濃くなり始めた“影”に、ナナが気づかぬはずはなかった。
微妙にズレが見え始めた空気を、敏感に悟ったナナだから。
遠く離れた場所にいる弟と、自分の間に揺らめくものを、誰より早くに見とめたナナだから。
でも、ナナは変わらぬ笑みをよこした。
変わらず、サスケの話を聞きたがり、そして嬉しそうに笑った。
明らかに、言葉の数は減っていても、
声の調子が低くても、
ナナは前と同じく、純粋にうなずいた。
だから、ここに居てナナに話すときは、サスケという存在が「ナナの想像どおり」のように感じられる。
そのことすら計算ずくのような、ナナの笑み。
そして、唯一、抱えた思いを呟く時も、理解できないくせに何も聞かなかった。
何も聞かずに、静かな瞳で自分を見上げた。
全てのわだかまりもないままに、そうやってナナに受け入れてもらえた。
だが、わだかまりを抱えているのはナナの方だった。
あの日、歪な手を目の当たりにしてからは、それを思わずにはいられなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それでね、また川に落ちて、ずっと下流まで流されたの」
暗い影を、明るい声でさらすナナ。
「もう少しで和泉の里から出られたのに、叔父上の式神が助けにきちゃった!」
クスリと笑って見せるナナに、聞くことはできなかった。
『琴葉との関係は?』
聞いたら、ナナの顔が寂しげに揺れるのが、何故か、わかっていた。
「あ、イタチ、これ切れそうだよ」
ナナが無邪気なままだから、そうやってイタチは黙り込む。
「取り替えてあげるね」
自分に触れる小さな手の温度も、何も変わらないから。
「痛かったら言ってね」
こんなにも落ち着く場所を、失くしたくはなかった。
「うーん……ちょっと曲がっちゃった……」
ここは、いつでも癒される。
「そんなことはない」
「でも曲がってるよ」
「いや、大丈夫だ」
後ろで腕組みするナナを、イタチは前に引き寄せた。
「もう一回やり直す」
「このままでいい」
草の匂いが、水の香と交わって風に運ばれる。
イタチは自然と膝の間に座ったナナの頭に顎を乗せ、それを一杯に吸い込んだ。
ナナはニコリと笑って彼を見上げた。
「イタチは最近ケガをしないね」
「そうだな……」
「エラいね、私に心配させないんだもん!」
いつもの意識しない「許婚らしい口ぶり」に、イタチは苦笑する。
「ナナはオレに心配かけてばかりだな」
包帯の巻かれたその手では、おそらくうまくは結べていないだろう。
いや、ナナはもともとこういうことには不思議と不器用だった。
「そんなことないもん」
ふくれつつ、心配されていることを喜ぶナナが可愛かった。
だから、彼は呟いた。
「いや、心配させているのは、オレの方か……」
ナナは黙った。
ナナが気づかぬはずはなかった。
それなのに、ナナは変わらず自分を癒す。
「また来る」
そう言って立ち上がる。
ナナは瞳を一瞬だけ探った。
が、やはり何も言わずに笑った。
「うん、待ってる」
変わらずに……手を振る。
でも、イタチは知っていた。
見上げたナナが、発したかった言葉。
『本当に……、また来てくれるの?』
ナナが、気づかぬはずはなかったから。
滝に背を向けた時、ナナの手が結んだ髪紐が、緩んで風に流されていった。
それから数か月後、イタチは木ノ葉隠れの里を抜けた。
一族を……両親さえも手にかけ、たったひとりの弟に呪いの言葉を残し、咎人となった。
そして……、ナナにも別れを告げた。
別れを予感していたのか、ナナはやはり、泣かなかった。
一緒に行きたいとも言わなかった。
疑問さえも口にはしなかった。
小さい身体の中で、必死に感情を抑えてつけていた。
そんなナナが愛おしかったのだ。今までは……。
ナナも自分を慕ってくれていた。
互いが唯一の心のよりどころだった。
それを一方的に奪った。
サスケとナナ……。
ふたつの綺麗な心に、血みどろの刃物を突き刺した。
もう、永遠に元には戻らない……。
それでも心は痛まなかった。
そんなもの、あの川原に着く前に、とっくに捨て去っていたのだから。