足が重かった。
木ノ葉病院の門までカカシに連れられて来て、カカシが去ってからも、ナナは少しの間中に入るのをためらっていた。
サスケの目を見たら、自分がどんな気持ちになるのか、怖かった……。
だが、カカシの言いつけを守らず、これ以上“状況”を複雑にするのも良くないとわかっていた。
これ以上……、誰かに心の中身を晒すのは駄目だ。
シカマルにもカカシにも、少しだけ“零して”しまった。
二人は優しかったけれど……、これ以上知られる訳にはいかなかった。
今、心の蓋に誰かの手がかかったら、きっと話してしまう。
“彼”のことを……。
それは駄目だ。
掟とか疑惑や混乱を避けるためではなく、自分のために……。
だから早く“いつもの自分”を取り戻そう。
サスケとも笑って話そう。サクラやナルトとも。
そうなけなしの決意を固めながら、ナナは薬品の匂いが漂う階段を一段一段、上っていた。
最後の一段を踏みしめ、ひとつ深呼吸して顔を上げる。
すると、廊下のど真ん中に立ち尽くすサクラの背が目に入った。
「サクラ……ちゃん……?」
ナナの声に気づいたサクラは必死の形相で駆け寄り、腕をつかむ。
「ナナ! お願い! 二人を止めて!!」
「……え……?」
サクラはいきなり、すがるようにそう叫んだ。
「ナルトとサスケくんがっ! 『戦う』って言って屋上へ……!!」
「……『戦う』……?」
上の空でつぶやくナナの腕を、サクラは強引に引っ張った。
そのまま、屋上へ続く細い階段を駆け上る。
そして、二人は“その光景”を目にした。
「二人ともやめてっ!!」
サクラは、目の前で殺気立つナルトとサスケに叫んだ。
しかしその悲鳴は二人に届かず、ついに戦いは始まってしまった。
「ナナ! お願いだから、二人を止めてっ!!」
ナナはサクラに肩を揺さぶられながらも、ぼんやりと戦いの光景を眺めていた。
影分身が、火遁が……それぞれ相手を襲う。
ただ傷つけるために……。
「ナナってば!!」
サクラはどうしてか上の空でいるナナに、必死で訴えた。
「あの二人のこと、止められるのはナナだけよっ!!」
ただ二人が傷つけ合うこの悪夢を終わらせるために、ナナに懇願していた。
「いつだって、ふたりとも……サスケくんでさえ、ナナの言葉にだけは耳を傾けてきたじゃない!!」
しかし、ナナはその場から動けなかった。
激しく揺さぶられても、涙交じりに請われても、指の先すら動かない。
声すらも出ないで、ただ突っ立っていた。
「ナナ!!」
涙に光るサクラの目が、無理やり視線を合わせた。
「お願い!」
ナナは、反射的にそこから目を逸らした。
そしてかろうじて、こう言った。
「……私には……できない……」
サクラは息を呑んだ。
「ナナ……!?」
だが、ナナはもう一度、つぶやくように、だがはっきりと言う。
「私に、二人は止められない」
「え、ナナ……?」
サクラがどんな顔をしているか、顔を背けていてもわかる。
青ざめていた頬は怒りで紅潮し、あの綺麗な瞳には軽蔑が浮かんでいるのだ。
「ナルト、サスケくんっ!!」
向こうから強大なチャクラが起こした風が吹きつけた。
ナルトは螺旋丸を、サスケは千鳥を、それぞれ相手に向けて放とうとしている瞬間だった。
当然、ナナもサクラの肩越しにそれを見ていた。
止めなければ、どちらかが……、あるいは両方とも死ぬ……。
それは頭でわかっていた。
だが、どうしても体は動かなかった。
おそらく、『怖い』……とか、そんな理由ではなかった。
サクラに言ったことは本当で、自分に彼らを止める力など、カケラも無いと思った。
いや、そんな“資格”がないのだと、そう感じていた。
自分の肩からサクラの手が離れる。
サクラが二人に向かって走り出すのが、やけにスローで見えた。
(……サクラ……ちゃん……)
こぶしを振り上げ、接近する二人。
そして、それを止めようと“間”に入るサクラ。
三人と自分との間に、深い深い奈落が生まれた……。
あまりにも暗いそれに、ナナは足が竦んでいた。
(……私は……)
三人とも見殺しにしてしまう……。
だが、螺旋丸と千鳥がぶつかり合うことはなかった。
それらがサクラを傷つけることもなかった。
カカシが現れ、いとも簡単に二人を止めたのだ。
「カカシ先生……!!」
泣き出すサクラと、投げ出された二人。
サスケがぶつかった貯水槽からは水が勢い良く噴出して、ナナにはそれが、“誰か”の血潮のように見えた。
ナナは、再び彼らに背を向けた。
そしてその場から、逃げるように立ち去った。