イルカの率いるクラスは、丘のふもとの『第七演習場』に来ていた。
春の心地よい風に、ついボーっとしていたナナは、ナルトの過剰なリアクションで我に帰る。
「えー!! 二人一組ぃ!?」
つられたように、女の子達も落ち着かなくなる。
(オレってばサクラちゃんと……)ともくろむナルト以上に、(私がサスケ君と……)ともくろむ女子のオーラの強いことといったら……。
ナナとヒナタ以外はそうだ、といっても過言ではないだろう。
「組み合わせはクジで決める」
イルカの声に、恋する乙女と少年のテンションはますます上がった。
が、ナナは周囲の温度がヒートアップしたことなどまるで気づいていない。
隣でサクラが、『内なるサクラ』を発動させているなど夢にも思っていなかった。
(くじ引きかぁ……。誰と当たるのかな……)
とりあえず皆親切なので、誰と当たってもいいな、などと考えていると、
「あぁそうだ、サスケはナナと組んでくれ」
イルカが言った。
「先生―!! なんでぇ!? サスケ君は私と……」
「ちょっと引っ込んでてよデコリン!! 先生、何でサスケ君とナナだけ組み合わせが決まってるのぉ?!」
それはそれはもの凄い剣幕で、イルカは“くのいち”たちのパワーに圧倒されつつも、懸命に意図を説明した。
「う……ナナは里の外から転入して来たばっかりだぞ? は、初めての演習なんだから、一番成績のいいサスケに組ませた方がいいだろう……!?」
ふむ……。
と、少女達は腕組みする。
確かに……、可愛いナナに怪我などさせられない。
超天才サスケに任せておけば、そんな心配もないだろう。
と、結局親心・・が勝った。
案外みな大人である。
「ナナー、サスケ君はすーっごい天才だから、なーんにも心配いらないわよ!」
「そうよナナ、サスケ君はホントに凄いんだから!」
「うん!」
ナナは口々に発せられるサスケへの賛辞に、のんびりとうなずいた。
他の者達がイルカの用意したクジの箱に群がる中、ナナはようやくサスケの姿を探す。
サスケは一人、ポケットに手をつっこんで立っていた。
表情から、感情は読み取れない。
ナナは彼に近づくでもなく、サクラたちがクジをひき終えて戻るのを待っていた。
「よし、自分のペアは決まったな?」
イルカが全員を見回した。
「じゃあこれから、この丘を上る道上に設置された“12”のコースを、それぞれで進んでもらう」
自分のパートナーに喜んでいるもの、落胆している者、興味なさそうな者、様々だ。
「せんせー! ただコースを歩くだけ?」
ナルトが大声で手を挙げる。
隣で彼とペアを組むことになったシカマルが、うるさそうに顔をしかめた。
「いいか、それぞれのコースには中・上忍の先生方が仕掛けたトラップがある。それを突破し、コース上のどこか……にある、この巻物を見つけて頂上まで来るんだ」
イルカは見本の巻物を見せた。
赤い外布でできた、イヤでも目立つ巻物である。
「へっ、俺たちの鼻があればチョロイよな、赤丸!」
「ワン!」
キバの隣では、彼と組むいのが、うるさそうに溜め息をついた。
「よし、ではスタート地点につけ。クジの番号がゲートの番号だ。言っとくが、コースアウトは失格だぞ。タイムリミットは午後三時。昼は各自でとること。以上!!」
イルカの早口での説明が終わると、彼らはそれぞれのペアと、いっせいに各ゲートへ向かった。
中にはすでに喧嘩を始めるペアもある。
「ちょっとは大人しくしてよキバ!! あ、ナナ、気をつけるのよ。無理しないでサスケ君に任せなさいよ」
「うるせーのはオメェだ、いの! ナナ、怪我すんなよ!!」
すれ違いざま、ナナを気遣う声がかけられる。
「うん、ありがとう。あとで、頂上でね!」
ナナはヒラヒラと手を振りながら、満面の笑みで答えた。
「ナナ、お前とサスケはこのゲートだぞ」
イルカに呼ばれるまで、ナナは通り過ぎて行くクラスメイトたちと、ずっとのん気に会話していた。
「あ、はい」
イルカの元へ走り寄ると、サスケがすでに居た。
「サスケ君、よろしく」
緊張感も持たずにさらりとそう言うナナよりも、イルカのほうがある意味不安げだった。
「サスケ、頼むな」
「……わかった……」
サスケはといえば、この危ういクラスメイトを担任から押し付けられ、少々不機嫌だった。
(うるさいクノイチや、あのドベよりはましか……)
サスケは後ろからとことこついて来るナナを、ちらっと振り返った。
わざわざ里の外……からこのクラスに来たからには、それなりの実力があるのだろうが、お世辞にもそうは見えない。
初の演習に、怯えていないことだけが唯一の救いだった。
サスケはひとつ、溜め息をついてゲートを開けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「サスケ君、お弁当持って来た?」
「……あたりまえだろ……」
「そっか。おにぎり?」
「……ああ……」
「じゃあ私と同じだ」
ナナはサスケにそれだけ話し掛けた以外は、黙々と彼の後を歩くばかりだった。
そんなナナに、サスケは大いに助かった。
「具は何」だの、「いくつ持って来たのか」だの、いちいち聞かれても答える気にはならない。
イルカら教師たちが仕掛けたというトラップも、なんとか自力で避けているようなので安堵する。
いくらイルカに念を押されたとはいえ、いちいち助けるのも面倒くさい。
しかし、肝心の巻物は未だに見つからずにいた。
「コースももう八合目だな」
「無いねぇ、マキモノ……」
サスケは配られた地図でコースを確認する。
確かに決められたコースを辿って来たが、巻物ターゲットが隠されているような箇所は無かった。
漠然とした巻物探し。
キバのように愛犬を連れていない者たちは、そのありかを視覚で判断するしかない。
サスケはナナに、『人が踏み込んだような所』に注目するように指示した。
それはもちろんトラップと紙一重だったが、二人は“淡々と”といった言葉ピッタリに歩を進めていた。
そして……
「……あ……」
ナナがつぶやくと同時に、二人はピタリと足を止めた。
「なんだよ、あれは……」
サスケもイラついたように呟く。
前方のぽっかり空いた草むらに、まるで「拾ってください」とでもいうように、巻物が無防備に横たわっていた。
が、まさかそんなラッキーな展開があるはずもなく、サスケはナナに動かぬよう言って、辺りを注意深く観察した。
「ちっ……、やっぱり、周りはトラップだらけだ……」
まさに、その空間を囲むようにして武器類が仕掛けられている。餌に「食いつけ」と言わんばかりの配置に、サスケは呆れたようにため息をついた。
「このゾーンに入ったら、周囲から一斉にクナイやら手裏剣やらが飛んでくるってトラップだ」
「そーなの? スゴイ、サスケ」
ため息をついて感心するナナに、サスケは逆にため息をついた。
「デキル」んだか「デキナイ」んだか「フツウ」なんだか……、サスケはナナの本当の実力を、未だ測りかねていた。
「ひとつずつ、トラップを解いていくしかないか……」
見たところ、さっきまでのとは比べ物にならないほど、演習にしてはかなり手の込んだトラップのようだ。
彼の目からしてみれば、そうとうクセのある感じで仕掛けられている。
見た目は雑なのに、いざ破ってみるとなると、恐ろしく時間がかかる「時間稼ぎタイプ」の……。
(このコース……明らかに『タチの悪い上忍』の手によってつくられたな……)
大体、最終地点に近いところまでターゲットの気配すら隠し、しかも簡単なトラップのあとにこんなモノを出してくるとなると、そうとう性格のよろしくない者が仕掛けたに決まっている……そう思わざるを得ない。(←実はカカシ……)
サスケは舌打ちした。
「時間はかかるが……タイムアップにまではかなり余裕があるだろう」
ここまでハイスピードで来られたのだ。
ここで時間を食っても、時間は余るくらいだろうとサスケは予測する。
が、その時。
「イッコずつ取ってくの……なんかめんどくさいね」
ナナがつぶやいた。
サスケが振り返ると、トラップを見回していたナナと目が合う。
「……それも、そうだな……」
なぜか、同意の言葉が彼の口をついて出た。
わかっていたかのように、ナナはニコリと笑う。
もう、わけがわからなくなって、サスケはまたため息をついた。
一日で、この編入生を理解するのは諦めたかのように。
「オレがつっこむ」
少々投げやり気味に、彼は宣言した。
言葉のあとに、「だから飛んでくる武器を落としてサポートしろ」……そう付け足すつもりだった。
しかしナナは、涼しい顔で言い返す。
「私が行くよ」
二人はトラップに囲まれた巻物を見て一瞬だけ沈黙し、同時に視線を合わせた。
ナナは楽しそうに笑い、言った。
「私じゃ、飛んで来る武器に手裏剣を当てられないもん」
ナナが手裏剣術の初心者であることは、すでにサスケも知っている。
「だから、サスケ君がそれをやって」
かといって、そんなに信頼しきった顔をされるのも、何やら居心地悪い。
「じゃ、これも使ってね」
そんな彼をお構いなしに、ナナはもう自分のホルスターを預けようとする。
「い、一本くらいクナイ持って行け」
ナナに向かって飛んでくる凶器を、全部落とす自身はあった。
が、彼はナナにそう忠告する。
「巻物つかんだら、後ろに飛んで戻って来い」
そして、両手に手裏剣を構える。
「うん、じゃあ行って来る」
ナナは緊張感のカケラもないままに、トラップの中心へと突っ込んでいった。
(……ちっ……)
その楽しげな様子が、どうもイラついた。
そんなに“腕”を信じられるほど、共に過ごした訳ではないのに。
が、ナナはそんな間すら与えない。
プチン……
すでに出動したナナの触れた空気が震わされ、一斉に武器の雨がナナに向かって振り出した。
サスケはすばやくそれらに向けて、手にした手裏剣を投げつける。
幾たびも金属音が響かぬうち、ナナは巻物を手にして後ろへ飛び退さった。
そして、慣れた身のこなしで一回転し、彼の隣に着地した。
「タダイマ」
少し照れたように笑うナナに、傷などひとつもない。
彼女に飛びかかった凶器は、すべてサスケが叩き落した。
「さすがサスケ君!」
満面の笑みから、彼は顔を背ける。
ナナの手にしたクナイは、当然活躍の場をみなかった。
そればかりか、ナナは一度も、飛んでくるモノたちの切っ先すら見ていなかった。
ただ、自分の取って来るべき巻物だけをみつめ、あとはサスケに託していた。
「これ、だよね?」
ナナは巻物をサスケに渡す。
確かめるまでもないので、サスケはそれをポーチに突っこんだ。
「終了だ。行くぞ」
「うん」
再びさっきと同じように、二人は枝を駆け出したものの、サスケの頭にはナナの
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おっ……?!!」
二人を目にしたイルカは、驚きのあまり目をむいた。
「ふ、二人とも……、いくらなんでも早すぎじゃ……」
まだ、昼にもなっていなかった。
それでも、サスケがぶっきらぼうに差し出した巻物は、確かに演習の目的物であった。
「まいったなぁ、お前には……」
イルカはサスケに苦笑し、ナナに視線を移した。
「ナナ、怪我はないか?」
コクリとうなずくナナに、イルカはやはりサスケに任せてよかったと安堵する。
「先生、川に入ってもいい?」
すでに向こうの小川のせせらぎに気を取られているナナは、また苦笑の対象でもあった。
イルカが演習終了時間まで自由にしていいと告げると、ナナは無邪気に走り出す。
「サスケ君も行こ!」
イルカでさえ扱いやすいと言い切れぬサスケに対し、ナナはまったく自然にそう言った。
サスケもサスケで、面倒くさそうにしつつも足はしっかりそちらに向けている。
イルカはその背に短く問うた。
「サスケ、ナナは大丈夫だったか?」
サスケは立ち止まって振り返った。
そして珍しく、彼をまっすぐに見上げて言った。
「アンタが心配してるほどじゃない……」
その憎たらしい言い草さえもイルカにとっては新鮮で、ナナのことと共にほっとする。
小川で重なる二つの黒い頭に、さらにほっとしつつ、早くてもあと二時間は来ないであろう「二番手」のために待機した。
「はぁっ……はぁっ……」
髪に草をまとわりつかせ、苦しそうに呼吸するナナを見下ろし、サスケはつぶやいた。
(少しやりすぎたか……)
彼もまた、ナナほどまでとは言わないが、その息を乱していた。
「サスケ君……やっぱり、スゴイね……」
ナナは片手で額の汗をぬぐった。
その手にはめられた手袋が泥で汚れていたため、額に土の色がつく。
「ついてるぞ」
サスケは自分の額を指して、それを教えた。
が、ナナは気にせずに顔を輝かして言う。
「サスケ君、やっぱり強いね。ぜんぜん敵わないや」
他人に敵わないことの一体何がうれしいのか、サスケは理解できぬまま傍らにしゃがむ。
「お前、体術は普通にできるくせに、何で授業で一発もいれらんないんだ? ……泥ついてるって言ってんだろ……」
小川でしばしの休息をとった後、二人は川向こうの小さな演習スペースを発見し、ずっと自主修行をしていた。
初めはまったく相手にならないと思い、一人よりは相手がいた方が……程度に思っていたサスケだった。
が、手裏剣術はともかく、単純な体術動作はナナも人並みだった。
いや、彼の確かな目から見れば、くのいちレベルを超えているようにも見えた。
何発か脇に入れられそうになったのも、決して偶然や気のせいではないだろう。
「だって……授業だとなんとなく……」
ナナは困ったように笑った。
それにまた、サスケはため息をつく。
どうせ、授業で「友達」に当ててしまうのが怖いのだろう……。
ナナがそんなことを考えることぐらいは、何故か見抜けていた。
「そろそろ時間だ、行くぞ」
午後三時、演習の終了時刻がくる頃だった。
サスケは立ち上がり、再びナナを上から見下ろす。
そして、やっと袖で泥をぬぐったナナに、思わず手を差し出していた。
「ほら、立てよ」
驚いてそれを凝視したナナに、さらに動揺を掻き立てられる。
「さ、さっさと立て……!」
が、いまさら引っ込めるわけにもいかず、彼はぶっきらぼうにそう言った。
「うん、ありがと」
ナナの方は、驚いた顔など一瞬で収め、自然に彼の手を握る。
まだ動揺の収まらぬサスケは、グイとそれを引っ張った。
それから、イルカのいる集合地点に着くまで、サスケは一切無言だった。
「あーサスケくーん!! ナナー!!」
川を渡ってこちらへ来る二人を見つけたクラスメイトたちが、なんやかんやと集まってくる。
「ナナ!! 怪我しなかった?」
「怖くなかった?!」
「うん、サスケ君がスゴかったから」
いのは、ナナの言葉足らずな感想にほっとしつつ、サスケを褒め称える。
「でっしょー!? サスケくんったらホントに天才なんだからー!!」
「うるさいわよ、いのブタ!! ナナ、こんなに汚れて……サスケ君に修行つけてもらってたんだって?」
「うん。凄く早く着いたから」
サクラは、一番にゴールしておきながら、クラスの中で最も汚れきったナナにタオルを差し出す。
「ほら、あんまり無理してサスケくんに付いてこうなんて思っちゃダメよ」
「そーよ。怪我じゃすまされないわよ。レベルが違うんだから!!」
「つーかアイツと修行なんて、殺されっからやめとけ!!」
ナナは駆け寄ってきた赤丸を抱き上げながら、周りの声を笑って聞いていた。
それを離れたところでこっそり眺めるサスケには、もちろん気づいていなかった。