「……ええ、精神的な疲労からくる発作でしょう。心臓自体には何の問題もありません。臓器はいたって健康ですよ」
遠くで男の声が聞こえる。
「そう、よかったわ。体だけは丈夫でいてもらわないと……」
続いて、男とも女とも判断しかねる、異様にかすれた低い声が聞こえてきた。
ナナはうっすらと目を開ける。
暗い木目の天井が目に入った。
灯はろうそくなのか、影がそこに映ってチロチロと揺れている。
ナナはぼんやりと記憶を辿ろうとして、それを遮られた。
「あら、目が覚めたのね、ナナ……」
ナナは耳元でささやかれた不気味な声に、ゆっくりと首を回す。
と、人とは思えぬような白い顔に黒い髪がバサリとかかり、その奥で蛇のような金色の眼がこちらを見下ろしていた。
「……オロチ……マル……」
ナナは忘れもしないその名をつぶやいた。
大蛇丸は嬉しそうに笑む。
ギラリと金の瞳が妖しくきらめいた。
(……私は……)
ナナの意識がようやく覚醒し始める。
(カブトに……捕まった……)
当然のごとく、体にはご丁寧に縄が巻かれている。
「ゲストなのに悪いけど、縛らせてもらったよ。一応、大蛇丸様のお話はおとなしく聞いていてほしいからね」
大蛇丸の後ろからカブトが言った。
ナナはかろうじて動かせる首をめぐらし、カブトを睨んだ。
「フフ……いい殺気ね……。儚さに隠された強さは特に美しいものだわ……」
大蛇丸は長い舌でベロリと己の唇を舐めた。
「私に、何の用?」
気味悪さに顔をしかめながら、ナナは冷たい声で言う。
その声音がお気に召したのか、大蛇丸とカブトは顔を見合わせて笑った。
「フフフ……そう尖らないで。君はいずれ私と『ひとつになる』のだから……」
思いのほかうっとりとした物言いにゾクリとしたが、ナナはさきほどより鋭く言った。
「アナタが欲しいのは、サスケじゃないの……?」
大蛇丸は再び舌なめずりをして答える。
「そうよ、サスケ君は“全て”が欲しい。……あなたは“血”が欲しい……」
ナナの目の前で、ねっとりとした舌が蠢めいた。
「血が欲しい? 吸血鬼にでもなるわけ……?」
冷ややかなナナの問いは、大蛇丸の興奮をよけいに昂ぶらせた。
大蛇丸はさらに顔を近づけ、ささやくように悪魔の言葉をこぼした。
「私はね、いずれサスケ君の体を手に入れるの。私は強い体が欲しいから」
「…………」
「フフ……その時、君にはサスケ君の……つまり私の子……を産んでもらうわ……」
忌まわしいその言葉に、ナナは両目を見開いた。
初めて見せる動揺に、大蛇丸は満足げに続ける。
「そのために、今のうちに君を“私のもの”にしておきたくてね……」
ナナの唇が、意思に反してわなないた。
「サスケの体を……手に入れる……?」
「乗っ取るんだよ、平たく言えばね」
ナナのかすれた声を一刀両断するように、カブトが即答した。
いかにも愉快そうに、大蛇丸の後ろで笑いながら。
しかし、ナナはそれに対して嫌悪を示すことができなかった。
あまりに衝撃は大きすぎた。
「ちょうどあなたとサスケ君は同年代だしね。『うちは』と『和泉』の天才同士が交われば、この上もない大天才が産まれるわ……」
ナナは血の気が引いていくのを感じた。
「そうしたら、今度はその子……の体を……。ね……?」
大蛇丸はその野望を熱っぽく語って聞かせた。
それがどれほど恐ろしいことか考える余裕も、どれだけ不快なのか実感する余裕もなかった。
さらに追い討ちをかけるように、カブトが得意げに言う。
「ボクの調べでは、君とサスケ君の仲はまんざらでもないようだしね」
「…………!!」
しかしこのセリフは、ナナの動揺を一気に抑えることとなった。
ナナはギリギリと唇をかみ締めて、再び二人を睨みつける。
サスケとの“関係”……それは今のナナが最も触れられたくない部分だった。
一筋の赤い色が、唇から伝い落ちる。
今すぐに二人に襲い掛かりたかった。
が、戒しめられた体はビクとも動かない。
それでも、自身が纏う殺気がかつてないほど冷たいのを感じた。
大蛇丸はそんなナナの様子を見て嬉しそうに笑った。
「大丈夫よ、ナナ……。悪いようにはしないわ……」
「…………」
「ただ、私の不老不死に協力してくれればいいのよ……」
「…………」
「あなたは私の妻になり、母体となる……」
暗示のような大蛇丸の言葉に、ナナは抑揚のない声でつぶやいた。
「……結局……私は、“道具”ってわけね……」
それには確かに自嘲が含まれていた。
「“道具”だなんて言わないで。あなたは自分で思っている以上に崇高な存在なの。むしろ珠玉の“宝”よ」
大蛇丸は残酷に笑い、動かしづらそうにしながらも、包帯だらけの手をナナの肩に置いた。
「この血……。どれほどの価値があるか、あなたは一族から聞かされていたでしょうけど。“そんなもの”の比じゃないのよ、外界の私たちにとってはね。この世のどんな宝物も、この血には敵わないんだから……」
そして、口元の紅い筋を指先でぬぐい、ペロリと舐めとると、歯を向き出しにした。
「さぁナナ……あなたにもあげるわ。私の呪印を……! それであなたは私のもの……。いえ……、私があなたの一部になるのよ……!」
大蛇丸は初めて急いたように早口で言いながら、ナナの顔を傾けた。
「……フフ……怖くはないわ。サスケ君とお揃いの
カブトがクスクスと笑いながら、ナナの頭を抑える。
(……サスケ……ワタシハ……)
ナナは大蛇丸をもう一度睨みつけ、そして静かに目を閉じた。
「フフ……いいコね……」
露わになった首筋に大蛇丸の息がかかり……、そして鋭い牙が首の皮膚を切り裂いた。
その瞬間に、ナナは『とじめのみたま』を噛み砕いた。
「……まさか……!」
大蛇丸が慌てて身体を離す。
「まさか、この子……」
そして無理やりナナの口を開かせた。
ナナは反射的に咳き込んだが、それもすぐに止まった。
「お前……しこみ毒を……!!」
そう叫んだ大蛇丸の声は、ナナにはもう聞こえてはいなかった。