止まれなかった少年の話   作:下弦の鬼

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前話が短すぎるので、連続投稿。
ちょっとこのままだと話がダレてきてるので、投稿ペース上げます。


苦い記憶

 

 

 

 刀を納める。――悪鬼だったが、幸い好戦的な性格故に人々への被害は出なかった。周囲には家屋が少なく、人が多くなかったのも僥倖だろう。

 さて、どうやって帰ろうと思った時視線を感じる。

 

「あ、あの……」

「む」

 

 少女が一人そこにいた。鬼ではない。齢は自分と変わらないぐらいだ。

 巻き込まなかった事に安堵する。間違えて人を斬りましたなんて事があれば、切腹どころではすまなかった。

 彼女は隠れていた茂みから立ち上がり、着物に着いた葉を払う。

 

「鬼殺隊の人、ですか」

「そうだが」

「……あ、あの。盲目の大きい人って分かりますか」

「悲鳴嶼さんの事か」

「!! 良かった、生きてて……」

 

 ――少女の名前は沙代と言うらしい。

 まだ年若い少女であり、とある人を探しているとの事だった。

 彼女にとっては育ての親同然の存在であり深い感謝を抱いていると共に、地面に額をこすりつけてでも謝りたい人。

 ――悲鳴嶼行冥。俺を導いてくれた恩人でもあった。

 同じ人に救われた者同士だった事に気付いて、俺と沙代さんは小さく笑った。

 

「あれ、沙代姉ちゃんー、この人誰ー?」

「あ、見ない人だ! こんばんは!」

 

 現れる幼い子ども達。血の気配も鬼の感じもしない。

 地面に片膝を着けて、目線を合わせる。

 

「この人はね、神月雪さん。ちょっと道に迷ってしまったみたいなの」

「あ、刀持ってるー! 本物!? 本物!?」

「……む、そうだが。危ないから触らない方が良い」

「えー、何で! ちょっとぐらいいいじゃん!」

「ほら、困らせないの。早く寝ないとだめでしょ」

「ちぇー、沙代姉ちゃんのケチー」

「はいはい、ほら戻りましょう。雪さんはどうされます?」

「……同行しよう、乗りかかった舟だ。夜も遅い」

 

 子ども達と他愛も無い会話をしながら、少しの間夜道を歩く。

 見えてきたのは寺。周囲には畑があり、人手があれば生きていくには困らない環境だった。

 沙代さんは、身寄りのない子ども達と共にそこで過ごしていると言う。

 そうすればいつか帰ってきてくれると思ったから、と。

 

 

 

 

 

 

 

 鬼を斬った夜、隠達に隠蔽工作を依頼している最中にとある人物から話しかけられた。

 ――隠の一人が新聞を持っている。

 

「雪さんー、これ頼まれてたやつです」

「……頼んでいたか?」

「悲鳴嶼さんの過去の件の詳細を知りたいって言ってたじゃないですか」

「……そうだったな、いつも助かる」

 

 そうだそうだ、確かカナエさん経由でお館様の伝手を使い、当時の記録を取り寄せてもらったのだ。

 ここで見て人目に晒すのも、かなり気が引けてどこか目立たないところで読むべきだと判断する。

 木々から生える、座れる程に伸びた枝に腰かけた。

 

「……」

 

 記されているのはとある寺での惨殺事件。

 一夜のうちに少年少女達が、一人の男の手で惨たらしく殺されたと言う内容のモノだった。

 

「……」

 

 ああ、道理でと納得する。悲鳴嶼さんは子どもに甘いようで、どこか突き放した態度をとる。

 俺と言う存在を弟子にしたと思いきや、胡蝶姉妹に関しては入隊を諦めろと口にする。

 どこか疑問に思っていたが、ようやく腑に落ちた。

 

「……苦しんでいたのか」

 

 まだ俺は悲鳴嶼さんに何も返せていない。

 なら、俺がやらないと。

 あの人に拾われて、導かれて、人として救われて。今の俺がいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 鬼を斬った帰り。沙代さんのいる村へと立ち寄る。

 すれ違う幼い子ども達。大人の人数と比較するとやけに多い。それは鬼の悲劇か、人の欲望の犠牲になったのか。

 

「あ、雪さん。いらしてたんですね」

「……ああ、少し相談したいと思った」

「……悲鳴嶼さんの件、ですよね」

「勝手に調べて申し訳ない。思い出させるのも、酷だと思った」

「いえ、大丈夫、です」

 

 境内で遊ぶ子ども達を眺めながら、寺の縁側に腰かける。

 沙代さんは俺よりも年下なのに、どこか大人びた雰囲気があった。儚げに微笑む表情には陰があった。

 

「……その、悲鳴嶼さんは」

「壮健だ、一線で活躍されている。俺はあの人に導かれて、鬼殺隊へ入った」

「……」

 

 目は伏せられていて、何を考えているかは読み取れない。

 彼女の中にあるのは、今を縛る後悔。臓腑を焼き尽くすような自責の念だろう。

 

「……会いたいか」

「分からないの……。もし、悲鳴嶼さんが目の前にいたらって思うと喉が張り付いて、言葉が上手く……」

「そうか……」

 

 彼女と悲鳴嶼さんの関係は、俺がどうこう口出し出来るものじゃない。

 いつになるか分からないけれど、彼女の心の準備が整うまで俺は待つ事しか出来ないだろう。

 

「あ、兄ちゃんごめん!」

 

 毬……俺の知る知識で言うならボールが飛んでくる。蹴って遊んでいた所だったようだ。

 手に取ると、少年は走って俺の下まで受け取りに来た。

 

「兄ちゃん! 良かったら、一緒に遊んでよ!」

「むっ」

 

 さて、どうしたものかと思案する。

 遊ばないのではなく、この体のポテンシャルが高すぎるが故に体を動かす事なら割と何でもできるのである。

 幸い、時間も充分に作って来た。

 沙代さんの気持ちが落ち着くまでの間、子ども達と遊ぶとしよう。

 片膝を着けて、彼らと目線を合わせる。

 

「構わない、キミ達がしたい事とかあるか」

「蹴鞠!」

「影踏み!」

「めんこ!」

 

 はっはっはっ、かかってくるがいい子ども達よ。

 大人げ無さってものを見せてやる!

 

「いぇーい、俺の勝ち!」

「なんと」

 

 ま、まだ手加減してただけだから……。

 

「私の勝ち!」

「むっ」

 

 次から本気出すんですよ、泣かせてやるからな見てろよ!

 

「僕の勝ち!」

「……」

 

 ちょっとキミ達さぁ、手加減ってモノ知らない?

 初心者だぜ、俺。

 

「兄ちゃん、強いな! 走ってるところ全然見えなかったぞ!」

 

 じゃあ何で普通に追いついてくるんですかねキミ達。

 あれか、子どもの内は普通に皆全集中の呼吸できてたりするのか。

 ……なんだ、この敗北感。

 

「……キミ達はどんな風に呼吸している」

「え? 普通に出来るけど」

「……」

 

 泣いていいですか。

 

「……少し休憩させてほしい」

「うん! また遊ぼう、兄ちゃん!」

 

 ……沙代さんと話すフリして傷心を慰めよう。

 そんな事を考えながら、沙代さんを見ると口元に手を当てて噴き出そうとするのを抑え込んでいた。

 

「っっっ、ごめんなさいっ、何だか面白くて……っ」

「……」

「ちょ、ちょっと待ってくれたら、落ち着きますからっ」

 

 笑いながら言うのやめてくれませんかねぇ。

 へっ、そっちがその気ならこっちだって作戦がある。

 

「……そういえば悲鳴嶼さんは笛を吹きすぎて、近所のお婆さんから箒で叩かれた事がある」

「~~~~~っっ!!!!」

 

 目に涙を浮かべて必死にこらえて居る沙代さん。

 ふふふ、苦しむがいいわ。

 まあ俺もその時一緒にいて、箒で叩かれた一人なんですけどね!

 あのお婆さん、箒振る速度早すぎて俺も悲鳴嶼さんも反応出来なかったもん。

 ――と、思い出に浸りながら子ども達と戯れる。

 時間が経つのは早いもので、気が付けば日が暮れようとしていた。

 そろそろ任務の場所へ行かねば。

 八咫も子ども達の遊びに付き合ってくれているけれど、仕事だ仕事。

 

「兄ちゃんー! また遊ぼう!」

「ああ、またな」

 

 任務終わったら、悲鳴嶼さんにこの事を言ってみよう。

 

 

 

 

「……なんと。それは、真か」

「はい。勝手に素性を調べる様な真似をしてしまい申し訳ありません」

「……」

 

 悲鳴嶼さんは背中を向けたまま、振り向こうとしない。

 この人のそんな一面を見たのは、初めての事だった。

 

「……会えぬ。あの子が幸せでいるのなら、私が関与するべきではないだろう」

「……」

「雪、感謝する。彼女が、沙代が幸せでいてくれるかどうか、ずっと気がかりだった」

 

 なら会うべきだと、容易くは言えなかった。

 

 

 

 

 

「――!!」

 

 全力で走った。息が切れる。汗が額を滑り落ちていく。

 体が任務終わりで悲鳴を上げているのを無視した。

 

「――!」

 

 鬼が現れた。

 沙代とその子ども達の近くに。

 周囲に駆け付けられる隊士は不在。

 八咫が見張っていてくれなければ、人知れず彼らは食われていたに違いない。今、八咫は悲鳴嶼さんの所へ向かっているため、いるのは俺一人だ。

 木の根に足を取られる。土のぬかるみに足を滑らせる。それでも、止まる事無くただ駆け抜けた。

 

「……!!」

 

 漂う血の匂い。それが人の物であると分かった瞬間、手に力がこもる。

 

「これ、は」

 

 眼前に広がるのは無数の肉塊。あちこちが血に塗れていて。随所には人の毛髪がこびりついていた。

 それらが少しずつ動いて、まるで生き物のように見える。

 

「アソ……ボ……アソボ……」

 

 聞き覚えのある声。肉塊の中に見えた見覚えのある毬。

 

「――」

 

 心の中に生まれる空白。静止する思考。

 けれどそれは無意識に、手は勝手に動いていて。その肉塊を一瞬で斬り落としていた。

 

「……ニイ……チャン」

 

 ――まるで機械のように淡々と体は動いて。彼らの亡骸を葬っていく。もう弄ばれる事が無いように。これ以上苦しまないように。生まれ変わった世界で幸せになれますように。

 

「カカカカッ、鬼狩りか。遅い遅い、もうこの辺りの童は変え尽くしたぞ」

 

 血の香り、鬼の気配。

 見れば老人のような顔をした鬼がいる。首の飾りには臓腑が括られていて、それはまるで子どもから抉り出されたかのような大きさだった。

 

「……少女はどうした」

「ん、童を庇おうとした愛らしい女子の事か? 嗚呼、あれは愉快よなぁ。逃がそうとその場に留まっておった。今すぐ逃げ出したくて溜まらぬであろう足を必死に震わせてのう。愉快愉快」

「――」

「つい指が躍ってしまった。でも満足だろうよ。守ろうとした者の手で死ぬなど、限られた人間しか出来ぬ死に方よ。

 変えた肉塊どもに、体を押しつぶされながら喚く様は実に――」

 

 刃を、怒りが染め上げた。燃え盛る紅蓮の一閃が、首を刎ね飛ばした。

 

「――あれ……」

「死ね、死んで地獄の底で頭を垂れ続けろ外道」

 

 刃を納める。周囲に気配はないのに、手から力が抜けようとしない。

 怒りに身を任せて鬼殺を行ったのは、今回が初めてだった。鬼を斬って心が揺るがなかった事も。

 

「雪!! コッチダ! 少女ヲ見ツケタ!」

「!」

 

 八咫が示した方向の先。血溜まりの中で少女が倒れている。

 下半身は潰されていて、もう助からないのだと一目でわかった。

 

「……あ、雪……さん」

「……」

「あの、子達は……無事、ですか」

「……ああ、皆眠っている。これ以上苦しむ事は無い」

「そっ……か、良かった」

 

 少女は微笑んだ。今すぐ叫び出したい程の激痛が体を襲っていると言うのに。どうしてそんなにも笑える。

 救えなかった俺に恨み言をぶつける権利があると言うのに。何故俺にそんな、穏やかな目を向けられる。

 

「沙代!!」

「……悲鳴嶼、さん」

 

 見れば鴉がいて、息を切らせた悲鳴嶼さんが少女の体を抱きしめている。

 

「……悲鳴嶼、さん。ごめんなさい、あの時、助けて……くれたのに」

「違うっ、違うっ! 私は、私はお前が生きててくれたらそれだけで良かった!

 お前が幸せならっ、あの子たちの分まで穏やかに暮らしてくれたらっ、それ、だけで!」

 

 少女は白く細い指先で悲鳴嶼さんの頬を撫でた。

 

「私ね、やっとあの時の悲鳴嶼さんの気持ち、わかったんだ……。私、酷いことしてしまって……ずっと、謝りたかった」

「その必要は無い! 私、は誰も、守れなかったっ! お前さえ、も」

「……ううん、あの日々は私にとって……とても……――」

「沙代っ!」

「……どうか、自分を責めないで。自分を許してあげて」

 

 紡がれる優しい声。自分が終わる命と悟って尚も、誰かの幸せを祈る尊い願い。

 

「――沙代、私は……」

「悲鳴嶼さん、後ね……あの人を、あの優しい寂しがりな人を、助けて、あげて」

「雪の事か……」

「うん、本当に優しくて、強くて。でも不器用な、人だから。

 どうかあの人が、独りにならないように。迷子になってしまわないように」

 

 ――何で俺はいつも、間に合わない。

 何度同じ過ちを犯し続ける。

 何故俺は、誰も救えないまま生きている。

 

 

 

 

 

 隠達と共に、彼女らの亡骸を弔った。

 

「雪……感謝する」

「俺は、何も感謝されるような事は……」

「お前が私と沙代のために動いていた事は知っている。恐れて何も動けなかったのは私だけだ。

 もし拒絶されたら、あの時と同じような事を言われたらと。彼女が、そんな人物じゃない事など知っていた筈なのにな」

「……」

「――私はもう迷わぬ。お館様のためだけではなく、あの子達やお前の望む未来のために戦おう」

 

 悲鳴嶼さんは微笑んだ。

 今までとは違う、憑き物が取れたような顔で。

 

「雪、お前に会えてよかった」

 

 ――違う、その決断に至ったのは貴方自身だ。

 俺は何もしていない。間に合っていなかったし、彼女を助けられなかった。

 

 

 俺は、何も出来ない。

 

 なぁ、俺は何のために生きている。

 

 いつになれば、謝りに行ける。

 

 

 




大正コソコソ噂話

この一件以降、雪は子どもの事は好きだが苦手。
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