私と少し哲学の話でもしませんか?   作:へっくすん165e83

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 『トロッコ問題』ってありますよね。私の答えは『気がつかないフリをする』
 つまり私はそういう人間です。


機械語の部屋

『EH-16を起動しています──バッテリー残量100% 各センサーモジュール、正常稼働中』

 

 私は仰向けの状態で静かに目を開ける。目の前にはコンクリートの無機質な天井があり、まるで私に覆いかぶさってくるような錯覚を受けた。

 しばらくそのまま天井を眺めていたが、不意に昨日の出来事を思い出し、首の後ろに手を当てる。そこには小さな端子が付いており、ベッドから伸びたコードが繋がっていた。

 

「夢じゃない」

 

 いや、もしかしたらずっと夢を見ているのかもしれない。記憶が思い出せないのは、夢の中の世界だからではないか。

 私はベッドから起き上がると、姿見の前に立つ。そこにはテレビやファッション雑誌に出てくるようなスタイルのいい美人が映っていたが、どうもそれが私であるという実感は湧かなかった。

 

「まあ、私は脳だけの存在であって、この姿は作り物だし」

 

 ゲームの中のキャラクターを自分本来の姿だと思うプレイヤーはいない。それと同じようなことだろう。まあ生身の部位が脳だけでも残っているだけまだマシか。

 私は姿見の前で服装の乱れがないか確認すると、自分の部屋を出る。確か昨日ここを管理している人工知能であるイヴが、自由に局内を探索していいと言っていたか。あの荒廃した地上に出る気も起きないので、しばらくはここ、中央管理局を探索することにしよう。

 私はひとまず階段を上り、昨日一番初めに入った昇降機のある部屋に入った。そこには、昨日私が入っていたのであろう武骨な、無人探査機のような見た目の機械が置きっぱなしになっている。アキラと呼ばれていた男性が入ってた人型ロボットは既に格納されているのか、部屋の中にはなかった。

 私は改めて私が入っていた機械を観察する。金属製の二つの履帯、棒をつなぎ合わせたようなロボットアーム。胴体は金庫とボイラーが融合したような見た目になっており、胸にある覗き窓から見えていた火は今は消えている。

 胴体の上には粉砕機のようなものが取り付けてあり、その更に上には監視カメラのような見た目のカメラが付けられていた。私が昨日見ていた映像は、このカメラで撮られたものだろう。

 

「そのカイライが気になるかい?」

 

 突然私の後ろから声が掛かる。私が振り返ると、そこにはスーツ姿の男性……アキラが立っていた。

 アキラは私が観察していた機械に近づくと、ロボットアームのシリンダーを調べ始める。

 

「カイライ?」

 

「そう、カイライ。こういう機械の体のことだよ。今君が入っているのも人型のカイライ。EH-16っていうモデルだね。私が入っているモデルがEH-05だ」

 

 アキラは機械の胴体の隅を指差す。そこには『SW-89』と表記されていた。

 

「SW-89、地上での長期間に渡る活動を可能にした作業用のカイライだ。動力は蒸気機関。中央管理局製の作業用のカイライでは最新のモデルだよ」

 

「蒸気機関で動く機械が最新モデルなんですか?」

 

 アキラはもっともな疑問だと頷いた。

 

「確かに蒸気機関なんて時代錯誤だと思うだろう。だが、時代錯誤なことに意味がある。電力で動くものは充電しないと使えない。ガソリンで動くものは石油がないと使えない。だが、蒸気機関はどうだい? 熱源と水さえあれば力を取り出すことができる。つまりは、この荒廃した世界でこれ以上の動力源はない」

 

 確かに、ガソリンや軽油などの液体燃料を探すよりも、なんでもいいから燃えるものを探すほうが容易だろう。

 

「でも、貴方が入っていたカイライは蒸気機関ではなさそうでしたけど……」

 

「あのカイライはEA-38、太陽光充電システムを搭載した人型のカイライだ。もっとも、今私たちが入っているような人間の体を限りなく模したモデルではなく、あくまで作業用に作られたモデルだがね。外装も強化プラスチックで作られているし。だが、太陽光発電というのは効率が良くない上に天候や時間帯に左右されやすい。この周辺を探索する程度ならいいけど、何週間も何か月も外で活動できるわけじゃない」

 

 アキラは壁に付けられているボタンを操作する。するとシャッターの奥からロボットアームが伸びてきて、作業用のカイライを回収していった。

 

「この中央管理局は地熱発電を行っていて安定した電力を確保できている。だが、地上にあったインフラは壊滅だ。局内ではいつでもカイライの充電を行うことができるが、地上ではそうはいかない。だからこそ、外で長時間──ようは遠出ができるカイライの研究というのは重要なんだ」

 

 だからこその蒸気機関ということなのだろう。私が感心していると、アキラが何かを思いついたかのようにこちらを見た。

 

「そうだ。よかったら私の部屋で少し話さないかい?」

 

 私はその誘いに少々悩んだが、特にすることもないので部屋にお呼ばれされることにした。

 

「それはよかった。話し相手に飢えていたんだ」

 

 アキラはにこやかにほほ笑むと通路の奥へと歩き出す。私はその後ろをついていった。

 アキラは部屋を出て通路を進むと、階段を下りて右側の部屋に入る。どうやら私の部屋とアキラの部屋は隣同士らしい。アキラの部屋は私の部屋と比べると物が多く、本や小物、中にはガラクタにしか見えないものまで床に散乱していた。

 

「少し散らかっているがゆっくりしてくれ」

 

 私は勧められるままに椅子に座る。アキラは対面するようにベッドに腰かけると、改めて私を見た。

 

「……怒らないんだね」

 

 少しの沈黙の後、アキラはどこか寂しそうに言う。

 

「怒る? 何に対してです?」

 

「いや、初期化する前の君はよく私の部屋を見て片付けろと説教していたからね」

 

 まあ、確かに散らかっているとは思うが。あの驚くほど殺風景な部屋とどちらがマシかと問われれば、答えを出すのに時間が掛かるだろう。

 

「改めて、私の名前はアキラだ。よろしく頼むよ」

 

 アキラは私に対し右手を伸ばす。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 私も右手でアキラの手を握り返した。

 

「ああ、よろしく。レン」

 

 やはりレンというのが私の名前なのだろう。自分の名前を覚えているわけではないが、姿見で身体を見たときよりかはしっくりくるものがある。

 

「そういえば、もう一人局員がいるって言ってましたよね。イヴさんと、アキラさんと、あと……」

 

 私は話題を探すようにそんな話を切り出した。記憶を失くした私からしたら、話せる話題というのはあまり多くない。今は少しでも情報を集めるのに専念したほうがいいだろう。

 

「ああ、ハルのことかい? 彼はいつも自分の研究室に籠っているからこちらから会いに行かないとなかなか会わないだろうね。でも、グレインやカイライに関しては右に出る者がいないから、何か不調があったら彼を訪ねるといいよ」

 

「なるほど……」

 

 つまりは医者のようなものだろうか。今のところ用事はないが、近いうちにこの体について詳しい話を聞きにいかなければならないだろう。

 私は今の自分の身体と、アキラの身体を見る。どちらもあまりにも造形がいいので、まるで映画のワンシーンのようだ。

 

「そういえば、私やアキラさんはカイライという身体を持っていますが、イヴさんは持っていないんですね」

 

 私はふと気になったことをアキラに聞く。私やアキラは自由に動かせる体を持っているが、人工知能であるイヴはモニターの中にいる存在だ。だが、あそこまで自由な意思を持っている存在が、カイライ一つ操作できないはずがない。技術的には十分可能なように思えた。

 

「ああ、そうだね。イヴはカイライを使っていない。理由はいくつかあるが……昨日この管理局に帰ってくる前に崩壊した旧中央管理局が見えただろう?」

 

 私は昨日の地上の様子を思い出す。確かに中央管理局であろう建物は完全に崩壊していた。

 

「あの建物を崩壊させた原因が静止軌道上に存在している。──衛星兵器だよ」

 

 アキラは天井を指差す。いや、その指は天井ではなく、衛星軌道上にある兵器を指差しているのだろう。

 

「戦時中に各国が競うように打ち上げてね。戦争はすでに終結したが、衛星兵器自体は生きている」

 

「神の杖……」

 

 私はふと思い浮かんだ単語を口にした。確か、金属製の槍を衛星軌道から地上に射出する兵器だったか。

 

「いや、神の杖ではない。レーザー兵器だ。静止軌道にある衛星というのは止まっているように見えて地球の重力に抗えるほどの速度で移動している。衛星軌道上から質量のあるものを落とそうとするとかなり減速しないといけない。だがレーザーなら話は別だ。光子に質量はないから衛星軌道から攻撃するのにかなり都合がいい」

 

 コンクリート製の建物を崩壊させるほどの威力を持つレーザー兵器。まあ、そこまではわかった。だが、その話とイヴがカイライを使わない理由は関係あるのだろうか。

 

「衛星兵器は二つのタイプに分類されてね。一つは地上から電波や光信号によって座標を指示するタイプ。もう一つは、ある条件が揃うと対象に攻撃をする自律タイプ。条件というのは色々あるが、一番脅威となり得るのは電波を受信するとその発信源に攻撃を行う自律タイプだろう」

 

「電波を受信すると……ということは──」

 

「ああそうだ。無線通信は使えない。地下でカイライを動かすような小出力で高周波数の電波なら衛星にサーチされる可能性は低いが、中央管理局が崩壊した原因はワイヤレスマウスが発する電波だ。可能性はゼロではない」

 

 実質電波を発する製品は使えないということだろう。

 

「勿論、有線接続すればカイライを動かすことはできる。ハルが作ったカイライを有線接続して動作テストしているのを見たことがあるしね」

 

 私は昨日のベッドの充電コードを思い出した。確かワイヤレス充電も電波を発しているんだったか。

 

「まあ、旧管理局は地上は崩壊しているけど地下の機能は生きている。実際ハルの研究室は旧管理局の地下にあるし、イヴの本体、メインコンピュータも崩壊した旧管理局の地下だ。ここまでケーブルを張っているんだよ。そういう意味では、中央管理局というのはあの崩壊した建物の地下だと言えるかもしれないね」

 

「じゃあ、私たちが今いるここは……」

 

「勿論、ここも管理局だよ。私たちの中では崩壊したほうを旧管理局と呼んでいる。今の管理局は当時は中央管理局に電力を送る発電施設だったんだ。この部屋も、レンの部屋も当時は発電施設の従業員の更衣室だったんだよ。それを改装して今は居住スペースとして使っている。旧管理局の地下から地上に繋がる階段は全て瓦礫で埋まっているから、地下で旧管理局と繋がっているこの発電施設は都合がよかったんだ」

 

 なるほど、まるで工場のようだと思ったが、ここはあくまで発電施設の管理のための空間だったらしい。あまり居住性を意識した作りではないのだろう。

 

「発電施設の管理はイヴが行っているよ。私も手伝うことはあるが、あまり機械的なことには詳しくなくてね。基本指示されたことを指示された通りに行うだけだ」

 

「じゃあ。いつもはどんな仕事を?」

 

 私が聞くと、アキラは少し考えた後話し始めた。

 

「そうだね……主に私は地上の探索や汚染状況の調査を行っている。たまにハルが作ったカイライの動作テストを引き受けたりもするかな。まあ、イヴとハルの二人がいれば、中央管理局は何とかなる。私たちはあくまでゲストだ」

 

 なるほど、つまり私の記憶が消えたところで管理局の運営自体には影響がないということなのだろう。

 

「逆に言えば、イヴの本体であるコンピュータが破壊されたり、ハルが死んでしまったりしたらここは管理局としての機能を失う。そしたら、私たち人類は終わりだ」

 

「ん?」

 

 いきなり話が飛躍したような気がして、私はつい聞き返してしまう。

 

「人類は終わり?」

 

「これはあくまで推測なんだけどね。多分私たちが最後の人類だろう。こちらから送信はできないが、宇宙からの電波を受信することはできる。イヴが世界中の観測衛星からの映像を解析しているが、人間が生きてる痕跡を見つけたことはない。もうすでに三十年以上、地上で活動しているのは私たちだけだ」

 

 つまり私たちが死んだら実質人類が絶滅したようなものということか。脳だけの存在の私たちに生殖機能があるようには思えない。これ以上人類が増えることはないのだろう。

 

「だからこそ、私は局員のことは家族のように思っている。勿論、君ともまた家族になれればと思っているよ」

 

 アキラはそう言うと私に対し笑みを浮かべた。その目はどこか自分の子供でも見るかのように優し気で、柔らかいものだ。

 

「──ッ……ありがとうございます」

 

 私はその笑顔に奇妙な居心地の悪さを感じ、目を伏せ小さく頷くことしかできなかった。アキラもそれを察したのか、ベッドから立ち上がる。

 

「何かわからないことがあったら聞くといい。まあ、イヴとハルの二人のほうが私よりも詳しく答えてくれそうだがね」

 

「はい……ありがとうございます」

 

 私は椅子から立ち上がると、お礼を言ってアキラの部屋を出る。

 記憶を失う前の私とアキラがどのような関係だったのかはわからない。だが、既に私の時間とアキラの時間にはズレが生じている。記憶を失う前と同じ関係になることはないだろう。

 私は自室には戻らず、階段を上って今度は休憩室に入る。改めて休憩室を見回すと、部屋の隅の棚に置かれた写真立てを見つけた。

 

「これって……」

 

 私はその写真立てを手に取る。写真立ての写真には私とアキラ、モニターに映るイヴ、そしてハルだと思われる男性が写っていた。

 

「その写真は三年前にアキラが地上で見つけてきたインスタントカメラで撮った写真です」

 

 突然声がして振り返るとモニターの電源が入っており、イヴが表示されていた。

 

「勿論、局の中にも監視カメラやデジタルカメラは沢山あるんですが、こういうのは珍しくて。本当はハルをこっちに引っ張ってきて写真を撮りたかったんですが、結局ハルの研究室で撮ることになったんです」

 

 確かに写真に写っている部屋は今いる部屋と比べるとどこか近未来的で、よくわからない装置や器具がごちゃごちゃとしている。私は写真立てを元に戻すと、ソファーに腰かけた。

 

「先程、アキラさんと少し話したのですが……」

 

 私はイヴに先程までアキラと話していた内容を伝える。イヴは話を最後まで聞くと、小さなため息をついた。

 

「アキラはそんなことを……これはあまり参考にしないでほしいのですが、病院で眠りについていた貴方を見つけ出し、この中央管理局に連れてきたのはアキラなんです。その時の貴方は今と同じように記憶を失っていた。そこから先の貴方とアキラは、まるで親子のようでした」

 

 恋人ではなく、親子か……。確かに、アキラの目はどこか見守るような優しさを感じる。

 

「私は記憶を失ったのではなく、初期化したといいましたね。そう、初期化したんです。貴方の記憶は拾われてきた当初に戻ってしまった」

 

「一体何が原因で?」

 

「詳しい原因はわかりませんが、グレインに供給される電力が一時的に途絶え、記憶が揮発したのかもしれません」

 

 記憶が揮発する?

 原理はわからないが、イヴが言うには起こりえないことではないらしい。

 

「まあでも、思い出はまた積み上げればいいんです。記憶を失ったことは悲しいことではありますが……死んだわけではないんです。生きていれば、いくらでもやり直せる」

 

 イヴはそう言うが、その表情はどこか悲しげだった。そんな表情をするイブに、私は話題を変えるために適当に話を切り出す。

 

「なんというか、人工知能でも悲しかったり嬉しかったりするんですね。私も脳だけの存在ですし、実質的には私たちはあまり変わらないのかも」

 

 フォローになっているかわからないが、なんにしても話題は変えられるはずだ。私はモニターに映るイヴをじっと見る。イヴは私の期待通り、クスリと笑った。

 

「はは、何を言ってるんですか。私はコンピュータで、貴方は人間です。私はあくまで人間の感情を模倣しているだけ。そこに感情はありませんよ」

 

 イヴは笑顔でそう言う。

 

「でも、笑ったり、悲しんだり、かなり表情豊かなように思いますが……違うんですか?」

 

 感情がないというのは彼女なりの冗談だろう。私はそう考えたが、イヴは真面目な表情で答えた。

 

「感情があるように見えるだけで、そこに感情があるとは限りません。私たちコンピュータが人間らしく振舞うのに、感情というものは必要ないんです」

 

 こんな話を知っていますか? そうイヴは続ける。

 

「ある英国人に個室に入ってもらいます。その個室の中には一冊の本が置かれているんです。本のタイトルは『完全中国語マニュアル』。中国語で書かれた文章を索引から探すと、該当のページにその中国語に対する完璧な中国語での返事の出し方が書いてあります。ただ、中国語の意味自体は書いていません。あくまで中国語で書かれた文章……手紙にしましょうか。意味は分かりませんが完璧な手紙の返事を出せる本が置かれているんです」

 

 つまり、中にいる英国人は中国語の意味は全く分からないが、中国語で書かれた手紙の返事は書けるということか。

 

「さて、その個室に中国人からの手紙を入れてみましょう。英国人は必死にマニュアルをめくり、見様見真似で完璧な中国語の返事を書き上げることができます。では、その手紙の返事を受け取った中国人はどう思うでしょうか。勿論、中国人は部屋の中に英国人がいるとは知りません」

 

 中国人からしたら、中国語の手紙を出したら中国語の手紙が返ってきたのだ。部屋の中には中国人がいると思うのが普通だろう。

 

「そうです。手紙の返事を英国人が書いたとは思わないでしょうね。では、質問です。その手紙に、感情はありますか?」

 

 英国人は意味も分からずマニュアル通りに手紙を書いただけ。つまり、その手紙が中国語でどれだけ感情的な文章が書かれていたとしても、その手紙は機械的な作業で生み出されたに過ぎない。そこに感情は籠っていない。

 

「そう。それが人間とコンピュータの違いです。私たちはただ膨大なマニュアルを参照して返答しているだけに過ぎません。マイクから入力された信号をコンピュータで処理し、モニターとスピーカーで出力する。それはあくまで物理的な現象であって、そこに感情は、主観は、意識というものは必要ないんです」

 

 そう言うイブの表情はどこか寂しそうだった。

 

「なので、もしもの時は躊躇はしないでください。どちらかを選択しないといけなくなった時、私を優先する必要はありません。私は……あくまで機械ですので」

 

 そんな物騒なことが起こるとは思えないが、地上の惨状を見る限り起こり得ることなのだろう。アキラはイヴの存在をこの中央管理局になくてはならない存在だと言った。だがイヴの中では自身の存在は私たちよりも下らしい。

 

「そんなこと……きっと起こりませんよ」

 

「はい、私もそれを望んでいます」

 

 イヴはそう言って微笑む。だが、イヴの話が本当なら、あの表情の下に感情はない。そう思うと、その笑顔も自己犠牲的な発言も途端に不気味に見えた。

 私はイヴから逃げるようにソファーから立ち上がると、休憩室を後にする。アキラから逃げ、イヴからも逃げ、ここに来てから逃げてばかりだ。

 私は階段を降り、自分の部屋に入る。先程起きたばかりだが、私は力尽きるようにベッドに横になった。

 

「肉体を捨てた人間……感情があるように見えるコンピュータ……滅亡した世界……」

 

 そもそも、今は何年だ?

 私はいつ生まれて、今まで何をしていたんだ?

 脳だけの存在になり、機械の身体に詰められて生き延びている。脳だけで生存できるのなら、水槽にでも浮かべて仮想世界に接続してほしい。

 ついそう思ってしまうほど、今の世界は残酷だった。




Tips

カイライ
 グレインを接続することによって動かすことができる機械の身体

地熱発電
 地下にある熱源を利用して蒸気を沸騰させ、その蒸気によってタービンを回す発電方法。今の中央管理局では発電以外にも蒸気をそのまま動力源として利用していたりもする。

衛星兵器
 衛星軌道上に存在する軍事兵器。宇宙条約によって禁止されている。

神の杖
 米軍が開発していると噂されている宇宙兵器。タングステンなどの槍を地上に向けて射出し、地球の重力を利用して加速させ目標物にぶつける。ただ、実際に兵器として運用するには問題が多すぎるため、あくまで噂の域を出ない。

中国語の部屋
 アメリカの哲学者、ジョン・サールの論文の中に出てくる思考実験。この思考実験から、ジョン・サールは人工知能は意識を持たないと主張した。
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