ひと葉 ~壱の巻~   作:亜空@UZUHA

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 第二の試験を突破した下忍たちが一堂に会する中、火影より、ただちに第三試験の予選を開始すると告げられる。
 多くの面々が体力、精神力ともに極限まですり減った状態で、抽選で組まれた1対1の戦いが始まった。



友の誇

忍の心得 第25項

『忍はどのような状況においても感情を表に出すべからず

  任務を第一とし、何事にも涙を見せぬ心を持つべし』

 

 

 ……今、はっきりと、その心得を無意味に思う。

 

『俺たち忍はただの道具だ……』

 

 そう言った男が、死ぬ間際、同じ口でこう言った。

 

『忍も人間だ……感情のない道具にはなれないのかもな……』

 

 そして、大切な者のために涙をこぼした。

 “鬼人”と……そう呼ばれた男だった。

 

 

 

 

 確かに、国家にとって忍はただの道具でしかないのかもしれない。

 里の先人たちも、己の存在理由など求めることもなく、数々の業を成し遂げてきた。

 いかなる時も己を殺し、ただ任務を遂げられる忍こそが『真の忍』と、そう言われてきた。

 だが、ここで繰り広げられている戦いはどうだろう。

 ある者は『誇り』のため、ある者は『存在意義』のため、ある者は『自分を変える』ため、ある者は『忍道を証明する』ため、そしてある者は願ってやまない『夢』のために……。

 感情を昂ぶらせ、おしみなくぶつけ合っている。

 そのどれもが、忍にふさわしい戦いといえた。

 『道具』として戦っている者などいないのだ。

 

 

 ナナはただ一人、その熱に圧おされていた。

 全ての想いが呪縛のように体に絡みつくようで苦しい。

 隣のサクラが眩しくて見られなかった。あんなに激しく火花を散らし合うサクラとイノが、強く、美しく思えた。

 今、砂漠の我愛羅と死闘を繰り広げているリーも……。

 忍道を……ただひたすら己の忍道を守り貫くために、ボロボロになりながらも立ち上がる。

 そんな彼もまた、強く美しいものに見えた。

 

(だけど……私は……)

 

 自分だけが、ひどくつまらない存在に思える。

 ここに居る価値すらないような気になってくる。

 自分は何のためにここで戦うのか……。

 何のために強くなるのか……。

 懸けられるものなど何も無い。

 胸がズキンと疼いた。

 この血がある限り、自分は道具でしかないのだと思い知らされる。

 

 「勝者、我愛羅」……と告げられた。

 

 おそらく、並々ならぬおぞましい物を背負わされた砂隠れの『我愛羅』という男は、冷たく孤独な瞳で、降りて来たナルトを一瞥した。

 リーの左腕と左足のダメージが予想以上に大きいのだろう。

 ナナの位置からは、うつむくガイの表情はうかがえないが、ナルトが医療班に向かってなにか叫んでいる。隣にいたカカシがそれを止めに行った。

 ナナには、悲痛な訴えをするナルトの気さえも熱風に感じた。

 

(……ハァ……)

 

 ひとつため息をついて、彼女は先に戦った者たちの熱が残る闘場へ、ふわりと降り立った。

 まだあちこちに、リーの気配が漂っている気がする。

 息苦しさすらおぼえた。

 逃げ出したい……とさえ思う。

 

 

「ナナッ!!!」

 

 

 まだ興奮の冷めないナルトが、ナナの肩をたたいた。

 

 

「ナナ!! 絶対負けんなってばよ!!」

 

 

 まるで自分がこれから戦うかのように、目はギラギラと輝いていた。

 

 

「……うん……」

 

 

 その空色が眩しくて、ナナ目を逸らして笑った。

 そこに映る、自分の姿を見たくなくて。

 

 

「……ナナ……?」

 

 

 カカシがナナの顔を覗き込む。

 しかし彼が何か言う前に、ナルトに促された。

 

 

「カカシ先生!! 早く上に行くってばよ!!」

「ん……? ……ああ……」

 

 

 ハヤテの方に歩き出したナナの背に、カカシは一言だけ言った。

 

 

「ナナ、無理はするなよ」

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 第三の試験予選最終組。砂のハナバチ対木ノ葉の和泉ナナ。

 ハヤテの合図で試合が始まる。

 同時に相手に向かって突っ込んで行ったのはハナバチだった。

 彼はスピードに自信があるらしく、軽いステップを踏みながらも、ほぼ一直線にナナに向かって行く。

 

(あんな単純な動き、ナナが見切れないはずないわ……)

 

 そうサクラが思った瞬間、彼女の期待を裏切り、ナナの細い体があっけなく吹き飛ばされる。

 

 

「げっ、ナナ!?」

 

 

 ナルトも手すりから身を乗り出した。

 ナナはゆっくりと起き上がるものの、ガードもできぬままに二発目の蹴りをくらう。

 砂塵が舞った。ハナバチが笑っている。

 

 

「うそ……」

 

 

 サクラは信じられなかった。

 あのナナが、あの程度のスピードを避けられないなど。

 ナルトも困惑した顔で手すりを握り締めている。

 が、この一方的な展開に動揺しているのは、第七班の者だけであった。

 

 

「ちょっとサクラー! ナナ、棄権した方がいいんじゃないのぉ?」

 

 

 少し離れた所から、いのが言う。対してサクラは唇をかみ締めた。

 彼女は知らないのだ。ナナの強さを。

 無理もない。

 アカデミーでは“くのいち”中で最下位の成績だったナナしか知らないのだから。

 初めはサクラもナナの力を知らなかった。

 忍としてやっていけるのかと疑いもした。

 が、同じ班になってナナの底知れぬ強さを目の当たりにした。

 両手に施されていた『封印』のことも知らされた。

 その強さは、何かあの小さな体からふつふつと湧き出る泉のような力に感じていた。

 そして力だけでなく、辛い時、いつも精神的に班を支えていたのはナナだということにも気づいていた。

 決して崩れぬ最後の砦のように。

 

 そんなナナが、今、眼下でなすすべもなく打ちのめされている。

 それに、どこか戦意の無いようにも見えた。

 いのに言い返す言葉も見つからず、サクラはカカシを仰ぎ見た。

 ナルトも同じように困った顔でカカシを見上げる。

 二人の戸惑った視線に気づき、カカシはいつものようにのん気な声で言った。

 

 

「んー、ちょっと集中してないなぁ、ナナのやつ……」

 

 

 緊迫した雰囲気にそぐわぬ間延びした口調に、側にいたガイすらちらりとカカシを睨む。

 たった今、同じ場所で彼の愛すべき部下が重傷を負い、再起不能とまで宣告されたのだ。

 ()()()は出したくない。

 

 

「おいカカシ。あの砂のやつはリーまでとはいかないが、相当な体術の使い手だぞ」

 

 

 もしこのまま技をくらい続ければ……とは口にせずとも、カカシにわからぬはずはない。

 もとより、体術のスペシャリストであるガイがわざわざ忠告せずとも、あのハナバチの実力はとっくに見切っているはずだった。

 だが、カカシはポケットに手を突っ込み、右の目で闘場を見下ろしたままだった。

 

 一方、ナナが攻撃をまともに食らうたびに悲鳴をあげるキバの傍らで、紅も眉をひそめていた。

 

(ナナの成績からして、あのレベルの体術は避けられないわ……。もし避けたとしても、攻撃を返すすべもなく次の技をくらうわね……)

 

 また、もう一人の木ノ葉の上忍、アスマもため息をついた。

 

「あんだけ流れるような攻撃をくらってりゃあ、それを断ち切るのは難しいぞ……。相手の次の攻撃の前にすばやく忍術でも繰り出さねぇ限りな……」

「ったく、ナナのやつ、手裏剣のひとつも投げさせてもらえねぇのかよ……」

 

 思わずつぶやいたシカマルも、いつになく苦しそうだった。

 

 すでにナナは、立ち上がる暇もないほど蹴りやパンチをくらわされている。まさにサンドバック状態だった。

 土煙の中、満足いくまでひと通りナナをなぶり続けたハナバチは、ようやく動きを止めてナナを見据えた。

 残忍な笑みがその口に浮かんでいる。

 

 

「ナナッ!!」

 

 

 ナルトの声に反応するかのように、ナナはゆっくりと身を起こす。

 フラフラと、前も後ろもわからぬままに立ち上がったナナに、ハナバチは言った。

 

 

「言っとくけど、僕は降参なんか勧めたりしないよ」

 

 

 ボロボロの人形のようなナナは顔も上げない。

 

 

「ハハ……全く弱いんだねぇ、木ノ葉はさ。今のところ、砂に全敗じゃないか。これが戦争だったら、アンタら確実に砂にやられてるんじゃない?」

 

 

 言葉の終わり。だらんと下がったナナの指先が、ピクリとかすかに動いた。

 カカシはそれを見逃さなかった。

 今まで心ここにあらずといった様子だったナナが、初めて相手の言葉に反応したのだ。

 おそらく、ナナはサスケ以上に第二の試験で体力を失っていたのだろう。

 ここでカカシに会ったとき、ナナは初めに『サスケの呪印を封印できなかった』とうつむいた。

 あれには、「できるのにできなかった」という悔しさが含まれていた。

 その理由は、封印術を使うためのチャクラが足りなかったのか、それとも術が万全に発動しない何らかの要因があったに違いない。

 サクラの髪が切られていたことも痛々しかったが、ナナの顔色の悪さにも驚かされていた。

 もしかしたら、この予選を戦う力など全く残っていなかったのかもしれない……。

 しかし、そう思う以上に、カカシはナナのあの瞳が気になった。

 まるで何か悪いことをしたかのような、暗い影。

 ナナのことだから、サスケの呪印に対して「できるのにできなかった」という後悔をしているのだろうと思っていたのだが、あの影は試合が消化されるにつれて濃さを増していたように思う。

 あの時、ナルトの視線からも逃れるほどに……。

 それが今、ハナバチの残酷なセリフによって、ナナが目覚めようとしている。そんな予感がした。

 

 

「特にさ、うちの我愛羅様にやられたやつ? 惨めだったよねぇ。『努力』がどうとか言ってたけどさ、結局ダメなものはダメじゃないか」

 

 

 ハナバチはそう吐き捨てて、冷ややかに笑った。

 

 

「アンタにも『とどめ』刺してやるよ。弱小な木ノ葉の“くのいち”なんて、つまんないから、さっさとね」

 

 

 そして彼は印を結んだ。

 

 

「あ、あれが出たらヤバいじゃん」

「ハナバチのやつあのコを殺す気か?」

 

 

 カンクロウとテマリが、チームメイトの残忍さに呆れたようにつぶやいた。

 我愛羅はその横で、感情のこもらない目で二人を見下ろしている。

 

(……ハナバチの馬鹿が……)

 

 彼が密かにそう悪態づいたのも知らず、ハナバチは彼らを意識してナナに向かう。

 

(ハハ……いずれ砂の三兄弟様の右腕となるこの僕……。こんなガキにも手を抜かぬところを見ていただかねば……!!)

 

 ハナバチは、自分の持っている最高の技の上達ぶりを、我愛羅たちにアピールするつもりだった。

 が、しかし、構えた両手の先にいる標的(ターゲット)がふいに顔を上げた。

 すでに動けないほどダメージを与えたと思っていたのに、その表情は苦痛を浮かべることもなく、ただ静かだった。

 その漆黒の瞳に、ゆらりと青い炎が揺らめいた。

 ハナバチの背に、突然冷たいものが伝った。同時に術の発動がピタリと止まる。

 その瞬間、ナナの姿が視界から消え、がら空きの彼のわき腹に重い衝撃が与えられた。

 

 

「ナナ!! やったってばよ!!」

 

 

 ようやくナナ攻撃を繰り出し、しかもそれがクリーンヒットしたことにホッとして、ナルトは一気に興奮を呼び覚ます。

 

 

「アイツ、何の攻撃を仕掛けようとしたのかしんねぇけど、隙だらけだってばよ!!」

「いや……それもあるが、今のナナの動きは速いよ……」

 

 

 ガイはごくりと唾を飲み込んだ。今のナナは先ほどまでのハナバチのスピードをはるかに上回っていた。

 体術を極める者だからこそわかる。あれを見ただけで「可能性」が芽生えたのだと。

 不可解な表情をしているのは、攻撃を受けたハナバチだった。

 今まで全く手ごたえのなかった相手が、確かに自分の油断もあったとはいえ、こうもストレートにカウンターをくらわせるとは……。

 

 

「……チッ……」

 

 

 舌打ちして、彼は立ち上がる

 

(どうせ、不意の一発だ……)

 

 しかし、膝がカクンと揺れた。思ったより効いていることに気づく。

 

 

「ハハハ……。やっとやる気になったんだね、まったく……。まぁいいや。さぁ、砂対木ノ葉の戦争、第三ラウンドを始めようか……」

 

 

 片手で腹を抑えつつ、ハナバチは静かにたたずむナナに向き直った。

 そして、再びあの瞳……を見てしまった。

 今度ははっきりと、「怒り」という炎が揺らめいている。

 乱れた前髪の隙間から覗くその双眸は、見つめられた者が瞬時に蹴倒けたおされるのに、充分の凄みがあった。

 サクラやナルト、カカシでさえ、こんな瞳をしたナナを目にしたことなどなかった。

 いつも纏っている穏やかで柔らかな春風のような空気は、今のナナの周りにはない。

 今のナナは、まるで血の滾ばしる音が聞こえてきそうなくらい猛々しい。

 仲間であるサクラすら、恐怖を覚えるほどに。

 しかしサクラは、同時に始めて見るナナの姿を美しいとも思った。

 それはまさに、先ほどナナがサクラたちに対して感じたものなのだが、サクラがそれを知るはずもなく……。

 なんとも言い表せぬままに彼女が隣を見ると、ナルトも言葉を失ったまま、眼下のナナに惹きつけられている。

 気づけば、いのたちも固唾を飲んでナナを見つめていた。

 

 異常な静けさの中、口を開いたのはナナだった。

 

 

「戦争……? そんなの、関係無い……」

 

 

 ナナのいる闘場はずいぶん下なのに、頭の上から響いてくるような声色に、ナルトは息を飲んだ。

 ナルトでさえそうなのに、直接言葉をぶつけられたハナバチが平静でいられるはずはない。

 彼は威圧感に耐え切れず、じりじりと足を引きながらクナイを放った。

 ナナは視線をハナバチから外さぬまま、クナイを指先で受け止める。

 冷たい彼女の殺気に、ハナバチの腕には鳥肌が立っていた。

 

 

「アナタは、リーさんを侮辱した……」

 

 

 さらに冷え冷えとした声が、ナナの口から発せられる。

 そのセリフに、上で観ていたガイの胸がつかえた。

 

 

「リーさんは、私たちを守ってくれた……。大切な友達……。友達を侮辱するヒトは、絶対に許さない……」

 

 

 それは罵声などではなかった。

 ただ静かな、呟きともとれる口調だった。

 が、ハナバチの腹には痛いほどの振動として伝わった。

 ナナの言葉自体が攻撃のようだった。

 彼の脳裏に、危険信号が灯る。

 

(このままじゃヤバい……!!)

 

 これといった攻撃はたったの一撃しか受けてない。にもかかわらず、見たことのない技を次々と浴びせられたような錯覚に陥っていた。

 すでに彼の頭からは、我愛羅たちのことは消えていた。

 ただただ、この殺気から逃れんがため、彼は自身の武器である高速体術を繰り出す。

 今度は余裕など微塵もない。必死だった。

 だが、踏み込んだ先に待っていたのは、「あの眼」だった。

 

  メリリ……ッ

 

 筋肉を越えて骨へとナナの拳が食い込み、ハナバチは吹き飛ばされた。

 

 

「ナナ……!!」

 

 

 あの細い腕のどこにそんな力があるのかと、皆が驚いて見下ろす中、ナナはこのたったの一撃でハナバチをノックアウトしてしまった。

 忍術は使わず、投げつけられたクナイも使わず、『体術』だけで……。

 体術でやられた相手に、体術で返す。

 ……という意味もあったのかもしれないが、おそらくナナは、リーの誇りのために体術のみで勝とうとしたのだろう。

 カカシはマスクの下で微笑んだ。

 

 

「勝者、いずみナナ」

 

 

 ハヤテにそう告げられ、喜んで飛びついたナルトとサクラに、ナナはようやく我に返ったようにいつもの笑顔を見せる。

 その光景を目にしたガイは、言いようのない気持ちを抱いて、彼女の師であるカカシを見やる。

 カカシは満足そうな右目でガイに振り向き、ひと言だけ言った。

 

 

「ま、ナナはあーいうコだヨ」

 

 

 その声は、限りなく暖かだった。

 

 

 

 

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