「なにはしゃいでんのよ、ケツパ」
「いいじゃないか来栖崎っ、こんな時ぐらいさ!」
「なんか腑に落ちないわね……」
「それでは第2話、どうぞ!」
六月八日 九時
デパート四階
「さっさとどっか行って」
「ダメだよ来栖崎。僕はここから動かない」
女子トイレ個室前に胡座をかき、自信満々に不動を宣言する男がいた。そう、サンである。
「分かるだろう来栖崎。定期摂取は四時間周期とはいえ、発作は突発的に起きるんだ。どんな時でも、僕は君からは離れない」
「……じゃあ……耳塞げよ」
「わかったわかった。じゃあ塞ぐぞ」
サンはそう言って自分の耳に手を絶対に聞こえないように力強く押し付けた。
「聞いたら……嬲り殺すわよ」
サンは本当に塞いでいるため、完全に声が聞こえないのである。
「……え? 今なんかいったか?」
「……アンタ本当に律儀ね」
その声は今、目の前にいる男には聞こえていなかった。
「……終わったわよ」
「……」
「終わったってッ!」
何度呼びかけても答えないため思わず
「え?」
「だから終わったって言ってるじゃない!」
サンからすれば、突然の大声とともに扉が勢いよく開かれ、そして中には下半身を丸裸にした来栖崎が立っていた、なんてところか。
「あ…………」
サンは神速の速さで手で目を塞ぐ。
「……変態っ! 本っ当に気持ち悪い!」
「い、いや、まだ見てな────」
そう言っている時点で見たと言っているようなものだろうに。サンは来栖崎に思い切り蹴られ、壁にたたきつけられる形となってしまった。
「痛った……」
そして目を開いたサンの目の前にいた者とは・・・!
「大丈夫か! 何があった!?」
突然の轟音に駆けつけた礼音が見た光景は下半身裸の少女の前に男がへたりこんでいるという誰がどう見ても異常な光景だった。
「あ、礼音さん……。こ、これはちょっとした事情が……」
「ふっ……頑張れよ。サンくん」
そう言って、礼音はその場から去っていく。勘違いでもしたのだろうか。励ましの言葉を送って・・・。
「在庫の数が合わないだって?」
サンがやちるからその報告を受けたのは、先程の事件から十五分ほど経った頃だった。
「はい……。ここ数日なんですけど、屋上菜園で採れた野菜も、地下倉庫に格納してある食材も、記帳してある在庫数より実際の在庫数の方が少ないんです……」
「だってさ。どうする? 来栖崎」
「……ふんっ」
来栖崎はサンから目を背ける。
「本当に悪かったと思ってる。だから許してくれないか」
いくら謝ったところで、女性の裸を見たという罪は償えないのだろうか。
「おふたりは喧嘩しているんですか?」
サンたちの様子に疑問を持ったやちるが問いかけてくる。
「そうじゃないんだが……色々あってな」
「ま、まぁとにかく、その泥棒をとっちめたらいいって訳だな?」
サンはこの話を長い時間話したくないのでとっさに話題を切り替えた。
「あの、泥棒はちょっと言い過ぎかと……」
「どういうことだ?」
「ホント、減ってるのは大した量じゃないんです。スナック菓子が一袋とか、苺一房程度の可愛い量」
「苺一房って、随分きっちり管理してるんだね」
サンは凄く失礼なことを思ったようだ。
「だから……勝手に食べちゃった人も……出来心でつまみ食いをしちゃってるだけだと思うんです。配給も多くないし、ひもじい思いなのか、つい」
「なるほど」
「だからこそ、こっそりとその娘を見つけて、注意して、穏便にことを済ませて欲しいって訳か?」
「はい……お願い……出来ますか?」
「もちろんだ。でもなんでアドじゃなくて僕なんだ?」
「それは……アドさんって優しいから……お腹空かせてる子がいるって知ったら……、自分の食事まで分け与えてしまいそうで……」
「……アドさんに迷惑掛けたくないんです」
(僕ならいいのかよ)
「そうか。なら請け負わせてもらう」
「ほら、行くぞ来栖崎」
「…………」
サンが呼びかけると、来栖崎は無言で着いていく。約束は守るつもりだろうか。
「……と、とにかくありがとうございます。ぜひ、穏便に、穏便によろしくお願い致します」
「わかってるって。心配しないでくれ」
「なぁ来栖崎。許してくれよ」
「…………」
「なぁ、この通り!」
サンは謝罪の気持ちと共に頭を下げた。
「……プッ」
「え?」
「ハハハハハハッ」
「ホント、本気にしすぎ。アンタは」
そんな謝意の篭もった言葉を大爆笑で返す来栖崎。
「は? あれ全部演技だったって訳?」
「うん。そうだけど」
「このおぉー」
サンはそう言って来栖崎の頭をポンっと叩く。
「ちょ、やめてよ気持ち悪い。変態」
「変態って……」
サンの先程の行動を鑑みればそれくらい言われても仕方ないだろう。
「何言葉に詰まってんのよ。変態」
「僕は変態じゃないよ!? 大体、扉を開けたのは来栖崎なんだし──」
「黙って」
そんなことを言うと来栖崎は殴る素振りを見せてサンの口を閉じさせた。
「それよりも、なんでここなの? 倉庫前に張り込んだら犯人が来るはずって。単純すぎワロタ」
「ワロタ ってお前ネラーか?」
「……黙れぶち殺す」
またもや殺されそうになるサン。何故だろうか? こんな些細なことで人の生死を決められるくらい、この世界は残酷なのだろうか、とまぁ、そこまで深刻な空気になる必要は無いのだが。
「ごめんて。でも、考えが無いわけじゃないんだ。いくら僕らが調査で犯人を特定しても、相手が策を練って事を大きくしちゃうだろ? だから、直接現場を抑えればいい。ってこと」
「ふーん。でも、犯人が都合よく来るわけないでしょ、アホくさ、何時間待つ気よ」
どうやらサンは何時間でも待つつもりのようだが、来栖崎は退屈な時間を何もしないで過ごせるほど何も考えてないわけじゃない。
「あっ、誰か来たぞ?」
サンがそう言うと、来栖崎の視線は向こうにいる周囲を警戒している怪しげな人影へと向かう。
「暗くて顔が良く見えないけど、絶対あいつが犯人だろ」
「まじなの……意味不明」
「お、倉庫の中に入ってった。よし、こっそり後を追うぞ」
「完全にビンゴだな。一心不乱に食べてやがる」
「うざ。私らみんな我慢してるってのに……」
「ぶち殺し決定よ」
そう言って懐にある刀を引き抜こうとする来栖崎。
「まぁまぁ待て。まずは誰かを特定しないと」
誰か、とは言ったもののサンはその正体を知っているのだが。
「そんなの、ぶち殺してから見ればいいし」
「それにさ、穏便に解決って言ってたじゃん」
「だったら、穏便にぶち殺す」
「穏便の意味を調べてから再チャレンジしような」
「……私の辞書に穏便という言葉は存在しない」
「……プッ」
サンはクスリと笑った。
「何笑ってんのよ。アンタもぶち殺すわよ」
(正直、今の来栖崎がこんなジョークを言うなんて思ってもみなかった。だから笑ったのに、なんだこの言われようは)
「ま、まぁとりあえず今日はここで注意して穏便に解決するってことで」
「勝手にすれば」
僕らはこっそり、音を立てないようにその子……まぁアドなんだけど。
そして、コンテナの物陰を覗き込んだ。そこには、アドがいた。……否、一心不乱にお菓子を食い漁るアドがいた。
「さ、ささ、サンちゃん……ここここれはそのですね、理由がですね……」
よーし。穏便に済ませなければな。穏便に。
「おい、来栖崎」
「なに?」
「穏便に、ぶち殺せ」
「命令すんな。そのつもりよ」
「ちッ! ここじゃ分が悪いな、場所を変えるぜ挑戦者よ!」
「逃げるな! ッチ。追うぞ、来栖崎!」
「わかってる」
「捕らえてふん縛って、素っ裸で宙吊りにして屋上に晒して」
「そして殺す」
「…………お前ネット大好きだろ」
「……」
しかもサンの生きていた、『今から100年前』のネタが好きらしい。
サンが追いかけてきたのは食料管理室。果たしてここにいるのか?
「アドはどこだッ!」
「フッフッフ、来るのが一足遅かったようだな。勇者よ」
「ひゃ、ひゃひゃ……助けてくださいサンさん」
「人質とは卑怯な!」
「ふっふふー、君が悪いのだよ」
「腹が減っては戦ができぬ、このあたしの楽しみを邪魔するからいけないのだ!」
「さぁ! このヤチルンの命が惜しければ、ボトチテップスを要きゅ────」
サンは発砲した。
もちろん当てるつもりはなさそうだが、アドの頬を掠った弾丸は、背後の壁に穴を開ける。
「……?」
「……????? ……???」
「なぁ、アド」
サンは恐怖で膝がとてつもなく震えているアドに、言葉をかける。
「僕は謝罪を要求している」
「え、ええい、えい!」
「とくと知れ! 私の恐ろしさを!」
アドは戦闘態勢に入るが、そんなのはお構い無しと、来栖崎が襲いかかる。
「おっとー、ヒサギンに襲われたら負けるからねー」
「ほらほらー 捕まえてごらん!」
「階段登ってったわよ変態!」
「だから僕は変態じゃない!」
「てか、峰打ちじゃなくていいよね? いいよね?」
「無論だ。次はその刃を血で染め上げてくれ」
「ほぅら! 追い詰めたぞアド!」
「ふっふふー、ここまで辿り着いたのは貴様らが初めてだよ」
「だが、残念だったな。我が忠実な下僕を召喚させてもらった」
「召喚されたもぐもぐ……ごっくん」
「飯で釣ってるだけじゃねーか!」
「釣られてないぞー。アド閣下はあたしのーほら、なんか、すごく大切な上司だー」
「いいわよ。片栗粉が何袋増えようが、関係ないし」
「クリコじゃねぇリツコっつってんだろぶっ殺すぞ!」
「ちょ、あなた達、ここ医療施設なんだけど?! 騒ぐのはやめてよね?!」
「すみませんやいとさん」
「でも、すぐにこいつらを『うんともすんとも言わない躰』にしてやりますので」
「は? あたしを前に随分と調子こくじゃねぇかインテリ坊主ぅ」
「ゾンビにビビって女の陰に隠れてたガキが何を」
「黙れ」
「ちょ……おま銃は……」
「関係ない。お前ら二人に慈悲をかける気など、毛頭ない」
「いけ、来栖崎」
「言われなくても……!」
戦闘は、あまりにも一方的で、そして、手も足も出ていなかった。
「…………ぁがっ。……来栖崎テメェいつの間にんな強く……」
「よっわ。私、嫌いなのよね粉物」
「リツコだっつってんだ……ろ」
「ちぃ、使えない駒め。ならば奥の手を見せてやる!」
「どこまでも……!」
「ツッコん出る暇があったら追うわよ変態!」
「僕は変態じゃ──ーあっそうだ」
「やいとさん」
「な、なにかしら」
「お騒がせついでに申し訳ありませんが、そこで気絶してる姫片さん、下着まで全部ひん剥いて、エレベーターで屋上に運んでおいて貰えると助かります」
「え……なんで」
「晒します」
「承知したわ」
「……ノリノリかよ」
「オマエモナー」
「なによ、アンタもネラーじゃない」
「ち、違、つい」
「まぁいいわ、早く急ぎましょう」
「あぁ、そうだな……!」
「ふっふっふー私に攻撃してみな? だが、もし少しでも発電機に被弾しようものなら、ポートラルの全電力は停止するのだよ?」
「そうしたら、お湯もわかせぬ、顔も洗えぬ、トイレも流せないのだよ?」
「ぐ……卑劣な」
「くはは、卑劣、卑劣とな? それはな、己の無能を手段のせいにする弱者のセリフよのぉ!」
「殺そ、ねぇ早く殺そ」
「ああ、来栖崎の刀のセンスを見せてやらないとな」
「ふぐぉ……だが死なぬ、まだ死なぬのよ!」
「ば、あいつ窓から飛び出したぞ!」
「違うわよアホ、窓の外みなさいよ!」
「なにぃ! 窓からよじ登っていっただと!?」
「とにかく追うわよアホ!」
「屋上まで逃げただと!」
「どこ、ねぇ私の獲物はどこ?」
「焦るな。入口はここだけだ。ここを封鎖しちまえば袋のネズミ」
「菜園の影か、あるいはシャワールームか、逃げ切ることはもう出来ねぇよ」
「あら、サン様! 息を切らしてどうされましたの?」
「甘噛、おま……なんて格好してんだ?」
「いやん、ウブで可愛いですわね。ただのバスローブですの」
屋上にシャワールームがあることがまず異常なのだが、それを日中に使うこともまた、異常である。
「シャワーを浴びてましたもので。けどヤカンのお湯が切れてまして、欲求不満、不完全燃焼ですわ」
「そうか。つまり仮説シャワールームには隠れていないと」
「ふっふははははー!」
「いたわよあの阿婆擦れ! タンクの上よ!」
「クソ、あんな遠くに」
「ここまで追ってきたことは褒めてやるぜユーたち!」
「だが、最高にハッピーなショーはここからさ!」
「なに?」
「今ツヅリンが着ているバスローブに、時限爆弾を仕掛けさせてもらったぜ!」
「時限爆弾?」
「ふふふ、このスイッチを押すと木っ端微塵に──ローブが肌蹴るように設定した時限爆弾さ!」
「なんですとッ?!」
「手先器用か」
「おっと、動くなよ。妙な動きをしたら、スイッチをポチだ」
「さぁ、大人しくあたしを諦めて──ー」
「私が行く。10メートルくらい余裕よ」
来栖崎ひさぎは────飛んだ。
10メートル、いや高低差を含めれば15メートル近い距離を、助走もなく、踏み込むように、まるで宇宙を駆けるように、飛んだのだ。
「おしりペンペ────」
「…………へほ?」
その超人じみた跳躍の末、来栖崎はアドに眼前に着地する。
「はろろん、罪人さん」
「…………ごめん」
「おそい」
「そいつをこっちへ落とせ来栖崎!」
サンは全力で叫んだ。
「命令すんな!」
口では反抗しながらも、アドを落としてくれた来栖崎には感謝する。
「ありがとうな」
「はぁ? 別に感謝されるようなことしてねーし」
「……きゅー」
サンはその声を聞き、本来の目的を思い出した。
「あぁ、そっか、ついに、終わったんだな」
そう言い、僕は目の前で倒れている哀れな女性を見下ろした。
「眠れ。その身に罪を刻んで」
「アンタ毒されすぎ……マジでキモ」
「……すみません。自重します」
「じゃ、始めるわよ。こいつらを晒さなきゃ」
「そうだな」
「まずは下着をひん剥いて、と」
「よし、じゃあ次は木にくくりつけないとな」
「そうね、じゃあ木持ってくるわ」
「助かる」
「ねぇ、もっと良く見えるとこに立てなきゃ意味ないじゃない」
「要領悪すぎ。馬鹿なの? 死ぬの?」
「死なねぇよ。それに来栖崎」
「二本あるとはいえ主犯格はこいつなんだし。こっちを目立つところに立てないと意味ないだろ」
「確かし」
「おや?」
「あ、礼音さん?!」
「何を驚いているんだ? まさか、今朝のことを心配しているのか? それなら安心してくれ。誰にも言っていない」
「あっはい。そうなんですね。それなら良かったです」
「それで、何をしているんだ……って」
「んななななっ?!」
「ん? どうかしました?」
「どうしましたもなにも……サンくん……」
「その……二人は一体?」
「あぁこれはですね」
「新しいカカシです」
「その……私の眼には素っ裸で木の棒に縛られた樽神名くんと姫片くんにしか見えないのだが……」
「そう見える人もいるらしいです」
「ねぇ、下着もちゃんと破らないの? カカシにはすぎた布だわ」
「これはな、次なる戦争を生まぬための、武士の情けなんだよ」
「一体何が……」
「ほら、土に刺したぞ来栖崎」
「フッ 愚かなカカシだ。これでは鳥どころか人すら近づかないな」
「あはは、キターコレー」
「キター?」
「…………ふぁっく」
「ちょっと……すまないが説明願えるか、サンくん」
「ああ、これはですね……」
サンは礼音さんに事のあらましを丁寧に教えていった。
「ふむ、私の知らぬ間にそんな戦いが」
「全く、リーダーがこんなんで大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫だよ。サンくん。今までやってこれたんだから。それに、今回のことに関しては樽神名くんはこういうだろうな。『組織を団結させる一番手っ取り早い方法は外敵を作ることだ!』とね」
「あはは。言いそうですね」
「君は察しがいいというか、吸収が早いというか……」
「ぎょ?! ギャャーッ!」
突如背後から悲鳴が聞こえた。サンは慌てて後ろを振り返る。そこには、カカシへと向かう猫っぽい少女がいた。
「たたたたた樽神名さん?!」
「ああ、豹藤。犯人は悲しいことに樽神名だったよ」
「そ、そんな?!」
「穏便にっていう約束。破っちゃったよ。ごめん」
「ご、ごめんなさい……そ、そのほんとに……ごめんなさい!」
「全部樽神名さんが計画したことだったんです……」
「在庫数があわないのも全部含めて……」
「でも……まさかここまでされるなんて……」
「酷い……あんまりです……」
「……」
「ふむ、サンくんは怒らせたら怖いことが発覚したな」
「は、なに? どういうこと? 誰か説明しなさいよ?」
「ふふ。つまりはだよ来栖崎くん」
「君とサンくんが仲良くなるように仕組んだ樽神名くんとの作戦だったというわけだよ」
「……」
「君が随分とサンくんを毛嫌いしているようだったからな、樽神名くんも見兼ねたのだろう」
「ふふ、だが作戦は成功のようでなによりだ」
「一緒にカカシを立ててる時の二人はまるで親友のようだったよ」
礼音の言葉に来栖崎の顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「ッ…………!」
「あの、これ以上は……」
サンは来栖崎の方を指差す。
「どうしたんだい? 来栖崎くん」
「もういい! もう二度と喋りかけんな」
と、ガン切れのまま立ち去ってしまった。
「すまない……サンくん」
「僕は来栖崎を追うんで、礼音さんはアド達を下ろしてやってください」
「本当にすまない……樽神名くんたちは心得た」
「ちょ、待てよ来栖崎」
「……」
カツカツと階段を降りていく来栖崎の姿を、サンは追う。
「だからちょっと止まれ」
「……」
「だから待てって!」
「…………なに?」
来栖崎は業を煮やしてか、冷めた態度で振り返る。
「馴れ馴れしくしないで、迷惑」
「違う。別にか、会話もまぁしたいけど」
「ほら、やっぱりそうなんじゃない」
「でも、今の目的は違う。血の時間だ」
僅かに、瞳の橋が黒ずみ出しているひさぎへと、サンは右手の人差し指を差し出した。血が滴る指を。
「……分かったわよ。飲めばいいんでしょ。飲めば」
来栖崎はそう言って、静かにサンの指を咥える。
「すまねえな。こんな思いさせて」
「……ぅ……ぅぅ」
死ぬほど憎くても、生きて彼氏に会うためなのだと、来栖崎はそう考えていると、この時のサンは思っていた。
──来栖崎の本当の気持ちも知らずに──
「…………バカ」
「今なんか言ったか?」
「何にもないわよ!」
「ああ、すまん。聞き間違いだった」