私と少し哲学の話でもしませんか?   作:へっくすん165e83

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 テレポート装置が完成しました。
 その装置を潜ると一度素粒子レベルで分解されて、目的地で全く同じ状態で組み立てられるようです。
 これで家から職場まで一分で移動出来ます!
 貴方はその装置を使いますか?
 私は使いません。


沼に落ちた雷

 私が中央管理局に来てから数日が経過していた。

 私はひび割れたアスファルトの上を、足の置き場を選びながら慎重に進む。金属で出来ている私の足は、アスファルトを踏むたびに重たい足音を立てた。足の裏の感覚はない。いや、今私が入っているカイライには触覚が存在しなかった。

 

「ふむ、いい感じだな。駆動系が電力以外の人型のカイライは久しぶりだが、思った以上に機敏に動く」

 

 私の横では触覚のないカイライの動かし方に慣れているアキラが瓦礫の上を飛んだり跳ねたりしている。

 

「だが、強度を重視しているためか少々重たいのが難ありだね。パワーはあるから動作自体に問題はないが、その分足場を崩しやすい。何かに登るときは要注意だ」

 

 私は今、アキラとともにハルが作ったカイライの地上試験を行っていた。ハルの新作は蒸気機関で動く人型のカイライであり、私が当初入っていたカイライと仕組み自体は大きく変わらないという。だが造形はかなり人間に近づけており、手足は勿論のこと、顔もかなり作りこんである。全て金属で出来ているため生身の人間とは似ても似つかないが、服や靴、マスクなどを揃えたら人間に見えなくもないだろう。

 

「関節にモーターが入っていないから関節周りがスマートだ。シリンダーの位置も人間の筋肉を模している。間接の可動域もわざと制限して人間のそれに近づけているようだね」

 

 私は指を滑らかに動かす。すると前腕に付けられた複数のシリンダーがそれに合わせて伸び縮みした。蒸気圧で動いているとは思えないほど精密な動きをするそれは、ハルの技術力の高さを物語っている。

 

「制御系は電気で、動力系は蒸気で駆動してるみたいだね。ボイラーがかなり小型になっているし、燃料の汎用性も高い」

 

 私は道に落ちている看板の木片を拾うと手で握りつぶしてから口の中に入れる。そして口の中で粉砕し、そのまま飲み込んだ。このようにして燃料を補給するらしい。

 

「でも、ハルさんって本当に器用なんですね。こんなカイライも作れるなんて……」

 

 私はアキラにそう声を掛ける。

 

「まあ、彼は日本を代表する科学者だからね。ハルは一人でグレインやカイライの技術を開発し、世界中に公表した。ハルはグレインの技術を独占しなかったんだ」

 

 なんというか、それは意外な事実だった。ハルのあの性格上、自分の利益のために技術を独占しそうな気がする。

 

「戦争は既に始まっていたが、各国はグレイン技術に多大なる予算を費やして研究を進めた。一番初めに実用化に至ったのは確かアメリカだったか。それに続くようにロシアが実用化し、日本、ドイツと各国がグレインの実用化に至ったんだ。いや、実用化というのは少し違うな。ハルの研究を再現できたというほうが正しいか」

 

 つまり、ハルが公表した研究データを再現できたのが、先程の順番ということだろう。グレインやカイライの技術自体はハルが既に完成させていたのだ。

 

「でも、なんでハルはグレインの技術を公表したんでしょう。独占できれば莫大な資金を手に入れていたはずなのに」

 

「ハルはこうなることを予見していたんだろうね。こんな状態になったらいくらお金を持っていても意味がない。それよりも、少しでも多くの人間が助かる方を選択したんだろう。それこそ、敵味方関係なく、国の垣根も越えてね。それか、逆に全てにおいて無頓着だったか」

 

 アキラは片手を瓦礫の端に引っ掛けると、そこを支点にしてぐるりと身体を回し、瓦礫の山に飛び乗る。

 

「実験体が欲しかったんじゃ……」

 

「何のためにさ。それに公表された研究データはあまりにも狂気に満ちた内容だった。ハルは自らの身体を実験材料にして、その結果を研究の成果として公表したんだよ。動物での検証の後、世界で一番初めに脳を炭素化したのはハルだった。しかも執刀医もハルだったって話だから驚きだ」

 

 つまりハルの脳を摘出したのはハル自身ということか。……いや、それはおかしいんじゃないか?

 

「そんなの、どうやって……」

 

「彼は空のグレインに自分の記憶をコピーしてカイライに入れ、自分の分身を作り出した。そして自分自身を手術させたんだ」

 

 私は研究室でハルとした会話の内容を思い出す。コンピュータに自分の記憶をコピーしたらどうなるか。

 

 彼は、自らの身体で試してたのだ。

 

「その、コピー先のハルはどうなったんです?」

 

「研究データによると、全ての作業が終わった後に処分されたらしい。ハルは全てを理解して、自分のコピーを作ったんだ」

 

「……狂ってる」

 

 私は瓦礫の上にいるアキラを見上げて言う。日の光に照らされ金属の部品が赤く輝いている。アキラは少し目を細めた。

 

「そんなこと、彼に言ってはいけないよ。あの時は世界の全てが狂っていた。確かに当時、彼の知識は、グレインの技術は必要とされていた」

 

 アキラは瓦礫の上から飛び降りる。軽い地響きとともにアキラは私の横に着地した。

 

「少し関節が軋むが、これぐらいなら大丈夫そうだな。それに、レン。君もグレインの技術に助けられた人間の一人じゃないか」

 

「そう……なんですかね」

 

「そうとも。君が今生きているのがいい証拠さ。脳を炭素化できるのは一部の人間だけだった。それにカイライも一般人が買えるような値段じゃなかったしね。希望しないものまで脳を炭素化させる余裕は当時の政府にはなかった。つまり、君は望んで脳だけの存在になったんだ」

 

 今の私の倫理観では考えられないことだった。当時の私は一体何を考えて、自分の身体を機械にしようだなんて思ったんだろう。

 

「君は脳の炭素化が間違ったことだと思うかい?」

 

「正しくはないと思いますけど……」

 

 私が遠慮がちにそう言うと、アキラはうんうんと頷いた。

 

「当時も同じような考えの人は少なからずいた。そんなこと倫理に反してるってね。だけど、そういう人は次第にいなくなっていったよ」

 

「周りに流されて自分の考えを変えたってことですか?」

 

「まあ、そういう人もいたけど、それだけじゃない。グレインに反対した人間は環境に適応出来ずに皆死んだ」

 

 自然淘汰。環境に適応出来なかった生物は死んでいく。

 

「身体を機械に、脳を炭素にしなかった人間は戦火と放射線に焼かれて死んでいった。最終的には脳を炭素化した、ようは君が言うところの倫理に反する人間だけが生き残った。ダーウィンはこれを進化と呼んだが……」

 

 アキラはじっと私を見た。

 

「君からしたら進化でもなんでもない……退化ですらないんだろうね。人間という種としての死だ。だが、結局人間を絶滅させたのは環境ではなかった。人間は人間によって絶滅したんだ」

 

 私はアキラの視線から逃げるように目を背ける。だが、アキラは構わず話を続けた。

 

「残された人間は私たち三人だけになった。中央管理局というのはね、本来グレインの管理や調整のための施設だ。つまり、今となっては私とレン、ハルのための施設といっても過言ではない。イヴは初めに中央管理局は残留物の探索やグレインの捜索、カイライの製造及び維持管理を行っていると言っていたね。それは間違いではない。だが、そこまで重要な活動でもないんだよ」

 

「重要な活動ではないって?」

 

「考えてみればわかることだ。そんなことしてなんになる? 全て我々三人の暇潰しさ。当初の目的を見失ってないのは人工知能であるイヴだけだ。イヴだけは作られた当初の目的を見失わずに我々を生かし続けようとしている。だが、何もせずに地下でじっとしているだけでは精神を壊してしまう。だから、我々は自らの仕事を作ることにした」

 

 アキラは周囲を見回した。

 

「私は地上を探索することを仕事にすることにした。勿論、それに大きな意味はない。まあ、たまに掘り出し物を発掘することもあるがね。例えば君とか」

 

 そういえば、病院に放置されていた私を拾ってきたのはアキラだったか。

 

「ハルもハルで必要もないのに新しいカイライを作り続けている。私が外に出るためのカイライを作っているのは彼だが、彼のカイライをテストしているのは私だ。ハルにとっては機械弄りをするのが一番の生き甲斐らしい」

 

 中央管理局は残留物の探索やグレインの捜索、カイライの製造及び維持管理を行っているとイヴは言っていた。残留物の探索はアキラが、カイライの製造はハルが行なっているとして、残っているのは……

 

「初期化する前の君はグレインの捜索を生き甲斐にしていたよ。私のように取り残された人間がいるんじゃないかと言ってね」

 

「でもそれならもっと局に人がいるんじゃ……」

 

「グレイン自体は沢山見つかるんだ。だが、グレインの情報は常に電力が供給されていないと簡単に揮発してしまう。つまり見つかるのはただの炭素の塊であることが多い。君のように記憶の一部を失う方が珍しいんだ」

 

 アキラは地面を指差す。きっと瓦礫の下には多くの死体が埋まっていることだろう。

 

「君を病院で見つけた時、君はグレインの調整装置に繋がれていた。きっとグレインか、カイライの調整、修理に来ていたんだろうね。長い間瓦礫の下に埋まっていた君は、調整装置に搭載された非常電源によって辛うじてグレイン内のデータが保持されていた。だが、あまりにも放置されていた時間が長すぎたんだろう。君のグレインはその時点で人格や知識のデータ以外が揮発してしまっていたんだ」

 

 つまり私が中央管理局に初めて来た時、今の私と同じような状態だったのだろう。

 

「じゃあ、私は二回も記憶を失っている?」

 

「少なくとも私が知る限りではね。私が君を病院で拾ったのが十三年前。つまり君は十三年分の記憶を失った。一日二日ではない、十三年だ。もうすでに誰かに言われているかもしれないが、君は前の君とは別人だ。グレインの捜索はあくまで前の君がやりたかったこと。君は君のやりたいことをやればいい」

 

 私のやりたいこと。アキラはそう言うが、すぐに思いつくものでもない。私が思い悩んでいると、アキラが苦笑しながら私の肩を叩いた。

 

「やはりこのカイライはよく出来てる。君が苦悩しているのが表情からよくわかるよ。さて、テストはこれぐらいでいいだろう。局に戻ろう」

 

 アキラは管理局の入り口がある建物の方向へと歩いていく。私はアキラの後に続きながら赤い空を見上げた。

 青い空を知っている私からしたら、この赤い空は禍々しく感じる。だが、もしこの赤い空しか見たことのない者からしたら、この空は『いつも通りの綺麗な赤い空』なのだ。この世界がおかしいのか、私がおかしいのか。

 

 この狂気に満ちた世界で、私のやりたいこととは一体なんだ?

 

 

 

 

 昇降機のある部屋でカイライを換え、私は自室に帰って来ていた。アキラはテストの結果をハルに報告しに行っている。私は改めて自分の部屋にある鍵の掛かった扉の前に立つ。

 アキラは私に自分のやりたいことを見つけろと言った。そのヒントが、この部屋の奥にある気がする。

 私は改めてクローゼットを開け、中に入っているものを確かめる。その時、ハルが言っていた言葉を思い出した。私はクローゼットに掛かっている上着のポケットに手を突っ込む。私の予想通り、そこにはどこにでもありそうな金属製の鍵が入っていた。

 

「……なんで?」

 

 ハルは『ポケットの中』という単語を初期化する前の私から聞いたと言っていた。だとしたら、初期化する前の私はどうしてそんなことをハルに覚えておいて欲しいと言ったんだろうか。

 鍵を失くしたくないだけならもっとわかりやすい場所に仕舞えばいい。鍵を隠すにしても、ハルに頼むのではなく、隠し場所のメモでも持ち歩けばいい話だ。

 やはり、この部屋には何かある。私は鍵を手の中で握り直すと、鍵穴に差し込む。そのまま鍵を時計回りに回すと、カタンと小気味良い音がした。

 私はドアノブを捻り、中を覗きながら慎重に開ける。部屋の中は薄暗かったが、扉の横の壁を手で探り、明かりをつけた。

 

「これは……」

 

 部屋の中は作業場のようになっていた。中心には大きな机が置いてあり、上にたくさんの工具や電子部品とともに大きな機械の箱のようなものが置いてあった。

 

「……ラジカセ?」

 

 沢山のボタンやダイヤルがついた箱の後ろからは何本かケーブルが伸びており、一本は壁にあるコンセントに、一本は地面に置かれた金属製の機械に繋がれていた。

 部屋には机のほかにも様々なものが置かれている。棚には誰のものかもわからないグレインが乱雑に並べられており、グレインの中にはひび割れたり変形したりしているものもあった。部屋の隅には椅子に座らされる形でカイライが放置されており、パッと見た限りでは私が今入っているカイライと同じものだろう。

 

「スペアかな?」

 

 私はカイライをじっと見つめる。抜け殻になっているカイライは驚くほど無機質な表情を浮かべており、不気味さを感じさせた。グレインが入っていないだけでここまで人間に見えないとは。

 何にしても、ベッドのある部屋と比べてこの部屋の中には物が多い。逆に言えば、ベッドのある部屋はあくまで寝室で、こっちが私室なんだろう。

 私は机の上に置かれた機械の箱の前に戻る。箱の上には一枚の紙が置かれており、手書きでびっしりと文字が書かれていた。

 

『何も知らない私へ』

 

 最初の一文を読んだ瞬間、私の背中に冷たい感覚が走る。どうやらその紙は手紙のようだった。

 私は震える手で手紙を手に取る。誰もいないことは分かっているが、私は無意識的に部屋の扉を閉め、内部から鍵を掛けた。

 

「これ、もしかして……」

 

 間違いない。これは初期化する前の私から、今の私に向けて書かれた手紙だ。

 まさか、私は自分が初期化してしまうことを予見していたとでも言うのだろうか。答えはこの手紙の中にあるのだろう。

 私は引き続き手紙を読み進めた。

 

 

 

 何も知らない私へ。

 

 荒廃した世界、身体を捨てた人間。何も知らない貴方はこの狂気に満ちた世界を目の当たりにして一体何を思うだろうか。この部屋にたどり着いているということは、一通り管理局の人間と話したということだろう。

 この部屋の鍵の隠し場所のヒントをハルに託した。勘のいい私なら、そのヒントのみで十分この部屋の鍵を入手できるはずだ。

 事実、貴方はこの手紙を読んでいる。

 十三年前、ハルの研究室で目覚め、この世界のことを知った私は絶望した。放射能物質で汚染され、空の色までも変わってしまった自然環境。人間は親から貰った体を捨て、魂を無機物に詰め込んでまで戦争を続けた。

 きっとバチが当たったのだろう。

 しばらく記憶のないまま中央管理局で過ごしていたが、何かが変わるわけでもない。魂のない機械たちが人間の真似事を行うだけの世界に、意味などあるのだろうか。私はもう、日々を過ごすのに疲れてしまった。

 レン、これは悪い夢だ。私は一度、私の原点に帰ろうと思う。

 地上に捜索に出た際に初期化されるようグレインに細工を行った。ある意味自殺に近いものがあるが、私の魂を引き継いで新しい人格が生まれるのだとしたら実質子を成したに等しいのかもしれない。

 レン、貴方はこの世界を見て何を感じただろうか。私と同じようにこの世界で生きていく気がないのなら、目の前にある機械から出ているコードを首の後ろに接続し、電源を入れるといい。グレインに一瞬で過電圧をかけ、グレイン内の回路を焼き切ることができる。

 逆に何かやりたいことがあるのなら、何も見なかったことにして引き続きこの世界で苦しむといい。

 レン、貴方はどちらを選ぶ?

 

 

 手紙を最後まで読み終わった私は、いつのまにか力なく扉の前に座り込んでいた。初期化する前の私は、自分で自分を初期化したのだ。

 確かにそれは自殺に近い。そして、初期化したことによって私という人格が生まれた。

 初期化する前の私は何故自分のグレインをこの装置で焼き切らなかったのだろう。手紙には子を成すと書いてあったが、何かをこの世界に残してから死にたかったのかもしれない。

 

「だけど、それは──」

 

 それは、私も同じだ。この世界で生きていく意味をまるで感じない。

 ただぼんやりと生き続け、自分が狂っているのかそうでないのかもわからない状態になるぐらいなら、今この瞬間死んだ方がいくらかマシだろう。私は部屋の鍵が掛かっていることを確かめると、機械から伸びているコードを首の後ろに挿し、機械の電源を入れた。

 

「ごめんなさい、私──さようなら」

 

 機械につけられたモニターが点灯し、起動を始める。

 私は目を瞑り、過電圧がグレインを焼き切るのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『GB.JPSDJ74539-RENのコピーが完了しました』

 

 そう機械音声が流れ、私は慌てて目を開ける。

 次の瞬間、激しい閃光とともに私は意識を手放した。




Tips

蒸気機関の人型のカイライ
 レンが当初入っていた作業用のカイライの、基本的な仕組みはそのままに駆動系を根本から見直し、人間の身体に近づけたモデル。燃料と水があれば活動することができ、電子系の部品が少ないため故障も少ない。

空のグレイン
 ハルの脳をスキャンし、3Dプリンターで出力したもの。

揮発性メモリ
 常に電力が供給されていないと内部の情報を維持できないメモリ。主にコンピュータで使われている主記憶装置はだいたいこれ。

黒鉛に過電圧
 黒鉛は電気をよく通すが、高電圧に掛けると熱を持ち、焼き切れてしまう。
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