「ありがとうな……ほんま……ありがとぅな……」
工場から脱出するや、姉の方が泣き崩れるように頭を下げ始める。
「食われるかと……おもて……必死に隠れて……もぅだめかて……ぁりがとぅな」
「こっちこそ、君たちが生きていてくれて本当に嬉しいよ」
「そうだーよ二人ともっ!」
「あ、あなたは?」
「あたしの名前は樽神名アド、ポートラルっちゅーチームのリーダーぜよ!」
「チーム……?」
「君たち二人の命はあたしが保証するぜぃ、ゆえに、ゆえゆえに、もう安心していいぞよ」
「んなことよりオメェら、本当に二人だけなのか?」
「えっと……」
「幼女二人で数ヶ月生き残られるほど、この世界は甘かねぇーだろ。今日まで何してたんだ?」
「おいおい姫片。もう少し言い方ってもんが……」
「黙れサン」
姫片はいつものふざけた態度からはうって変わり、渋い、掠れた瞳で薄ら笑った。
「境遇に差別はねぇなら、対応にだって区別はねぇんだよ」
「そ、そうだけど」
「助けてやったんだ。情報くらい貰ったって、横暴にゃならねぇだろ」
「うちの名前は……沙織。──ー夢氷沙織」
姉は姫片の言葉を聞いてか、真剣な面持ちで語り始めた。
「んでこいつは妹の沙南。豊島街から逃げて、ここから来たんや……」
「いいね、喋れるじゃねぇか」
「豊島街か……よくあんな遠いとこから来れたな。大変だったろう? それに、豊島街ではどうやって生きてこられたんだ?」
僕が質問する。少し威圧感があったかもしれない。反省しなければな。
「あのな……豊島街にはライブハウスがあってな、そこで皆で、頑張って暮らしてて」
「けど……ライブハウス……襲われて……沙南と逃げてきてん」
ってことは、数日間ぐらいは飲まず食わずだったのだろう。
「──ーとにかく沙織ちゃん、沙南ちゃん!」
そう言って、アドはカバンを漁る。
「ほれ、水でも飲んで元気出すといいよ。お姉ちゃんの水だから遠慮せずにね」
「……。……ぇ?」
「お姉ちゃんの小水じゃねぇだろうな」
「もうそのネタから離れて欲しいのれす……」
「──ーまぁいいや、それと沙織ちゃん、はいこれ、あたしの秘蔵っ子もあげる」
「ふっふふー、虎の子ですけど特別にあげちゃうぜ」
「……これは?」
「スニャッカーです、どぞどぞ」
「…………くれる……の?」
「んにゃ? もちろん、あげるけど?」
沙織の言葉から察するに、元いたライブハウスでは、散々な扱いを受けていたのであろう。
「……。…………」
ぶわっ、と沙織が泣き出してしまった。
「わ、わわ?!」
「アドさん、幼女泣かしました……」
「ち、ちがうよ?! え、ちょ、なんで泣くの?!」
「……ぁぅ…………。……ぅぅぅ」
ぶんぶん、と。沙織は嗚咽を堪えながら、首を横に振る。
「違くて……食べ物……くれるなんて……。……ぅれしくて……」
僕らは無言で顔を見合せた。そして、アドが口を開く。
「ねぇ二人とも、もし行くあてがなかったらさ、このままお姉さんたちと来ちゃいなよ」
「アドッ……」
「モグッチ」
「あ、いえ……大丈夫です。問題は全くありませんよ」
「ああそうだな。ポートラルで暮らせば当面の食料だって問題はないはずだ」
「……ぇぇの?」
「当然だ。僕らポートラルは君たちを歓迎する」
沙織は一度だけ、深くうなずいて、直ぐに妹の頭を掴んで一緒に下げさせた。
「ふっふふー、さぁさぁ。そうと決まればスニャッカーは本当に特別なお菓子だから、よーく味わうといいんだぜ」
「ぁりがとう……ございます……」
「ほら……よかったなぁ沙南……」
「……おねぇちゃん?」
「世の中まだ……捨てたもんじゃ……ぁらへんぞ……」
美味しそうに一本のスニャッカーと水を分け合う姉妹を、僕は複雑な気持ちで眺めた。こんないい子が、死ぬなんて絶対にあってはいけない。
「なぁ、沙織ちゃん。少し質問したいんだけど、いいかな?」
「なんや、なんでも聞いてくれ」
「君たちがいたグループってのは、どんなんだったんだ?」
「それは……」
沙織は表情を曇らせる。
「いや、言いにくいんだったらいいけど……」
「いや、言わせてくれ。アタシらのグループは最低なグループやった」
「それは、どういうことだ?」
「アタシと沙南に食べ物くれんかったり、他の生存者を殺したり、あとは──ー」
「いや、もう良い。もう話さなくていい」
「ホンマにありがとうな……あたしなんかの為に」
「そう自分を卑下するな」
「てか、……兄さん、なんで感染しとらんの?」
「ふっふふー、サンちゃんが感染してない理由はね」
「おいアド、それ、言うのか?」
「まぁいいじゃないか。サンくん」
「理由は……ごくり……」
「サンちゃんが不死身人間だからなのですよ!」
「えっ……不死身……人間……?」
沙織は困惑する。当然だ。急に不死身って言われても信じる方がおかしい。
そして、アドは僕の秘密を次々と話していった。まぁ真綾のことは言わなかったが。
「兄ちゃん……死なへんの?」
「ああ、どれぐらい耐えられるのかは、僕自身でもよくわかっていないけどな」
「てか、よく信じられたな」
「そらそうや! 命の恩人の言葉なんやからな」
「んで、これからどうするアド?」
「んにゃ、どうするって?」
「作戦だよ。ここからどうやって帰るかのな」
「もう帰ることは決まってるんだね」
「勿論だよ。この子達が危険な目にあったら大変だしな」
「あれ~? サンちゃん。まさか、この子達に一目惚れしちゃったの~?」
「いや、違う」
「じゃあ、撤収ってことでいいんだね?」
「ああ、そうだ」
そう言うと、アドは両手を頭上で叩き、メンバー全員に撤収を促した。
「あの……」
終始僕らの会話を聞いていた沙織が、申し訳なさそうに口を開いた。
「迷惑かけて……ばっかでほんまわるぃ……」
「この恩……沙南の分まで……絶対返すからな……」
破れかけた上着の裾を握りしめ、ふるふると震えた。
「気にするな。仲間になる時期が少しずれただけだ」
「……せやかて……せやね」
沙織は少しだけ少しだけ頬を赤らめ、嬉しそうに微笑んだ、その瞬間、沙織の横から何か大きな塊が迫る。
「危ないッ!」
僕は沙織を庇う。そして、僕と沙織は横薙ぎに10m吹き飛ばされる。
「おい沙織ちゃん! 大丈夫なのか?!」
僕は脈を測る。よし、まだ息はあるようだ。おそらく気絶しているだけだろう。
「ったく、随分と派手な登場じゃねぇか!」
僕は頭上を見上げ、そこに立っていた化け物に叫ぶ。
ドゴォオンッ
次なる化け物の一撃が──コンクリートの地面を粉砕する。
「来栖崎!」
「分かってる!」
僕は来栖崎に向かって叫ぶ。
「来栖崎。アイツ、殺れるか?」
「ギリギリ、ってとこ」
「じゃ、僕も加勢するよ」
「アンタはあの姉妹の護衛でもしてなさいッ!」
来栖崎の言葉に僕はハッと、本来の目的を思い出す。そうだ、あの子たちが死んだら……
「分かった、来栖崎。でも、これだけは約束だ。死ぬなよ」
「勿論よ」
来栖崎はそう言って、あの化け物に向かって走り出す。
「嘘……だろ……?」
僕が驚いているのは来栖崎があの化け物と対等に渡り合っていることだ。ゲームだと押されていたのだが、何故だ?
「って、来栖崎! 危ない!」
来栖崎が一瞬の隙を突かれ、一撃をもらってしまう。
「沙織ちゃん。立てるか?」
幸い、沙織は打ちどころが良かったようで、ほんの数分で意識を取り戻した。
「……ぅん……なんとか……」
「じゃあ沙織ちゃん。僕に着いてきて!」
「……うん……分かった……!」
僕と沙織は走り出す。
「沙南ちゃん! 沙織ちゃんを頼む!」
「……」
沙南は無言で頷く。
「来栖崎! 大丈夫か!?」
「……遅いのよ、ケツパが……」
「早く飲め。これで傷が治る」
「……分かったわよ」
「皆ッ!! 来栖崎の回復ッ! 二分は掛かるッ!」
「二分……などっ!」
「無茶を──ー」
「まってみせますわよッ!!」
ひとり、トンファーを掲げた少女が化け物の前へ出る。
「ねぇ化物風情が──ー」
「サン様を、煩わすなよ」
だが、斬っても斬っても再生する化け物に、段々と押されていく。だが、完全回復まであと少しだ。
「……来る……な……」
これは、沙織の声……! まさか、と思い、声のした方向を向く。そこには、ゾンビに追い詰められている夢氷姉妹。残っていたのか!?
「チィッ! 来栖崎! 回復は終わった! まずはあの子たちの安全を!」
「言われなくても!」
来栖崎は素早く姉妹の元へ走り、ゾンビを速攻で片付ける。
「よくやった!」
「じゃあ、アイツ、二人で倒すぞ……!」
「……分かった」
そこから先は、壮絶の一言だった。少年は化物の攻撃を受け止め、その隙に少女が切り裂く。そして、時には少年が大きな傷を負うこともあった。だが、その傷はすぐに修復される。まさに肉を切らせて骨を断つ。その言葉がピッタリであった。
「ぅぅごおおぉぉぅぅ…………」
そして、異常な巨体をもつ化け物は遂に膝をつく。
「はぁ……はぁ……」
「……終わったんだな」
「当たり前……じゃない……倒したんだから」
「沙織ちゃん!」
僕は急いで駆けつける。
「何処にも傷はないか?!」
「……うん」
「はぁ……それは良かった。って……沙南ちゃん?」
「……ぅぅぅううあぁぁあ お゙姉ぢゃん゙!」
沙南は沙織に抱きつき、泣きわめく。
「ええんやで……怖かったもんな……」」
「おいアド、早く帰るぞ。もしまたあんなのが現れたら……」
「……うん、分かってる。帰ろう、デパートに」
「はぁ……はぁ……ふぅ……ふん」
来栖崎は息を整え、刀を鞘に収める。
「来栖崎」
「……?」
「あの子たちを助けに行ってくれて……ありがとう」
「……」
「…………別に」