ナルトのことが心配でないといえば嘘になる。
が、ここには伝説の三忍のうち二人が居る。
今のナナなんて必要無かった。
命令違反だったとしてもどうでもよかった。
ナナはナルトに別れを告げずに発った。
たったひとり、木ノ葉へ帰る道を行くナナは、ひとつ大きな溜め息をついた。
憂鬱な心を詰め込んだ重い身体を引きずるようにして、歩きづらい山道を行く……。
なぜ、あんなふうに綱手に言ったのか、自分でも不思議だった。
なぜ、あんなにムキになっていたのかも。
ただ、三忍と謳われる綱手だからこそ、二人の死を受け入れて欲しかった。
そして、忍の覚悟を見せて欲しかった。
忍はみな、自分の死も、大切な者の死も、覚悟して生きるものなのだと、そう言って欲しかった。
ナナはただ、自分の手によってもたらされる『ナルトの死』を覚悟しなければならない生き方を、認めて欲しかっただけだった。
背負った『使命』は正しいものだと言って欲しかった。
みんながそうだったから、綱手もそうであって欲しかった。
だが、それとは全く別の答えが綱手から返って来た。
『お前が一番、忍を道具だと思ってるんじゃないのか?!』
あの言葉は、刃よりも鋭くナナに突き刺さった。
ナナは何度となくその言葉を思い出し、自嘲した。
綱手の言う事は正しかったから。
だからこんなにも、心が冷え冷えとしているのだ。
だが、あの言葉、少し意味が浅い……。
『忍』を……じゃなく……『自分』を……。
ナナは、自分で自分を『道具』と認識していたことを思い知らされた。
これが自嘲せずにいられようか……。
自分は『九尾』を収める道具なのだ。
『忍』としてなのか、『陰陽師』としてなのか。
どっちつかずの、形すら持たぬ『道具』だと……。
ただ、このところナルトのおかげで、そんな自分の忌わしい使命を忘れていたから、思い出させられて動揺しているだけなのだ。
モヤモヤとした気分の中、ナナはそう自分に言い聞かせながら歩いていた。
それに、発作のこともある。
(……っつぅ……)
突然の息がつまるほどの痛みに、ナナは左胸を抑えた。
この2、3日で、その頻度と痛みは初期段階と比べものにならないほど増していた。
あぁ、だからこんなにも綱手の言葉が身に染みるのだと、ナナは思う。
思いつつ、膝をつきそうになるのを堪える。
「……ぐっ……!!」
少しだけ、30秒もすればおさまる……。
ナナはギュウと右手で胸を抑えつけ、じっと発作が引くのを待つ。
幸い、山道で人気はない。
ナナは大きく息を吐いて体制を整えた。
視界がまだ少し揺れている。
かまわずナナは動きだそうとした。
……その時。
「やぁ、こんなところに一人でどうしたんだい?」
突然、聞き覚えのある男の声が、背後の木の上から降りかかった。
とっさにナナは、体を反転させて身構える。
枝の上に立っていたのは、眼鏡の若い男、薬師カブトだった。
「君はたしか、木ノ葉のいずみナナちゃん……だったよね?」
カブトは愛想のいい笑みを浮かべてナナを見下ろしている。
その眼鏡の奥にある人の良さそうな表情は、中忍試験で見たものと変わりは無かった。
ただ、彼の額当てのマークのみが異なっている。
が、ナナはキッと睨み据えて殺気を飛ばす。
ナナは最初から、カブトの本性にうすうす危険なものを感じとっていた。
「まったく……君だけは初めからボクを警戒してたからね……。かわいくないったらないよ……」
カブトは呆れたように呟いて、完全に作り笑顔を取っ払った。
新たな顔は、レンズの向こうで瞳が怪しげに光っていた。
ナナはさらに一歩あとずさって距離をおいた。
発作の余韻で、まだ息が荒かった。
が、怯えてみせてやる気は毛頭無かった。
嫌いな相手にやすやすと優越感を与えるほど、弱くはないつもりだ。
まっすぐにカブトを見上げた。
この時まで、カブトの正体ははっきりとわからなかった。
だが額当てのマークを見て、今はっきりと彼の正体を理解した。
「アナタ……大蛇丸の……」
ナナは低い声でそれだけ呟いた。
カブトはナナのそんなしぐさに、楽しそうに口の端を上げる。
「そう……いわば右腕ってところかな」
それはとてつもなく意味のある言葉だった。
「三忍の右腕」ともなれば、相当の実力者であることは下忍でもわかる。
当然、今の自分に太刀打ちできるような相手ではなかった。
しかし、ナナは気丈に言った。
「私に、何か用?」
「いやね、せっかく会えたんだから、大蛇丸様にも会わせて差し上げたいと思ってね」
「…………」
「前々から、大蛇丸様は君に興味をお持ちだから」
「……大蛇丸が……私を……?」
ナナは意外なカブトの意図に、眉をひそめた。
中忍試験……死の森でのやり取りを思い出す。
あの時、大蛇丸はナナが和泉一族の人間であることをすでに知っていた。
その血が欲しいということだろうか……。ナナは判断しかねる。
大蛇丸が“うちは”の血を欲していることは、里の上層部のすでに知るところであるが、さらに“和泉”の血をも求めているのかどうか……。
次の言動と行動を考えあぐねているうち、カブトは枝から地に降り立ち、ナナを正面から見据えた。
「まぁとにかく、一緒に来てもらうよ」
ナナは反射的にクナイを投げて飛びすさる。
しかし、その軌道はカブトの目に容易に見切られた。
カブトは難なく接近し、ナナの背後に回りこむ。
「顔色が良くないね。呼吸も荒いな。筋肉もわずかに硬直している。懸命に隠しているようだけど、明らかに体調不良だよね? 臓器? 心臓かな……?」
カブトがそう見立てたとおり、ナナは少し動いただけで、異様な疲れを感じていた。
ズキン……と、発作の名残が体を襲う。
「そんな体じゃあ、まともな抵抗はできないよ。なんたってボクは君の先生と同じくらい強いんだからね」
ナナは歯を食いしばった。
が、カブトはますます楽しげにフッと笑った。
そして一瞬でナナに襲い掛かり、当て身を食らわせた。
ナナの体は簡単に崩れ落ちる。
カブトに担がれながら、ナナは意識を手放した。
最後に彼の呟きだけがかすかに聞こえていた。
「大蛇丸様に良い土産ができた……」