「ナナ、おはよう!」
「今日はオレの方が早かったってばよ!」
サクラとナルトの笑顔に迎えられ、ナナはニコリと微笑んだ。
「おはよう」
「ほんと、ナナってみんなより早く来てるか、ギリギリに来るか極端よね」
「ギリギリっていっても、どうせカカシ先生は来ないんだってばよ……」
「ほんとほんと」
相変わらず息の合った二人の会話に笑いながら、木に腕組みをして寄りかかっていたサスケに軽く挨拶する。
「サスケ、おはよ」
「ああ……」
短い返事にうなずいて、ナナは木陰へ腰掛けた。
10分後……。
「カカシ先生ってば、今日は何時間後に来るんだってばよ!」
「ホントよね。まったく毎日毎日たまったもんじゃないってのよ!」
空は快晴。初夏の心地よい風が吹いている。
そんな気持ちのよい朝でも、結局いつものように待ちぼうけをくらわされている少年少女たちであった。
キレ気味のナルトとサクラ。そして、そんな二人をクスクス笑いながら楽しそうに見守るナナと、うるさそうに顔をしかめるサスケ。
気候が心地好かろうが気味悪かろうが、これがいつもの第七班の光景だった。
「っだー!! これじゃ任務の前に待ちくたびれるってばよ!!」
「ちょっと、ナルト!! 少しは静かにしなさいよ! 余計にイライラするじゃない!!」
「だ、だってサクラちゃん!」
「うるっさい!! ナナも何とか言ってやってよ」
木陰に座って、あきもせず毎回毎回繰り広げられる光景を見ながら、ナナはニコニコと笑っていた。
「ナルトがうるさくて、こっちが疲れるって言ってやってよナナ」
再び向けられたサクラのしかめ面に、ナナは苦笑しつつ答える。
「でも面白いよ、ナルト」
ナナとしては、どうやらナルトの騒がしさも『オモシロイ』うちに入っているようで、しかもそれに対するサクラの反応も同じくらい楽しんでいた。
しかし、その答えはもちろんサクラの期待していたものではなく、サクラはため息をついてつぶやく。
「もう……、ナナはいっつもナルトに甘すぎよ(しゃーんなろー!!)」
そして横目でナルトを睨みつつ、難しい顔で腕を組み、木に寄りかかるサスケに少しやわらかい声で言った。
「ねぇサスケ君、今日は二人でカカシ先生を迎えにいってみない?」
サスケはいつものごとく無反応。それが彼の答えである。
「サクラちゃん、オレと二人で行くってば……」
「絶対イヤ」
よくもまぁ、こんなやり取りを毎日続けられるものだと、第三者は思うだろう。
しかし、今朝は少しばかりこの第七班に異変が起こる。
目の前で繰り広げられる騒がしいやり取りを見上げ、クスクスと楽しそうに笑っていたナナの傍らに、突然サスケがしゃがみこんだ。
そして手の甲でナナの頬に触れる。
「やっぱりな……」
不機嫌そうな顔をわずかにグレードアップさせ、サスケはそうつぶやいた。
「様子がおかしいと思った」
「サ、サスケ……?」
急にひんやりとした手に触れられて、ナナは戸惑いがちにサスケを見る。
「サスケ君、どうかしたの?」
サスケの行動に気づき、サクラとナルトがナナを囲んだ。
サスケはそろってキョトンとする3人に答えもせず、ナナのひじの辺りをつかんで立った。
「立てるか?」
「え、え……?」
わけもわからず引っ張られ、ナナはふらりと立ち上がった。
「な、なに? サスケ」
「どうしたの? サスケ君」
「ナナがどうかしたのか?」
サスケはようやく、ぶっきらぼうに言った。
「こいつ、熱がある」
言われて、ナナ本人が一番驚いた顔をする。
「ホントか? ナナ」
さぁ、と首をかしげるナナをよそに、サクラが確認作業をする。
額当てをしているため、両の頬を挟んで顔の熱をはかると、確かに熱い。ほんのり熱っぽい赤みがさしているようにも見える。
普段から青白い顔をしているナナだから、かえって健康に見えないでもないのだが……。
「ホントだ、ナナ、熱あるじゃない」
「え……、うそ……」
この本人の反応に、サクラとナルトはそろってため息をつく。まさに息もぴったりに。
「ナナ、ふつう熱あったら、寒気とかダルイとかで気づくってばよ……」
「え、そうなの? 私、あんまりカゼひかないから……」
ニコリと微笑みながら答えるナナに、サクラとナルトはますます呆れ返る。と同時に、この幼げな笑みに、まるで妹に対するような心配が湧き上がる。
サスケだけが変わらぬ表情で、再びナナを引っ張った。
「ほら、行くぞ」
「え、ドコに?」
戸惑うナナには答えず、サスケは残る二人に向かって言った。
「カカシが来たら言っとけ。送って来る」
そしてナナの袖をつかんだままに、すたすたと歩き出した。
「わかったわ、ナナをよろしくね、サスケ君」
「ナナ、ゆっくり休めってばよ!!」
三人の会話に全くついていけないナナは、サスケの後頭部と、手を振るサクラとナルトを交互に見ていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「まったくお前は……」
ナナがカチャリと鍵を開けると同時に、道中ずっと黙りっぱなしだったサスケが、ようやく口を開いた。
「ご、ごめんなさい……」
戸口の前でうなだれたナナの代わりに戸を開けて、ナナの華奢な背を部屋の中へと押し入れる。
「ちゃんと着替えて寝ろよ」
「うん……」
サスケはナナをベッドに押しやると、風呂場から洗面器を探し出し、さらには勝手に冷蔵庫を開けて氷を取り出した。
「タオル、どこだよ」
水道の蛇口をひねりながら問うと、ナナは咳まじりに答える。
言われたとおりの引き出しを断りもなく開けてタオルを取り出し、洗面器の氷水に浸す。
それを絞った頃には、ナナはちゃんとパジャマを着て布団に入っていた。
「具合が悪いなら、初めからそう言え」
サスケが額にタオルをおくと、ナナはかすれた声で言った。
「だって、本当に気がつかなかったんだもん……」
さっき待ち合わせ場所に来た時よりは、確実に症状は悪化している。
その証拠に、ナナの頬はリンゴのように赤くはれはじめ、瞳は熱で潤んでいた。
「……また、“なんか”あったのかよ……」
ご丁寧に、肩まで布団をかけてやりながらサスケは言った。
ナナが夜な夜な、“特殊な術”で里の『地縛霊』とやらと話し込んでいることは、サスケしか知らなかった。
「ちがうよ、最近は里の霊も落ち着いてるから……」
そんな答えにも全く意味はわからないのだが、サスケはとりあえずナナが危ないことをしていなかったと知って安心する。
(ただの体調不良か……)
「サスケ、ごめんね……」
申し訳なさそうに見上げるナナの表情は、普段に輪をかけて遠慮がちだった。
サスケは、少しの苛立ちを覚えて眉間にしわを寄せる。
「……任務のことは気にしないで、さっさと治せ」
「うん、ごめん……」
何度も謝るのがナナらしいと思いつつ、逆に腹立たしくもあり、サスケは立ち上がった。
「オレは戻るぞ。ちゃんと寝てろ」
「うん、……あの、サスケ……」
どんどん弱々しくなっていくナナの声をさえぎって、サスケは言う。
「カカシにはちゃんと言っておく」
「あ、うん……それと……」
「サクラとナルトにも謝っといてやる」
一番に他人のことを気にするナナのクセ……。
苛立ちの原因を心中でかき消すように、サスケは歩き出した。
「サスケ……」
自分の心配をする番になるのはいつなんだと、サスケはため息をついて半分睨むように振り返った。
すると、ナナはさっきよりも具合の悪そうな顔をしながら笑顔を向けていた。
「ありがとう、サスケ」
サスケは一瞬、唇をかんで再び背を向けた。
「さっさと寝ろ」
クスリと笑いながら「わかった」と言う声が聞こえると同時に、サスケはパタンとドアを閉めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(……今日の任務はなんなんだろう……)
ナナはしんとした部屋に聞こえる自分のセキにため息をついた。
(……カカシ先生、もう来たのかな……)
サスケが去って、軽く三十分は経っている。
(……サスケ……やさしかったな……)
サスケが自ら誰かに手を差し伸べるなど、ナナ以外にあるはずもないのだが、ナナ本人は当然そんなことには気もつかず、ただ彼のやさしさを喜んでいた。
(……任務、行きたかったな……)
ナナはそう性懲りもなく思いながらも、体のだるさにまかせて眠りについた。
ナナは夢をみていた。
ついこの間の任務の帰り、五人であんみつを食べに行ったときの夢。
嫌がるサスケをみんなで無理やりひっぱって、ナルトとサクラが当然のようにカカシにおごらせて。
(面白かった……)
その光景をクスリと笑った自分に気づき、ナナは目を開けた。
舞い戻った現実は、シンとした空間のはずだった。
が、カタカタという音がする。
それは決して不快ではなく、どこかホッとするような音。
それに、鼻先にいい香りが漂ってきた。
ナナは体を半分起こし、自分の部屋であることを確かめた。
間違いなく、ワンルームの自分の部屋。
そのキッチンに、「背中」がある。
「ゲンマ……さん……?」
見覚えのある人物の登場に、ナナはさらに起き上がった。
額のタオルがポトリと落ちる。
「おーおー、ダルっそうな顔しやがって」
振り返ったゲンマは、長楊枝をくわえたままニヤリと笑った。
「なんで、ゲンマさんが……?」
目を見開くナナに、ゲンマは土鍋をサイドテーブルに置きながら言う。
「カカシ先生に頼まれたんだよ」
「……え?」
ゲンマの話では、集合場所に(大遅刻で)到着したカカシは三人に事情を聞き、『人生色々』にいたゲンマのところへ来て、ナナの看病を頼んだのだという。
「しっかし、こりゃあ結構ヒートアップしてんな」
その時のカカシの右目が見たこともないほど心配そうだったのは言わないでおくことにして、彼はナナの頬に手を添える。
(思ったより重症……か)
しかしナナは嬉しそうにニコリと微笑んだ。
「ゲンマさん、久しぶりだね」
「おう、お前が下忍になってから会ってねぇな」
「うん」
ゲンマは、初めてナナに会った日のことを鮮明に覚えている。
『ゲンマさん、ゴホッ……この子が“いずみナナ”です』
『あぁ?! そのちっこいのが?!』
火影によって「子守り役」を命じられたハヤテが連れてきたのは、青白い顔をした小さな少女だった。
(おいおい……こいつが“九尾”を……?)
彼を含めた里の一部の上忍・特別上忍は、将来もし九尾が暴走した時、それを治める陰陽師が『和泉の里』からやって来ると聞いていた。
どんなにか優秀な術者なのだろうと思っていれば、顔色の悪い幼い少女である。
彼は少なからず驚いた。
『ゲンマさん、火影様の指名で、今日はアナタがこの子に手裏剣術を教えてあげてください』
『……はぁ……?』
『ナナは来週から
ハヤテは妹にするかのように、ナナに微笑む。
『うん。私は忍になるの』
ナナのあどけない笑みは、ゲンマに衝撃を与えた。
(こいつ……自分の『使命』ってやつをわかってんのか……?)
忍の里を守るべく、命すら捧げるために故郷を離れてやって来たというのに、ナナはやけに嬉しそうにしていた。
『じゃあ、私は他の任務が入りましたので、ゴホッ。ナナ、夕方また迎えに来ます』
『はい、ハヤテさん。いってらっしゃい』
二人はすっかり打ち解けている雰囲気だった。
「お前、最初は手裏剣2枚以上握れなかったもんな」
タオルを絞りなおすと、ゲンマは記憶を辿って言った。
「うん、今でもたまに失敗する」
ナナはあの頃と変わらぬ笑みをよこす。
下忍になっても、忍には見えない華奢な姿はそのままだった。
「ナナ、少しでもいいから、これ食え」
「おいしそう! ゲンマさん、料理得意だもんね」
嬉しそうなナナの笑みに、ゲンマは再びあの日の記憶を思い起こす。
『そろそろ昼だな。メシにすっか』
『お腹すいた……』
『ナナ、何食いてぇ? ドコでも連れてってやんぞ』
『でも……わたし、アカデミーに入るまで里を歩きまわっちゃダメだって……』
ナナが少しうつむいて言うと、ゲンマはその小さな頭にポンと手をのせて言った。
『よっしゃ。じゃあ家に来い。何でも作ってやる。ありもんで良ければな』
『ホント? ゲンマさんが作るの?!』
はしゃぐようにして行ったゲンマの家で、ナナはカルチャーショックを受けていた。
テーブル並べられた料理は、どれも初めての味だったようだ。
聞けば、“故郷”では山菜や木の実、せいぜい川魚を獲って自分で調理する程度だったようだ。
深くは聞かなかったが、「これは作りがいがある」と思ったことを覚えている……。
「おいしかったな、あのときのチャーハン」
ナナはレンゲを受け取りながら言った。
同じ日を思い出しているのだ。
「今日はお粥だぞ、病人」
「お粥もおいしそうだもん」
ナナは差し出された椀から香りたつそれをひとすくいし、フーフーと冷まして口に含む。
「おいし」
ニコリと満足げに笑うナナに、ゲンマもホッとする。
(どうにか食えそうだな……)
ナナだから、何かと考えてしまう。
自分でさえ背負いきれないものを、幼いナナが背負い込まされているのだ。
ただのカゼとか、そんなふうに単純に考えられないのは当然だった。
「ナナ……」
「……ん……?」
ゲンマは思わずまじめな顔で言っていた。
「辛いことでも……あったのか?」
ナナは問われた意味をしばし考えていた。
ゲンマは、そんなナナの大きな目を見て、言ったことを後悔する。
が、ナナはそんな彼に笑って言った。
「ないよ。全然」
全然無いわけないだろう……と、ゲンマは内心つっこむ。
封印しなければならない対象者に毎日会っているというのに、そのことを考えないがないはずはない。
波の国での件も噂で聞いていた。
それなのに、ナナは嬉しそうにこう言った。
「木の葉に来てから、毎日楽しいよ」
「今の班……もか?」
思わず聞いたゲンマに、ナナはまるで彼を安心させるように答える。
「うん。ナルトもサスケもサクラちゃんも、カカシ先生も、みんな優しいし面白いから大好き」
「そうか」
良かったな、と、本気で思う。
少なくとも、この少女がこの里へ来て、不幸になったわけではないと、安堵する。
「ゲンマさんとか、ハヤテさんとか、火影様とかも、ここの忍の人たちは、あったかい」
そして、木の葉へ来て本当に良かったと、ナナはため息をつくように言う。
「そっか、よかったな」
「うん」
熱のせいで赤い顔でも、ナナは綺麗に笑って見せた。
「なんか、欲しいもんあるか?」
「ううん、ない。お腹いっぱいだし」
「じゃあ少し寝てろ」
「はぁい……」
ナナは素直に体を横たえた。
ゲンマはタオルを乗せ、布団をかけてやると、ナナの髪をなでてから台所へ行った。
なるべく音を立てないように、食器を洗う。
幸せそうなナナの笑みは、彼の心も暖かくした。
(……あったかい……か……)
「つたない」といえばそれまでの、飾り気のない、素の言葉も……。
自然に口の端が上がった彼の背に、細い声がかかった。
「ゲンマさん」
振り返ると、ナナはニコリと笑って言った。
「ありがと」
そしていたずらをした子供のように、勢いよく布団をかぶった。
「……ったく……」
いい大人が子供にこんな気持ちをもらうなんて、と、ゲンマは苦笑する。
きれいに片付いた台所も、シンプルな家具も、澄んだこの部屋の空気も、全てがナナにしか持ち得ないもののように思える。
頼りない体つきで、それでも一生懸命に手裏剣を投げていたあのころと、やはり変ったのかもしれない。
ナナは『ますます』強くなっていた。
彼の心配など及ばぬほど。
蛇口をしめ、ゲンマはベッドに歩み寄る。
ナナはすでに、寝息をたてていた。
「安心……したんだな、きっと」
彼は少し笑って、またそっと髪をなでた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ナナ、起きたの?」
「カカシ……せんせ……?」
掠れたナナの声に答えるように、カカシがベッドのはしに腰掛けて、ナナの顔を覗き込んだ。
「気分はどう?」
ナナは電気の光にまぶしそうに目を細めた。
「先生、にんむ……終わったの……?」
カカシは彼の質問に答えず、そう言ったナナに苦笑しつつうなずいた。
「まぁね、今日は脱走した珍獣の捕獲だったヨ」
「ちんじゅー?」
「そ、木の葉ミドリオオトカゲ」
「うわぁ」
行きたかったと残念そうにいいながら、ナナはケホケホと咳き込んだ。
「ナナ、お腹減ってない?」
「うん、さっきゲンマさんが作ってくれたお粥を食べたから」
「そっか、ゲンちゃんのならうまかったろ」
「うん、すっごく」
ナナは熱で火照った頬を緩ませた。
カカシはとりあえずホッとして、細い体をひょいと抱き起こし、薬を飲ませた。
そしてぴっとりと肌に張り付いた前髪をはらってやり、ほほにそっと触れる。
彼の片手にすっぽりと収まってしまうほどの小さな頬は、まだかなりの熱をもっていた。
「まだ下がんないな、明日も静かに寝てないとね」
カカシは言いながらタオルを絞る。ナナはそれを潤んだ瞳でじっと見つめていた。
「どうしたの?」
再び冷たいタオルを額にのせ、やけにまっすぐな瞳を見つめ返して言うと、ナナは静かにつぶやいた。
「……『おかあさん』って、こんなふう…?」
「…………?」
お父さんじゃなくて?と聞き返そうとして、カカシはその意味を悟った。
ナナの異常な子供時代は火影から少し聞かされている。
ナナは、『和泉一族』の歴史の中でも例を見ないほどの才能をもって生まれたという。
そのナナに、一族の大人たちは最もレベルの高い秘術を身につけされるべく、過酷な修行を課した。
もちろん、閉ざされた世界に住む和泉一族のことは、火影でも把握できない。
が、それがどんな修行だったのかは、少しでも和泉の人間と接触したことのある火影には容易に想像がついたのだろう。
火影はカカシに、『ナナは、虐待とも呼べぬような危険な修行を、もの心つく前から強いられ続けてきたようだ』と告げていた……。
思案げなカカシに、ナナは独り言のようにつぶやいた。
「私は母に愛されなかったから、どんなのかわかんないけど……」
胸が痛む、告白だった。
「でもカカシ先生の手、『お母さん』みたいだな……って、今、思ったから……」
まるでそう感じたことが申し訳ないとでもいうように、ナナは節目がちに微笑む。
「ナナ、オレの手ってそんな感じ?」
自分の汚れきった手を、ナナは「お母さん」のようだと言う。
少し、罪悪感があった。
「うん、あったかい」
ナナはカカシの手を見て幸せそうに微笑む。
そんな「いたいけ」な姿に、カカシはこみ上げる愛おしさを抑え切れなかった。
もう忍という職業に就いて20年になるというのに、こんな心が、まだあったのだと内心で苦笑する。
「こんなんでよかったら、いつでも貸すよ」
ナナはそんな言葉にも、嬉しそうに笑う。
「熱を出してよかったな」
「なんで?」
「サスケも、ゲンマさんも、先生も、みんな優しかった」
任務中のサスケが、まったく上の空だったことを思い出し、彼は密かに笑う。
「サスケやゲンちゃんも、『お母さん』みたいな手だったの?」
そう聞くと、ナナは少し考えて首を振る。
「サスケはちょっとちがう……。ゲンマさんは、『お父さん』て感じだったかな」
サスケの照れて乱暴な手つきも、ゲンマのぶっきらぼうのようで優しいしぐさも、容易に思い浮かんだ。
いい得て妙。
カカシはナナの表現におかしくなる。
「ナナ、もう寝たほうがいいぞ」
いいかげんしゃべらせすぎたと反省しつつ、カカシは笑いながら言った。
「はーい」
ナナは大げさにギュウと目をつぶった。
戦っていないときのナナは、本当に幼い子供に見える。
『信頼できるアナタに出会って、仲間ができて、安心したんじゃないんすか?』
さっきのゲンマの言葉が蘇る。
この日常が、きっとナナにとって生まれて初めて体験した『安心』なのかもしれない。
つい数週間前には波の国での死闘があったとしても。
この日常を護りたいとカカシは思った。
だが、それが叶わぬこともわかっていた。
彼女に……“彼ら”に、平穏なだけの日常が続くことはない。
それが運命と言ってしまうのはあまりに酷だが、“彼ら”は進み続けなければならないのだ。
“彼ら”自身のために。
ナナの穏やかな寝顔を見つめながらも、カカシは決意を変えなかった。
数日後、第七班を中忍試験にエントリーするという決意を……。