感染少女 ReBORN   作:キラトマト

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第一部 渚輪区編
第一話 来栖崎のために


 ────また僕は、見ているだけしか出来ないのか……

 

 僕が諦めようとした瞬間、頭の中に膨大な情報が入ってきた。

 

 その中には、僕ではないであろう記憶も入っていて、それが入った瞬間、僕は僕じゃなくなった。

 

「……そうだ、僕は」

 サンの体に入った新たな人格は、自分がやらなくてはいけないことを思い出した。

 

「……えっと、どうしたの?」

 

 サンの目の前には、アドに銃口を向けられ、涙目になっている来栖崎。

 

「助け……なきゃ……」

 

「ちょっと、新入りくん。何するの?」

 サンは倒れている来栖崎へと歩み寄り、枕元にしゃがみこむ。

 

「来栖崎。刀、借りるぞ」

 僕はそう言って来栖崎の手から刀を取る。

 

「近付きすぎるなッ! ゾンビ化は既に始まっているんだぞ!」

 

 礼音は警告するがそんな声はサンの耳には入っていなかった。

 

「噛まれたら君まで…… って新入りくん!?」

 

「痛っ」

 

 サンは来栖崎の刀を使い、自分の指を切った。

 

「馬鹿野郎ッ!」

 

「もう遅いぜ樽神名……。あの刀にゃゾンビの血がつきまくってる」

 

「なんでッ!! なんで心中なんてッ!!」

 

 アドが怒りをあらわにしている最中、彼はそれを気にせずに人差し指を来栖崎の口へとねじ込んだ。

 

「来栖崎、ちょっとだけ我慢してくれ」

 

「!?」

 

「な……にすんのッ……?」

 

「ごめん。少しだけ、少しだけでいいから僕の血を舐めてくれ」

 

 傍から見れば特殊なプレイか何かと思われそうだが当人は至って本気だ。

 

「きもぃ……何よぉその趣味ぃ……」

 

 涙目のまま、来栖崎は僕を睨んだ。

 

「これは、君のためなんだ。……すまない」

 と指をさらに口の奥へと捩じ込む。

 

「ぁむ……ぉえ……」

 

 来栖崎は拒むことも出来ず、咳き込むように血を舐めとっていった。すると────

 

「え……うそ?」

 

「感染痕が……消えて……いくです?」

 

「感染症状……引いていくぞ」

 

「おいおい…………まじかよ」

 

「ありえません……」

 

 皆が口々に信じられない、と言った声を上げていく。

 

 二分ほどで──

 

 来栖崎は元の姿へと戻っていった。

 

「……すぅ……すぅ……すぅ」

 

 程なくして、来栖崎はサンの指を咥えたまま眠りこんでしまった。

 

「新入りくん……君は一体」

 

「思い出したんです」

 

 礼音さんの問いにサンは語り始めた。

 

「どうやら僕の血、いや、体液は感染に有効らしい」

 

 問いただす者はいない。恐らくここにいる者は思ったことだろう

 

 ああ──だからこの男は生きているのか、と。

 

 状況整理は後回しにして、まずは補給物資をもってデパートへ帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急いでデパートへと戻った彼女たちは医務室へと駆け込んだ。

 

「すごい怪我……」

 

 やいとは驚きのあまり、空いた口が開かないと言った様子。

 

「やいとさんッ! ヒサギンの怪我……大丈夫ですよね……?」

 

「最善は尽くす。でも今まで怪我した子はみんなゾンビになっちゃったじゃない? だからまさか外科に関わる機会があるなんて思ってもみなかったわ」

 

「ふぅ……」

 

 アドは安堵の声を漏らす。

 

「まずは……縫合でいいのよね?」

 

「ええ、一旦縫合しましょう。消毒を続けながら施術すれば、ここの設備でも十分に対応できます」

 

 サンはそう断言した。

 

「……新入りくん……君は」

 

「やいとさん。ここには縫合の道具はありますか?」

 

「カシメの千曲針、あと針穴付きのテーパカットだけだわ」

 

「それじゃあカシメの千曲針で。あと化膿防止に抗生物質を経口でいいんで投与しましょう」

 

「で、でもちょっと待って?」

 

「なんですか?」

 

「あなた、医療経験があるの?」

 

「記憶の断片として残ってただけなんで、実際にしたことがあるかは分からないです。でも、縫合の技術ぐらいなら、失敗しません」

 

「したことがあるかは……分からないです……って」

 

「ちょっと僕にやらせて貰えませんか?」

 

「え、ええ分かったわ」

 

 ────そして一時間の手術の末、縫い終えることに成功した。

 

「ふぅ……完璧、だな」

 

「新入りくん……ヒサギンは?」

 

「えぇ……もう大丈夫です。治りも早いでしょう」

 

 サンはそう言って手術が終わったことによる開放感か、それとも来栖崎が生きていたことによる安堵感からか、柔らかな笑みをその顔に浮かべていた。

 

「ッ……よ……よかったぁ……」

 

 サンは、来栖崎が生きているということだけで満足だった。例え、人でなくなろうと。

 

「はい。採血は済んだから数時間後にでもまたいらっしゃい」

 

「はい。また後で来ますね」

 

 サンは来栖崎をベッドに残し、仮説病院をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、無事話し合いも終わり、ゾンビの襲撃を何とかしのいだ直後だった。

 

「すごいよ! サンちゃん! あの数を討ち取るなんて!」

 

「そんなに言われるほどでもないです。ってか何ですか? サンちゃんって」

 

 ようやく彼は、サンは名前を与えられたのだった……。

 

「そりゃあ参謀職だから、サンちゃん」

 

「単純ですね」

 

「なんだとー!」

 

「まぁまぁ落ち着いて。これからよろしく頼む。サンちゃん」

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む。僕でよければ」

 

(そうさ、僕が全員救ってやるさ! 絶対に────)

 

「きゃあああああああああああ!」

 

 そうサンが意気込むと同時に、突如、上空から悲鳴が響き渡る。

 

「な?!」

 

「今の聞いた!?」

 

「ああ、女性の悲鳴、しかも上階からだ!!」

 

 誰もが戸惑う中、サンがみんなを扇動する。

 

「とにかく急ごう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒサギン……?」

 

「がぅぅぅぅ゛ッ!」

 

「だずげ……」

 

 医療室には両手でやいとの首をへし折らんが勢いで握りしめ、殺さんとする来栖崎の姿があった。

 

「疵が……塞がっているだと」

 

「髪が白い……てか目が……」

 

「やはり、感染は治ってないんじゃないですか……。だから私はッ!」

 

 百喰が激高するが、今はそんなことをしている場合ではないのだ。

 

「責めている場合じゃない! 助けるのが先決だろう!」

 そして、それを押さえる礼音さん。

 

「まだだ! まだ完全にはなっていない! 僕の血を飲ませれば抑えられるッ!」

 

「────だから、殺さないでくれッ!」

 

「手心を加えられる余裕があれば是非もない!」

 

 そのサンの必死の呼び掛けが伝わったのかどうかは定かではないが礼音はその身に似合わない力で来栖崎を組み伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふしゃーッ……ふしゃーッ」

 

「いいですか、新入りさん」

 

 百喰は来栖崎の背中に馬乗りになったまま、髪を鷲掴みにし、顔を無理やり上げさせる。

 

「一度きり、一度きりのチャンスです一度だけ、血を飲ませるチャンスをあげます」

 

「百喰さん……」

 

「勘違いしないでください、これは組織のためです」

 

「理由なんてどうだっていいです。ただ、これだけは言っときますね。……ありがとう、ございます」

 

 百喰の本心はわからないがサンは感謝の言葉を告げ、そしてわざわざ道具を使って血を出す必要性はないと判断したのか直接来栖崎に腕を噛ませた。

 

「ふーッ……ふーッ」

 

「頑張れ。もうすぐ治るからな」

 

 次第に唸り声も聞こえなくなり、最終的には大粒の涙を零した。

 

「……」

 

 来栖崎は静かに口を開き、サンの腕から離す。

 

「おい、来栖崎……大丈夫か? 僕たちがわかるか? アドに百喰に」

 

「……わたし……いま、人間じゃ……なかった」

 

 そんな悲痛な言葉に、サンは涙をこらえるのに必死であった。

 

「……ッ」

 

 そう言って、ポロポロと泣き出す少女の姿に、周囲の面々は一旦安心し、それぞれ武器を収めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来栖崎さんをポートラルに置いておくこと、私は反対です」

 

 会議の先を迷うことなく制したのはやはり百喰であった。

 

「モグッチ……反対って」

 

「いいですかアド、今回はその男の時とは訳が違うんです」

 

 そんな。サンにとっては無駄としか言えない会議をしていると、やちるがみんなに呼びかける。

 

「あ、あの! 皆さん窓の外! 見てください!」

 

「どうしたのやちるん?」

 

「く、来栖崎さんが……」

 

「やっぱり、そうなるよな……」

 

 サンは来栖崎の名前が出た瞬間、何かを察したのか会議室から駆け出した。

 

「あっちょっサンちゃん! 待って!」

 

 アドはサンを呼び止めるがそれはもはや馬の耳に念仏、全くの無意味であった。

 

「何だよ」

 

「どこに行くの?」

 

「来栖崎を迎えに行ってくるだけだ」

 

「ダメだよ。サンちゃん一人で行ったところでゾンビに──」

 

「うるさい゙! 僕はもう、仲間を失いたく……ないんだよ……」

 

「サンちゃん…… でも────」

 

「いいじゃないですか、アド。その男を行かせてあげれば」

 

「正直、協調性がないんじゃ、やっていけません。それに、自ら消えてくださるなら、葬儀屋いらずです」

 

 そんな悲しいほどに冷徹な物言いにサンはもう、呆れてしまっていた。

 

「だ、そうだ。みんな。今までありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッハァッ ったく、どんだけ体力ないんだよ」

 

「待って!」

 

 背後からアドに呼び止められた。

 

「私も一緒に行く!」

 

「どうなっても知らないぞ」

 

「サン様ぁー!!」

 

 またもや増援? が現れる。 

 

「つ、ツヅリン!?」

 

「わたくし、サン様の勇士に心を打たれてしまったのですわ」

 

「は?」

 

「平易にお伝えしました方がよろしいでしょうか? わたくし、サン様に一目惚れしてしまいましたわ」

 

「は? ……いや……、ありがとう」

 

 サンは甘噛のそのあまりにも素っ狂な言葉に一瞬戸惑ってしまったが甘噛のことを思い出したため、そのことはすんなりと受け入れられた。

 

「サン様に感謝されましたわ!」

 

「ってあれは……」

 

「……こんなことを言う資格がないことは承知の上だ。それでも良ければ、私も同行させては貰えないだろうか?」

 

「アヤネル……」

 

「もちろんですよ!」

 

「……ありがとう。だが、どこへ行ったか分かるのか?」

 

「一つ、心当たりがない訳では無いです」

 

「何だ?」

 

「アド、来栖崎の恋人との思い出の場所ってわかるか?」

 

「なんでそれを……」

 

「来栖崎が言ってたんだよ」

 

「そうなんだ……じゃあ教えるね……」

 

「確か、北にある、コスモリアランドだったと思う」

 

「じゃあ、そこに急行だ! みんな、行くぞッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、こぅなっちゃうのかなぁ……」

 

 少女はペンダントをにぎりしめる。

 

 そのペンダントには十年間想い続けた男性との写真が収まっていた。

 

「ゎたしが……ぃけないのかなぁ……」

 少女は一人、死体の山の上で呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来てみたはいいものの、広すぎではないか」

 

「でも、やるしか、無い」

 

「そうだよ! 連れて帰るって決めたんだもん!」

 

「サン様の言う通りですわ!」

 

「アド、何か聞いていないか? 来栖崎とその彼が告白した場所とかさ」

 

「…………夕陽見の」

 

「ありがとう アド」

 

 サンは急いでテーマパークの地図を確認し、目的地を探す。

 

「いた……!」

 

 声も届かないような遠い場所。ゾンビの死体が山積みになった丘に、少女は立っていた。

 

「サンくん」

 

「はい」

 

「ここから先は手助けできない。ここから先に、私たちが踏み込める権利はとうにない」

 

「必ず……連れ戻してみせますよ」

 

 そう言い残し、少女の立つ丘へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来栖崎」

 

「なにしに……きた……」

 

 麓から見上げるサンのことを、来栖崎は酷く冷たい目で見下ろした。

 

「お前を……迎えに来た」

 

「頼んでない」

 

「これは、僕自身の意思だ」

 

「頼んでないから早く帰れ」

 

 取り付く島もないとはまさにこのこと。なのにサンは諦める素振りすら見せなかった。

 

「いやだ。僕は帰らない 君を連れ戻すまで」

 

「ねぇ、聞こえないの? ほんっとうにウザイから。私の視界から消えて」

 

「嫌だ」

 

「消えて」

 

「ダメだ。僕は消えたりなんか──」

 

「邪魔だっつってんだよッ!!」

 

「────最後くらい……ここでゆっくり……一人にさせて」

 

 ひどくもの寂しげな声で少女はそう言い放った。

 

「最後じゃない。お前はまだ、生きていていいんだ。自暴自棄になって勝手に決めつけるな! 諦めるにはまだ──」

 

「アンタに分かるわけないでしょぉ゙ッ!?」

 

 何かを訴えかけるような目で来栖崎は言った。

 

「私がッ! 私を化け物みたいな目でッ! 見といて……気色悪い目で私を見て……!」

 

「他の奴らがどうかは知らないが、僕の中では姿や形が変わっても来栖崎ひさぎだ。それは絶対に変わらない」

 

「でも、アナタは今脅えている! 私に!」

 

「怯えてなんかいない! 誰が……お前に、怯えるもんか」

 想い人に対して怯えるなど言語道断。

 

「私だって落ち着きたいわよッ! でも、中にナニカ……いるの……」

 

「私の……ナカニ……」

 

「心がおかしくて……殺したくて……頭がおかしくなりそうで」

 

「──したい……」

 

「殺したい殺したい殺したい殺したい殺したいッ!」

 

 

「もう私は普通の人間じゃないのぉ゙!」

 

「こんなんで……真司にあって……ぁ゙ぁ゙……会いたくないもんッ!」

 

「大丈夫だッ、僕の血を飲んだら、いつか治療する機会はやってくる! いや、僕がその薬をつくる。作ってみせるッ! だから!」

 

「アンタなんかの血に縋ってッ!?」

 

「私を軽蔑する誰かの血を啜ってまでッ!? 生きたくなんてないわよぉ!」

 

「僕は軽蔑なんてしていない。だから!」

 

「ダメなのよっ! だから、もう私は……」

 

「あぁ……真司……幸せだったよぉ……」

 

「ぁぁ……私も人として死ぬから……」

 

「逝くから……」

 

「私を嫌ぃに……ならなぃで」

 

 こんな絶望に包まれた幸せがあっていいだろうか。こんな悲しみに満ちた笑顔があっていいだろうか。否。あってはならない。許しちゃいけない。

 

「分かったよ、来栖崎。死ぬんなら、僕を殺────」

 

 だからこそサンは、自分も死のうとした。

 

「ダメッ!」

 

「えっ」

 

「アンタは、私の姿形が変わっても私は私って言ってくれたッ!」

 

「だから、私にアンタを殺すことは……できない」

 

「じゃあ自分で死ぬことにするよ」

 

「アナタがいないと私が生きられない」

 

「だから、生きて」

 

「生きてよぉ……」

 

 来栖崎は刀を落とし、両手で顔を鷲掴みにした。大粒の涙でぐちゃぐちゃになった顔を、隠すように。

 

 サンはそれを静かに抱きしめた。

 

「いいんだ。今は泣いて」

 

 そう言って頭を撫でる。

 

「ぁぅ……ぅぁぁぁ」

 

「ぅぅ……ぅうううぁぁああぁぁあ」

 

 唸りながら、僕の肩に噛みついて、血液を摂取する。

 

「ありがとう。こんな私を認めてくれて」

 

「あぁ……だって僕は……いや、なんでもない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうしてサンたちは眠った来栖崎を抱えて大急ぎでデパートへと帰った。

 

「僕がずっと来栖崎の側にいる。それでいいだろ?」

 

「ずっと、とは?」

 

「365日24時間、一秒たりとも側を離れずずっとだ。僕がいつでも血を飲ませられるよう、側にいる」

 

「そんな馬鹿な要求が通るとお思いですか?!」

 

「……いいじゃないか、百喰くん。今回ばかりは」

 

「礼音も……どうして」

 

「いいじゃん。ヒサギンもサンちゃんの血飲んでたら大丈夫なんだしさ」

 

「アドまで…… でも、万が一の事が起きた時は?」

 

「そんなことは起きない。いや、起こさせない」

 

「……ッ、分かりました。でも、万が一の事が起きた場合は即刻処分します」

 

 そして、会議が終わりサンは非力ながら来栖崎を抱えて自分たちの部屋へと戻った。

 

「来栖崎……ホント……ごめん……」

 

「何今更謝ってんのよ。言っておくけど許す気は無いから」

 

「あぁ、それは分かってる……つもりだ。でもさ、今だけ、今だけはあの約束、守ってくれないか?」

 

「いい……けど……」

 

「良かった……」

 

 ──しかし、少年は気づいていなかった。来栖崎の本当の気持ちを──

 

「……ありがとう」

 誰にも聞こえないような声で少女はそう呟く。

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