止まれなかった少年の話   作:下弦の鬼

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評価赤とランキングに乗ってて、ビックリした朝。
今日はまとめて三話ぐらい投稿します。


誰かの声

 

 

 

 

『いい、義勇。ここに隠れているのよ、絶対に出てきたらダメ。大丈夫、姉さんが守ってあげるから』

 

 響く音。悲鳴。――何かが斬れるような音。

 隠れていた扉を開けたのは、一人の少年。顔には返り血がついていて、右手には血まみれの刀を握っている。

 その奥では頭の無い死体が転がっていて、そのすぐ側の血だまりに沈むようにして姉が倒れていた。

 

『……姉君殿が、貴方の声を聞きたいと』

 

 絞り出されるように紡がれた声は、後悔を携えていて。伏せられた瞳は、現実をどこか受け止め切れずにいて。

 一人の少年が、鬼殺を誓う日の夜の事だった。

 

 

 

 

 鬼殺隊の戦場は場所を選ばない。街中であれば山中での戦闘を強いられる時もある。ただ共通しているのは、日が沈んだ夜間である事。

 それは言うなれば見通しが効かず、鬼殺隊員からすれば不利な事この上ない。即ち鬼にとっては有利である。だから血鬼術を使っていれば、多くの隊士を殺せた。多くの人間を食えた。

 だと言うのに。

 

(何でだ、何で死なねぇんだ!)

 

 鬼は遠く離れ、自分の分身体と交戦している一人の少年を見る。使える数多の分身体を斬り捨てて尚、その剣速は衰える事無く。その太刀筋は揺らぐ事無く。

 呼吸の使えない剣士。所詮は眉唾物だろうと高を括っていた。呼吸が使えないのではあれば恐れるに足らず。

 ――事実、全集中は使用していない。だと言うのに。だと言うのに、手傷の一つも負わせられない。

 

(……ちぃっ、こうなれば頭上から奇襲を)

 

「――全集中 水の呼吸 肆の型 打ち潮」

「あ、れ、なんで、俺、飛んで」

 

 

 

 

 隊士五人が行方不明。これを受けて、水柱富岡義勇が派遣された。ちなみに俺は言うまでも無く、蝶屋敷を抜け出して任務に当たっている。当たり前のことであるが復帰の許可は出ていない。

 しのぶさん怒るかなぁ怒るだろうなぁ。カナエさんもだろうなぁ。分かってたけど帰りたくねぇや。

 でも許してくれ、あそこドギマギして寝れないんや。いい香りが四六時中してるし、いる子皆美人だし、温かいご飯がある。そして目が醒めたらたまに胡蝶姉妹かカナヲが潜り込んでいるとか言う、何それ朝チュン? みたいな事もある。ちなみにそういったやましい事になったりとかは無い。

 あそこ、居心地が良すぎて依存しちゃうからずっと居るのダメだわ。

 ちなみに今は帰り道であり、冨岡さんと話しながら帰っている最中である。

 

「流石だ、水柱」

「(時間を稼いでいたのはお前だ。俺がいなくてもお前だけで勝てただろう。だから俺は)何もしていない」

「謙遜するな。気取られる事無く、頸を斬れたのはお前の力だ」

 

 冨岡さん、心の声すっごい賑やかだよね。表情とは裏腹に結構、率直な感情を持ってくれる。

 ただ一言足りなさすぎるのが何と言うか。道理で柱補佐が二人も付けられる訳である。

 錆兎さんと真狐さんが時々疲れた表情をしているのは、珍しい話ではない。

 

「……平気なのか」

「……」

 

 多分蝶屋敷から抜け出してきた事についてなんだろう。

 今頃、屋敷では大慌てで俺の捜索に当たっている頃だ。ちなみに胡蝶姉妹から言いつけられた言葉は安静である。

 うん、平気じゃないね。死ぬね。しのぶさんが特製の薬調合するとか前に言ってたもんね。

 でもただ寝てるだけだと、体が落ち着かないんですよホント。と言うか見たくも無い夢見るし。そうなるぐらいなら、ずっと起きてて倒れるように眠った方がまだマシだ。

 目を閉じれば、救えなかった人の顔が過ぎってきて。夢を見る事さえ怖くなって眠れなくなる。

 でもそんな弱音を、こんな俺が言える筈もないから。

 

「……」

「……俺の所で良ければ匿おう」

「巻き込まれるが」

「構わない、胡蝶も俺が庇っているとは思わないだろう」

「……」

 

 今夜の富岡さん結構言葉に出来るなぁ。

 それぐらい喋ってくれてたら錆兎と真狐もあんなに苦労しないと思うんだけど。

 

「何より」

「……」

「何よりお前には、あの声を聞かせてくれた恩がある。それこそ一生かかっても返しきれない程に」

 

 それが何を示しているのかなんて、すぐに分かる。俺の後悔の一つ。

 富岡蔦子――彼の姉であり、俺が救えなかった一人。俺が駆け付けた頃には襲われた直後であり、既に致命傷だった。当時俺はまだ鬼殺隊に入ったばかりで、各地を回っていた時。

 彼女が指さした先に隠されていたのは、弟である冨岡義勇。彼女は身を挺して弟を庇おうとしたのだ。俺がしてやれたのは、姉弟が最期に会話出来る時間を作ってあげられたぐらいだった。それ以外には何も出来なかった。

 その一件から鬼殺隊を志した彼は、鱗滝さんに教えを請い同期である錆兎と共に最終選別を突破。鬼殺隊最高峰となる柱へ上り詰めたのである。

 ちなみにそんな二人が弟子入りした時、当時の俺は呼吸を何とかして会得しようと鱗滝さんから水の呼吸を教えて貰っている最中であった。

 つまりは同じ釜の飯を食べた仲でもある。

 

「……何を言う。恩など感じる必要は無い。俺がもう少し早ければ或いは来たのが俺じゃなければ」

「――違う。俺は感謝している、最後の声を聞かせてくれた。

 それが如何に難しいかなど、隊の一人であれば分かる事だ。

 何度でも言う、俺はあの時来てくれたのがお前で良かったと、心の底から思っている」

「……そうか」

「そうだ」

「普段からそうであれば、もっと理解されただろうに」

「(お前と補佐の二人とお館様が理解してくれている。なら俺にはそれで十分だ)必要ない」

 

 何か元通りになっちゃった。

 まあ今帰ったら間違いなく怒髪天だからもう少しぶらりして、蝶屋敷に戻ろう。

 

「貫三郎、水屋敷にいる二人に今から戻ると伝えてくれ」

「任セロ……」

 

 今、何か猛烈に嫌な予感がした。

 

 

 

 

 眼前の剣士を思う。自身に姉の最期の声を聞かせてくれた恩人を思う。

 己では届かぬ剣士を思う。

 

『義勇……どうかあの子を、助けてあげて。……悲しそうな顔してたから、ずっと……悔み続けると思うの』

 

 死の淵にあって、それでも誰かを思い続けた家族を思う。

 

(――俺は、お前にはなれない)

 

 憧れた。彼のように救える力が欲しいと思った。あの声を聞けていなければ、間違いなく死ぬまで悔い続けていただろうから。

 

(お前のように強くは無い)

 

 彼のように一瞬で鬼を斬り捨てる事が出来ない。

 

(お前のように休む事無く走れない)

 

 いつも辿り着けばそこにあるのは死体だけだ。

 

(お前のように、誰かを救う事は出来ない)

 

 ――何故、彼が柱じゃないのだろう。呼吸が使えない? 否、それであろうと彼は無類の成果を上げてきた。それだけの命を救ってきた。

 彼に救われたから、と。鬼殺隊を志望した者も多い。彼に家族を救われた、彼に家族の声を聞かせてくれた、彼に助けられた。

 

(……俺は、何も出来ない)

 

 けれどそんな自分を彼はいつも気にかけてくれていて。錆兎や真狐も彼に信頼を置いている。

 柱になるのは本来自分ではなく、彼であっただろうに。

 

『義勇、錆兎。どうか雪を支えてやってはくれんか』

 

 師である人の言葉を思い出す。

 

『――目を閉じればいつも、救えなかった人達の顔が浮かんでくると。雪はそう口にしていた。

 その責に駆られるように、奴は鬼殺を行っている。過去の幻影に捕われて、未来を見る事が出来なくなっている。

 休む事すらままならない筈だ。あれではいつか孤独に敗れ闇に呑まれる。そうすれば現実は歪み、捻じ曲げられ自身の心を苦しめるだろう』

 

(ならば、せめてお前の友として、お前に救われた者として、その重荷を少しでも背負ってやりたい)

 

 彼はある人物の前では穏やかな表情に戻ると言う。

 ならば、いつか彼が誰の前であっても強く笑えるように。

 例え届かぬ存在であっても、彼の助けに少しでも慣れるように。

 

「……そういえば錆兎と真狐がまた稽古をしたいと言っていた」

「構わない。時間があればいつでも付き合おう」

「助かる」

 

 

 

 

 

「ここにいましたかー、へー蝶屋敷はそんなに体に合わなかったんですかー。

 冨岡さんとそこまで仲が良かったなんて知りませんでした。私達よりも冨岡さんの方がいいんですねーへー。

 もしかして男色の気がおありなんですか? あー、そうなんですね。だったら蝶屋敷抜け出す事にも納得がいきましたー」

「いるが」

「いたな」

 

 俺と冨岡さんが屋敷へ戻ってきた瞬間、そこにはしのぶさんの姿があった。

 キレてる、めっちゃキレてるアレ。

 笑顔だけど、目笑ってないしめっちゃ血管浮き出てる。

 アレを諫める事が出来るのは世界広しと言えどもカナエさんだけだろう。

 

「しのぶさん、義勇は」

「冨岡さんは呼び捨てなんですかー、そうですかー」

 

 アカン、言葉に出したら全部地雷を起爆させてる。

 

「八咫さんから全部聞きました。今回戦った鬼の能力も全部。複数に分裂する鬼。烏曰く十匹まで増えたとか。それを単独で全員相手している間に富岡さんが本体を探して奇襲ですかぁ。

 蝶屋敷に来てからまだ一ヶ月。それまでに何回抜け出しましたか? ねぇ、雪さん」

「……」

「おかしいですねぇ、どうして蝶屋敷で療養中の雪さんがここ一ヶ月で下弦すらも仕留めてるんでしょうか。おかしいですよねぇ。

 来た時死にかけてた人が、何で一ヶ月も経ってない上に許可も出てないのに現場にいるんですかねぇ」

「……」

「あ、冨岡さんもう行っていいですよ。今回の一件冨岡さんは巻き込まれた形ですし」

「……失礼する」

「失礼しないで欲しい」

 

 待ってください! 匿うって言ったじゃないですか!

 

「……怖い」

 

 一言そう言い残して、冨岡さんは何事も無かったかのように歩き去っていった。

 おのれ……今度はとびっきりの鮭大根で買収してやる……。

 

「まだ話は終わってませんよ?」

「……」

「……」

 

 ぎゅっと抱きしめられる。胸が当たってます胸が。それにカナエさんもだけどしのぶさん、発育いいから困ります。

 俺まだ少年が通用する年頃ですよ? 正面からホントやめてくださいお願いします。

 

「行くなら行くでせめて相談して言ってください。

 ……私も姉さんもカナヲも本当に心配、したんだから……」

「……申し訳ない」

「アノ二人、他人ノ屋敷デ何ヤッテルンダ」

 

 

 

 

 




大正コソコソ噂話

八咫は時々、胡蝶姉妹へ雪の近況を勝手に伝えている。
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