「やっぱりココに居た」
カカシはいとも簡単に、慰霊碑の前でうつむく細い背を見つける。
「カカシ先生……」
カカシが隣に並んで見下ろすと、ナナはおそろしく無表情でカカシを見た。
ナナが何故あの場を去ったのか……。
カカシはちゃんとした答えを持たぬままここに来た。
カカシが間一髪でサスケとナルトを止めに入った時、ナナはずいぶん離れた所に立ち尽くしていた。
サクラは身をもって二人を止めようとしたのに、ナナはただうつろな顔で傍観していた。
ナナは、自分を犠牲にしてでも仲間を守る人間だった。
それは彼女が背負わされた使命とは関係なく、ナナ自身の強い心のためだった。
誰よりも他者を気遣い、誰よりも深い心を持っていると、カカシはそれを知っていた。
だから、ナナがあの場面で目をそむけ、あの場から逃げるように去って、こうしてたった独りで居ることが、どうにも理解できなかった。
そして、ナナは完全に周囲をシャットアウトするかのような、青白い能面のような顔をして立っている。
「先生……任務は……?」
ナナは抑揚のない声で問う。
さっきの話はしない。
ナルトとサスケがどうなったのか、聞こうともしない。
「これから行くよ。だから、行く前にナナに頼みたいことがあってネ」
「……なに……?」
カカシはあえて、普段どおりの口調で言った。
「『酒酒屋』の近くの木に、サスケを縛りつけて来た」
サスケの名を出したとたん、ナナの顔がほんのわずかひきつった。
「ま、アイツからけしかけたっていうから、オシオキってとこだな」
「……そう……」
ナナはカカシから目をそらし、興味無さそうに返事を返す。
(……やれやれ……)
カカシは内心溜め息をつき、それでも淡々と言う。
「ナナ、サスケの縄を解いてやっといてくれない?」
言い終えるや否や、ナナは答えた。
「やだ」
あまりにきっぱりとした拒否。
「ナナ、オレが寝てる間に、お前とサスケに何があったかは無理に聞かないが……それでもこのままサスケをほっといたらマズイでしょ。一応アイツも病み上がりなんだし……」
「……先生は病み上がりでももう任務に行くじゃない」
やけに反抗的な口調も、初めて聞く。
「木にくくりつけられたまま夜にでもなったら……」
「サクラちゃんに言えばいいじゃない」
彼の言葉を遮るナナの目には、さすがのカカシも息を呑まざるを得なかった。
あのナナが、いつも柔らかに微笑んでいたナナが、全てを拒むような目をしている。
まるで、だだをこねる子供のようだった。
どんな言葉にも耳を傾ける余裕を無くした、幼い子供のようだった。
「ナナ……」
だからカカシは、しゃがんでナナより低い姿勢をとる。
そして、子供に言い聞かせるようにその手を取った。
「ナナ、オレは
「どうして?」
「どうしても」
ナナは探るような目で見下ろして、ボツリとつぶやく。
「……やだ……」
カカシは我慢強く、笑ってみせた。
「ただちょっと行って、ブチっと切ってやるだけでいいから。な?」
「…………」
ナナはすねたように口を尖らせた。
カカシはその普段とのギャプに驚くとともに、逆に余裕を持てた。
「ナナ、ほら、いい子だから」
今のナナは、忍でも陰陽師でもなく、ただの幼い少女なのだと、そう思って接した。
十一という歳を考えれば、相応の態度なのだと思えた。
「……ただ、……縄を切るだけでいい……?」
ナナは不貞腐れたようにそう聞いた。
「うん。面倒だったら話さなくていいよ。オレに頼まれたからって言うだけでいい」
少しの沈黙の後。
「……わかった……」
ナナはようやく首を立てに振った。
「よし、エライよ、ナナ!」
カカシは立ち上がり、ナナの頭を大げさになでる。
「じゃあ頼むね」
ナナはしぶしぶうなずいて、ゆっくりと歩き出した。
(何があったんだか……)
相当のことが無い限り、ナナがあんなふうに周りを遠ざけたりはしないはずだった。
特に、サスケは……。
カカシが見ていると、ナナはサスケの一番の理解者だった。
もちろんナナは、サクラやナルトのこともよく見ていて、知らずと支えてやっていた。
だが、『復讐心』という特殊なモノを抱え込み、周囲に強固な壁を張るサスケの隣にまで行けるのはナナだけだった。
だから二人には、本人たちでさえ気づいていないような絆があるのだと、そう思っていた。
上忍として、師として、それから人生の先輩としての見解だ。
しかし、その“形”が崩れてしまったのか……、ナナは今、サスケを“否定”するような空気をまとっている。
原因は……?
何があったのか、ガイたちから客観的な話は聞いていた。
だが、実際のところの判断はできない。
ただ、サスケの中に燻っていた“闇の心”……と、その原因を作った“うちはイタチ”という人間を目の当たりにして、ナナの心が変化したのだと思う。
そして、目覚めた後に彼女が言ったことが引っかかっていた。
『私、まだ先生に言ってないことが……』
このタイミングで、この変化の中で、何を言おうとしたのか全く見当はつかない。
が、とてつもなく深い意味を持つ内容であることは予想がつく。
「ナナ、頼むね……」
カカシはのろのろと遠ざかる背にもう一度つぶやき、自身の任務へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ナナは、できる限り心を閉ざし、サスケの前に立った。
そうしなければ、『言って』しまいそうだった。
「……ナナっ……?!」
カカシが言っていた通り、サスケは気に縛り付けられていた。
まだ入院着のままだ。
少し痩せた。
が、目は夕闇の中で強く光っている。
危険な光だ。
ナナはサスケから目を逸らし、クナイを取り出そうとホルスターを探った。
だが、今日に限ってそれはつけてはいなかった。
仕方なく、ふところを探る。
常に隠し武器は携帯しているはずだった。
真新しいベストではなく、いつもの上着の内ポケットに……。
触れたのは、一本のクナイ。
それを取り出して、ナナは一瞬顔をひきつらせる。
(……これ……)
紛れもなく、あの時イタチに渡されたクナイだった。
ナナは奥歯を噛み締め、必死で動揺を消した。
ここでこらえねば、何もかもぶちまけてしまいそうだった。
今、感じているサスケへの気持ち。
彼の生き方を否定するような感情。
言い表せない苛立ち……。
彼に出会ってから、初めてその存在を見とめた。
初めてサスケの中に巣くう、復讐という悪魔を憎んだ。
その悪魔に流されるまま、復讐のための力を願うサスケに怒りを覚えた。
ナルトという仲間を傷つけてまで、イタチを殺す力を求めるサスケが、どうしても許せなかった。
だが……。
ナナは全てを飲みこみ、クナイを握り直した。
そして、黙ったままサスケを縛る縄を一気に切った。
「…………」
サスケは何か言いかけたが、ナナはすぐに彼に背を向けた。
カカシは話さなくていいと言った。だからこのまま立ち去っても大丈夫だ……。
それを自己の中で確認し、歩き出す。
「ナナ!」
サスケが呼び止める
ナナは振り向こうとはしなかったのに、サスケは言葉を投げつけて来る。
「お前に、聞きたいことがある……!」
ズルい、自分ばっかり……。
瞬間的にそう思った。
何がズルいのかは良くわからなかった。
だがそれすらも苛立ちだった。
「ナナ!」
もう一度心を殺そうとした。
でなければ『言って』しまう。
彼を責めて、傷つけて、それから嫌われて……。
「……私は……」
ナナは背を向けたまま言った。
「私はサスケに話すことなんて、無いよ……」
サスケが後ろで息を呑んだのがわかった
まるで醜い火花が散るように、互いが秘めた苛立ちをぶつけ合っている。
「ナナ……お前……」
その火種はきっと、消えてはくれない。
そんな気がした。
だから、ナナは一瞥もなくサスケの前から去った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
サスケは枝の上に座り込んだまま、しばらくその場から動けなかった。
ナナの姿は一瞬で消え去った。
目は、一度も合わなかった。
一人前の忍であることを示すベストを身に着けたナナは、いつもとまるで異なる雰囲気だった。
だからだろうか。脳裏にイタチと対峙した時に現われた、あのナナの姿が浮かび上がった。
あの時、悲しげでやけに強いナナの瞳は、自分を通り越し、まっすぐにイタチを見ていた。
見たことも無い表情。怒りだけではない何かを秘めた瞳。
それを思い出し、目覚めてからずっと持て余している憤りが暴発しそうになった。
そのまま、それをナナにぶつけようとした。
が、冷たい壁に跳ね返されただけだった。
完全なる拒絶を前に、喉が締め付けられ、声を失った。
『イタチを知っているのか?』
たったそれだけを聞きたかったのに。
知ることは許されなかった。
ナナも確かに憤っていた。
自分の行動に対してだと思った。
ナルトに戦いを挑んだことは、ナナにとって好ましいことではないとわかっている。
ナルトとサクラを傷つけそうになった。カカシにも反抗した。
そしてそれを省みるどころか、未だ憤りを持て余す自分……。
ナナが怒るのも傷つくのも拒絶するのも当然だった。
言葉も交わせぬほど、視線すら合わさぬほどに。
だが、もう後戻りはできなかった。
イタチに出会って、力の差を見せつけられて、このままでは駄目だと思い知らされて……。
このままでは生きている意味がない。
変わらなければならないのだ。
だから……きっと何かが壊れてしまったとしても、もう元には戻らない。
それがとても大切なものだったとしても、捨て去るしかないのだ。
いや、大切だからこそ……。
立ち上がったサスケの前に、音の忍が現れた。
彼らの誘いに、迷うことはもうなかった。