止まれなかった少年の話 作:下弦の鬼
そうしないとダレて来るがして……。
少し前の話に、オリ主が産屋敷当主と話したみたいなモノローグありましたが、忘れてください(ガバ隠し)
鬼殺隊。鬼を狩り、始まりの鬼である鬼舞辻無惨の討伐を目的とした非公式組織。その歴史は古く、既に創設から千年以上の歴史が経っている。
その頂点である産屋敷家。当主は代々、隊士達からお館様と呼ばれていた。
俺がいるのは鬼殺隊本部――産屋敷邸。
「お初にお目にかかります」
「キミが神月雪だね。行冥から話は聞いている。ぜひ会いたかったよ」
「……いえ、こちらこそ。
生憎礼節に関しては学びの途中であるため、どうかご容赦頂きたい」
「構わない。キミはキミのままでいい」
穏やかに微笑む青年。その声音はどこか聞いていて安心する。――産屋敷輝哉、現鬼殺隊当主。今の鬼殺隊の頂点にいる人物であり、俺達隊士が何としてでも守らなければならない人であった。
緊急柱合会議が開かれる。議題は、上弦の鬼について。
言うまでも無く、俺が交戦した上弦の弐に関しての情報共有であった。
まあそんな訳で、俺の背後には柱と柱補佐達が勢揃いしている訳で。どこか圧を感じてしまう。
「雪、まずはキミが無事で何よりだった。活躍は聞いていたよ。
多くの鬼を斬り、多くの剣士達を救ってくれたと」
「……俺一人ではありません。散って逝った彼らが遺してくれたモノ。それがあるからこそ、俺は鬼殺を為せました」
「……そうか、やはりキミは優しいんだね。どうか彼らが報われるようにと、願っている。
うん、行冥から聞いた通りの子だ」
「……」
どうにも、話しにくい。
不快感とかそういったものがあるのではなく、心の底まで見透かされているような錯覚があるのだ。
「……遮るようで申し訳ありませんが、本題に移っても」
「ああ、すまない。キミと話せるのが楽しみでね。どうにも本題から逸れてしまう。ごめんよ」
「いえ、謝られる程の事では……」
やりにくい……。
いや、でもまあ鬼殺隊の頂点にいると言うのなら、それだけの胆力が無いと出来ないのだろう。
実際、少数精鋭にしてる理由だって鬼殺隊の歴史を紐解けば見えてくる。その背景にどれだけの悲劇と絶望があったのか。
――産屋敷家に生まれた子の嘆きを。
大切な人を守るために自分で戦えない事。
自分の為に命を懸けてくれる他人に死も同然の命令を下す事。
愛する人がお腹を痛めて生んだ子が大人になるのを見届けられない事。
自分の未来を選ぶ事が出来ない事。
自分が死んでも無惨を倒すまでその悲劇が終わらず我が子への足枷となってしまう事。
それを受け入れる覚悟すら与えられる時間が無い事。
――そんなのは余りにも惨過ぎる。残酷過ぎるにも程がある。
そんな彼らが苦悶の果てに出した結論と選択を、一体誰が容易く踏み躙れるのか。
理想を語るのなら、誰だって出来るのだ。苦しみを無視し、喪失を度外視すればそれだけで。
まあさすがに最終選別はやり過ぎじゃないかと思ったけど。あの鬼は殺されると判断するや否や無数の手を伸ばしまくって、選別参加者を次々と食い散らかしていった。……そこまで考えると俺も人の事は言えない。
倒すのに時間を掛け過ぎた。様子見に徹しすぎた。そのせいで犠牲者が増えてしまった。
――そこまで考えて思考がズレていた事に気付く。
小さく息を吐いて、気持ちを落ち着けた。
「……上弦の弐は、呼吸を封じる血鬼術を使ってきました。
氷を操る鬼であり、その粉を宙に漂わせ吸入させてきます。吸えば肺が凍り付き、息する事すらままならなくなる」
「……」
「得物は対の鉄扇。切れ味は刀鍛冶が打つ業物を超えています。受ける角度がほんの僅かにズレるだけで、日輪刀ごと切断されるでしょう。
加えて洞察力、観察眼、身体能力、判断力のどれをとっても極めて高く。素の戦闘能力自体も柱を凌駕しています」
「そこまで、か」
「はい。並の隊士どころか、柱であっても初見であれば瞬殺されるかと」
自分で言っておいてなんだが、厄介極まりないなアイツ。
あ、後これだけは伝えておかないといけない気がする。戦闘能力とは一切関係が無いけど。
「それと、上弦の弐はどうやら俺に執着をしているようで」
「……」
「次、どのような手を打ってくるか不明ですが、接触があるとすれば俺が一人の時でしょう」
斬られた左肩が疼く。気が付けば、手で抑えてしまう。
あの男は気持ち悪いが、とてつもない程に強かった。とても気持ち悪かったけど。
次こそは勝つ。不快極まるが、あの男と相性がいいのは多分俺だ。俺がやるしかない。
「分かった、鴉を使って隊士達に通達させておこう。それとね、話はもう一つあるんだ。
――雪、柱になるつもりはないかい」
「……柱、ですか」
目を伏せる。既に柱の条件は満たしているけれど、それでも柱になるつもりはなかった。
「うん、他の子達も既に了承している。皆、意見は一致しているよ」
「……申し訳ありませんが、辞退を。俺は柱になれません」
嗚呼、そうだ。俺は柱になれない。そんな希望を背負えないから。
いつ失うか分からない日々が怖いと言うのに、誰かの手を引いて導く事なんて出来ない。
「補佐もかい。カナエとしのぶは、雪を補佐に迎えたいと言っていたけど」
「お、お館様っ」
「――俺にその位は背負えません。それだけの人間じゃない。
目の前にあるものに、届かない手を伸ばす事しか出来ない」
「……そうか、なら無理強いは出来ないね。
分かった、この件は保留にしておこう」
頭を軽く下げる。せっかく勧めてくれた事への申し訳なさはあるけれど、それでも俺は柱になれない。なる事が出来ない。
俺に忘れたくない記憶が一つ増えるだけだ。
「……返す言葉も御座いません」
柱合会議はその後、今の鬼殺隊の状況報告と今後の方針で切り上げとなった。
俺は柱ではないため、産屋敷家の場所は規律に基づき知る事が許されない。帰りは、隠達に送ってもらう事になる。
こればかりは申し訳ないが、指示に従う他ない。
「雪さん、行先は蝶屋敷でいいので?」
「ああ、頼む。それとこれを」
風呂敷を手渡す。
隠達の世話になる事は知っていたから、事前に手土産を選んでおいた。
「これは……」
「西洋の菓子だそうだ。口に合わなかったら、すまない」
「! そ、そんな高い物を……」
「構わない。貴方達が後方で支えてくれるから、俺達は前線で戦う事に集中出来る。
どうか、そんなにかしこまらないでほしい」
? さっきから視線が泳いでいるような気がするけど……まあ聞かないのも優しさだろう。
仏頂面だしな、俺。ちょっとは表情筋仕事してくれませんかね。
(……言える訳ないんですよね)
隠はふと後方を見て、目を泳がせる。
花柱とその補佐がすごく物欲しそうな目でこちらを見てきているなんて、言えなかった。
胡蝶姉妹が、神月雪に恋慕を抱いている。当人達は知る由も無いが、鬼殺隊では有名な話である。
大正コソコソ噂話
雪は隠達の世話になる事はほとんどない。鬼殺もほぼ一瞬で済ませる為、後始末が非常に楽。加えて隠達に対しても敬意を払っているため、一部で拝まれている。