ひと葉 ~壱の巻~   作:亜空@UZUHA

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 考え付く限りで、やれることはやりきった。
 あとは……。

 サクラは闇の中、神経を張りつめていた。

 大蛇丸と名乗る不気味な忍に首筋を噛まれたサスケは、あれから死んだように眠っている。
 ようやく呼吸は落ち着いたが、まだ熱が高かった。
 サスケの横では、同じく大蛇丸に術を掛けられたナルトがピクリとも動かず寝ころんだまま。
 先ほどまで一緒にトラップを仕掛けていたナナも、力尽きて眠り込んでいた。
 ナナは「大蛇丸の仲間に攻撃された」としか言わなかったが、おそらく見た目以上の深手を負ったのだろう。
 腕から大量の血を流し、いつにも増してその顔色は悪く、呼吸も苦しげだった。
 サクラ自身も体力に限界がきていていた。
 いつ、どこから敵襲があるかもわからない状況にたった独りで置かれていると思うと、精神が擦り切れそうだ。
 そろそろ夜明けだ。
 長い夜が終わったら、三人は目を覚ますだろうか……。
 孤独と不安に押しつぶされそうだった。
 三人を守るのは自分しかいない……。
 その気持ちだけで、懸命に意識を支えていた。
 が、この死の森で、安全に過ごせる場所などどこにもなかった。



塞き止めるもの

「へっ……」

 

 無情にも現れた敵……音の下忍たちは、有利な展開に嘲るような笑いを漏らす。

 サクラは地面に散らばった自分の髪の毛を見ながら、どうすることもできない現状に絶望していた。

 彼女のすぐ側には、彼女やサスケたちを守って体を張ったロック・リーが、気を失って倒れている。

 そして、リーと同様に助けに来てくれた第八班の三人も、形勢の逆転を強いられようとしていた。

 ナルトとサスケは未だ意識を失ったまま。

 ナナは敵が来たときには目を覚ましていたが、とてもまともに戦える状態ではなかった。

 

 

「これだけ人数がそろってどうにもならないんなんて、木ノ葉もクズぞろいだな」

 

 

 ザクという忍がせせら笑う。

 が、誰も言い返せぬほど、不利な状況は明らかだった。

 

 

「これで、うちはサスケも終わりだぜ!!」

 

 

 ザクは両手に構えたクナイを、一気に“ターゲット”であるサスケめがけて放った。

 

 

「サスケくん!!」

 

 

 森にサクラの悲鳴が響く。

 キンの中に居るいのも、思わずその身体を借りて叫んでいた。

 しかしサスケは、敵の凶器から守られた……。

 

 

「ナナ……!!?」

 

 

 今度はその名を叫ぶ。

 ナナはその華奢な体で、ザクの放ったクナイを一本残らず受け止めていたのだ。

 

 

「おいっ、ナナ!!」

 

 

 いのの体を支えていたシカマルも、そのナナの姿に蒼白になる。

 ナナは、まるで死んだようにうつむいたまま、体中から滴り落ちるその鮮血とともに、膝から崩れ落ちた。

 

 

「ちっ、邪魔が入ったぜ。だがこれで本当にケリをつけてやる」

 

 

 ザクが言ったとおり、状況は何も変わらなかった。

 ナナはとうてい再び立ち上がることはできないようである。

 ザクの右腕が、再びサスケに向けられた。

 今度こそサスケが……サクラの脳裏を悪夢がよぎった時、

 

 

「気に入らないな、マイナーの音忍風情が……」

 

 

 頭上から、そんな声が聞こえた。

 音の忍さえも驚いて、上を見上げる。

 大木の枝には、木ノ葉の額当てをした忍が居た。

 

(あれは……リーさんの……)

 

 一次試験の時に会った、リーの仲間……たしかネジとかいう忍だとサクラは認識した。

 きっとリーを探しに来たのだろう。

 とりあえず「仲間」なのだと安堵を覚えたのも束の間、突如として言い知れぬ悪寒に襲われた。

 

 

「……なに……?」

「な、なんだ……?」

 

 

 いのたちも、異様な雰囲気に即座に気づいた。

 嫌な風が、土ぼこりを巻き上げる。

 

 

「どうやら、オレが手を貸す必要はないみたいだな……」

 

 

 ネジがやけに落ち着いた声でそう言ったとき、サクラは目を見開いた。

 その風を発していたのは、ナナの背後でゆっくりと立ち上がったサスケだった。

 

 

「サ……スケ……くん?」

 

 

 彼の姿に息を呑んだ。

 サスケの身体には、不気味な“シルシ”がまとわりついていた。

 そしてその眼は、炎のように紅く光っている……。

 

 

「ナナ……」

 

 

 サスケは足元に伏すナナに低い声で言った。

 

 

「誰だ……お前をそんなに傷つけたヤツは……」

「…………」

 

 

 ナナは声を出すこともできずに、ただサスケを見上げていた。

 サスケが発したその声は、その場の者たちが息を止めるほど、低く恐ろしい響きを持っていた。

 

 

「サ、サスケくん……?」

 

 

 サクラは、初めて見るそのサスケの姿に悪い予感を覚えた。

 

 

「オレらだ!」

 

 

 答えられぬナナの代わりに、ザクが挑発的に言う。

 その瞬間、ザクはサスケに向けて「斬空波」を放った。

 サスケの様子に意識を奪われていた木ノ葉の連中にとっては、完全に不意討ちだった。

 サクラも声をあげることさえできなかった。

 が、次の瞬間、目の前で起きたことにさらに驚愕する。

 不意に攻撃を仕掛けられたサスケは、一瞬にしてナナとナルトを抱えて移動していたのだ。

 

(サ、サスケくん……?!)

 

 目の前で、サスケは変わり果てた姿をさらす。

 左肩から顔にかけてまとった紅い呪印と、残酷な笑み……。

 殺気……いや、狂喜だ……。

 それを存分に振るうように、サスケはザクに殴りかかった。

 

(こんなの……サスケくんじゃない……)

 

 サクラは、自分の手が震えていることに気づいた。

 

(やだ……)

 

 自然と心にそんな言葉が浮かぶ。

 しかし、どうしようにも体が動かない。

 サスケの変貌に対する恐怖か、それとも彼の力への恐怖か……。

 サクラは息が詰まるほどの思いで、ザクに歩み寄るサスケをただ見ていることしかできない。

 

 

「や……やめて……」

 

 

 サクラのかすれた声は、サスケには届かず、彼の好戦的な目はすでに動けなくなるまで痛めつけたザクを見下ろしたまま。

 

 

「サスケくん、もうやめてっ!!」

 

 

 彼女は必死でそう叫んだ。いや、叫ぼうとした。

 が、声は出なかった。

 彼の赤い眼はザクだけを見たままギラリと光り、口元には悪魔のような笑みを浮かべていた。

 

(サスケくんが……)

 

 ……サスケじゃなくなってしまう……

 

 サクラがそう感じたその時、

 

 

「サスケ」

 

 

 ザクにとどめをさそうとしていたサスケの名を呼ぶ声。

 それはこの場にそぐわぬ、静かな声だった。

 

(え? ナナ……!?)

 

 サクラが目にしたのは、服の大部分を赤く染めたナナが、その細い手でサスケの腕をつかんでいる光景だった。

 

 

「サスケ」

 

 

 ナナはもう一度、不思議な響きを発した。

 不思議な、響き……そんな声だった。

 サスケはビクンと一度反応し、そしてゆっくりと自分の腕を押しとどめる人物を振り返る。

 

 二人の目が合った。

 するとナナは、今度はささやくように言った。

 

 

「サスケ、もう、いいよ」

 

 

 その瞬間、サスケは何かを思い出したように目を見開き、それから喉の奥でその名を呼んだ。

 

 

「……ナナ……?」

 

 

 それに呼応するかのように忌まわしい呪印は引き、サスケは体の力を失って崩れ落ちる。

 同時にナナも、隣りにへたりこんだ。

 

 

「オレは……なにを……」

 

 

 すっかりあの悪寒が去ったことに気づき、サクラはようやく安堵する。

 

 

「サ、サスケくん……。戻ったのね……」

 

 

 サスケは己の手を見つめ、かなり困惑したようだったが、いつものサスケのまとう空気に間違いなかった。

 

 

「サスケ……」

 

 

 隣でナナが、ほっとしたように微笑した。

 その顔は血と泥で汚れきり、ひどく疲弊していた。

 にもかかわらず、その笑みはとても綺麗に見えた。

 

 立ち尽くしていた音の忍は、その様子を見て逃げ去った。

 巻物を置いて……。

 彼らはサスケの力を見せつけられ、戦意を失ったようだった。

 サクラは深く息をついた。

 自分もナナも傷を負った。

 護ってくれたリーも、いのたちも、怪我をしてしまった。

 サスケも、あんな姿に……。

 一体彼の身に何が起こったのか、理解ができない。

 それでも、この状況を切り抜けられたことにホッとした。

 自身がやっと忍らしく戦えたことも、誰も死ななかったことも、最終的に欲しかった巻物を手に入れられたことも……良かったと思う。

 いつもなら、危機を脱したとはいえ、この先のことを考えてしまってこんな気持ちにはなれないはずだった。

 負傷者が多いままゴールの塔までたどり着けるか……この森で生き残れるのか……サスケはどうなってしまったのか……。

 が、ナナの笑みにつられるように、安堵感が沸いたのだ。

 あの状態のサスケを、引き戻すことができたナナ。

 あの姿に対して動揺することもなく、ナナはサスケに触れた。

 立ち上がることもできないほど傷ついていたのに、まっすぐにサスケの前に立った。

 ナナが、サスケの狂気の暴走を塞き止めたのだ。

 

 悔しい気持ちも当然あったが、自分は少しも身体を動かすことができなかったから、諦めもあった。

 もし、ナナがサスケを止めていなかったら……。

 そう思うのを、必死で止める。

 サクラはひとつため息をついて、もう一度サスケとナナを見た。

 ナナはすでにサスケから視線を外し、やっと目を覚ましたナルトを見て笑っている。

 サスケはその横顔を、怪訝な表情で見ていた。

 サクラも笑った。

 サスケ本人も何が起きたかわかっていない様子なのが、少しおかしかった。

 

 

「サクラー! こっち!!」

 

 

 いのが呼んでいた。

 

 

「髪、整えてあげるー!」

 

 

 そういえば、この戦いのさ中で髪を切り捨てたのだった。

 長い間伸ばして、手入れもしてきたのだが、不思議と少しも悲しく無かった。

 

 

「お願いするわ」

 

 

 どことなく物言いたげないのにそう言って、サクラは立ち上がった。

 

 

 

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