止まれなかった少年の話   作:下弦の鬼

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モンハン休暇欲しいです(切実)
一見時系列がバラバラになっていますが、基本的には過去的なものだと思って頂ければ。
上弦の弐と戦ったと言う記述があれば、そこが現在進行形です(ガバ隠し)


出会った夜に

 

 

 

 みんなたおれてる。まっかなみずにからだをつけて、たおれてる。

 そんなみんなを、しらないひとがたべていた。

 

 ……どうでもいい。

 

 どうせみんなしんじゃうんだ。ほかのこたちみたいに。

 まっかなくちがわたしをみる。そのくちもとがわらった。

 

 ……どうでもいい。

 

 まっかなくち、よごれたはがみえる。

 

 ……どうでも――。

 

『――ここにいたか、外道』

 

 そんなわたしのせかいがしろくそまった。

 はいいろだらけのせかいに、ひびがはいる。

 

『なっ、き、鬼殺隊……!』

 

 きられるようなおと。なにかがたおれるおとがした。

 

『驚かせたか、すまない。さすがに刺激が強すぎると思った』

 

 しろいしかいがずれると、そこにはおとこのこがたっていた。

 わたしにきものをかぶせてくれていたようで。あたたかいと、こころがわらった。

みれば、たべていたひとはどこにもいない。くろくきえていくなにかがゆかにころがっていた。

 

『……さすがに一人では厳しいな、悲鳴嶼さんの所に行くか』

 

 かれはわたしにかぶせていたしろいきものをもういちどかけてくれて。

 やさしくてをにぎって、はいいろのせかいからつれだしてくれた。

 

『何と……その齢で人攫いまで覚えるとは……』

『いや、違いますからね悲鳴嶼さん』

 

 かれとのくらしはあたたかった。

 わたしにことばをおしえてくれた。わたしに文字を教えてくれた。私の世界に色をつけてくれた。

 私に生きる心を、伝えてくれた。

 ここにいていいんだって、感情を出していいんだって、心のままに動いていいんだって。

 

『……うーん、悲鳴嶼さん少し相談が』

『どうかしたのか』

『いや、さすがに悲鳴嶼さんに引き取ってもらうのは難しいよなって思いまして』

『今の私には、一人が手一杯だからな』

『……すいませんいつも』

 

 私の前だと、いつもこの人は難しそうな顔をしている。

 だけど、ある男の人の前だと急に優しそうな顔に戻る。

 ――ずるい。私だけの時は見せてくれないのに。兄さんともっと話したいから、私は本を読んで言葉を学んでいるのに。

 

『胡蝶に頼んでみるのが良いのではないか』

『ああ、なるほど。今ならいますかね』

『もうすぐ柱合会議だ、屋敷にいるだろう』

『ちょっと行ってきます。ほら、カナヲ一緒に行こう』

 

 けど差し出された手を握ると、難しく考えていた事が消えて無くなる。

 温かい手。握ると優しく握り返してくれる。

 

『胡蝶様、突然の訪問失礼する』

『あら、雪さん。逢引きのお誘いかしら』

『……すまないが、返答に困る』

『ふふっ否定しないのね。あら、その子は……』

『ああ、カナヲと言う。任務先で引き取った』

 

 綺麗な女の人。笑っているのがすごく似合う。

 ――雪兄さんと話している。私に話す時は違った一面だった。確かに表情は固いけれど、少しだけ柔らかい。

 胸が、少しだけ疼く。貰った白い外套を抱きしめた。

 雪兄さんは、しゃがみ込んで私と視線を合わせてくれた。

 

『カナヲ、今日からここで暮らして欲しい』

『え……』

『俺は任務がある。ほとんど帰れない日も無い訳じゃない。

 ――俺がずっと一緒にいるのは、お前のためにならない』

 

 そんな事無い。

 そう言おうとして、体が自然に抱き着いていた。

 

『カナヲちゃんと言うのね、初めまして。胡蝶カナエと言います』

『……』

『突然知らない場所で知らない人達に囲まれて暮らすなんて、不安だらけよね』

『……』

『ところでね、カナヲちゃん。私達の屋敷は蝶屋敷と言って怪我した人を治す役割も兼ねてるの。人手はあって困る事無いし、もし良かったらお姉さん達と一緒に学んでみない?』

『……』

『雪さんが怪我した時、カナヲちゃんに治してもらったら嬉しいわよね?』

『……あ、ああ』

 

 脳裏に過ぎるのは、雪兄さんが怪我してきた時の事。

 そうだ、この人はいつも任務に出てるから結果的に怪我する事も多い。

 もし、雪兄さんが怪我した時、私が助けてあげられる。力になってあげられる。

 

『ここに、住まわせて下さい。私に、治す術を教えてください』

『っっっ~~~!! ええ、ええ! 蝶屋敷へようこそ、カナヲちゃん!』

 

 雪兄さんの言ったとおりだった。

 私が蝶屋敷で学べる事は多い。医術、看護だけではなく、隊士達の使う呼吸についても知る事が出来た。

 蝶屋敷で過ごせば過ごす程、雪兄さんの務める鬼殺隊が激務かつ命に関わるものだと改めて気づく。

 そんな中でやはり雪兄さんは一際秀でていた。入院していた他の人が彼の噂をしていたのだ。

 呼吸を使えない剣士、彼に助けられた、下弦の鬼を一人で倒していた――そのどれもが、私をある決断に至らせる。

 

『カナエ姉さん』

『あら、どうかしたのカナヲ』

『私を、継子にしてください』

『――』

『私も戦います。まだ出来る事はある筈です』

 

 呆然とした後、カナエ姉さんは小さく息を吐いて私を見た。

 それは普段見せる穏やかな一面とは違う、鬼殺隊花柱胡蝶カナエとしての顔だった。

 

『鬼殺隊に入るのは容易い道ではありません。無事入れても、そこが終わりではない。私達の戦いは鬼舞辻無惨を倒す日まで只管続いていきます。

 そして、女性隊士の生還率は極めて低い。何故か分かりますか』

『鬼は女性を好んで食べるから、です』

『そう。私も継子を何人か取りましたが、全員鬼に殺されかけ、再起不能の傷を負い剣士の道を絶たれました。彼がいなければ、皆死んでいたでしょう』

『……』

『引き返すなら、今です。もしその道を決めたのなら手足のある限り諦める事は許されません。

 そして、貴方は今蝶屋敷で十分に貢献してくれている。その務めを果たしてくれている。隊士になったからと言って、その業務を減らすことは認めません』

 

 カナエ姉さんが初めて見せた柱としての表情。

 それは鬼殺隊になる事を諦める最後の機会なのだと、遠回しに言っているように聞こえる。

 

『――成ります。私は、雪兄さんの背中をずっと見てきましたから』

 

 あの人がどれだけの重荷を背負って生きていたのか、という事は蝶屋敷を過ごす中で分かっていた。

 自身に呼吸が使えていればもっと多くの人を助けられた、もっと自分が強ければ、間に合っていれば。

 一緒に寝てくれる時、あの人はいつも魘されていて、何かに謝るように声を零していた。

 

『……分かりました、雪さんにその手紙を送るので返事を確認してから決めます。

 あの人が反対すれば、私はそれに逆らえません』

 

 私を預かっている責任もあるのだろう。けれど、それでも私の意志を尊重してくれて。私の思いを汲んでくれて。

 何て、優しい人達なんだろう。

 

『はい、よろしくお願いします』

 

 それから雪兄さんから返事を手紙で伝えるのではなく、直接蝶屋敷へ訪れた。

 ――通された一室。既に雪兄さんは座っていた。分かっていたけれど、目を合わせる事が出来ない。

 怒って、いるのかな。否定、されるのかな。

 汗が出る。体が震える。

 

『隊士になりたい、と聞いた』

『……は、い』

 

 以前のように言葉が出ない。怖い、怖い、嫌だ、否定されるのが怖い怒られるのが怖い嫌われるのが怖い。

 この人が私から離れていくのが、堪らなく怖い。

 

『……カナヲ』

『――あ』

 

 抱きしめられて、頭を撫でられる。

 いつも守ってくれているその体が小さく震えていた。

 

『……俺は、怖い。いつも取りこぼしてばかりだ。いつも間に合わない。

 お前が隊士になって、もし間に合わなくなってしまった時が来たら、俺は生きる理由の一つを失う』

『――』

『隊士になりたいと言うのなら否定はしない。ただ、生きてくれ。手足を失くしたっていい、鬼を取り逃がしたっていい。

 俺が一緒にいる、俺が鬼を殺す。――だから、何があっても生きていて欲しい』

『……うん、うん……っ』

 

 心の中にあった不安が全て消えていく。離れていても雪兄さんは私を守ってくれる。

 そう想うだけですごく温かくなる。

 

 

 その日、私は鬼殺隊の道を選んだ。

 

 

 

 

 怪我をして帰ってきた時、心臓が止まるかと思った。

 すぐにしのぶ姉さん達と共に治療に取り掛かって、何とか一命をとりとめた。その日、姉さん達は泣いていて。けれど、私には実感が無かった。

 雪兄さんが、死ぬなんて事が想像できなかった。――汗が噴き出るぐらいで、泣く事が出来なかった。

 

「……カナヲ、どうした」

「眠れなくて」

「そうか」

 

 雪兄さんは縁側で月を見ていた。

 私が近づくと、黙って隣を空けてくれる。

 表情はちょっとだけ柔らかい。

 けれど、悲鳴嶼さんと話していた程じゃなかった。あの時は、崩れるように微笑んでいたから。

 

「……」

「……」

 

 私と雪兄さんの間に沈黙が続くけど、嫌いではない。寧ろ傍にいてもいいのだと教えてくれているようで。

 この人は独りぼっちが苦手だ、なんて。この屋敷の住人なら誰もが知っている。

 

「……そういえば」

「どうしたの」

「階級が上がったと聞いた。遅くなったがおめでとうカナヲ」

「……うん、ありがとう」

「……赤飯だな、明日買ってこよう」

「そ、そこまでしなくていいから……っ」

 

 雪兄さんは寡黙だと誤解されやすい。けどこうして話してみると賑やかな人なのだ。

 その多忙さ故に、あまり蝶屋敷へ来る事は無い。けど来る時はいつもお土産を持ってきてくれるし、こうして甘えさせてくれる。

 しのぶ姉さんと年は近いそうけど、到底そうには見えない。師範――カナエ姉さんよりも年上に見える。

 

「……月を見ると、いつも思い出す」

「雪兄さん……?」

 

 それはどこか遠くを眺めている。もう手の届かない、懐かしい残骸を見つめるように。

 

「妹が、いたんだ。短命の家系なのか不明だが、両親は早くに亡くなって俺が面倒を見てた。

 幸い先祖は炭焼きでな。何とか路銀を稼ぐ事くらいは出来た。

 大変な日々だったが、それでも大切な家族が笑って生きてくれるなら、それだけで幸せだった。それ以上望む事なんて何もなかった」

 

 彼が小さく息を吐きだした。それでもまだ中には燻るものがあると言わんばかりの沈黙がある。

 その瞳が微かに揺れていた。

 

「……ある日、帰ってくると妹は部屋の片隅で蹲っていた。俺は体調が悪いのかと思って声をかけると、妹の顔は人のソレじゃなくなっていた。

 ――鬼に、なっていたんだ」

「……ぁ」

「妹は人を食いたい衝動を必死に抑えていた。抗っていたんだ。

 ――俺は鬼が怖くて逃げた。わき目も振らず、声をかけることもせず。

 月が綺麗な、夜の事だった」

「……」

 

 鬼殺隊にいれば家族が鬼になったと言う話も珍しくは無い。

 雪兄さんに妹がいた。その妹が鬼になった。

 

「再び孤児になった俺は、人売りに攫われてとある夫婦に引き取られた。

 穏やかでいい人達だったんだ。聞けば息子を鬼に食われたらしい。何度も流れて、その果てにようやく授かった一人息子だったそうだ。

 ――優しい人達だった。俺なんかを大切な宝物のように接してくれて、本当の家族みたいに接してくれて」

 

 人売り――もし私の所が鬼に襲われていなければ、そうなっていたかもしれない。

 

「三ヶ月過ぎた時、その夫婦は鬼に襲われた。かつての息子を食った鬼はその味を忘れられず、再び食らうために同じ人物を狙った。

 俺がいなければ、あの夫婦は襲われる事無く生きていただろう」

「……っ」

「俺はそれに気づかず、離れて眠っていただけだ。気づいたのは物音と叫び声。様子を見に行って、当たり前のように鬼に襲われた。

 食われかけた時、誰かが助けに来た。鬼ともめ合うようにして俺を救ってくれた」

 

 違和感があった。鬼殺隊かと思ったが、それなら揉め合うようになるのはどこかおかしい。

 思考が混乱する。

 

「助けてくれたのは、鬼になった妹だった」

「えっ……」

「妹は、鬼を倒して俺を救ってくれた。けれど、その牙からは人を食いたい衝動が溢れていた。

 ――かつて俺が見捨てて逃げた人。そんな人に殺されるなら、因果応報だろう。納得も行く。その両手が首元を掴んだ感覚は今もよく覚えている」

 

 背中に汗が滲む。喉が凍り付くように動いてくれない。

 言葉が上手く出てこない。

 

「けど、歯がそれ以上近づく事は無かった。妹は――鬼の本能に抗っていたんだ。多くの鬼と出会った今だからこそ分かる。俺があの日見捨てて以来、彼女は一度も人を食っていない。

 極限の飢餓状態にあって、それでも俺を守ってくれた。鬼になる事を最後まで受け入れなかった。その一線を越える事は、無かったんだ」

 

 雪兄さんは首にそっと手を当てる。何度か風呂を一緒に入った時、痣があるのを見た。

 それが当時の名残だと言うのは否応なしに分かった。

 

「妹は泣いていた。その口がごめんなさいと動いていた。そのまま彼女は俺の目の前で、陽に焼かれて消えていった」

「……」

「俺があの時、妹を信じてやれていれば。彼女の傍にいてやれたら。兄としての務めを果たせていれば。

 もしかすると鬼殺隊で一緒に戦えていたかもしれない。鬼から人を救う鬼に、なれていたかもしれない」

 

 ――鬼から人を救う鬼。

 そんな存在は鬼殺隊では眉唾物。唾棄されるような話だろう。

 鬼は平穏を崩し命を砕く存在だと言うのは、鬼殺隊の常だ。決して覆る事は無い。

 

「その後は……」

「ん」

「その後はどうなった、んですか」

 

 ようやく紡げた言葉はそれだけだった。

 心の底から絞り出せたのは、彼の後を憂う言葉だった。

 

「何てことない。流れるように彷徨って、たまたま日輪刀を拾った。そうして夜を駆けて鬼を殺す。

 それから悲鳴嶼さんと出会って、俺は鬼殺隊となった」

「……」

「……」

「私を連れ出してくれたのは、誰かと重ねた、から?」

 

 そんな事を聞くべきじゃないと言うのは、口に出してからようやく気付いた。

 けれどそれを察してくれたのか、雪兄さんは私の頭にそっと手を置いてくれる。

 

「……分からない。

 ただ、俺は一人でも多くを救うと決めた。救われた者として、拾われた者として。それが自分の責務なんだと。

 俺は、何もしなかった。飢餓を抑えながら助けを求めていた妹を裏切って独りにさせた。引き取ってくれた優しい夫婦が襲われた時、何も出来ずに二人を死なせた。彼らは、あんな悲劇の最期を迎えていいような人じゃなかった。その死で何もかもが途切れてしまう事が、許せなかった。

 ――もう、後悔なんてしたくない。そう思っていたのに、間に合わないばかりで。今でも後悔ばかりだ俺は」

 

 泣きそうな顔だった。いつもの固く、凛とした表情ではない。

 少し緩めたら、今にも涙が零れてきそうで。

 その頬を包み込むように手を当てた。

 

「そんな事、ない」

「カナヲ……?」

「雪兄さんは私を救ってくれた。私に世界を見せてくれた。私を人として救ってくれた。

 ――だから、雪兄さん。泣きたくなったら、いつでも誰かを頼って。この屋敷の人達は皆、貴方の事が好きだから」

「そうか……そうか……」

 

 雪兄さんは私を抱きしめる。優しくて強くて、温かい。

 ふと廊下の方を見ると、泣いている師範とそれを慰めているしのぶ姉さんの姿があった。

 悪いけど今夜ばかりは私に独占させてもらおう。

 

「雪兄さん、私ねもっと幸せになるよ。友達をたくさん作って、好きな人と出会って。

 貴方が繋げてくれた道の先で、幸せな人生だったって」

「そうか……。なら、嬉しいな」

 

 月が綺麗な、夜の事だった。

 




大正コソコソ噂話

彼の妹が愛用していた着物の色は白。好きな兄の名前を思い出させてくれる色だから。
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