私と少し哲学の話でもしませんか?   作:へっくすん165e83

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 とある企画で書いた作品を埋まらせておくのも勿体無いのでこのような形で投稿します。
 温かいものでも飲みながらのんびり読んでいただけたら幸いです。


機械の中の脳

 一体何があったらこんなことになってしまうのだろうか。

 

 天高くそびえ立っていたと思われる高層ビルは軒並み倒壊しており、三車線ある道路を瓦礫で埋め尽くしている。交通統制をしていたであろう信号機はちぎり捨てられたかのように道路に転がっていた。

 また、道路に敷かれたアスファルトには大きなひびが入っており、所々陥没している。まるで子供が無邪気に破壊した模型のような街並みの映像を私は他人事のようにただじっと見ていた。

 映像に映る空は私のよく知る青く澄んだ空とは違い目が痛くなる赤色で、浮かんでいる太陽も夕日のように赤く燃えている。赤い空には雲一つ浮いておらず、まるで赤いペンキで空を塗りつぶしたかのようだった。

 私はただぼんやりとその映像を見続ける。だが、次第にその映像に違和感を感じ始めた。

 本当に映像を見ているのか?

 もし何かの映像を見ているなら、その映像から視線を外すことができるはずだ。私は視線を移動させようとするが、映像の中央から動かすことが出来なかった。まるで、この映像を撮っているカメラが、そのまま私の目になってしまったように。

 私は視線を動かすのを諦め、首を右に回す。すると、映像も連動するように右側を映し出した。まるでこの映像を映していたカメラを右に振ったようだった。

 いや、もしかしたら本当にカメラを横に振ったのかもしれない。

 

 どういうわけかわからないが、私の眼球はカメラになってしまったようだ。

 

 私は顔に付けられているであろうカメラを確認するために顔を手で探る。だが、顔の前まで両腕を持ち上げたときに奇妙なものが私の視界に映った。

 金属製の棒を繋ぎ合わせたロボットアームのようなそれは、銀色のシリンダーが取り付けられており、私が腕を前後するのに合わせてシリンダーを伸び縮みさせ同じように動いている。時折アームにつけられた金属の小さなタンクが、プシュンと蒸気を吹き出した。

 しばらくアームを動かして遊んでいるうちに、私はあることに気がつく。

 

 どうやら私の腕はいつのまにかこの不細工で無骨な二本のロボットアームになってしまったようだ。

 

 私の思い通りに動かすことはできるが、物に触っても何も感じない。数回腕を打ち合わせてみたが、金属の濁った音が響くだけだった。

 もしかしたら、私の身体は今人間の形をしていないのかもしれない。

 私は何か身体を映せるものを探すためにこの場を立ち去ろうとする。だがいくら足を前に出そうとしても、前に進むことはなかった。私は不思議に思い、足元を見る。

 まさか足まで金属製になっているのかと思ったが、視界に入ったものは私の予想の斜め上のものだった。

 四角い箱の先に細長い板が何枚も繋ぎ合わせられた帯のようなものが左右に見える。私はその金属の帯に見覚えがあった。

 それは工事用の重機や戦車などに付いている履帯だった。

 

 私の足は、重機のような履帯になっていた。

 

 そして履帯の上にある四角い箱は、位置的に私の胴体だろう。金属製の頑丈そうな箱には蝶番が付けられており、反対側には鍵穴も見える。

 まるで金庫のようだったが、金庫にしては扉に付けられているものが多い。右胸の辺りには二つのメーターが、左胸の辺りには小さな覗き窓がついており、覗き窓の中では何かが煌々と燃えている。上から覗き込むような形になっているためよく見えないが、何か細かい破片のようなものが燃えているようだった。

 私はしばらく呆然と自分の身体を観察していたが、すぐに我に返る。少なくとも私は人間で、ちゃんと手足を持っていたはずだ。

 一体何があってこのような身体になってしまったのだろうか。今にも発狂して叫び出したい気分だったが、生憎この身体に声帯はついていないらしい。

 私は全てを諦めて、取り敢えず周囲を探索することに決めた。幸い履帯も私の意思で動かすことが出来るらしく、思い通りに左右の履帯を別々に回すことができた。私は履帯を同時に回転させ、瓦礫を踏み潰しながらアスファルトの上を進んでいく。

 これではまるでちっちゃなショベルカーだ。私の小さい時の夢は何だったか思い出せはしないが、ショベルカーではなかったはずだ。

 私が一体何をしたっていうんだ。天罰にしてはあまりにも酷すぎる。

 私は記憶を辿るが、バチが当たりそうなことをした記憶はない。いや、それどこか私が誰で、今まで何をして生きてきたかすら思い出すことが出来なかった。

 私は瓦礫を踏み潰し、時にアームで押しのけながら荒廃した世界を進んでいく。何か身体を映せるものがないかと探していたが、ガラスというガラスは粉々に砕け、身体が映せそうな大きさのものは残っていない。

 私はもう一度胴体につけられたメーターを見る。二つあるメーターにはそれぞれ表記がされており、片方には『燃料』、もう片方には『水』と書かれていた。

 

 どうやら私は燃料と水で動いているらしい。

 

 メーターの針はどちらも満タンに近いところを指しており、すぐに補充しなければならないということはなさそうだった。

 

「おや、こんなとこで会うなんて奇遇だね」

 

 不意に横から声が掛かる。私は履帯を止めると声のした方を向いた。

 そこには白いロボットが立っていた。人間を模した形をしており、身体の表面は白いプラスチックのような外装で覆われている。顔には人間と同じように二つの目と口がついており、ロボットが喋るのに合わせて開閉していた。

 

「レン、君も探索に出ていたんだね。っと、君の場合は捜索だったか。もう帰りかい?」

 

 私はじっとそのロボットを見る。ロボットは私のことをレンと呼んだ。だが私はレンという名前に全く聞き覚えがない。

 私が黙って白いロボットを観察していると、白いロボットは何かに気がついたのか気まずそうな顔をした。

 

「ごめん、そのカイライは喋れないんだったね。私はこれから局に帰るが……よかったら一緒に帰ろう」

 

 どうやらこのロボットには帰る場所があるらしい。全く状況が飲み込めないが、このロボットは私のことを知っているようだ。

 だとしたらこのロボットについていくのが正解だろう。

 私は白いロボットの背中を追いかけるように瓦礫の山を進んでいく。白いロボットは私がついてきたことを確認すると、少し歩く速度を緩めた。

 

「その様子だと、今日は誰も見つからなかったようだね。成果が無いのはこっちもだよ。近場は探索しきっているからあまり期待してはいなかったけど」

 

 白いロボットは一方的に喋りながら前へ前へと進んでいく。何にしても理不尽この上ない。何故私はこのロボットのような身体じゃないんだろうか。黒電話とスマートフォンぐらいの技術の差を感じる。

 

「それにしても、今日は作業用のカイライなんだね。ハルの新作のテストかな?」

 

 新作……今新作と言ったか?

 どうやら目の前にいるロボットとはそもそも用途が違うようだが、それにしてもこんなガラクタが新作とは。この身体を作った者に文句の一つでも言いたい気分だった。

 白いロボットは時折振り返りながら瓦礫の間を縫って進んでいく。青い道路案内標識がアスファルトに突き刺さっている十字路を右に曲がると、目の前に大きな施設が見えてきた。

 あそこが目的地だろうか。

 だが、その施設も周りの高層ビルと同じように倒壊している。私は道路案内標識に視界を合わせる。その標識によれば、目の前にある施設の名前は『中央管理局』と言うらしい。

 

「ん? 何か気になるものでもあったかい?」

 

 私が標識を見ていると、路地裏に入ろうとしていた白いロボットがこちらに声を掛ける。私は首を横に振ると白いロボットを追って路地裏に入り込んだ。

 路地裏は思ったよりも物が少なく、瓦礫も落ちてないことからよく通られている道であることがわかる。白いロボットは路地裏の途中で立ち止まると、途中にあった扉を開けて崩れたビルの中へと入っていった。どうやら、ここが入り口らしい。

 私も白いロボットに続いてビルの中に入る。ビルの中は半分崩れてはいたが、金属の棒などで補強がなされている。そして部屋の中央には、エレベーターが通っていたのであろう空間に無理矢理後付けしたと思われる工事用の昇降機があった。

 私は白いロボットとともに昇降機に乗る。白いロボットが昇降機についてるレバーを下に引くと、上の方で蒸気が漏れる音が聞こえ始め昇降機は下がり始めた。

 

「若干蒸気が漏れているな。錆の原因になるから早急に修理しないと」

 

 白いロボットは昇降機の上につけられた装置を見ながら言う。そうしているうちに昇降機は地面に設置し動きを止めた。降りた距離からしてそこまで地下の深いところではない。せいぜい地下に数階下りた程度だろう。私は履帯を回し、昇降機から降りる。

 そこは古びた廃工場のようなところだった。壁は打ちっぱなしのコンクリートになっており、右側の壁には等間隔にシャッターが設置されている。逆に左側の壁、シャッターの対面には普通の扉が一つ設置されていた。

 だが、この部屋で一際目を引くのはシャッターでも打ちっぱなしのコンクリートでもない。昇降機の真正面、まるで外から来た者を出迎えるように大きなモニターが設置されていた。

 

「あら、おかえり。一緒に帰ってきたのね」

 

 モニターには女性が映っており、こちらに対し話しかけてくる。その女性は赤く長い髪を腰まで伸ばしており、それに合わせてか赤い装飾の凝ったスーツを身につけていた。

 

「ああ、途中で合流してね。私もレンも成果なしさ」

 

「あら、いつものことじゃない。今換えのカイライを用意するわ」

 

 白いロボットが肩を竦めると、モニターに映る女性はシャッターのほうに目を向ける。それが合図かのようにいくつかあるうちのシャッターの一つが開き、中からロボットアームが伸びてきた。

 私に付いているロボットアームを、そのまま大きくしたようなそれは、白いロボットの頭の後ろにあった鍵穴に鍵を差し込むと、時計回りにガチャリと回す。次の瞬間、プシュンと空気の抜ける音と共に白いロボットの頭が前後に二つに開いた。ロボットアームはその中に鎮座している黒い楕円型の物体をロボットの頭から引き抜き、シャッターの奥へと戻っていく。

 シャッターの奥は暗く何が行われているかわからなかったが、十秒も経たないうちに一人の男性がシャッターの奥から歩いてきた。男性はどこにでもありそうなグレーのスーツを身に纏っており、きっちりとした印象を受ける。

 スーツ姿の男性を観察していると違うシャッターが開き、今度は私の方にロボットアームが伸びてくる。ロボットアームは私の四角い胴体にある鍵穴に鍵を差し込み、時計回りに回した。

 

『収納容器のロックが解除されました』

 

 そんな機械音声がどこからともなく聞こえてくる。ロボットアームは私の胴体を扉のように開くと、私の胴体に収められていた黒い楕円形の物体を引き抜いた。

 

 次の瞬間、私の視界が暗転する。

 

『SW-89の接続が解除されました』

 

 また機械音声が聞こえる。まるでその機械音声は、私の頭に直接響いているようだった。

 逆に言えば、それ以外の音が全く聞こえない。

 

『EH-16に接続しました』

 

 また機械音声が聞こえたかと思えば、次第に私の視界は明るくなった。先程までのモニターに映る映像を見ているような遠近感のない視界とは違い、まるで違和感なく周囲が見て取れる。私は目を慣らすように数回瞬きし、少し遅れて自分の目に瞼があることに気がついた。

 まさか、人間の身体に戻ったのか?

 そう思い私は真っ先に下を見る。そこには胸の二つの膨らみと、自然な色の肌。着ているのはパーカーだろうか、黒い布地が確認できた。

 どうやら、まだ確証はないが私の身体は人間のそれに戻ったらしい。

 私は両手を胸の前まで持ち上げ、何度か曲げ伸ばす。先程までのロボットアームとは違い、この腕ならピアノだって弾けそうだと感じた。

 

「レン? 大丈夫?」

 

 声を掛けられて私は我に返る。声がした方を向くと、シャッターを挟んで反対側に先程の男性と白いロボット、その横には履帯のついた無骨な機械が置かれているのが目に入った。

 私は恐る恐る片足を前に出す。一歩、二歩と確かめるように歩き、足が思うように動くことを確認すると、シャッターの奥にある先程までいた部屋に向けて歩き出した。

 

「大丈夫かい? 随分起動に時間が掛かっていたが……」

 

 男性は心配そうに私の顔を覗き込む。私は一瞬目を逸らしたが、話を聞かないことには何も始まらない。

 私は意を決して目の前の男性に聞いた。

 

「あのっ! あの……ここは、一体どこですか?」

 

 声が出るかが不安だったが、私の口は滑らかに日本語を紡ぎ出す。

 私は自分の声に全くと言っていいほど聞き覚えがなかったが、今はそんなことはどうでもいい。私がレンという人物だと勘違いされたまま話を進められても困るのだ。

 男性は質問の意味がわからないと言った表情で目をパチクリとさせている。

 

「えっと、ここは一体どこかというのは、『今この場所はどこか』という意味であっているかな? あえて答えるまでもないと思うが……君もよくご存知な通り、中央管理局のエントランスだよ。もっとも、前の管理局と比べてオンボロなのは私も認めるところだがね」

 

 目の前の男性が言うには、ここは中央管理局という名前の施設らしい。ここにたどり着く前に案内標識で見た名前だが、標識で案内されていた先にある建物は周りにある建物同様見事に倒壊していた。男性の口ぶりからして、あの倒壊していた建物が元中央管理局なのだろう。

 

「……レンというのは、私のことですか?」

 

「はは、他に誰がいると言うんだ。名前が被るほどこの局に人は残っていないよ」

 

 私は重ねて男性に問いかけたが、男性は冗談だと受け取ったらしい。

 だが、モニターに映る女性は何かに気がついたらしく、表情を険しくした。

 

「レン、貴方自分のこと覚えてる? もしくは、ここがどこだかわかる?」

 

 私は小さく首を振る。モニターに映る女性は軽く頭を抱えると、真剣な表情で私に告げた。

 

「初めまして。私の名前はイヴ。この中央管理局のシステムを管理している人工知能です。突然ですが、貴方に悲しい事実をお伝えしなければなりません」

 

 イヴと名乗った女性はそう前置きすると、話を続けた。

 

「残念ながら、貴方のグレインは初期化してしまいました。要するに、ここ十数年の記憶がぽっかりと抜け落ちた状態ということです」

 

「……記憶喪失?」

 

「その認識で間違いありません」

 

 グレインの初期化? そもそもグレインとは一体何のことだろうか。

 

「そんな……冗談だろう? 本当に何も覚えていないのかい?」

 

 男性はイヴの話が信じられないのか、私の肩を掴んで詰め寄る。だが、何も思い出すことはできなかった。

 

「すみません、何も……」

 

 私がそう告げると、男性は力なく私から離れる。男性とは対照的にイヴは優しげな笑みを浮かべて話を続けた。

 

「いきなり自分の身体がこのような、よくわからない機械になっていて怖かったでしょう? 事情を説明致しますのでご安心ください。アキラ、休憩室に案内して」

 

 イヴがそう指示を出すと、アキラと呼ばれた男性は我に返ったかのように顔を上げた。

 

「え? ああ、わかった。レン、休憩室はこっちだよ」

 

 アキラはシャッターとは反対の壁にある扉を開け、私を奥に案内する。扉の奥は通路になっており、休憩室は通路を進んで二つ目の部屋だった。

 

「ここが休憩室だよ」

 

 休憩室は事務所を思わせる作りになっており、部屋の中央にはテーブルとソファーが置かれている。そのテーブルの横には大きなモニターが置いてあり、そこにはイヴが映し出されていた。

 

「どうぞお座りください。アキラは別に部屋に帰っていてもいいわよ」

 

「私も残る……と言いたいところだが少しカイライとの接続に違和感を感じる。少しハルに見てもらいに行ってくるよ」

 

 アキラはそう言うと、休憩室の扉を閉めて出て行った。

 

「さて……話を始めますがよろしいでしょうか」

 

 イヴはアキラが出て行ったことを確認すると、私に尋ねる。私はその質問に対し小さく頷いた。

 

「わかりました。では中央管理局の説明からしていきます。ここ中央管理局では現在、残留物の探索やグレインの捜索、カイライの製造及び維持管理を行っています。局員は人工知能の私を含めて四人。イヴ、アキラ、ハル……そして、レン。貴方です」

 

「私は……ここの局の職員だった?」

 

「あくまで初期化する前の、ですけどね。勿論、引き続きここで働くことも可能ですし、私たちとしてもそれを望むところではあります」

 

 なるほど、元々ここの局員だったならば、アキラのあの態度にも納得がいく。今まで普通に話していた同僚の記憶がいきなり消えたのだ。ショックでないほうがどうかしている。

 

「まあ、それはひとまず置いておいて。この世界に関する話を少しさせていただきます。その前に一つ質問ですが、外の街の様子に違和感を覚えたでしょうか?」

 

 私は先程見てきた光景を思い出す。少なくとも私が知っている街は、あそこまでカオスなことにはなっていなかったはずだ。

 

「違和感を覚えたも何も……大震災でも起こったんですか?」

 

 私が聞き返すと、イヴは静かに首を振る。

 

「いえ、それを説明するためにも、この世界のことについて簡単に説明致します」

 

 イヴはそこで少し言葉を溜めた。

 

「199X年、世界は核の炎に包まれた……」

 

 イヴは真剣な顔でそう言う。私はイヴの言葉の続きを待っていたが、イヴの顔は次第に赤くなり、途端に恥ずかしそうな表情になった。

 

「あの、すみません。言ってみたかっただけです」

 

 イヴは両手で頬をポンポンと叩く。私はイヴの冗談の意味が分からなかったが、人工知能でも照れるのだと素直に感心した。

 

「西暦2035年のことです。太陽のスーパーフレアによって世界中の電子機器が一瞬で故障し、世界中が大混乱になりました。ロシアはアメリカの高高度核爆発攻撃だと勘違いし報復のための核ミサイルをアメリカ及びアメリカの同盟国に向けて発射、世界中が核戦争に巻き込まれることになったのです」

 

「えぇ……」

 

 私は冗談のような話に、ついそんな声を漏らしてしまう。だが、あの街の様子を見る限り、あながち冗談でもないのだろう。

 

「呆れてしまうのも無理はありません。ですがあの時は世界中が混乱しており、正しい判断ができる人間などいなかった……いや、その時の情勢では正しい判断だったのかもしれませんが。なんにしても、こうして起こった第三次世界大戦は二十年以上続き、世界中の文明という文明が破壊されました。その結果は貴方が地上で見てきた通りです」

 

 確かに、あの壊れ方は尋常じゃない。この周辺を少し見ただけだが、世界中があのような状態なのだとしたら、それは世界が滅亡したと言っても過言ではないだろう。

 

「ちょっと待ってください。原爆がこの近くに落ちたんだとしたら、この周辺は放射能で汚染されてるんじゃ……」

 

「この周辺だけではありません。核爆発の熱で気化した大量の放射能物質が地球を包み込み、世界中で高い放射線が検出されました。空中、地上、海底に至るまで汚染されていない場所はありません。空が赤いのを確認したでしょうか? あれは大気中に舞っている放射能物質が太陽の光を散乱させ、赤く見えているのです」

 

 核兵器が恐ろしいのは爆発力ではなく、それによって撒き散らされる放射線だという話を聞いたことがある。

 

「生身の人間が外を出歩いたら、間違いなく健康被害に苦しむでしょう。ですがご安心ください。生身の人間は大戦中に全て死に絶えました。私の計算上、現在は一人も残っていません」

 

 生身の人間は一人も残っていない?

 

「核戦争が起こって一か月も経たないうちに空は赤く染まりました。ですが、それで戦争は終わらなかった。各国は戦争継続能力を確保するために放射線に耐えうる身体を求めたんです。……そうですね、この後の話を円滑に進めるためにも、少し質問をしましょう。貴方は人間の意思や人格……要するに俗に言う『魂』というものは人間のどこにあると思いますか?」

 

「はい? 魂……ですか?」

 

 突然の質問に、私はつい聞き返してしまう。

 

「すみません、突拍子もない話でしたね。もう少し具体的な話をしましょう。人間を上半身と下半身に切断しました。どちらに人間の魂が宿ると思いますか? 本人だと言えるのは、どちらですか?」

 

 そのたとえ話はあまりにも猟奇的だったが、この質問ならば即答できる。

 

「まあ、普通に考えたら上半身ですよね。上半身だけで生きている人の話は聞いたことがありますが、下半身だけで生きている人間は聞いたことがないですし」

 

 いや、そもそも下半身だけの人間は、どうあがいても生きられない。

 

「では、その上半身だけ残った人間を、また胸の位置で切断したとしましょう。どちらが人間ですか?」

 

「……胸から上だけで人間が生きていけるとは思えませんが、上か下かなら上でしょうね」

 

「では、またその人間を首の位置で上下に切断したとしたら?」

 

「上です」

 

「今度は鼻の位置で」

 

「上」

 

 たとえ話に出てきた人間は、次第に細切れにされていく。私はイヴが何を言いたいのか何となく察することができた。

 

「そう。当時の人間も同じことを考えたのです。人間は脳さえ機能していれば、生きていると言えると。当時、ある天才的な科学者が人間の脳を摘出し、機械に接続する技術を確立させたのです」

 

「脳を機械に接続……」

 

 私は先程までの私の身体を思い出す。その身体は人間とは似ても似つかない無骨な機械だった。イヴの話が本当なのだとしたら、私の脳はあの機械に接続されていたということだろう。

 

「今貴方が入っているその身体……日本ではカイライと呼ばれているそれは戦時中に様々なタイプが製造されました。戦車型や戦闘機型、鋼の装甲を有した人型。はたまた貴方が先程まで入っていたような小型重機型まで」

 

 私はシャッターの奥から現れたロボットアームが、白いロボットから何か黒色のケースを引き抜いたのを思い出す。

 

「じゃあ、あの時白いロボットから抜き取っていたのは……」

 

「はい。あれはアキラの脳です。貴方の脳も先程作業用のカイライから今入っている人型のカイライに移されました」

 

 つまり、私は脳みそだけの存在になってしまったのか。

 

「その人型モデル、EH-16はかなり精巧に人間を模して造られており、肌に使われているシリコンは感圧センサーで五感の一つである触覚を再現しています。まあ、嗅覚と味覚は再現されていませんが、今のこの世界では必要ないものです。動力は電気ですので、バッテリーの充電のために一日に三時間以上は指定のベッドで睡眠を取ってください」

 

 イヴは淡々と私の身体について説明する。生身だと思ったこの身体も、所詮はロボットの延長線上にしかないのだろう。

 

「あの……生身の身体に戻ることはできるんでしょうか」

 

 私がおずおずと聞くと、イヴはキョトンとした表情を浮かべた。

 

「生身に戻ってどうするんです? 地上は放射能物質で汚染されていますし、この中央管理局には既に食料の備蓄はありません。生身に戻っても一週間と持たないと思いますよ。もっとも、脳を機械に接続する技術はありますが、逆の技術に関しては全く発展しておりません」

 

 つまり、私はこれから先、脳だけの存在として生きていくしかないのだろう。私の元の身体を思い出すことはできないが、だからといって機械の身体に納得がいくわけではない。

 

「さて、慣れない経験をしてお疲れでしょうから今日はもうお休みください。休憩室を出てすぐの階段を下った左側が貴方の部屋になっています」

 

 イヴはモニターの左側に移動すると、右側に建物の地図を表示する。私に割り当てられた部屋は今いる休憩室のすぐ近くだった。

 

「明日に関しては自由に局内を見学していただいて構いません。アキラも明日は探索に出ないそうですし、ハルは基本研究室から出てこないので研究室に行けばいつでも会えると思います。私に用がある場合は局内のモニターに話しかけていただけたらいつでも対応可能です」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

 私はイヴに頭を下げると、言われた通りに階段を下り左側を見る。そこには『れんのへや』とひらがなで書かれた表札が掛けられている扉があった。きっとここが私の部屋だろう。

 私はドアノブを握り、ゆっくりと回す。鍵は掛かっていないようで、扉は微かに軋むような音を立てて開いた。

 

「おじゃましまーす……」

 

 私は恐る恐る部屋の中に入る。部屋の中は私が考えていた以上に閑散としており、最低限の生活用品しか置かれていないように感じた。引き出しのついていない木製の机に、肘掛けのついたデスクチェア。その横には小さなクローゼットが設置してあり、中には数着の着替えが入っていた。部屋の隅にはベッドが設置してあり、イヴの話ではこのベッドで身体の充電ができるらしい。

 机の反対側、部屋に入って左側にもう一つ扉がある。私はその扉を開けようとドアノブに手を掛けるが、扉には鍵が掛けられているらしく、開くことはなかった。

 

「鍵が掛かってる……でも、鍵をどこにしまったかなんて覚えてないし……」

 

 私は扉を開けることを諦め、ベッドに横になる。

 

『接続完了。充電を開始します』

 

 そんな機械音声がどこからともなく聞こえてくる。私は首の後ろに違和感を感じ、手でその位置をまさぐった。

 どうやら私の首の後ろに電源コードのようなものが接続されたようだった。寝るのにそこまで邪魔なわけじゃないが、若干の違和感がある。

 

「ワイヤレス充電にしたらいいのに」

 

 私は誰に言うでもなく文句を呟くと、そのまま眠りに落ちていった。




Tips

赤い空
 私たちが見ている空が青く見えるのは大気が太陽光を散乱させているから。波長の短い光ほど散乱するため、空は青く見えている。逆に青い光が散乱しきってしまうと、あまり散乱されない赤い光が直接私たちに届き空は赤く見える。この世界では大気中の放射能物質により青い光が散乱しきってしまっているため、夕日と同じように空は赤く見える。

スーパーフレア
 フレアとは太陽の表面が爆発する現象。スーパーフレアとは、その名の通り超巨大なフレア。周囲の星に物理的な被害をもたらすこともあるが、今回に関しては大規模な電磁パルス被害をもたらした。

電磁パルス
 パルス状の電磁波であり、電磁パルスの強度が強いと電子回路や半導体に損傷や異常を与える。

高高度核爆発攻撃
 核爆弾を高層大気圏で爆発させると強力な電磁パルスを発生させる。逆に、大気は希薄なため爆風では大きな被害は出ない。

核爆発による放射能汚染
 核爆発の瞬間に出る放射線は非常に強く、直接浴びるとかなりの健康被害が出るが、残留放射線自体は時間とともに薄れていく。だが、核爆発により蒸発した放射能物質は大気に乗って世界中に広がっていく。アメリカとロシアが本気で核ミサイルを撃ち合った結果、世界は放射能物質で余すことなく汚染された。
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