シカマルは父親に連れられて
ナナも一緒である。
「いやぁ、これでお前らもめでたく中忍かぁ……!」
父は今しがた無事に中忍登録を終えた二人をニヤリと見下ろした。
「中忍なんて、面倒くせーぜ……。なぁ、ナナ」
シカマルはそんな父をジロリと睨み、ナナに顔を向ける。
遠慮がちに微笑んだナナの肩に、父は親しげに腕をまわした。
「こんなヤル気のねぇー男が、なんで中忍なんだかなぁ。ナナちゃん」
「親父、 ナナにさわんじゃねぇ」
「うるせーよ、カカシ先生がいないから、オレがナナちゃんの保証人になってるんだよ。お前はオ・マ・ケ」
「このクソ親父……」
ナナは二人のやり取りを、楽しそうに聞いていた。
ちゃんと笑っていた。
ただ、その顔色は最悪で、口数も極端に少ないのは明らかで……。
父も気づいているはずだった。
父は軽薄でいい加減な男だが、それでも火影からの信頼が厚い上忍である。
ナナがどういう人間か知らなかったとしても、何かがおかしいと察知しているはずだった。
いや、きっとそんな年季の入った忍じゃなくてもわかるはずだ。
それほどにナナは疲れ切って絶望した目をしている。
まるで『影が薄れてしまった』かのように……。
ナナの『悲鳴』は、今もぞっとするような冷たさとして全身に張り付いている。
あんなふうに、『落ちて行くような悲鳴』は初めて聞いた。
その細切れに吐き出された単語は、とても繋ぎ合わせられるものではなかった。
だから結局、ナナが何を抱え、何に潰されそうになっているのかわからなかった。
何がナナをこんなふうにしたのかも……。
嫌な予感はしていたのだ。呼び出しを受けてナナを探しに行った時に。
ナルトの修業に付き合っていたナナが、少し前に里に帰って来たことはいのから聞いていたから、当然、サスケの見舞いに行っているものだと思っていた。
だが、サスケの側にいたのはサクラひとりだった。
サクラにナナの居場所を尋ねると、彼女はため息混じりに首を振り、こう言った。
『ナナ、里に帰って来てから
サスケの姿がショックなのだろうか。
そう思いつつ、わかったと適当にうなずいて去ろうとしたシカマルに、サクラは最後につぶやいた。
『それに少し、よそよそしい感じがした……』
『よそよそしい』はおかしかった。
ナナのそんな態度は想像がつかなかったのだ。
が、シカマルは気づいていた。
ナナはそれでいて“臆する”ことはなかった。
だから、まるでナナが
単純にそういう性質なのかとも思ったが、クラスメイトたちがナナのことを妹のように気にかけて接しているのを外側から眺めるたび、自分の直感が正しいような気がしていた。
だからといって、わざわざ直接聞くほどの仲でもなかった。
きっとそういう『事情』があるのだろう……。
だいたい、忍里の外で育った年下の子が、忍法の『いろは』も知らないのに、自分らのクラスに突然編入して来るのは普通ではないのだ。
もしかしたらナナは、とんでもなく複雑な『事情』を抱えているのかもしれない……。
そう思っていた。
おそらくサスケも……。
そして先の中忍試験でナナの強さを目にした時、一年間抱いていた疑問が確信に変わった。
死の森で音隠れの忍と対峙した時も、最終試験の予選で砂隠れの忍と戦った時も、最終試験で岩隠れの忍と戦った時も、ナナは“みんな”が知っているナナではなかった。
技も力も戦術も精神力も、同期の自分たちを驚愕させた。
それらは下忍になって身に付いた付け焼刃のようなものではなく、
あの時に確信したのだ。
やはりナナは、自己を封じなければならないような『事情』を抱えていたのだと。
だからサクラの言葉を聞いた瞬間、その『事情』が形を変えざるを得なくなってしまったのかと思った。
ナナの周りで何かが動き出している。
恐らく悪い方に……。
そんな嫌な予感を抱きながら、ナナに会った。
清々しいはずの川原で目の当たりにしたのは、拒絶と絶望。
限界だ……そう思ったから、ガラにもなくお節介を焼いた。
とてもほうってはおけなかった。
そして吐き出された、呪いのような悲鳴。
“何か”の欠片の意味は理解できなかった。
が、“何か”がナナにとって理不尽に圧し掛かっていることだけはわかった。
それがあまりに大きすぎて……足が
だが、シカマルはそこから目を逸らして、無理やり口を開いた。
『お前が道に迷ったときの休憩所くらいには、なってやるよ』
そんな臭い台詞。
きっと、いつもの口調で言えた。
ナナがあからさまに折れかけているのを目の当たりにした分、冷静にそれを受け止められたのだ。
『だから、面倒くさくなったらよ、いっしょにのんびりしよーぜ』
そう言ったのは本心だ。
適当で無責任のようだが、そんなつもりはなかった。
ナナはちゃんと受け取ってくれた。
目が合ったのだ。
ナナは泣いてはいなかった。
必死に涙を堪えていた。
こんな時くらい泣けばいいものを……と、半ば呆れた。
今も、恐らく必死に折れそうな芯の部分を自分自身で支えている。
誰が彼女を救えるのか……。
自分の言葉などでないことはわかっている。
第七班の仲間か。
師であるカカシは『療養中』と聞いている。サスケもあんな状態だ。サクラはサスケのことで頭がいっぱいだろう。
家族もこの里にいないことは知っている。詳しいことはわからない。
だとしたら誰が、落ちていくナナの手を掴めるのか……。
その時、
「ナナ! シカマル!」
角を曲がって元気よく駆け出して来たのは、ナルトだった。
「ナルトじゃねーか。戻ったのか?」
「ああ、すんげー修業して来たってばよ! それに……」
ナルトは相変わらずの騒々しい口調で答え、後ろを振り返った。
彼が連れて来た一行に、見覚えはなかった。
が、父がわずかに姿勢を正し、ペコリと頭を下げたのが視界の端に映った。
里の重鎮か……。
「ナナ、なんか具合悪そうだけど大丈夫か?」
考える間もなく、ナルトがナナの顔を覗き込み、無遠慮に話しかける。
「うん、大丈夫。おかえり、ナルト」
ナナは小さく笑って答えた。
「でもナナ、なんでいきなり帰っちゃったんだってばよ!」
「……ごめんね……、ちょっと急用ができて……」
「お、おい、ナルト……」
さすがに止めに入ろうとした。
だが、ナルトの言葉を遮ったのは別の人間だった。
「ナナ」
ナルトと共に現れた女だ。
強烈な存在感を放っている。
「お前に話がある」
「綱手様……」
顔見知りだったのか、ナナは彼女を見上げて名をつぶやいた。
綱手……どこかで聞いた気がした。
「今すぐだ」
「はい」
威圧的に話す綱手と、どこか諦めたようなナナ。
二人の間に流れるのは奇妙な雰囲気だった。
早くサスケを治療しろと、相変わらずの大きな声で訴えるナルトを制し、綱手は廊下を曲がったところまでナナを連れ出した。
なるほど、ナルトはサスケを治せる医療忍者を連れて来たのか……、ぼんやりと納得しながら、シカマルはナナの後姿を見送った。
ナルトと別れ、父と二人になって、話すことは決まっていた。
きっと、父はナナの『事情』を知っている。
全て語らずとも、得られるだけの情報を得たいと思った。
今まで放棄してきたが、もうほうってはおけなかった。
せめて今後は、もっとましな台詞が言えるように……。
そう思った。