いつも滝の上で会うのが約束のようなものになっていた。
が、今夜のナナは滝のふもとで座り込んでいる。
「ナナ? どうした、今日は」
飛沫ですこし湿った髪をなでてやると、ナナはふてくされたように言った。
「ひねっちゃったの。足……」
そうやって、自身にむくれてみせるナナがおかしかった。
イタチは苦笑しながらナナを背負う。
そして急な崖をものともせずに上りながら、ふと思い出して小さく笑った。
「なんで笑ってるの? イタチ」
自分のドジを笑われたと思ったのか、ナナは口を尖らせて言った。
「いや、この前もこうして、弟を負ぶって家まで帰らされたばかりからな」
こう続くと……と、笑ったのだ。
「弟? サスケくん?」
ナナは急に元気になった。
ナナはよく、サスケの話を聞きたがる。
イタチも自然と話すのだが、同じ年頃の子供と触れ合う経験のないナナにとって、サスケの様子は興味津々といったところだった。
「サスケくん、けがしたの?」
「ああ。手裏剣の修行でちょっとムリをしてな」
イタチもそれを知っていて、今までナナの想像の手助けをしてきた。
「手裏剣?! いいなぁ……私もやりたい」
背中でそうつぶやくナナに、イタチは小さくため息をついた。
「またそんなことを言ってるのか」
「だって、やってみたいんだもん」
ナナは「忍」というものに興味を持っていた。
将来、自分が忍の里に行くことになっているのだから当然といえばそうだった。
それに、唯一心をさらけだせるイタチという人間も忍である。
「ねぇ、イタチ。手裏剣貸して!」
「だめだ。今日は怪我もしてるだろう」
「……けちぃ……」
しかしイタチは、ナナの気持ちを知っていて、あえて忍の技を教えようとはしなかった。
ナナには他にやるべきことが多すぎる。
それをも知っていたからだった。
ナナが負った『使命』のためには、彼も理解しがたい『和泉の技』の修行が、山のように課されている。
どれも『九尾を封印するため』のものであった。
それに、基本的な武術を身に付けるため、「体術」はもちろん、「剣術」「棒術」「弓術」などなど、休む間もない訓練を受けているのである。
現に今日のこの怪我も、そんな修行中にできたものなのだ。
ただでさえ厳しい修行の毎日を送っている……、いや、
「代わりに今度、ナナに剣術を習おうか」
「剣術? なんで?」
イタチはふくれたナナを、岩に座らせながらそう言った。
「オレは今度、『暗部』というところに入った。そこで刀を使う」
「アンブ? 強いところ?」
「まぁそうだな」
「ふーん……」
『暗部』という単語を自分なりに理解しようと、色々想像しているナナは見ていて面白かった。
大きな目をパチクリし、手裏剣のことなどすっかり忘れている。
「イタチはどんどん強くなるね」
そして、嬉しそうにそう言った。
「……ナナもだろう?」
屈んで、擦り傷だらけのうえに少し腫れた足首を手当てしながら、彼は躊躇いがちに答えた。
「私は強くなってるのかな……」
「なってるさ」
科されたことを、自らの“意志”へと変える力……。
それが『強さ』ということを、イタチはナナから学んでいた。
そう……、痛いほどに。
「サスケくんは? サスケくんも、強くなってる?」
だから、こんなに無邪気なままでいるナナを、見ていて辛いときがある。
「イタチ?」
イタチはナナの隣に座り、脇に抱えるようにナナを引き寄せた。
「……サスケも、どんどん強くなっている……」
自分を追うようにして生きている弟の気持ちは、手に取るようにわかっているつもりだった。
何が『強さ』か、まだ知らないことも……。
「私とサスケくん、どっちが速く走れる?」
「……サスケの方が速いだろうな……」
ナナは子供らしくふくれた。
「でも、ナナの方が高く飛べる」
そして、すぐに機嫌を直す。
「だが、サスケはこの間から
ナナは今度は膨れっ面をせずに、「ふーん」と、うらやましそうに呟いた。
その髪を、イタチはなでてやる。
サスケの『強さ』を羨ましいと思う、ナナが持つ『強さ』。
思うと複雑だった。
彼の手は自然と、ナナの長い髪と絡み合った。
「ねぇ、イタチ」
ややあって、ナナは包帯を巻かれたばかりの足をプラプラとさせながら口を開いた。
声に陰りがあるのを、『想い』から醒めたイタチは敏感に悟る。
「どうした? 痛むのか?」
痛みなど、あきれるくらいに訴えようとしないナナに、そう問うのは無駄骨だった。
が、
「ちがう……」
やはり、ナナの声は心なしか沈んでいた。
「どうした?」
ナナは、ひどく不安げな顔でイタチを見上げた。
「ナナ?」
頬に手を添えると、ナナはそれをきつく握った。
「どうした?」
ナナが、独りで溜め込む癖はやっかいだった。
まだこんなに小さな手なのに。
「あのね……」
躊躇うように、口を開く。
そして、一息にこう言った。
「サスケくんと、何かあったの?」
後ろから頭を殴られたような衝撃……そんな古びた表現が、今のイタチにぴったりだった。
「どうして、そう思う……?」
やっとそう言う。
知らずと手に力がこもったのは、イタチの方だった。
「だって……」
ナナはすでに、泣き出しそうな顔をしていた。
「この頃、イタチはサスケくんのことを話すとき、私の目を見ないもん」
ナナの瞳は、イタチから逃れた。
「なんか、ずっと“昔の話”をしてるみたいなんだもん」
しかし、言葉ははっきりと響く。
反対に、イタチに紡ぐものはなかった。
「時々しか聞けないから、すぐわかるよ」
大人びたナナの声が、柔らかにイタチの心の隙間に入り込む。
「前みたいな、イタチとサスケくんじゃない……」
ナナは悲しそうだった。
何がどう違うのか、ナナに尋ねるのはあまりに白々しい気がして、イタチは素直に黙りこくった。
「サスケくんのこと、キライになったの?」
幼い問いは、不安定で的を射ていた。
「……そういう訳じゃない」
口に出して否定して、ナナの髪を再び撫ぜる。
「イタチは、何も言わないから……」
呟くナナ自身も、そうなのだけれど。
「言って欲しいわけじゃないけど……」
お互い様なのに。
「心配、しちゃだめ?」
だから……。
イタチはナナの頭に頬を乗せた。
疲れが押し寄せるような、それでいて落ち着くような、不思議な感覚。
「サスケは『強くなりたい』と、オレを追うように生きている……」
更さらな気持ちを口にするのは、初めてだろうか……。
「オレは、あいつの“壁”なんだ……」
ナナの頭が、かすかに頷いた。
それはきっと、ナナも知っている気持ち。
「ただ、あいつは何が『強さ』なのか、まだ知らない」
歯がゆさと、そしてそれゆえの羨望。
それらが歪み、渦巻いて、サスケに触れる空気を変えてしまった。
「ねぇ、イタチ」
ナナはいつものように、深くは覗のぞこうとしなかった。
そして、ただ少しの言葉を、彼に与える。
「私と、姉上みたいには……ならないよね?」
不安なのは、誰?
「サスケくんは……、大丈夫だよね?」
気遣うものは何?
「……ナナ……」
答えもないまま、彼はナナを抱きしめた。
それを「ズルさ」ととったのか、それとも全てを悟ったのか……。
ナナはいつものように、彼の体にしがみついてはこなかった。