程、私は彼を知らない人間ではない。

 寧ろ私は頸を斬れない剣士で、彼は呼吸を使えない剣士。こういっては不謹慎だろうけれど、互いに大きな欠点を抱えている。けれど、彼との共通点と思えばそれも苦しくない。

 

(これで全集中使えないって嘘でしょ!?)

 

 全力で攪乱してから最速の突き、視線誘導、僅かな時間差での惑わせるような刺突――その悉くを捌かれる。

 強い、崩せない。まるで柳を相手にしているような感覚。明確な手応えが無い。

 悲鳴嶼さんが言っていた事を思い出す。

 

『――彼が望んでいれば、私は柱の座を譲っていた』

 

 呼吸が使えない、と陰口を叩かれている場面を見た。贔屓されているのだと、妬む声を聞いた。

 それを彼は真実だと、何一つ言い返す事は無かった。顔色一つ変える様子は無かった。

 けれど、それでも。呼吸が使えてさえいれば、多くの人を助けられた筈だと彼が悔やんでいるのを知っている。

 ――誰かのために、強くなれる人。誰かを卑下せず貶めず、ただただ邁進し続ける人。そんな彼が、私には尊く見えた。

 そして酷く優しい人。悪夢に魘され、癇癪を起してしまった私をそっと抱きしめて。落ち着くまで頭を撫でてくれた。

 あの時、初めて。彼がどういう人なのかを理解出来た気がする。

 それ以来あの悪夢は見なくなった。同時に彼を見るたびに少しだけ気恥ずかしさも感じてしまう。

 救ってくれて、道を示してくれて、そうして今も尚支えてくれる優しい人。

 そしていつしか抱いてしまった感情。それはどうやら姉さんも同じだったようで。

 

『あら、しのぶも雪さんの事が好きなのね』

『へっ?』

 

 何で揃って同じ人を好きになるんだコンチクショウ、と思ったけど。姉さんにとってはそれは僥倖な事だったようで。

 

『彼が抱えているものは、私だけじゃ支えられない。

 だからね、しのぶ。一緒に支えましょう』

 

 薄々感づいてはいた。あの人が背負っているものは、私の想像なんかよりもずっと重い。それを少しでも軽くしてあげたくて。一緒に支えてあげたくて。同じ苦しみを感じたくて。

 どうかあの手を、いつまでも握っていたくて。

 それと共に込み上げてくる感情。大切な人が悲しむ事への怒り。

 

(――ふざけるな)

 

 両親を奪った鬼が、姉の夢を踏み躙る鬼が、彼を嘆かせる鬼が――その全てが許せない。

 怒りが滲む。彼を軽蔑するな、彼を汚すな。

 この人は私達の物だ。彼の声も彼の姿も、全部全部何一つお前達に踏み躙らせて溜まるものか。

 

「あ」

「しのぶっ!」

 

 天井からの急襲をかけようとして、呼吸が鈍る。着地が甘い。

 足を滑らせてしまう――落ちる。

 

「――怪我は無いか」

 

 ふわりと、抱き留められる。構えていた衝撃は何一つ来なくて。あるのは抱えられた感覚と彼の温もり。

 心が熱くなって、顔が火照る。

 

「だ、大丈夫だから! お、おろして……!」

「足を挫いてるかもしれない。一度カナエさ……カナエ姉さんに見せるぞ」

「は、はぃ……」

 

 感情が乱れる。彼を前にするといつもそうだ。

 心は弾むように、足取りは軽やかに、表情は柔らかに――彼と姉の前では、繕う事無く振舞える。

 言葉で表せない感情。彼が傍にいてくれるだけで、私は――。

 

 

 

 

「ちょっと、挫いただけみたいね。アオイ、氷を持ってきてもらえる?」

「はい!」

 

 道場の一角。体力が切れたのか姿勢を崩したしのぶさんを俺が受け止めて、手合わせは終わりとなった。

 今は彼女の診察中である。

 ちなみにカナヲは俺の左腕が定位置と言わんばかりにくっついている。

 

「うぅ……本当に呼吸使えないの? 雪さん」

「あぁ、使えていればあの上弦を倒せていた。やはり俺は未熟だな」

「どちらも良き体の動きをしていた。鍛錬の成果は出ていよう」

 

 ちなみに悲鳴嶼さんは、盲目ではあるが人の体が透けて見えるらしい。それ、もう見えてるのと一緒じゃないか、とは言わない。

 俺も生まれつきで、意識すれば自然と相手の体が透けて見える性質を持っている。多分そういった所も悲鳴嶼さんが弟子になる事を受け入れてくれた理由なのだろう。

 ……そういえば確か不死川さんが俺と悲鳴嶼さんの稽古は見ていても何が起きてるか分からねェと言っていた。あれほとんど体の筋肉とか肺の収縮を利用した読み合いになるし……。最初の一分ぐらい外野からすると互いに静止してるだけだけど、俺と悲鳴嶼さんは血流や筋肉の動きでフェイント入れまくってる。

 

「雪さん、カナヲとしのぶにはしておいて、私だけお預けなんて無いわよね~」

「……構わない」

「ふふっじゃあ、お構いなく」

 

 俺の右腕にくっつくカナエさん。いや、ホントいい匂いしますし青少年にはキツいです。俺の愚息が全集中から常中を覚えてしまう。

 そんな事バレてドン引きされてみろ、自分で首切るぞ俺。

 

「むぅ……」

「体は痛まぬか、雪」

「ええ、少々違和感があるぐらいですか鬼殺なら以前と同様に出来るかと。

 あれから上弦は」

 

 八咫にも尋ねたが見つからなかったと言っていた。

 俺の鎹烏である八咫は―何か自慢しているみたいで恥ずかしいが―情報収集や判断においては極めて高い能力を持っており、任務においてもめちゃくちゃ助かっている。

 そんな彼が見つけられなかったと言っているのだから、何らかの術……特別な移動手段を持っていると判断しても良いだろう。

 

「音沙汰無しだ。鴉に探らせているが、情報が何一つ得られていない」

 

 うん、なら確定だな。

 相手に間違いなくいる。幾千もの鬼を追跡してきた八咫が見失うなど、この結論しかありえない。

 

「……一つ推測ですけど分かった事があります。

 上弦の鬼の中に空間と空間をつなげる能力を持ったヤツがいるかと。その血鬼術は、他の鬼にも対しても有効かもしれません」

「……確かに、それなら逃げると言うよりも消えると言った方が正しいな。今まで上弦が出現した時、一切周辺での目撃情報が無かった事にも納得がいく。お館様に進言しておこう」

「ありがとうございます……ん?」

 

 見ればポカンとした表情でカナエさんとしのぶさんが俺を見ている。

 ……あっ、そうか。何故か知らないけど俺の表情筋は悲鳴嶼さんやお館様の前だと柔らかくなり、曰く本来の年相応の表情が出てくるのだと言う。

 理由は不明ではあるが、お館様曰く過去の心的な影響だとか。別段鬼殺隊では珍しい事じゃないらしい。

 

「ふむ……そうか。胡蝶達は雪の素朴な一面を見るのが初めてであったな」

「雪くん……」

 

 さんからくん付けになりました。どうやら弟認定されたようです。

 俗にいうポーカーフェイス。鬼の意表を突けたりするからある意味有難いっちゃ有難いのであるが、隠の人が時々怯えたりするのは申し訳ないと思う。

 

「カナヲ、どうした」

「ずるい」

 

 カナヲが俺の頬を両手でつまんでくる。なんだ、そんなに面白いか俺の顔。

 ……よく見れば彼女の表情もどこか笑えているように見える。やっぱり胡蝶さん達の所に預けて正解だった。

 俺が保護したまま悲鳴嶼さんの家にいたとしても、多分こうはならなかっただろう。

 仕返しと言わんばかりに彼女の頬を両手で優しくつまむ。

 

「……」

「むっ」

「やっぱりカナヲも雪くんの事が好きなのね」

「わ、私だって妹……みたいなものだし」

「嗚呼……睦まじき事は善い……」

 

 




大正コソコソ噂話

実は鎹烏の中では、八咫は結構有名になってたりする。
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