ひと葉 ~壱の巻~   作:亜空@UZUHA

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“予感”と呼ぶほど、大そうなものではない。
ただ、そんな気がしていただけ……。
“予感”と言うほど、新しいものではない。
ずっと、そんな気がしていた……。


同じ色の闇

 夢から覚める直前のような、奇妙に不安定な感覚の中、ナナは夜風に誘われ歩き出した。

 向かった先に佇む桜色の髪を見かけ、なんと声をかけたものかと戸惑う。

 同じ類の“予感”を胸に、今夜、あの少女もここに来ていたのだ。

 

 そして、二人の感覚は、寸分の狂いもなかったことが証明される。

 

 不自然な荷物を背負ったサスケが現れ、サクラに近づいた。

 ナナは逃げるように身を隠す。

 舞台上の二人のセリフを、袖で聞いているような感覚だった。

 

 闇を駆け抜けるサクラの言葉は、本当にまっすぐだった。

 全てを投げ打ってでもサスケの傍に居たいのだと、迷いの無い訴えはまっすぐにサスケにぶつけられた。

 ナナは気配を殺したまま、じっと立っていた。

 サクラの悲鳴のような叫びを聞きながら、ただただその場に立ち尽くしていた。

 それは他人事のように耳に入るのに……、なぜか心には、いちいち鋭い角度で突き刺さる。

 

「行かないで!!」

 

 サクラはそう叫んだ。

 心の奥底から湧き出す想いを、ありのままにまっすぐサスケにぶつけた。

 

(サクラちゃん……)

 

 胸が、大きくズキリと痛んだ。

 なんと切なく、なんと力強い声だろうと……。

 

(サクラちゃん……)

 

 もう一度ナナがその名を心の中で繰り返した時、夜風がサスケの囁きをそこまで運んだ。

 

「サクラ……ありがとう……」

 

 瞬間、ナナは静かにその場を去った。

 

 

 

  『私はサスケ君が好きで好きでたまらないっ!!』

 

 耳の奥、サクラの声がこだましていた。

 

  『サスケ君が私と一緒にいてくれれば、絶対幸せになるはずだから!!』

 

 それは鋭い刃のように、ナナの心に突き刺さっていた。

 

  『復讐だって手伝う!!』

 

 胸の傷口から滴る熱いものを、黙って眺めているような感覚のまま、ナナは走った。

 

  『それがだめなら……』

 

 木々が自分に向かって枝を振り上げているように見える。

 

  『私も一緒に連れてって……』

 

 良く知った里の林なのに、なぜだか知らぬ風景のようだった。

 

 

 

 気づけばそこに来ていた。

 里を一望できる、火影岩の頂上。

 里で最も空に近い場所。

 風の止まないこの場所が、いつもナナを落ち着かせた。

 が、今日ばかりはそうはいかなかった。

 

  『私も一緒に連れてって……』

 

 まだ、サクラの声が鳴り止まない。

 耳をふさごうとした、その時……。

 

「……なんで……」

 

 ナナはかすれた声で呟いた。

 眼下の里に……?

 いや、その呟きに答えるものが、彼女の背後にあった。

 

「……お前がどんなに気配を消すのがうまくても、オレにはお前がわかる……」

 

 いつもより和らげな声。

 いつもより大人びた声。

 ナナは息を整え、ゆっくりと振り返った。

 

「……サスケ……」

 

 彼の瞳は、もうずっとそうしていたかのように、まっすぐナナを見つめていた。

 

「……なんで……ここに……」

 

 黙って行くはずじゃなかったのか、と、皮肉をこめて言うつもりだったのに、ナナの口からはやっとそれしか出てこなかった。

 サスケは静かに答える。

 

「サクラのおかげで気が変わった……」

 

 そして、立ち尽くすナナにはっきりと告げた。

 

 

「ナナ、オレは里を抜ける」

 

 

 わざわざ宣言されなくとも、嫌というほどほどわかっていた。

 いや、“初めから”わかっていた。

 いつかこの日が来ることは。

 だがそれでも、その決意は新たな刃となってナナに突き刺さる。

 もう少しも身動きできないナナに、サスケは言う。

 

「……ナナ、オレはどんなことをしてでも『力』を手に入れる……」

 

 腹の底から吐き出された決意は、憎しみの色をしていた。

 さらに色濃くなったその目的は、“彼”と再会して己の弱さを思い知ったためか……。

 

(……どんなことを……してでも……?)

 

 ぼんやりと回転するナナの脳に、いつか死の森で聞いたセリフが浮かんだ。

 

  『たとえ、悪魔にこの身をゆだねようとも……』

 

 サスケは文字通り、()()()()()()に魂を預けようとしているのだろうか。

 

「オレは力を手に入れる。他には何もいらない……」

 

 ついでサスケの口から出た言葉に、ナナは血が凍るのを感じた。

 今までともに過ごした時間は、彼にとってまるで意味を持たぬものになったことを知ったのだ。

 

(私たちは……)

 

 足もとから何かが崩れていくようだった。

 今まで交わした言葉、向けられた不器用な笑み……それらがやけに鮮明に思い出され、浮かんだそばから消えていく。

 このまま居たら何もかもを失うようで、ナナは怖さを覚えた。

 

(もう……何も……言わないで……)

 

 頭の片隅でそう呟いた。

 が、サスケはきっぱりと告げた。

 

 

「そしてオレは、イタチを殺す……」

 

 

 彼の口から、イタチの名が吐き出された瞬間、ナナは首を締められたように苦しくなった。

 しかし苦痛に抗うすべは無く、ナナはただそこに立っていた。

 目の前のサスケは、すでに別人のようだった。

 彼を引き止める言葉は、ひとつも生まれてこない。

 そんな状態をわかっているかのように、サスケはゆっくりとナナに近づいた。

 一歩も動けない。視線すら外せない。

 

「ナナ……」

 

 自分を呼ぶ彼の声が、今までで一番優しく聞こえた。

 そして瞳は、“あの日”見たものに、よく似ていた。

 

 

(……嗚呼……同ジダ……)

 

 

 この上ない皮肉。

 サスケがナナを見つめる瞳は、あの日、イタチが別れを告げた時と同じ色をしていた。

 

「ナナ……」

 

 そのサスケの瞳が、苦しげに揺れた。

 そして彼はそっとナナの頬に触れる。

 

「……ナナ……泣くな……」

「…………」

 

 言われて初めて、ナナは自分が涙を流していることに気づく。

 ぎこちなく流れた雫は、サスケの冷たい指先に受け止められた。

 そして次の瞬間、ナナはサスケの腕の中にいた。

 

「…………」

 

 そのぬくもりがなぜか懐かしく感じられ、思い切り目を閉じた。

 

「ナナ……オレは……」

 

 耳元で囁かれる声は、すでに遠いところから聞こえてくるようだった。

 

 

「オレは……ずっとお前が好きだった……」

 

「…………」

 

 

 その言葉に、どんな答えを返せばよいのかわかるはずもなかった。

 驚きも、喜びも、哀しみも感じなかった。

 ただ胸にあるのは、そこで蠢くのは、やはり……。

 

「……ズルイよ……サスケ……」

 

 告げたと同時に終わらせる、その勝手な残酷さ……。

 ナナは彼の体を抱き締める代わりに、両の拳を握り締めた。

 

「……サスケは……ズルイ……!」

 

 焼けるように痛む喉をこじ開けて叫んだ。

 

「……ナナ……すまない……」

 

 サスケはそう囁いて、腕の力を強くした。

 突き飛ばすことさえできずに、ただ拳を握りしめたまま、ナナは痛みを吐き出した。

 

「……私は……サスケが……」

 

 迫り来る何かから逃れるように……。

 

 

「……キライだよ……!!」

 

 

 その時初めて、サスケはフッと笑った。

 瞬間、ナナは別れを悟った。

 サスケは体を離し、ナナに微笑した。

 そして最後にもう一度、雫をぬぐった。

 

 その指先が離れると同時に、サスケの姿は闇に解けた。

 キレイに欠けた月だけが、立ち尽くすナナを見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

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