ひと葉 ~壱の巻~   作:亜空@UZUHA

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目的

「……ええ、精神的な疲労からくる発作でしょう。心臓自体には何の問題もありません。臓器はいたって健康ですよ」

 

 遠くで男の声が聞こえる。

 

「そう、よかったわ。体だけは丈夫でいてもらわないと……」

 

 続いて、男とも女とも判断しかねる、異様にかすれた低い声が聞こえてきた。

 ナナはうっすらと目を開ける。

 暗い木目の天井が目に入った。

 灯はろうそくなのか、影がそこに映ってチロチロと揺れている。

 ナナはぼんやりと記憶を辿ろうとして、それを遮られた。

 

「あら、目が覚めたのね、ナナ……」

 

 ナナは耳元でささやかれた不気味な声に、ゆっくりと首を回す。

 と、人とは思えぬような白い顔に黒い髪がバサリとかかり、その奥で蛇のような金色の眼がこちらを見下ろしていた。

 

「……オロチ……マル……」

 

 ナナは忘れもしないその名をつぶやいた。

 大蛇丸は嬉しそうに笑む。

 ギラリと金の瞳が妖しくきらめいた。

 

(……私は……)

 

 ナナの意識がようやく覚醒し始める。

 

(カブトに……捕まった……)

 

 当然のごとく、体にはご丁寧に縄が巻かれている。

 

「ゲストなのに悪いけど、縛らせてもらったよ。一応、大蛇丸様のお話はおとなしく聞いていてほしいからね」

 

 大蛇丸の後ろからカブトが言った。

 ナナはかろうじて動かせる首をめぐらし、カブトを睨んだ。

 

「フフ……いい殺気ね……。儚さに隠された強さは特に美しいものだわ……」

 

 大蛇丸は長い舌でベロリと己の唇を舐めた。

 

「私に、何の用?」

 

 気味悪さに顔をしかめながら、ナナは冷たい声で言う。

 その声音がお気に召したのか、大蛇丸とカブトは顔を見合わせて笑った。

 

「フフフ……そう尖らないで。君はいずれ私と『ひとつになる』のだから……」

 

 思いのほかうっとりとした物言いにゾクリとしたが、ナナはさきほどより鋭く言った。

 

「アナタが欲しいのは、サスケじゃないの……?」

 

 大蛇丸は再び舌なめずりをして答える。

 

 

「そうよ、サスケ君は“全て”が欲しい。……あなたは“血”が欲しい……」

 

 

 ナナの目の前で、ねっとりとした舌が蠢めいた。

 

「血が欲しい? 吸血鬼にでもなるわけ……?」

 

 冷ややかなナナの問いは、大蛇丸の興奮をよけいに昂ぶらせた。

 大蛇丸はさらに顔を近づけ、ささやくように悪魔の言葉をこぼした。

 

 

「私はね、いずれサスケ君の体を手に入れるの。私は強い体が欲しいから」

「…………」

「フフ……その時、君にはサスケ君の……つまり私の子……を産んでもらうわ……」

 

 

 忌まわしいその言葉に、ナナは両目を見開いた。

 初めて見せる動揺に、大蛇丸は満足げに続ける。

 

「そのために、今のうちに君を“私のもの”にしておきたくてね……」

 

 ナナの唇が、意思に反してわなないた。

 

「サスケの体を……手に入れる……?」

「乗っ取るんだよ、平たく言えばね」

 

 ナナのかすれた声を一刀両断するように、カブトが即答した。

 いかにも愉快そうに、大蛇丸の後ろで笑いながら。

 しかし、ナナはそれに対して嫌悪を示すことができなかった。

 あまりに衝撃は大きすぎた。

 

「ちょうどあなたとサスケ君は同年代だしね。『うちは』と『和泉』の天才同士が交われば、この上もない大天才が産まれるわ……」

 

 ナナは血の気が引いていくのを感じた。

 

「そうしたら、今度はその子……の体を……。ね……?」

 

 大蛇丸はその野望を熱っぽく語って聞かせた。

 それがどれほど恐ろしいことか考える余裕も、どれだけ不快なのか実感する余裕もなかった。

 さらに追い討ちをかけるように、カブトが得意げに言う。

 

「ボクの調べでは、君とサスケ君の仲はまんざらでもないようだしね」

「…………!!」

 

 しかしこのセリフは、ナナの動揺を一気に抑えることとなった。

 ナナはギリギリと唇をかみ締めて、再び二人を睨みつける。

 サスケとの“関係”……それは今のナナが最も触れられたくない部分だった。

 一筋の赤い色が、唇から伝い落ちる。

 今すぐに二人に襲い掛かりたかった。

 が、戒しめられた体はビクとも動かない。

 それでも、自身が纏う殺気がかつてないほど冷たいのを感じた。

 大蛇丸はそんなナナの様子を見て嬉しそうに笑った。

 

「大丈夫よ、ナナ……。悪いようにはしないわ……」

「…………」

「ただ、私の不老不死に協力してくれればいいのよ……」

「…………」

「あなたは私の妻になり、母体となる……」

 

 暗示のような大蛇丸の言葉に、ナナは抑揚のない声でつぶやいた。

 

「……結局……私は、“道具”ってわけね……」

 

 それには確かに自嘲が含まれていた。

 

「“道具”だなんて言わないで。あなたは自分で思っている以上に崇高な存在なの。むしろ珠玉の“宝”よ」

 

 大蛇丸は残酷に笑い、動かしづらそうにしながらも、包帯だらけの手をナナの肩に置いた。

 

「この血……。どれほどの価値があるか、あなたは一族から聞かされていたでしょうけど。“そんなもの”の比じゃないのよ、外界の私たちにとってはね。この世のどんな宝物も、この血には敵わないんだから……」

 

 そして、口元の紅い筋を指先でぬぐい、ペロリと舐めとると、歯を向き出しにした。

 

「さぁナナ……あなたにもあげるわ。私の呪印を……! それであなたは私のもの……。いえ……、私があなたの一部になるのよ……!」

 

 大蛇丸は初めて急いたように早口で言いながら、ナナの顔を傾けた。

 

「……フフ……怖くはないわ。サスケ君とお揃いの呪印(シルシ)よ……!」

 

 カブトがクスクスと笑いながら、ナナの頭を抑える。

 

 

(……サスケ……ワタシハ……)

 

 

 ナナは大蛇丸をもう一度睨みつけ、そして静かに目を閉じた。

 

「フフ……いいコね……」

 

 露わになった首筋に大蛇丸の息がかかり……、そして鋭い牙が首の皮膚を切り裂いた。

 その瞬間に、ナナは『とじめのみたま』を噛み砕いた。

 

「……まさか……!」

 

 大蛇丸が慌てて身体を離す。

 

「まさか、この子……」

 

 そして無理やりナナの口を開かせた。

 ナナは反射的に咳き込んだが、それもすぐに止まった。

 

「お前……しこみ毒を……!!」

 

 そう叫んだ大蛇丸の声は、ナナにはもう聞こえてはいなかった。

 

 

 

 


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