「とぉぉちゃぁぁくッ!」
大橋から本島へ、降り立ったアドはすこぶるご機嫌だった。
「ふっふふー! ニュータウンの生存組合で初・上・陸ぅ!」
「月面初着陸のアポロもかくやと言わしめる大功績だねぇこりゃ!」
「すごいぜヒサギンもサンちゃんも! アンタらやっぱスーパースターだぜぃ!」
「うざ……てか暑苦し」
「それに、あんまり僕、ゾンビ倒してない気がするんだけど……」
「細かいことはいいの! サンちゃんもよくやったよ。いつのまにあんなに戦えるようになったの?!」
「ああ、昨日筋トレを数回」
「「えぇ!?」」
一同から驚きの声が上がる。
「あれ、僕なんかおかしいこと言ったかな?」
「おかしいも何も、たった一日であんなに動けるなんて異常だよ!」
「そうなのか……僕が元いた時代よりも100年以上後の時代だったからそれが普通だと思っていたよ」
「ホント面白ぇな。インテリ坊主。いや、今はインテリ兼脳筋坊主か、ハハッ」
「新しいあだ名思いついてんじゃねぇよ。でも、それじゃあなんで一日であんなに動けるようになったんだろう?」
「まぁさ、細かいことは置いといて! まずはさ、ここを探検しない?」
「おいおい、ちょっとくらい休ませろっておもらし姫さまよ」
「え? 私の十分の一のお仕事のあんたが? 疲れたの? 粉物なの? 死ぬの?」
「クリコじゃねぇリツコだっつってんだろうが!」
「栗子、それ、認めたようなもの……」
「まぁまぁ樽神名くん、とにかく少しだけ息を整えてから街へ向かわないか」
「えー」
アドが不満げな声を漏らす。
「えーじゃねぇよ、お漏らし姫」
結局、僕らは十五分ほど休憩してから、本島の調査に向かった。
「ふむ……予定調和すぎて言葉も無いな……」
やはり、渚輪区本島は渚輪ニュータウンと同じ。いや、それ以上の荒廃ぶりだった。
「あら嫌ですわ。わたくしが足繁く通いましたホシバコーヒーもぐちゃぐちゃですの」
「これでは……渚輪ニュータウンと変わりませんね……」
「いや……違う。下手したら渚輪ニュータウンよりも酷い有様だ」
人口も面積も渚輪ニュータウンの比ではない巨大な本島が、こうなることは火を見るより明らかであった。
「しっかしよサン、荒廃どころか道路が水没してんじゃねぇか」
「交差点の向こうがさながら湿地帯です」
「きっと都市循環機構が麻痺してんだろうよ。ほら、あっちの排水溝を覗いてみろよ」
「排水溝ぉ?」
「枯葉が詰まって、使い物になってないだろ?」
「ふーん、枯葉が詰まったぐらいで、んなでっかな池が出来るもんかね」
「秋に国道で海水浴、したことないです……」
「落ち葉の駆除って、以外に知られてないだけで、自治体が率先してやってる事業の一つだからな、三ヶ月停止しただけで、排水溝は使い物にならなくなる」
「それに、この街の都市循環機構は他の都市よりあまり力を入れてなかったから──ー」
え、僕は何でこんなことを知っているんだ? この街は僕がいた時代には無かった筈だ……
考え事をしている僕の隣に、甘噛がちょこんとしゃがみ込む。
「どうしたのですか? サン様」
「あ、いや何でもない。ちょっと考え事があってな」
「そうなのですか。でも、なんでニュータウンは水没していないのでしょうか?」
「ふっふふー、もしここであたしが掃除してたんだぜ、って言ったらみんな驚くかい?」
「まずはテメェの部屋でも掃除してから言えホラ吹き」
「はい……」
アドのふざけた冗談は、姫片の言葉によって制される。
「渚輪ニュータウンはさ、2年前に完成した最先端の都市プロジェクトだからな」
「都市循環機能の技術水準が本島とは格段に違うんだろうよ」
「んあ? そうなのか?」
「ああ、確か《新極東政府施政下》の特例三区の一つ──ー渚輪区の『制定十周年』に造られた新都プロジェクトだったからな」
「流石サン様、博識ですわ」
「ま、これは覚えてたって言うより本屋で勉強した知識なんだけどさ」
「サンくんは、鍛練だけでなく、勤勉にも励んでいるのだな。惚れ惚れするよ」
「いえ、せめてみんなに体力で劣っている分、知識でサポートしようかなと」
謙遜のつもりで言った言葉だったが、何故か微妙に重たい空気になってしまった。
「おいおい、あれであたしらに劣ってるって言えんのかよ」
「サンくん。行き過ぎた謙遜は、時に嫌味になるぞ」
「え、僕、嫌味なんか言いましたっけ」
「「はぁ……」」
みんなから呆れた声が出る。
と、そこに流れを断ち切るように、我らがリーダー、アドが発言する。
「うっし! 皆のしゅー、ちゅーもーく!」
「これより我々は道の一歩を踏み出すこととなーる! 成すべき目的は情報収集、そして探検の一点のみ!」
「二点じゃねぇか」
「シャーラッピュー! さぁさぁ、生存者の発見もいいね、ゾンビっちの事情聴取も悪くないね!」
「とにかくドキドキワックワックの探検開始だい!」
目指せ南海岸線! と。
アドに導かれるまま、僕らはオフィス街──ー新花芽地区の南下を開始した。
そして、僕らは、進路変更をして、新花芽地区へと向かうこととなった。
そして、目的の高須駅があと少し。というところで……
「ちょ……こりゃゾンビの数が多すぎじゃねぇか」
「ぐへぇ。高須駅はスグソコサミンなのに、ゾンビの海でたどりつけないぞよ」
「それだけじゃない……アレを見てみろ」
礼音さんが指さした方向にいたのは……
「おべべべべべ、おべべ、おべべべべ」
「…………変異種」
それに、あの鹿狩の時とは違う。丸みを帯びた3mクラスのゾンビ
「なぁサンくん……本当に……このまま駅広場を突破するのか?」
「そうですね……まずいかもしれません」
「ルート変更をしたはいいですけど参謀さん、どうします、戻りますか?」
「馬鹿言うんじゃねぇよ百喰。戻るんだって一苦労な地点まで来ちまってんだよ」
「前方が万の大群、後方が川なら私は迷わず川を選びますけどね」
「いや、違うんだ二人とも」
「僕が言う『まずい』ってのは、冗談抜きで本島の人間がこれっぽっちしか生き残っていない可能性ですよ」
「西の工業地帯への移動方法は案があるから、駅までたどり着ければ問題ないよ」
「……いや、ですから駅までどうやって辿り着くのだと」
「いや、問題はないだろ」
僕が言い切るよりも早く、来栖崎はゾンビの群れ、そして変異種へと衝突していた。
「来栖崎を、舐めないほうがいい」
「おべべ、べべ……べべ……」
来栖崎の刀で脳幹を破壊され、沈む変異種。
駅構内への微かな道が、今示される。
「みんな! 来栖崎が作った亀裂から一点突破するぞ!」
「うっしッ! みんなヒサギンに遅れをとっちゃダメだぜ!」
「殿は私が努めますわ! だからサン様は背中を気にせず進んでくださいまし」
「殿ってのも変だけど、後方は任せた甘噛。絶対離れすぎるなよ」
「俺様から離れるな、なんて……素敵ですサン様」
「無駄口叩いている暇はありませんよッ!」
「そうだねモグッチ! けど駅構内まであと30mは切ってるぜぃ、もうちょっとの辛抱さい!」
「来栖崎ッ!」
僕は隊列の後方から、最前線で戦う少女の名を呼んだ。
生憎、僕は今指示をしなければいけないので、戦うことが出来ないのだ。
「北口から駅構内に入るんだ! そしたら改札に繋がる階段を登るんだ!」
かすかに、偉そうに命令すんな! 、と聞こえた、気がした。
「ふにゃぁ……はは……間一髪だったね」
「そうだな……例えると、味方が命に換えて造った道筋を行くような──」
ふと後ろから、静かな殺気を感じる。
「それだとさぁ、私が死ぬことになるんだけど」
「あっ」
僕が謝罪の言葉を述べようとすると、後ろから、尋常じゃない力で首を締められる。
「あがが……ちょっ、離せっ、おまっ苦しい」
「アハハー、不死身のくせに効くんだー。首絞め」
「ストーップ! ヒサギンもそこまで!」
アドがそう言うと、来栖崎に耳元で、
「……帰ったら覚えときなさいよ」
といわれ、首から手を離された。
「さっきのはどっちも悪かったってことで! どっちもごめんなさいしようねー!」
「「小学生か!」」
僕と来栖崎が同じタイミングでそう言う。
「被せないでよね」
「ちょ、言いがかりはやめろよ。来栖崎」
「もう! なんで二人はいつもそうなるのかなー全く」
「さて、と」
「およ? 遂に出発かい? サンちゃん」
「あ、いや、ちょっとトイレに行ってくるだけだよ。おい、来栖崎」
ホームの隅で、いじけるようにマフラーをいじっていた来栖崎に僕は、声を掛ける。
「ホーム端のトイレに行くから、お前もついてこ──ー」
「死んでも嫌、なんであんたと連れションしなきゃいけないの」
「いや、お前が来てくれないと、僕はトイレに行けないんだけど……」
「赤ちゃんプレイかよ、キモすぎワロタ」
はぁ、と。僕は溜息を零して、伏し目がちに来栖崎を眺めた。
「なら来栖崎。皆が見てる目の前で、この場所で、してもいいのか?」
「はぁ?! きしょ……勝手にオシッコでも何でもすればいいじゃない」
そう言う来栖崎の目は、既に端が黒くなり始めていた。
「なぁ、本当にいいのか?」
僕は再度問いかける。
「僕はここでしてもいい、けど──ーお前は誰にも見せたくないはずだろ?」
「……」
「なぁ」
「……分かったわよ」
僕の意図を汲んでくれたのか、来栖崎は渋々僕の後をついてきた。